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第五話 鬼の剣士

 その翌日の朝頃、再び異世界にて。

 百和田町から十キロほど離れた林の中。背の高い杉の木が大量に生えているこの場所は、自然の林ではない。いずれ木材として伐採されるために植えられ、今日まで育てられた人工林である。

 人間の手によって管理され、動物の気配が全くない人工林。その中を林業従事者と思われる男達が、鎌などを持って、林の中に生えている雑草を、世間話をしながら刈り取っていた。


「おい今朝の新聞見たか? 百和田の方の話」

「ああ、ここに結構近いじゃねえか。ここもやばいんじゃねえか?」


 先日の大型の魔物は、天者達によって“ガルゴ”と命名され、この国の全土の新聞に掲載され警戒が促された。そして百和田湖とその近辺に、大勢の憲兵や腕利きの鉄士達が集まろうとしている。

 現在彼らの住む村にも、百和田の方に向かう途中だった天者が、休憩がてら滞在している。


「確かあいつは、湖の中に隠れてるんだろ? 水の中暮らしが、こんな山の奥まで出てこねえだろ?」


 彼らには不安の感情が無いわけではないが、しかしそれほど切迫した雰囲気はない。

 彼らが天者と呼ぶ戦士達が、この世界に現れてから、魔物の討伐は滞りなく進み、被害も大幅に減っている。その天者が、一時期とはいえ、自分たちの村にいるのも、その安心感に影響を与えているのかも知れない。


 バキバキバキバキッ!


 男達の背後から、何だか宜しくない音が聞こえてきた。これは林業に携わる彼らには、とても聞き慣れた、倒木の音である。

 まさかと思って男達が振り返ると、そこには男達の想像を遥かに凌ぐ者が存在していた。


「どげぇえええええっ!?」

「そっ、そんなアホな!?」


 彼らが振り返った林の中には、今自分たちが話題に上げていたガルゴがいた。その直立姿勢の巨大爬虫類の姿は、1時間ほど前に見た新聞の写真そのままである。

 この辺の杉の樹高は、三十~四十メートルはある巨大なものだ。だがガルゴはそれよりも頭一つ分以上は背が高い。

 杉の木の影よりも、遥かに大きい怪獣の影が、林の中に差し込み、男達のいる地面を黒く染め上げる。

 ガルゴが今いる位置に、さっきまで生えていた杉の木が、今は無惨に彼の巨体に踏みつぶされ、倒木している。さっき彼らが聞こえたのは、この木が倒れる音だったのだ。


(何でだよ!? さっきまでこんなのいなかったのに!?)


 男達は驚愕と同時に、困惑しきっていた。それは当然だ。今ガルゴがいる位置は、ついさっき自分たちの視界にあった場所なのだ。

 さっきまで何事もない林の風景を確認し、十秒ほど経ってからその方角を再び見たら、何の前触れもなく唐突に、この巨大な生物の姿があったのである。


 あまりにあり得なすぎる事態に、これは幻覚ではないかと疑い始めた。だがガルゴが動き出したときに、そんな気持ちは吹っ飛んだ。ガルゴが林の中で、その巨体で歩き始めたのである。


 バキバキバキバキバキッ!


「「ぎゃぁあああああああああっ!?」」


 倒木の音と、男達の悲鳴の二重奏が、林の中に盛大に鳴り響く。

 ガルゴは目の前の障害物など気にとめず、それらを力尽くで排除し、全身を始める。今回ガルゴは人を追いかけたりせず、林の中の一方を歩き始めた。


 彼が一歩踏み出すごとに、彼の巨大な足や、長い尻尾の動きによって、杉の木がなぎ倒される。


 男達の祖父の代によって植えられ、今日まで大事に育てられてきた杉の木。

 後数年で伐採予定の、彼らと村の大事な収入源である木々が、まるで枯れ草のように簡単にへし折られ、踏みつぶされていった。






(またこの夢を見られるとはな。最近の俺はついてるな)


