第九話 召喚と滅亡
ハードディスクの不調のため、更新がかなり遅れました。申し訳ありません。
今まで鷹丸が活動していた土地は、かつて赤森王国という名の国の領土だった。
だが現在は、国の中枢であった王室は既になく、新しい自治体が出来上がって、代わりに政治を執り行っている。そういうことになった経緯は、今から四年ほど前に遡る。
赤森王国の中枢である、王都・岩樹。その王都の更に中央には、一つのとても大きな城があった。その大きさは、若松が建てていた西洋風の城の倍以上はある。
デザインは和風だが、日本の城の天守とは、少し形が違う。十数回建ての、大きな箱形の建物であり、建材は石が多い。屋根は瓦屋根で、まるで西洋の要塞に、和風のアレンジをしたようだ。
城は広い城壁と庭園に囲まれている。塀の外には濠はない。塀は高さ20メートルはある、大きくて長い渡り櫓になっている。
その内部には、明らかに豪華な和風庭園が広がっている。整備された大きな池に、手入れがされた木々の数々。一部に演習場と思われる広場や、兵舎と思われる城に次ぐ建造物があったりする。
そんな立派なお城の内部で、この日、ある大がかり儀式がとり行われていた。
「ちょっと、何よここ!?」
「うわっ、ノートがない! 黒板は・・・・・・ない!?」
「何だよ、これ!? お前ら誰だよ!?」
「先生、その角なに?」
城の内部のある一室。石の壁と木の仕切りで形作られた、学校の体育館よりも広い、四角形の間取りの広間である。部屋の二方向には、城門のような金属製の立派な扉があり、そこが外の通路に繋がっていた。
そこには時代劇の侍が纏うような甲冑を纏った者が二百人以上、部屋の壁側に取り付くように、部屋の真ん中にいる者達を取り囲むように、整列して立っている。
彼らが一斉に目を向ける先には、日本人児童おおよそ三十人と、一人の大柄な男性が、混乱しきった様子で騒いでいた。
侍達がいるこの部屋には、似つかわしくない装いの児童達。中には鉛筆や消しゴムを握りしめている者もいた。
彼らはこの世界の者達ではない。異世界日本の弘後小学校六年二組の生徒達である。
向こうの世界で、いつものように平穏で退屈な時間を過ごし、いつものように授業を行っていた中のこと、突然目の前が白く光り、なにも見えないと思ったら、一瞬で目の前の風景が一変したのだ。
見慣れたいつもの教室ではなく、牢獄のような奇怪で巨大な部屋にいる。しかも周りには、テレビでしか見ないような、甲冑姿の兵士達。
その目つきは、こちらを睨み付けるようで、それが怖くて泣き出す児童もいた。
「ザリ太郎!?」
一人の男子生徒が、生徒達が密集している場から、少しそれたところにある物を見て、慌てて駆け寄る。
そこにあるのは、子供でも片手で持てる小さな水槽。その中には、六年二組で飼育しているザリガニがおり、しかもまだ生きている。
飼育係であった男子生徒は、混乱の中踏まれないようにそれを持ち上げて、内部を見てザリガニの無事を確認する。
「清子!? その頭についてるの何? それに顔が・・・・・・」
「頭? そういや何かついてるね? 何だろこれ・・・・・・ていうかあんた誰?」
清子と呼ばれたセミロングヘアーの女子生徒が、自分の頭をさすってそこにおかしな物を確認する。自分の前頭部の両脇に、覚えのない突起物があるのを、手の感触で認識した。
だがそれと同時に、目の前の人物の姿を見て、それ以上の疑問を口にする。目の前のいる女子生徒は、清子にとって覚えのない人物だった。
彼女は何故か、横にブカブカのTシャツを着ている。下はズボンだが、何故かベルトを付けているのにユルユルで、今にも腰からズレ落ちそうだ。
その服のデザインに覚えがあるが、それを着ている人物の容貌には覚えがない。丸顔で頭に鹿のような角が生えた少女である。
尻からは何故か爬虫類のような尻尾が生えて、それがズボンを突き破っている。ズボンがズレ落ちないのは、この尻尾が引っかかっているからのようだ。
「誰って・・・・・・翔子だけど? それよりあなた清子だよね? なんか大分変わってるけど」
「あんたの方が変わってるわよ! 何よそれ!? いつの間にダイエットしたの!?」
清子の知る、佐藤 翔子という少女は、メタボで身体が横に太く、顔ももっとタプタプした感じであった。
だが目の前にいる翔子は、見る影もなくスリムになっている。声や顔つきに、面影が無いわけではないが、あまりの痩せっぷりに、清子は目の前の友人を即座に判別できなかった。
「いや、清子も変わってるけど・・・・・・何か生えてるし、顔も黒いし・・・・・・そういえば手も」
「手? うわ!? ちょっと、何よこれ!?」
清子の変化は、角が生えただけではなかった。服から露出する彼女の肌は、日焼けしたかのように浅黒くなっている。彼女は黒人ではなく、純粋な黄色人種だし、ここに繰る前に日光浴をした覚えもない。
見るとこういった変化は、彼女たちだけではなかった。皆ここに来る前の、学校で見たときとは、多かれ少なかれ、身体特徴に変化が起きている。
頭に角や葉っぱが生えていたり、清子のように肌が黒くなっていたり、翔子のように尻尾が生えていたりする。
中には翔子のように、以前は太り気味だった体格が痩せている者もいた。中には顔つきも細く変化している者もいる。アスリートのように、体脂肪と共に、皮下脂肪も一緒に落ちて、顔が細くなったのだろうか?
