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彼は幼馴染だから、

短編から少しだけ設定を変えていますが、大筋は同じです。

 私には幼馴染がいる。

 彼に初めて出会ったのは母の葬式の日だった。

 私の母は弟を産んでから、体調を崩していた。

 そして、そのまま死んでしまった。

 私が5歳の時だった。


 彼とは母と仲が良かったという彼の母親に紹介されて顔を合わせることになった。

 今度から隣の家に越してくるらしいその少年はなぜか驚きで目を見開いていて、なんでだろうって思った。

 後から聞いても何故驚いていたか答えてくれなかったけど、その日は自己紹介だけで別れた気がする。









 母が亡くなって数か月、弟の面倒はほとんど私が見ていた。

 朝昼晩、何かに追われるように弟の面倒を見た。

 私が姉だから、と思って。


 ある日、彼の母親が彼と遊んできなさいと言って弟を預かってくれることになった。

 彼の父親も彼が小さい頃に亡くなっている。

 彼が遊びに出かけて一人になった私の話し相手としてちょうどいいわ、と彼の母親は笑った。

 私は渋々だけれど、彼の母親に弟を任せることにした。


 隣に越してきてから少しずつ話すようになった彼は、その日はなんだか変だった気がした。


 最近は森での採集を弟を背負いながら行っていた私は何も持たずに森に来たことが自分が思ったよりもうれしかった。

 彼はずっと私の前を歩いていて、何も話してくれなかった。

 森の中にある、村の結界ギリギリの小川につくと、彼はくるりとこちらを向いた。

 その顔は不機嫌そのもので、私はなんでだろうと首を傾げた。



 彼は突然言った。

 もう我慢しなくていいんだ、と。



 私は最初、何を言われたのか分からなかった。

 でも、思考を巡らせた瞬間に彼に抱きしめられて、そのぬくもりが心地よくて、必死に我慢していたものがあふれだしそうになった。



 彼は私の耳元でまた言った。

 ここの周りに人はいないから、もう我慢しなくていいんだ、と。



 それを聞いて、私はもう耐えきれなくなってしまった。

 母が死んで、ずっと我慢していたもの。

 周りに見せられなかったもの。



 元々寡黙な父は気落ちしてもっと口を閉ざしてしまった。

 弟はまだ生まれたばかりで小さかった。

 近所の人は大丈夫かって聞いたけど、私は大丈夫だって強がって笑って答えるしかなかった。

 私が泣く余裕なんて全くなかった。



 でも本当は泣きたかった。

 声が枯れるくらい泣き叫びたかった。

 待って、おいていかないでと縋って、母がされている火に飛び込みたかった。

 そして、また母の顔を見たかった。





 私は彼に抱きしめられながら、ワンワンとみっともなく泣き叫んだ。


 ほとんど同じ身長のその身体は温かくて、私を抱きしめるその腕は少し乱暴で、彼は不器用な男の子そのものだった。



 帰りは恥ずかしくなって彼の顔を見れなかったけど、彼は無言で私の手を引いてくれた。












 それから私と彼は少しだけ話す関係ではなくなった。

 彼の母親に弟を預けてもらえるときは、彼と一緒に森で遊び、村を駆け、小川で泳いだ。

 弟の面倒を見なくてはと勝手な使命感を持っていた私を解放してくれたのは他でもない彼の母親だった。

 彼と彼の母親のお陰で私は心に余裕を持つことができるようになった。


 幼馴染との生活の中で、私は彼を知っていった。


 彼は実は泣き虫だってこと。

 私はあの日以来泣かなかったのに、私を泣かせてくれた彼は怪我したりしたら、直ぐに涙目になって、泣いた。

 それに、悲しい物語や感動する物語を聞いてもすぐ泣きそうになる。

 実はあの日も私を抱きしめながら泣いていたっていうのは彼の母親に後から聞いたことだ。

 帰りの道で私が恥ずかしくなって見れなかった彼の顔は、彼の母親を驚かせるほど目元が真っ赤だったらしい。


 彼は結構ドジだってこと。

 彼は森でよく転んだ。

 何もないところなのに転んだ。

 それから、よく森の結界の外に出そうになった。

 何度説明しても、うっかり結界から出そうになっちゃう。

 結界の外は魔物が出るから危ないって言っても、鬼ごっこをしているときは夢中になって外に出そうになる。

 それだけじゃなくて、よく迷子になる。

 森の中で迷子になったときは何度か村のみんなで探し回った。


 彼は顔がくるくる変わるってこと。

 彼は小さなことでよく笑ったし、よく照れるし、よく泣いたし、よく怒った。

 私は彼が笑うと一緒に笑ったし、照れる彼をからかったし、泣きはしなかったけど、彼との喧嘩で怒ると一緒に怒った。

 

