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第四話 町の惨状

 再び異世界にて。山野に囲まれた湖の畔にある美しい町、百和田湖の百和田町は、現在謎の魔物の襲撃によって、酷い有様であった。

 酷いといっても、被害は町門と、中央街同周辺の建物に限られており、死傷者もほとんどいない。よくある集落一つ皆殺しとかいう、悲惨な事態にはなっていない。そうはいっても、人々に刻まれた心の傷は深い。

 この辺りは、魔物の被害は比較的少ないところだ。憲兵隊や、鉄士という傭兵達が、定期的に魔物を駆除してくれるおかげで、この町の付近に魔物の姿を見ることは、今まで全くなかった。

 平和な時間を満喫している中で、あんな巨大な魔物に侵入されたのだ。それはショックだろう。


 中央街道の中を沢山の人が行き交う。破壊された自分の家や職場を見て、悲嘆にくれる者もいる。

 さっき憲兵達が、ある廃屋で七歳の少女を保護した。彼女は憲兵所で、未だに狂ったように泣き叫んでいるという。あの恐ろしい姿を間近で見てしまった恐怖は、幼い心に深いトラウマを植え付けたに違いない。


 そんな悲痛に暮れる町の中、空から一筋の影が差した。


「天者様だ!」


 誰かが空を指さしてそう叫ぶ。他の人々も一斉に町の空を見上げた。

 日が落ち始め、夕暮れができかけている空の中、町の上に現れたのは、1羽の鳥だった。だがただの鳥ではない。それが陸に目掛けて下降し、その姿がはっきり見えるにつれて、その大きさが判る。


 その鳥は人が乗れるほどの巨大だったのだ。遠目から何故判るのかというと、実際に人が乗っているからである。

 それは雄牛よりも大きいだろう1羽の猛禽類だった。頭の辺りに、馬のような手綱が引かれており、それを乗馬(乗鳥?)しているものが、鳥の背中から引っ張っている。

 どう見ても魔物だが、人々はそれを恐れない。中央街道のある地点に近づくと、人々は一斉に場を開けて、彼らが着陸しやすいようにする。

 バサバサとかなり大きい羽音が聞こえる。羽ばたきから発せられる風は、突風のように強く、砂煙が上がってそれでむせる者もいた。


 その巨大な鳥は、鷹・鷲などの猛禽類を、そのまま大きくしたような姿だ。ただ特徴的なのは、頭に被っている兜である。

 その兜はあっちの世界の武将のようなデザインだった。金色の三日月の飾りがついている。ただデザインは微妙に変わっており、形状が日本の城のようになっている。まるで小さな城を帽子にして被っているようだ。

 正直こんな兜、空を飛ぶとき空気抵抗を増やして邪魔なだけだと思うのだが・・・・・・


 巨大鳥が着陸して翼を畳むと、その背に乗っていた者達が降り始めた。乗馬していた者は二人で、彼らが前と後ろに並んで乗っていた。


 前方にのって手綱を引いていた者は、何と幼い少女であった。身長百四十センチ中程度と、実に小柄な少女で、あっちの世界の基準だと、まだ小学生ぐらいにしか見えない。

 顔は少しふっくらとした丸顔で、髪の毛は両側に癖毛のように尖って伸びている。唐草模様の和服で、袖や袴が短くなっており、和服なのに活動的な服装である。

 そして背中に、豪華な装いの柄と鞘の日本刀を背負っていた。全長は刀としては標準的な長さだったが、この少女があまりに小さいので、腰では背中に差しているのだろう。

 こんな小さな子供が、あの巨大な鳥を操っていたのである。


 彼女の後ろに乗っていた人物は、色んな意味で少女とは対照的な人物であった。それは百九十センチを越えるだろう、巨漢の男性であったのだ。

 黒い和服で腰に日本刀を差している。全長百三十センチにも及ぶ大太刀である。普通のなら背中に差すような物だが、この男の背丈なら、特に問題なく腰に差せるようだ。

 まるでプロレスラーのように筋肉隆々とした人物である。髪型は角刈りで、目つきが尖っており、言っちゃ何だがかなり怖い顔だ。どこかのヤクザの頭領だと言えば、納得してしまいそうである。


 この二人には、今この街にいる、一般的なこの世界の住人とは異なる特徴を持っていた。この二人の髪の色は、あっちの世界の日本人と同じ黒であったのだ。

 そして少女の後頭部の両側から、鹿のような角が生えている。よく見ると、彼女の袴の尻の辺りから、何と尻尾が生えていた。他の住人にはそんな特徴は無い。それは蜥蜴や蛇などの、爬虫類の尻尾の先に、馬の尻尾のような毛が生えている奇妙なものであった。