「静粛に!? 今から我らが赤森王国国王陛下からの、お前達へのお言葉がある!」
一頻り騒いだ所で、一人の兵士が生徒達に見下すような偉そうな声を上げる。その言葉に一斉に反応し、一瞬騒ぎが収まり、教師・生徒らが声のした方向に目を向けた。
声をかけた兵士のすぐ隣には、時代劇の将軍のような装いの中年男性が、御輿のような籠に乗りながら、偉そうにこっちを見下ろしている。髪型は丁髷ではなく、ウルフカットだ。着物の金色の模様が描かれた緑色のお召しは、妙に派手派手しい。
「誰? この偉そうで趣味悪いおっさん」
最初の一声は、誰が言ったか不明だが、子供のストレートな感想だった。それに眉を潜ませながらも、その国王と呼ばれた男が、六年二組一同に声を上げる。
「皆驚いているようだが、無理もない。そして突然の召喚を誠にすまなく思う。ここは君たちのいる世界ではない。別の世界である!」
「おじさん、頭吹きましたか?」
「大丈夫か? 病院には行ったか?」
次なる陛下の言葉に、児童達が返してきた言葉は、これまた悪意のない気遣いの言葉であった。
一同から国王に向かって、一様に哀れみの視線が注がれてきた。これに国王の眉が、ますますつり上がってきた。
この場に呼び出された者達の中で、唯一の大人であった巨漢の男性が、場の危険な空気を感じ取り、少し慌てた感じで話に割って入る。
「・・・・・・ああ、失礼。俺は担任教師の清水 定雄だ。それで国王陛下。失礼と思うが、俺たちは本当に唐突で、説明されてもいまいち事態が飲み込めん。・・・・・・異世界と呼ばれてもな」
「ならば証拠を見せよう。このために用意した物がある。化け鷲をこっちに連れてこい!」
国王がそう告げると、壁の扉の方に立っていた兵士達が、一斉にそこをどく。鈍い金属音と共に、その扉が開かれる。
その向こう側から、調教用の鞭を持った役人風の男と、それに縄で引っ張られる、巨大な何かが、部屋の中に入ってきた。
「これは!?」
「すげえっ、何あれ!? 怪獣!?」
調教師と思われる男に縄で引っ張られながら入ってきたのは、首輪で繋がれた一羽の動物であった。
それは鳶をそのまま大きくしたような、巨大な鳥である。その大きさは雄牛ほどもある。向こうの世界では、世界で最も大きな鳥類はダチョウであるが、これはそれよりも明らかに大きい。
(何だこれは!? 本物の怪物だというのか?)
