第七話 葉っぱとお城
今から四年ほど前に、弘後市立北小学校という学校で、ある事件が起こった。
季節は十月、学年の半分の期間が過ぎた時期のこと。その日は特におかしなこともなく、いつも通りに大勢の児童が学校に登校し、いつも通りに授業が行われていた。だがその中の一室、六年二組の教室で事件が起きた。
起きたと言っても、具体的に何があったのかは判らない。最初に異変が認識されるのは、昼休みの時間帯。ある生徒が、友人のいる六年二組を訪れたところ、そこには誰もいなかったのだ。
いつもなら遊び盛りの子供らが元気よく騒ぎ出す時間帯に、その六年二組だけは異様に静かだった。何故か無人となっている教室。当時その児童は、授業の都合でいないのだろうと思って、気にもとめていなかった。
その教室の児童・教師が、一斉に失踪した異常事態が、明確に認識されたのは、その放課後になってからであった。
教室のロッカーには、鞄などの児童の持ち物がそのままになっていた。教室の机には、授業で使われている、教科書・ノート・筆箱らが、勉強道具一式が置かれている。
黒板には、理科の授業中であっただろう文面が、中途半端に書かれていた。児童の机には、その黒板の文を追いながら、途中まで書き込んでいるノートが多数あった。まるで授業を途中でいきなり打ちきって、そのままどこかへ出かけて帰らなかった、というような状況であった。
だが学校も周辺住民の誰も、そんな大人数の生徒が、どこかへ出かける様子など見ていない。こっそり誘拐したにしても、それはかなり大型の自動車が必要だろうが、当時の町の監視カメラにも、その姿はなかった。
その後警察の懸命の捜索にも関わらず、六年二組の生徒・教師ら三十名の消息は、未だに判っていない。このニュースは、当然全国を驚かせ、テレビの新聞もこぞってこの事件を取り上げ続けていた。
ここで二つほど、補足しておくことがある。当時の事件で姿を消したのは、生徒と教師だけではない。
その教室のロッカーの上には水槽があり、そこに一匹のザリガニが飼育されていた。“ザリ太郎”と名付けられて、その教室で飼われていた飼育動物だ。そのザリガニもまた、生徒達と同様に、水槽ごと姿を消していたのだ。
そしてもう一つの件は、今説明したのとは逆の話だ。六年二組の生徒の中に、一人だけ失踪しなかった者がいた。
その生徒は、当日病欠で学校に来ていなかったのだ。そのおかげかどうか不明であるが、その生徒だけは失踪せず、翌日に警察からの連絡で、クラスメートが消えたことを聞かされたという。
事件後のその生徒の環境は、本人にとっては地獄であっただろう。姓名は伏せられたものの、毎日大勢の報道陣が、彼の自宅へと押しかけて、色々と騒ぎになっていた。
押しかけたのは報道者だけではない。あるとき失踪した生徒の両親が、その生徒に詰め寄って罵声をあびせてきたのだ。
それは興奮して要領を得ない言葉だったが、要約すれば・・・・・・
『何でうちの子は消えたのに、あんたはまだいるのよ!』
という責め立てである。それに対してその生徒は、そのクラスメートの親に対し・・・・・・
『そんなこと俺が知るか! 帰れよババア!』
という発言をした。この件はどこかから世間に洩れ、一部でその生徒を糾弾する動きが現れた。それから右往左往色々あって、最終的にその生徒は転校することになる。
報道では伏せられたその生徒の名前は、妹尾 鷹丸といった。
ガルゴと剣崎 直人が対決した翌日。
異世界の山間部にて。その場所はかなり標高の高い場所にあり、空を見上げると雲が大きく見える。高山地帯であるせいか、樹木は少なく、広大な丘を、緑色の草原で覆い尽くされていた。
そんな美しい自然な景観の中に、一つだけ異様で巨大な物体が、でっかく存在していた。それは城であった。
と言っても古来の日本の城とは全く違う。白い石製の壁に、青くて大きな切妻屋根、そしてその屋根から伸びる円錐形の屋根がついた塔。これは明らかに西洋風のお城であった。デ
ザイン的には、某テーマパークの城のモデルになったという、ノイシュヴァンシュタイン城に近いものだ。