 私は幼馴染と毎日顔を合わせられるのが幸せだった。













 七歳になる少し手前、職業ジョブを何にしようかという話になった。


 職業ジョブとは、神が与えてくれる贈り物ギフトだ。

 七歳になると神殿で登録することができるようになる。

 それは当たり前のことで、私は何にしようかずっと迷っていた。


 七歳の時に表示されるのはいちばん適性のあるもので、歳を重ねると適性のある職業ジョブが増えるから、別にその時に選ばなくてもいい。

 転職は神が起こすと言われる奇跡の現象だから、みんな結構慎重に選ぶ。


 職業ジョブにはいろんな種類がある。

 剣士。魔術師。癒術士。結界師。錬金術師。教師。料理人。針子。細工師。

 戦闘系から職業系まで多岐にわたる。


 適正を増やす方法は単純で、なりたい職業ジョブの仕事を繰り返しやってみることだ。

 剣士だったら、剣の素振り。

 鍛冶師だったら、実際に鍛冶で鉄を打つ。

 獣使いだったら、獣を調教する。

 大抵十歳までには職業ジョブを決める子供が多いので、大人たちは適性を増やすのに協力的だ。

 神が授ける贈り物ギフトを否定する酔狂な人はいないからだ。


 平民は職業系を選ぶことが多い。

 やっぱり一つの場所で安定した生活を目指したいからだ。

 平民の中でも戦闘系を選んで、魔物を倒しながら世界をめぐる人もいる。

 魔物を倒すことで素材とかが手に入るが、一定以上の実力を持たないと安定した収入は望めない。

 それに毎日が危険と隣り合わせだ。

 だから、そういうやつはアホだなって思う。


 私の幼馴染もそのアホの一人だった。

 適性を確かめに一緒に神殿に行った日、彼は戦闘系を選ぶと教えてくれた。

 彼はへへっと子供っぽく笑って、魔物を倒して私を守るとかほざいてたけど、私はそんなのいらなかった。

 ただ、そばにいてほしかった。


 職業系の職業ジョブなんてかっこ悪いと彼は言ったけど、それがないと生活が立ち行かないわけで、私は別にかっこ悪いと思わなかった。

 逆に、職業系を馬鹿にするそのときの幼馴染はかっこ悪かった。






 私は七歳の時に適性を見て、直ぐに職業系を選んだ。

 癒術士だ。

 適性のある人が少ないそれは私には適性があったようだった。

 村に唯一存在する癒術士のおばあちゃんが年だったから丁度良かった。

 小さい村だし、大きな町までは遠いから、一人でも癒術士がいないと急に大けがを負った時に大変だ。

 村のみんなも次代の癒術士は他から雇うしかないって言いていたから、本当にタイミングが良かった。

 私は迷わず癒術士を選んだ。

 怪我をして帰ってくる彼を少しでも癒せればと思った。


 彼は適性を見たけれど、自分がなりたい職業ジョブはなかったようで、その日は残念そうな顔をしていた。

 でも、私はほっとした。

 彼が戦闘系の職業ジョブを選んだら、すぐにこの村から出て行ってしまうような気がしたからだ。

 だから、まだ一緒にいてくれる、と喜んだ。






 適性は一年に一回、自分の誕生季にしか見ることができない。

 みんな一年の間に頑張って適性を得られるようにする。

 私は既に職業ジョブを選んだから、癒術士のおばあちゃんの下でまだ小さい弟を背負いながら、修業をするようになった。

 職業ジョブを選んだとしても、最初にできることはたかが知れている。

 職業ジョブを得る、という行為は、その人の才能を開花させるだけであって、あとは努力次第だからだ。

 私は最初の適性ってだけあって、癒術士のセンスが結構あったらしく、みるみるうちに腕をあげていった。


 彼はお望みの職業ジョブの適性を得るために、毎日剣を振っていた。

 毎日のように森に剣を振りに行っていた。

 相変わらず、結界の外に出そうになっちゃうし、吊るした丸太を捌ききれなくて怪我するし、魔法を暴発させそうになったこともあった。

 痛いのが苦手なのに、毎日生傷を作っては彼は努力していた。


 淡い緑の光が彼を包んだ。

 私は毎日彼の傷を癒した。

