俺と彼女とぷろていん
追記あり。
ふわふわと何かに浮かされている気分だった。
目の前には彼女がいて、俺はうれしくなって手を伸ばす。
でも、その手は空を切った。
彼女との距離はとても近いように思えたのに、なぜか手は届かなくて、どんなに頑張って腕を伸ばしても目の前の彼女に近寄ることさえできなかった。
俺はそれが苦しくて顔をゆがめるけれど、彼女はにこにこと笑っていた。
そして、言った。
この星、おいしいのよ、と。
俺は意味が分からなくて、でも、彼女が持っているそれはとても熱そうで、彼女の手がやけどしてしまうと思って手をもっと伸ばした。
彼女の手の中にあるのは星のように輝いているけれど、その輝きは鋭く冷たくて、でも、その熱気は彼女をどんどん焼いているようだった。
手を伸ばしても相変わらず俺の手は彼女に届かない。
すぐ目の前のはずなのに、もどかしくて、俺は彼女にその星を手放させないとと思うけれど、何もできなかった。
でも、相変わらず彼女は笑っていた。
この星、おいしいのよ、と。
朝目覚めると、体が重かった。
さっきまで何か夢を見ていた気がしたが、頭が重くて思い出せなかった。
相変わらずだるくて、俺はベッドから起き上がる気になれなかった。
起きると毎朝思う。
ああ、本当ならば彼女が隣にいるはずだったのにな、と。
でも、一人用のそのベッドは俺一人だけだった。
そうであったはずなのに、そんな日が来ると信じていたのに来ないと知った時の実感は毎朝起きた時に、台所に行ったときに、家を出るときに、いちいち気づかされる。
それが虚しくて、悲しくて、心の穴にひゅーひゅーと風が通り抜けた。
だが、俺は彼女の約束を守り切るということしかできなくて、今日も鉛のような体を持ち上げた。
サイドテーブルには彼女の色で染まっていたはずの白い仮面があって、俺はそれを手に取った。
朝ご飯を抜いてしまうと、彼女はいつも俺に駄目よ、と叱った。
俺の母は朝に弱くて、朝ご飯を作る時間に起きれないことが多かった。
そういう時は彼女が作った料理を一緒に食べさせてくれ、魔物狩りに森に行くためのお弁当まで作ってくれた。
彼女の弟がなぜかそれを見て眉をしかめていた日もあったが、俺は彼女が俺を機にかけてくれるのが嬉しかった。
もう、その彼女はいないけれど。
でも、彼女ともし会えるようになった時、俺が死んでもし会えるならば、彼女には笑顔でいてほしいから、俺はご飯は抜かないようにしている。
俺は仮面の横にある瓶を手に取った。
きゅっという音を立ててそれを開けると、そこには金平糖が詰め込まれていた。
俺はそれを一粒手に取り、口に放り込む。
ほろりと口いっぱいに金平糖の甘みが広がる。
彼女の母は行商人だったから、彼女の祖父がたまに甘味を差し入れてくれた。
金平糖は彼女の好物の一つで、何度か差し入れてくれたからこの味は彼女を思い出せて好きだ。
それだけじゃ足りないって言われるかもしれないので他にもパンを口に入れ、俺は仮面を顔に張り付け、魔力を流した。
今日向かうのはこの宿のある村の近くにある村だ。
凶暴な魔物が現れていると噂があったので、被害が拡大する前に駆除するつもりだ。
ドアノブに手をかけ、扉を押すと、かさりと外から何か音がした。
俺は不思議に思って外をのぞくと、そこには小さな紙袋がおかれていた。
郵便物が届いていたりすると、こうして扉の前に置かれていることがあるが、俺はここにいることを誰にも明かしていない。
それどころか、勇者である俺は行方不明になっているはずだ。
だから、荷物が部屋の扉の前にあるはずないのだ。
俺はその紙袋を手に取った。
それは見た目よりはずっしりとして重かった。
中身が気になったけれど、すぐにでも魔物を倒したほうがいいと思い、俺は紙袋を机に置き、宿を出た。
森にいた魔物は全然強くなくて、彼女がずっと強くて、でも普通の人たちには危険ということがわかって、俺はすぐに倒した。
そんなに動いたわけでもないのにぐったりした体で宿に戻る。
どかりと椅子に座ると、仮面を外した。
小さくため息をついてその真っ白な仮面を眺める。
そこに浮き彫りにされたリコリスは俺が彼女に渡したものと全く同じで、俺の気持ちも今でも変わらず同じでただただ悲しかった。
はらり、と涙が流れる。
何度目かわからない。
彼女のことを思うと、勝手に涙があふれてくる。
もう彼女がいなくなって、俺が殺してしまって、一年近くたつのに、この涙を止められない。
すると、かさりと隣の机から音が鳴った。
顔を上げると、そこには宿を出る前に扉の下にあった紙袋があった。
そういえば中を確かめていないと思い、俺は涙をぬぐって袋を手に取った。
袋を開くと、中には白い粉が入っていた。
これは、と俺は目を見開く。
まったく見覚えのないものだ。
何なのか見当がつかない。
だが、なぜか気になって仕方がなかった。
すると、不意に耳元で声がした。
―――……て、い……