これまでガルゴが遭遇した集落の建物や、人々の身なりは、揃って和風だったのに、ここだけ西洋ファンタジーぽい世界が出来上がっていた。
その城はまだ作りかけのようで、城の一部分に建設用の骨組みが見える。どうやらこの城は、鉄筋コンクリート製であるようだ。
この城には塀はないが、それを防備するための迎撃システムはあった。城の周辺を取り囲むように、いくつもの砲台が設置されているのだ。
回転して方向を変えられるシステムなのか、円形の金属板の上に、二本の細長い砲身がついた大砲が、城周辺の各所に取り付けられている。
それは中世に使われたようなカノン砲とは明らかに違う。現代の戦争にも使えそうなライフル砲である。砲台の中には、大砲ではなく、巨大なバルカン砲やミサイル発射装置が設置されているものもあった。
中央の城は西洋ファンタジックなのに、それを守る防備があっちの世界の現代軍隊風である。雄大な大自然の光景も、こんなものが置かれていては、景観台無しである。
その城や砲台は無人ではなかった。未完成の城を現在組み立て工事している者や、守備兵なのか砲台で辺りを監視している者もいる。
ただし彼らは人ではなかった。その外見は明らかに、向こうの世界ともこっちの世界の住人とも違う。それは植物人間であった。それは昏睡状態に陥っている、遷延性意識障害者のことを意味するのではない。それは比喩ではなく言葉通りに、植物と人間が組み合わさった姿をした怪人達であった。
体型は人間にかなり近い。二本足で立ち、二本の手と五本の指を器用に扱い、様々な工具を扱って、城の組み立てを行っている。
だが彼らの肌色は、植物の茎のように緑色であった。ただし下半身の方は、植物の根のように茶色く、根毛のような細かい毛が無数に生えている。
首からは、巨大な葉っぱが数枚積み重なって生えて、マントのように背中を覆っていた。彼らの顔はまるで怪獣のよう、ハエトリソウのような緑色のギザギザ葉が生えた大きな口で、緑色の顔には大きな目が一つだけついている。
髪の毛らしきものはなく、緑色の丸坊主だ。耳は葉っぱをくるんだような外見で、ファンタジーのエルフのように長い。
そんな異形の存在達が、この城の警備や建設を行っているのだ。皆無言で、実に静かに仕事に励んでいる。この様子を見ると、あまり知性があるようには見えない。
その城の内部。既に出来上がった部分の、上の塔の内部にて。
城の内装は、これといって装飾などの飾り付けはない。石造りの床や壁で覆われた、廊下や部屋が多くあるだけだ。
しかしその塔の内部の部屋だけは別であった。いかにも高そうな絨毯が床に適当な配置で敷かれている。壁にはいくつもの絵画が飾られている。動物・花・町の風景など、描かれているものは様々で、それがそこら辺の壁に適当な配置で置かれている。
その他、設置されている机やベッドなど、洋風の調度品の数々は、どれも見た目は高級そうだ。だが統一感がない。
ただ適当に高い物を買い漁って、適当に部屋に置いてあり、まるで成金のような部屋であった。
そんな部屋に、この城の主がいた。部屋の一角にある椅子に腰掛け、黒い板状の何かを耳につけて、何かを喋っている。
その黒い物体は、あっちの世界の基準と同じで考えるならば、どうやら電話に相当する物のようだ。
「狙われてる? そんなの考えすぎじゃないの? 剣崎って、猪みたいな奴だから、自分から突っ込んで返り討ちになっただけじゃないの? はあっ!? そんなの嫌よ! あたしはここで、あたしのお城を作るのに忙しいんだから!」
お姫様のような水色のドレスを纏った、お嬢様風の装いの少女であった。年の頃は十代前半程度で、身長は百五十センチ中程。日本人と同じ黄色肌・黒目・黒髪で、ツインテールの髪型だ。
そして何よりの特徴が、頭の天辺に生えている葉っぱである。これは飾り物ではない。彼女の頭蓋から皮を通って、若芽のような双葉がニョッキリと生えているのである。この時点で、明らかに普通の人間ではない。
そんな彼女は、電話と思われる器物で、遠くから誰かと会話をしているようだ。