 もしかしたら、そのお陰で癒術士の腕が上がったのかと思うくらい彼を癒した。

 でも、気分は微妙だった。

 私には彼がここを出ていくために頑張っているような気がしたからだ。

 私は彼が私の家に傷を治してもらって帰った後、なんとなく心が落ち着かなくて、もやもやがずっと蔓延っていて、どんなに気を反らそうとしてもできなくて、机を意味もなく思いっきり拳で叩いた。

 ドンッと鈍い音がした後、手の側面がじんじんした。

 隣の部屋から寝ていた弟の泣き声も聞こえて、ただ、後味だけが悪くなった。

 傷はないけど赤くなったその手は癒さなかった。









 彼は十歳になってやっと職業ジョブを選んだ。

 魔剣士という、なかなか珍しい職業ジョブだった。

 彼は嬉しそうだったけど、私はうれしくなかった。

 これで彼は旅立ってしまうかと思うと素直に喜べなかった。

 だから、私は嬉しそうに魔剣士になったと語る彼が、ここを出るのが、私と離れるのが、そんなにも嬉しいのかと彼を思いっきり睨んだ。


 でも、幼馴染は旅立たなかった。

 彼は村に残った。

 この頃、魔王復活の時期が近かったので、村周辺にも魔物が増えてきたからだ。

 彼は昔と同じく、へへっと笑いながら、守るよって言ってた。

 照れてるその姿はかっこ悪いけど、でも、いいなって思った。


 彼は魔剣士になって、村の周りに出没する魔物を毎日のように狩った。

 村には結界が張ってあるから、結界の中に魔物が入ってくることはほとんどない。

 でも、魔物が増えて、一気に結界に攻め込まれたら、結界は壊れてしまうらしい。

 今までは村で少し剣を使える人たちがたまに間引きをしていたけれど、最近は魔物が多くなってきたので、毎日のように魔物を狩っておかなければ万が一がある。

 魔王の復活はそれほど魔物を活発化させていた。


 彼は村の中でも唯一の戦闘系だったから、魔物討伐に専念した。

 帰ってくるたびに彼はあちこちに傷を作っていた。

 傷を癒す私の横で、大丈夫だって強がりながら、ちょっぴり涙目のその姿は少しだけかっこいいと思った。







 私たちが十五歳になったとき、幼馴染に異変が起きた。

 その日は相変わらず魔物狩りをしていた。

 最近は特に魔物が多くなって、彼は傷をいっぱい作って帰ってきていた。

 だから、妙に心配になった。

 日がもうすぐで落ちるのに、帰ってこないのも私の心配を増長させた。

 私は先代癒術士のおばあちゃんが亡くなっちゃって一人になった小さな治療院を早めに片づけて、村の門まで迎えに行った。

 日が沈む山が見える門の前で待っていたら、彼は神妙そうな顔をしながら帰ってきた。

 私はうれしくて駆け寄ったけれど、いつも傷だらけの彼の身体はその日はなぜか無傷だった。


 彼は私の家に着くと、二人で話がしたい、と言った。

 だから、私は弟に大事な話をするから部屋に入らないように言って、彼を自分の部屋に招いた。





 彼は言った。

 自分は転職した、と。

 私は奇跡が起きたことに驚いたけど、彼はあまりうれしそうじゃなかった。


 彼は言った。

 自分は勇者になった、と。


 私はそれを聞いて、彼がここを離れなくてはいけなくなったことを悟った。


 そして、彼は続けた。

 君が好きなんだ。

 君が好きなんだけれど、魔王を倒しに行かなければならない。

 これは神の決めたことだから。

 復活した魔王は勇者にしか倒せないから、と。


 彼の吐露する顔は泣きそうで、ぎゅっと握る拳は震えていた。


 でも、私は喜んだ。

 心の底から。

 彼に殺してもらえる、と。


 だって、私は魔王に転職したから。


 魔王は勇者に()されるものだから。


 彼は幼馴染だから、私は彼のことをよく知っているからわかる。

 彼はちゃんと魔王()()してくれるって。

結局、主人公たちの名前は決まりませんでした。


彼女編 → 彼編 → 他の人たち編


毎日21時に投稿です。

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