何を言っているのかぼんやりとしか聞こえなかったが、懐かしいようなその声は、すぐに掻き消えた。
袋に手を入れるとまた聞こえた。
次ははっきりと。
懐かしい声で。
―――ぷろ、……て、いん…
でも、意味が分からなくて、俺は首を傾げた。
もう一度袋に手を入れる。
―――今の、うちに、……運動後に……、早く、ぷろ、…ていん、を…
不思議に思ったが、俺はその声に逆らえなかった。
魔法で水を出し、すぐにその白い粉をいくらか入れて溶く。
そして、ぐいっとそれを飲み干した。
まずくもなく、おいしくもないその白い飲み物は俺の口の中にすぐに消えていった。
すると、懐かしい声がまた響く。
―――う、ん……。これで、いい…
安心したような声に俺もほっとする。
そして、手に持っていたカップを置くと、その声のほうへ顔を向けた。
そこには懐かしい顔があった。
俺は涙があふれてきて、視界がぼやける。
久しぶり、そういう彼女はにっこり笑っていた。
どういうことかわからないけれど、彼女が目の前にいるのがうれしくて、胸がはち切れそうなくらいいっぱいになって、なんとなくこのまま手が届かないくなったらどうしようって不安になって、彼女に手を伸ばした。
だけど、その手は何もとらえず彼女の体を通り抜けた。
目の前に彼女がいるのに、届かない。
それがたまらなく悔しくて、虚しかった。
彼女はそれを何とも思わないようで、自分の体に俺の手がすけて通り過ぎても笑ったままだった。
その笑顔が俺の心を満たして、やっぱり彼女のに触れることができないのは悲しいけれど、今は彼女の顔を見れただけいいと思った。
にこにこ笑う彼女を俺は改めてみると、彼女はふふっとまだ笑っていた。
俺も毒気を抜かれて笑ってしまう。
涙はいつの間にか止まっていて、彼女を抱き締めたくなってたまらなかった。
でも、それはできないとわかっていて、俺は彼女になぜ、とだけ聞いた。
すると、彼女は言った。
死ぬ間際に貴方と一緒にいたいと願った。
そうしたら、妖精として蘇った、と。
妖精とはこの世界でも稀な存在だ。
ほとんど伝説の生き物といってもいい。
それに彼女が生まれ変わったとみていいのだろうか。
彼女は続けた。
貴方と会えてうれしいわ。
好きよ、と。
その言葉がうれしくて、何よりも聞きたかった言葉で、俺の瞳からは止まったはずの涙がまた溢れてきた。
そうしたら、俺も気持ちが溢れてきて、それを彼女に伝えたくなって、少し照れて目をそらしてしまったけれど、好きだ、といった。
すると彼女は嬉しそうにまた笑った。
そういえば、と俺は笑う彼女の前で思う。
妖精についてはほとんど言い伝えがないが、それぞれ司るものがあるらしい。
木だったり、水だったり、炎だったりする。
それは魔法とは似ているが非なるものらしい。
俺は彼女は何をつかさどるのか気になって聞いた。
すると、彼女の笑みはもっと深まった。
そして、言った。
私はね、―――筋肉の妖精なの。
これからは、あなたをマッチョにするために頑張るわ、と。
俺は彼女が何を言っているかわからなかったけれど、彼女に会えたからそれでいいかなと思うことにした。
とりあえず、彼女が紙袋の中のぷろていんと呼んだ白い粉をコップに大量に投入しているのに目をそらした。
少し遅いですが、エープリルフールネタでした。
感動からの、思いっきりぶっ飛んだものにしようと思ってこうなりました。
読者さんからは多数の二度見コメントをもらい、思いついてからの4時間クオリティに驚いていただけたならば天野は満足です笑
とある読者さんからエープリルフールは午前に噓をついて、午後にネタ晴らしをすると聞いたのですが、ほら、作家って、昼夜逆転とかするじゃないですか。
作家といえるほど大層なものじゃないですけど、そこはご勘弁を。
ちなみにどうでもいい話ですが、最初のおいしい星は天野の夢の中に出てきたものです。
夢の中ではとってもおいしかったのですよね。
すごく熱かったですけど。
猫舌の天野でもバクバク食べられてのが不思議です。
ただいまお姫様視点を執筆中です。
お姫様視点ともう2話ほど他者視点を投稿後にIFの話になります。
IFの話は白い粉は出てこないのでご安心を。
4月中には完結予定なので、お楽しみを。
では、イベントネタにお付き合いありがとうございました!
↓こちらは感想返しに書いたのですが、一応。
◇
朝起きたら、彼女がいる。
それだけでも俺は幸せだ。
今日も彼女は笑って言ってくれた。
好きよ、と。
そして俺も言った。
好きだよ、と。
ただ、彼女は好きだと言ってくれた後にはいつも白い粉を水に溶いて俺に渡す。
彼女が作ってくれるものならば何でもおいしい。
だけど、彼女はそのカップを渡すときにも同じ言葉を言う。
早くマッチョになってね、と。
嬉しいのかよくわからない。
でも、とりあえず筋肉ダルマだった戦士と騎士には絶対に合わせないことを、俺は誓った。