「そんなに心配なら、ザリ太郎でも呼びなさいよ。でかい奴の相手なら、でかいのに任せればいいわ。いいからもう何度もこっちに電話してこないで! じゃあね!」
そう言って葉っぱ少女は、そのまま電話を切る。耳に当てていた板状の物体の表面には、いくつものスイッチがあり、少し角張っていることを除けば、確実に向こうの世界の携帯電話と同じであった。
(心配してくれるのは結構だけどさ・・・・・・あの身勝手国王の思惑通りに動くなんて、癪なのよね・・・・・・)
一息ついて葉っぱ少女は、部屋にあるガラス製の窓から、外の景観を眺める。高山地帯から、下にある大地を隅々まで見渡せる、とても綺麗な景色だ。
(ここの良いところは、まだこの景色だけよね・・・・・・でも見てらっしゃい! いつかここで私だけの王国を作ってみせるわ! ・・・・・・そのためにも、葉魔達の様子を見に行かないとね)
現在この小さな王国で働いている植物人間達は、葉魔という葉っぱ少女の生み出した、彼女自身の分身である。
彼らに自我・感情といったものは一切無く、ただ創世者の命令通りに動くための人形である。だがその性能は高い。
一定の情報を彼らの頭の中に流せば、人間の職人と同じような仕事を、ある程度こなせる。さすがに匠の技レベルは無理だが。彼らは現在、この城を建てるための設計図と、それに必要な作業工程の情報を与えられ、それにそってこの城を建てている。
だが知性が低いため、何かトラブルが起きたり、組み立てにズレが起きても、それを修正するという判断能力がとれない。
前にそれで何度もミスを犯した。床石の材料が尽きたのに、それが判らず、何も持っていない手を動かして、石を組み立てる動作をする、エア作業を繰り返したりしていた。あるときは開発途中で、設計と現場にズレが起きても、構わず作業を続け、廊下の長さや部屋の間取りがおかしくなったことがあった。
そういった事態を防ぐためにも、創造者である葉っぱ少女自身が、何度も彼らの様子を見て、おかしな行動を取っていないか監督する必要があった。
この葉魔達は、葉っぱ少女の身体の一部から生み出されたクローンに近いものだ。しかもここの身体能力は高く、場合によっては人間の作業者よりも良い仕事をする。
それをこれだけ生み出し、操る力は只者ではない。
(今のところ、異常なところはないわね)
葉っぱ少女は、広い城のあちこちを歩き回って、大分苦労しながら作業の安定を確認する。お嬢様を真似た装いの少女が、自ら出向いて、分身達の世話をしなければならない現状。
彼女の望む、自らが女王となる世界はまだ遠そうだ。一回りした後、彼女は再びさっきの部屋に戻り、昼食を取ろうとする。コックなどはまだ雇っていないので、全部自分で町で買い出しに出て、自分で調理をしなければならない。葉魔達は料理が出来ないのだ。
そんな時だった。静かなこの高台に、似つかわしくない音が聞こえてきた。
ドドーン! ドドーン! ドドーン!
遠雷のような低い音が、複数回連続して、城の外から聞こえてきたのだ。
「何!?」
聞き慣れない音に、当然驚く葉っぱ少女。廊下を走り、その音が聞こえてきた方の窓際に駆け寄る。
その窓の向こうの風景を見て、何が起こったのかを、即座に理解した。その音の正体は砲声だった。この城の防備の為に置かれた、あの砲台から発せられているのだ。
あの大砲は全て、以前“自分たちが潰した国”からぶんどった物だ。
自分が頂いて、自分の城の為に使わせてもらったのだが、それが実際に発射されるのを見るのは、今日が初めてである。
砲台に配属されている葉魔達が、プログラム通りに動いて、この城に近づく、脅威と判断される者に、攻撃を加えている。下手をすれば、罪のない通行人を攻撃しかねない、物騒なプログラムだ。
窓の方から葉っぱ少女は、その侵入者の姿を見た。その姿は、遠方であるここからでも、はっきりと視認できる者だ。
葉っぱ少女一人だけの、この王国に近づき、現在葉魔達から砲撃を受けているのは、現在世間を騒がし始めている、あの大怪獣ガルゴであった。