 先日と同じように怪獣となり、林の中を歩き続ける鷹丸は、今日も良い気分であった。

 現実の世界の彼は、何事にも冷めた性格で、人付き合いも上手くない冴えない男であった。だがこの世界では自分は無敵の怪獣なのだ。

 昔のように世論に怯える必要もない。最強の存在になるのは、例え夢であっても楽しいものだ。


 さっき悲鳴が聞こえた方に、人が数人いたが、今回は追いかけようとはしなかった。それよりも彼はこの世界をもっと探索してみたかった。


(何か壊しがいのあるもんねえかな? 自動車があったんだし、戦車とか戦闘機とかもあるかもな)


 鷹丸が歩いた場所は、すっかり林が開けて、見晴らしの良い林道が出来上がっている。道なき道を通り・・・・・・ではなく、道の無い場所に道を作りながら、鷹丸のグングン前進していった。


 二キロほど歩いたところで、彼の視界に林の中にある一つの集落が見えた。いくつもの小さな家々が立ち並ぶ集落地と、それと同じぐらいの面積の田畑が隣接した山村だ。これはさっき逃げた男達の村だ。

 鷹丸はそれを見つけると、そっちの方角に方向転換して歩き出す。村のすぐ目の前にまで近づいた。鷹丸の巨体は、村に住む人々にも、既に肉眼で十分見えているだろう。

 鷹丸の優れた聴覚が、村の各地から多くの悲鳴が上がっているのを聞いた。人々の多くは、鷹丸から逃げようと必死だった。だが一人だけ、それと逆の行動を取り始める者がいた。


「うおおおおおおおおおっ!」


 向こう側の集落の端から、何かがとてつもない速度で、鷹丸のいる方向に接近している。何だか異様な程気合いの入った声も聞こえてきた。

 村の端側にいる木をなぎ倒し、鷹丸の身体が村の集落地に一歩踏み込んだときと、その謎の何かが対峙したのは、ほぼ同時だった。


(・・・・・・子供?)


 鷹丸のはその者がいる位置を見下ろし、その人物の姿をはっきりと視認する。それは明らかに自分より年下で、外見年齢は自分と同じぐらいに見える少年であった。


 身長も同じぐらいだろう。他の一般人が、黄色肌でカラフルな毛色であるのに対し、こちらは逆だ。

 髪の色は日本人と同じ黒で、ボサボサ頭を、頭の真後ろで結っている。肌の色は日焼けしたように浅黒い。

 そして彼の頭には、鬼のような角が生えている。先日百和田湖に現れた、巨漢の男に性に似通った特徴だ。

 服装は、何故か上半身に何も着てない半裸だ。そして下半身には、やや汚れた紺色の半ズボンを履いており、ロープを腰に巻き付けてベルト代わりにしている。

 この世界の住人が皆和装であるのに、この人物だけズボンを履いているのだ。そしてそのズボンの腰には、一緒にロープで鞘を巻いて固定された、日本刀が差されていた。


 その少年は目の前に大怪獣に、全く怯えず怯まず、腰の刀に手を置きながら、正面から向き合っている。


「やいやいやいっ! この偽ガルゴ! この村を襲おうってのか!? そんなことさせるかよ! 何もせずにどっか行くってんなら、見逃してやる! だがそうでないなら、この剣崎 直人(けんざき なおと)が、一刀に斬り伏せてやるぜ!」


 やけに元気の良い声で、その少年=剣崎 直人が名乗りを上げ、鷹丸に向かって刀を突きつけながら叫ぶ。

 一方の鷹丸は()ガルゴという言葉に、イラッとした感情を覚えた。それと同時に、彼の日本人ぽい名前に不思議なものを感じた。


(剣崎直人? ・・・・・・何か聞いた名前だな。そういやこの声と、ハイテンションな性格も、どこか覚えがあるような・・・・・・)


 何かを思い出せそうで思い出せない。鷹丸が悩んでいる最中、その無言を自分の問いに対する否定と認識したか、そもそも言葉が通じる相手と思っていないのか、相手が返答を待つより先に直人が仕掛けた。

 常人ではあり得ない速度で走り出し、鷹丸の足に急接近する。そして手に持った刀を横向きに斬り付けた。この刀も普通の状態ではなく、何かのエネルギーを纏っているのか、刀身全体が白く発光している。


 ザシュッ!