清水教諭は、最初人が入った着ぐるみではないかと疑った。だがこの鳥の体型と、細かいリアルな動作を見ると、どうにも本物に見える。
「うおぉおおおっ! でっけえ!」
「これって何ていう名前のモンスター? やっぱ飛べるの!?」
清水教諭が未だに信じられない風なのに、生徒達は意外と順応が速い。さっきまで泣き出していた生徒も、これを見て何だか楽しそうだ。
「ピーヒョロロロロロッ!」
調教師が鞭を一降りすると、この巨大鳥が小さくそう鳴き声を上げる。これに生徒達が、更なる歓声を上げた。
「これは余の乗り物だ。お前達の世界のことは、召喚士の千里眼から、ある程度は知っている。こういう生き物は、向こうの世界にはいないのだろう?」
浮き立つ生徒達に、国王がそう自慢げに語る。しかし・・・・・・
「でもただのでかい鳥だよな、これ。角もないし、もっとかっこいい怪獣出せよ」
「火ぃ吹く、これ?」
「何か俺的には、驚かせるには大きさ足りないんだよな・・・・・・どうせならビルぐらい大きい奴出してくれよ」
驚いたと思ったら、もう飽きだした生徒達は、口々に礼儀のない言葉を浴びせてくる。この様子に、国王のこめかみが震えだした。
「クスクス・・・・・・」
「・・・・・・確かに言えてるわな」
「ガキになめられてるな、あの無能国王」
更に拍車をかけて、周りで守備を行っていた兵士達の間から、何故か小さな笑い声と、ヒソヒソと失礼な会話が発せられていた。
国王が酷い形相で、彼らを見渡すと、一瞬でそれらは止んだが。国王の隣にいた、身分の高そうな装いの兵士が、咳払いをして、六年二組メンバーに高らかに声をかける。
「我々の世界は、今危機に瀕している。魔王と名乗る何者かが、世界中に念話で宣戦布告をしてきた。種の義務のために、この世界を滅ぼすと、未だに意図の判らないことを言ってな。それからまもなく、世界各地で魔物被害が増大した。数が増えただけでなく、魔物そのものも著しく強化された。これはその魔王の仕業に違いないと、皆が考えた。
そこで我々は、この世界を救うための力を持つ者。すなわちあなた方を天者として召喚した。今あなた方の身体に起きている変化は、貴方たちをこの世界に招いた召喚の精霊が、界の門を通る際に貴方たちに、特別な力を与えて起きた変化だ。皆様、どうかその力を持って、我々に力を貸して頂きたい!」
怒りで興奮し始めてた国王に代わって、その兵士は事の概要を手短に、そして一気に話し終えた。
ようするにその魔王という者に対抗するために、六年二組のメンバーを、この世界に許可無く呼び出したというわけだ。
そんな説明に対して、ファンタジー物にある程度理解のある現代っ子の彼らは、実に手早く話を理解した。そしてそれぞれが手早く、その兵士達に答えを返してきた。
「ふえ? いやよ、そんなの」
「何か詐欺っぽいので、お断りします」
「ていうか、そんな力を何で俺たちにやるんだよ。お前らの世界の奴らじゃ、駄目なのか?」
「世界を救うんなら、リアルよりゲームの方がいい」
「ていうか、世界を救う勇者が、何でこんなにいるんだよ!? 俺一人だったら、受けてやったのに!」
返ってくる答えは、皆一様に、申し出を断る言葉だった。生徒だけでなく、清水教諭も彼らに否定的な態度を示してくる。
「俺は未だに、事の状況を受け入れきれずにいるが・・・・・・それでも一つだけ判ったことがある。あんたらは到底、信用に値する者ではないとな。俺たちを承諾もなく勝手に呼び出した挙げ句に、こんな子供らをその魔王とか言う奴と戦わせようとする。昔映画でそのような話を見たことがあるが、あれと変わらない理不尽さだな」
「つまり私達には協力できないと、この世界が危機に晒されているというのに?」
「それはあんたらの都合だ。早いところ、俺たちを全員帰してくれないか」
すぐに送還を頼む清水教諭。困り顔の兵士とは対照的に、国王の方は何やらにやけた顔だ。さっきまで切れ気味だったのに、何だか生徒達の大部分が、彼にむかつく感じを覚えていた。
「残念ながら、今すぐは無理だな。女神ゲド様の伝え残したこの召喚は、召喚の義務を果たすまで、帰すことは不可能だ」
国王の言葉に、生徒達がざわめき出す。そっちの頼みを聞かなければ、元の世界に帰れない。それでは脅迫と変わらない。
「今の自分の立場が判っただろう? 故国に帰りたければ、我らの国益のため・・・・・・ではなく、世界の為に戦ってくれるであろう?」
「何言ってるんですか、陛下? 送還の方法なんてないでしょう?」
わざとらしく本音を交えながら、嫌みたらしく言う国王に、空気を読めない一人の兵士が、ずばりと馬鹿正直に言ってくれる。
あまりに即答で放たれた言葉に、この発言に清水教諭が激昂した。
「どういうことだ!? 帰る方法がないというのか!?」
「はい。少なくともゲド様の伝えた文献では、送還の方法は書かれていませんでした。恐らく皆様方は、一生この世界からは出られないかと・・・・・・」
明らかに矛盾した話をしていた国王に、全員の視線が一斉に向く。国王はやや狼狽しながら、彼らに放った答えは。
「ええい、何だその目は!? お前らは儂らが召喚したんだ! この召喚のために、どれだけ金を使ったと思う!? お前らは黙って、儂らの為に働けばいいんだ! この異界の野蛮人共!」
ブチッ!
その時何かが切れた音がした。気がしただけで、実際には何も切られていないのだが、どこかで心の何かがぶち切れた気がした。
それは恐らく、六年二組のメンバー全員の、心の血管がぶち切れる音だったのだろう。
「「「ふざけんなぁああああああああああっ!」」」
生徒達の激怒の声が、城中に響き渡った。
この日赤森王国は、異世界から召還された天者達の造反により・・・・・・一日で滅亡した。