 この角といい尻尾といい、この少女は半龍半人の異形の人種に見える。


 大柄の男の方は、肌が日焼けしたかのように浅黒い。まさか最近海水浴に行ったわけでもなかろうが。周りの住人が髪の色こそカラフルだが、肌色は黄色系である。少女の方もそうだ。だがこの男だけは違う。

 そして彼の頭には、上に突き出る鋭い2本の角が生えている。この大柄な体躯も合わせて、まるで黒鬼のような姿だ。


「天者様! 来てくださったんですか?」

「うむ」


 喜びを顔に浮かべせる住人達に、巨漢の男の方がゆっくりと頷く。それなりに地位のある者達なのか、彼らは憲兵達と一緒に、被害地区へと足を運ばせる。

 魔物の通った後には、多くの瓦礫が積み重なり、中には今にも崩れ落ちそうな半壊の建物などあって危険なため、一般の者は現在立ち入り禁止になっていた。


 少女の方は、その酷い惨状に悲痛な面持ちだ。当時の状況を憲兵から聞いている内に、男の表情は困惑し、やがて疑問をていし始める。


「それはどういうことだ? そんな巨大な魔物が近辺にいるのを、町のすぐ目の前に現れるまで、気づかなかったというのか?」


 それは実に真っ当な疑問である。ここでは魔物に対する警戒を一切怠っていない。森の各地に監視装置(監視カメラのような物)や、異常な生体反応を確認する感知装置もある。

 この辺一帯の魔物のレベルが低いということもあるが、この万全の態勢のおかげで今まで、平和でこられたのだ。

 それなのに、あんなに目立つ、巨大な動く物体が、この地区を行動しているのに、今まで気づかなかったというのだ。


「ええ、恥ずかしながらそういうことで。しかし本当に不思議な話なんです。巡回している兵からも、あんなに目立つ姿の魔物を、今日まで気配すら感じ取れなかったんです。輸送業者達の話だと、湖岸の道に入った途端、湖で奴が立っているのを見たと」

「湖の中に潜って、隠れ潜んでいた、ということではないのか?」

「どうでしょう? あんな大きな生き物、感知装置が見逃すとは思えないのですが・・・・・・。町では魔王の尖兵ではないかと騒ぎになってますが」


 “魔王”という単語に、巨漢の男は一瞬眉を潜める。


「それで奴は今どこにいる?」

「それも判りません。足跡の向きから、湖の方に入ったようなのですが・・・・・・途中でそれがぷっつりと切れまして」

「ではまだ湖の中にいるのかも知れんな。しばらく湖周辺の警戒と、出船の禁止をした方がいいだろう・・・・・・それでその魔物の写真なり映像なりは、まだ来てないのか?」

「ええ、それは勿論あります。すっかりお見せするのを忘れてました」


 憲兵の懐から、ピンポン玉ぐらいの小さな宝玉が出てきた。青い綺麗なガラスのように透明な玉である。

 それが淡く光り出す。そして一方向に懐中電灯のように、まっすぐ光線が放たれた。それが不可思議なことに、空中の一点で止まり、そこに四角形に光が当てられた謎の板が出現する。そしてそのガラス窓のような板に、何かが映し出された。空中に浮かび上がった、小型スクリーンのように、そこにある物が映し出される。

 これは記憶の珠と言って、人が視覚・聴覚で得た記憶情報を、脳から読み取り、それを映像にして映し出す魔法の珠である。

 そのスクリーンには、当時中央街道を歩いていた者が、目撃した光景が、鮮明に映し出された。


「えっ? ガルゴ?」


 今まで無言で町の様子を見ていた少女が、その映像を見て初めて言葉を発した。

 誰かに話しかけるのではなく、まるで独り言のように呟く言葉だった。だがその言葉は、その場にいた全員に聞こえていた。


「ガルゴ? 天者様は、この魔物を知っているのですか?」

「えっ? ええ、まあ・・・・・・これって映画の映像じゃないんですよね?」

「映画?」


 少女の発言に、憲兵だけでなく、隣にいた巨漢の男も首を傾げた。だが途中で男が、何かを思い出したかのように「ああっ」と口ずさむ。


「先生も知ってたんですか?」

「うむ。昔テレビのCMで見たことがある。思い出したぞ」


 少女から“先生”と呼ばれた巨漢の男は、少女の言いたいことが判ったようだ。だが周りにいる憲兵には、何のことかさっぱり判らない。その様子に気づいた少女が、慌てて説明に入る。


「ガルゴって言うのは、何ていうか・・・・・・私達の世界の、物語に出てくる怪物なの。これに映っている怪物、それに凄いそっくりだわ・・・・・・」


 少女は何故こうなっているのか判らないと言った風で、そんな答えを返してきた。



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