 直人の渾身の刃が、鷹丸の足を切り裂いた。鷹丸の足の太さと、直人の刀の刃渡りの関係で、当然一刀両断とはいかない。

 だが確実に刀は彼の足の鱗を切り裂き、彼に傷をつけた。鱗は削れ、僅かながらそこから血が滲み出る。人間と同じ赤い血だ。だがその流血の少なさに、直人は歯がゆいものを感じた。


(俺の剣は戦車だって真っ二つにできるのに!? ボスキャラっぽい感じからして、やっぱりただもんじゃねえ。一撃では無理か! ならちょっとずつ、HPを削る感覚で!)


 直人は続けて何度も、鷹丸の足を切り続ける。


「うりゃりゃりゃりゃりゃっ!」


 相変わらずテンションの高い声で、乱撃を繰り広げる直人。その刀の使い方は、基本は出来ているものの、一流の剣術使いと比べればまだ未熟な方だ。

 だが先程の走力からも見て判るとおり、彼の身体能力は凄まじかった。その小さな身体から考えれないほどの怪力で振るわれる剣撃。さらに特異な力を付与されて、攻撃力を強化された白く輝く刀身。その攻撃力が怪獣の硬い身体を削っていく。

 一撃一撃は、最初の必殺の一撃より遥かに威力が低い。だがこれだけ攻撃を加えれば、ダメージは蓄積し、傷口からさっきより多めの血が流れ出る。


 だがその様子を黙ってみてくれるほど、相手はお人好しではない。


「(いてぇんだよ!)グガァアアッ!」


 この世界で初めて味わう痛みの感覚に怒り、直人の頭上に、鷹丸の巨大な拳が振り下ろされる。反撃を予知していた直人は、即座にバックステップでその攻撃を避ける。

 怪獣の足下から、数十メートル先の地面に後ろ向きで降り立つ直人。その飛距離は、あっちの世界では確実に世界記録を残せるほどだ。


 ズン!


 振り下ろされた巨大な拳が、鷹丸自身の足の指を殴りつけた。この世界に来て二度目の痛みを味わう鷹丸。

 だがそんなものにはめげず、目の前にいる小さな敵を潰してしまおうと、鷹丸の足が直人を襲う。


 ズン! ズン! ズン!


 落雷のような轟音の足音が、普通の歩行の時よりも力強くなる。直人を踏みつぶそうと、何度も何度も、彼のいる足下を踏みつけながら前進する。

 直人は何度もバックステップをしながら、回避していく。かといって余裕で避けているわけではない。この怪獣は、これほどの図体でありながら、直人の予想以上に動きが素早い。紙一重で避け続ける直人も顔に、冷や汗が垂れ流れ始める。


「頑張れ、天者様~~~~!」

「そんな怪物やっつけて~~~!」


 響いてきたのは、直人でも鷹丸でもない、第三者の声。二人がその声に反応して振り向くと、村の端の方に、数人の村人が歓声を上げているのが見えた。

 中にはカメラと思われるもので撮影している者もいる。他の村人は一斉に避難中なのに、彼はわざわざ戦場に近いところで野次馬中だ。当然逃げ遅れたわけでもないだろう。


(何で逃げないんだよ!? 俺かなりやばいのに!)


 直人の方は、その歓声に元気づけられるどころか、余計に焦り始める。

 今までの戦闘で、怪獣はこの村の内部にかなり入り込んでしまっている。既に1軒の家が、ガルゴの尻尾の動きに巻き込まれて倒壊している。それ以外の家にも、振動で相当な被害が出ているだろう。


 その上、逃げていない村人の安全を考えて、戦わなければ行けなくなったのだ。彼らの応援は、迷惑以外の何でもなかった。


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