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第二十五話 無人の街にて

 太陽はすっかり沈み、弘後市は暗闇に包まれる。いつもなら街灯や店の灯りなどで、夜でも明るい街なのだが、今日に限ってこの街は、真っ暗でそして静かだ。

 原因は分かりきっている。弘後市民のほとんどが、石になっているからだ。


 あの白蛇は町中に大量に発生し、そして住人を石化させた後、何処かへと去っていた。別の街に移動したのかも知れない。

 それは全て、鷹丸が死んでいる間に、全て終わってしまっていた。

 誰もいないはずの街の中。たまに野良猫が道路を進み、公園の木々に鳥たちが眠っているが、人は一人もいない。

 代わりに街の各地に、老若男女の無数の石像がある。彼らは生きているのか死んでいるのか、現時点では見当もつかない。確かなのはこの街はほとんどの機能を失っているということだ。


 ただ例外がいないわけでもない。たった一人だけ、アイアムレジェンドのごとく、静まりかえった街の中を歩く人影があった。それは鷹丸であった。


 彼は事故から復活した後、この街を数時間にわたって散策した。そしてこの街の惨状を見て、愕然としきっていた。

 あのしきりに騒がれていたニュースは、おふざけなどではなかったのだ。そしてその脅威が、今日になって、自分の地元にまで襲いかかっていた。


 鷹丸はさっき自分が利用した、駅の中の階段に座り込んで、呆然としていた。


(どうすりゃいいんだよ・・・・・・俺は・・・・・・?)


 何をすればいいのか判らず呆けている彼の服装はさっきのまま。ボロボロの私服と、自身の血がこびり付いている。

 普通なら、こんな姿で街を歩けば騒ぎになるが、生憎騒いでくれる人はここにはいない。駅の中や、周辺の店も、内部は他と同様に石像だらけの無人地帯となっていた。

 駅の中でどれだけ待っても、電車はやってこない。叔父夫婦の家に電話をかけてみたが、何故か一向に繋がらない。ダメ元で実家や佐藤家にも電話したが、同様に誰も出てくれなかった。


(この現象、どこまで続いてるんだ? もしかして今、世界中で残っている人間て、俺だけなんてことないよな?)


 あの白蛇の赤い目を見ても、鷹丸は石化せず無事だった。それどころか車に撥ねられても、生き返るという異常な体験をした。何故自分だけこんななのか、全く見当もつかない。

 以前は人外の存在=怪獣になりたいとか、心の中で思い、なれると喜んだが、それは夢の中の話しで、現実になりたいというわけではない。


(待てよ? よく考えたらこの現状、心当たりがあるぞ?)


 今になって鷹丸の中で引っかかった記憶があった。あの異世界でガルゴになる夢である。

 自分の心の中の願望が、あんな夢を見せたのだと、彼は特に深く考えずに、あの夢を楽しんでいた。そして今朝方見た夢で、あの謎の少女が自分に語りかけてきた言葉の内容も思い出す。


「まさか、あれが現実なんて事ないよな? 異世界召喚だとか、魂が引っ張られるだとか・・・・・・」


 心の中で思っていたことを、思わず言葉して発する鷹丸。周りに誰もいない状態だから、独り言など言っても全く恥ずかしくないだろう。


『ああ、そうだよ。やっとかよ? 普通はもっと早く気づくぞ』


 だが独り言を聞いた者がいた。何だか変な声色だったが、幻聴ではなく間違いなく人の声だ。

 まさか自分以外に生き残っている者がいたのかと、鷹丸は声のした方向に首を向ける。

 彼が座り込んでいる階段から、広間を挟んで少し離れた場所。大部分がガラス板で作られた、駅の出入り口の自動ドアの方向である。


「・・・・・・球?」


 最初は呆然としていて、声が聞こえると動揺して、そしてそっちを見ると疑問で顔をしかめる鷹丸。

 駅の出入り口の自動ドアから、屋内に入ってきたのは、どう見ても人ではなかった。それはオレンジ色のボール状の謎の物体である。

 直径は1.5m程で、風船のように宙に浮いている。そして全体が淡く発光している。駅内に電灯はついておらず、辺りは真っ暗なのだが、自己発光しているおかげで、その姿をくっきりと見ることが出来た。


 白い蛇によって、世界中が石化したと思ったら、ここに来て未確認飛行物体との会合である。

 だが鷹丸は、最初は唖然としたものの、意外と早く落ち着きを取り戻した。怪奇現象にある程度免疫がついたということもあるが、この謎の物体に鷹丸は見覚えがある。直に見たことはないが、テレビで何度見ている。


「お前・・・・・・最近テレビに出てたUFOだな? まさかこれはお前ら宇宙人の侵略か?」

『微妙に正解だな。だが侵略者は俺じゃねえ。あの白蛇共の主犯は、異世界にいるぜ。お前が夢の中で見てた、あの世界だよ』


 険しい顔で質問する鷹丸に、そのUFO=召喚の精霊は、軽い口調でそう応える。


「お前は何だ!? あの蛇共は・・・・・・」

『俺は召喚の精霊。四年前にお前らのクラスメイトを、あっちの世界に連れて行ったものだ。そしてあの白蛇は石眼と言ってな、向こうの世界の魔物だ。ストラテジストっていう奴が、あいつら操って増殖させて、二つの世界を全滅させようとしてる。

 そしてお前がこれまで見てきた夢は、全て現実。魂だがあっちの世界に、怪獣の姿で引っ張られてたんだな。この辺の説明は、前にあっちに来たとき、あの女が説明したと思うが、覚えてないか? そんで他に質問は?』


 鷹丸が聞き出したかったことを、彼が全部言う前に、精霊がスラスラと、隠すことなく全て喋る。

 鷹丸は再び唖然とした表情を見せた。そして次にどんな反応を返せばいいのか判らないのか、その表情のまましばらく何も喋らず、目の前の精霊を凝視している。


 静寂が一分ほど流れた後、精霊の方が再び声をかけた。


『さて世界は今滅びようとしているわけだが・・・・・・お前はどうしたい?』

「どうするって・・・・・・お前は俺にどうしろっていうんだよ?」

『何、簡単な話だ。お前も向こうの世界にいって、この騒動を片付ける手伝いをして欲しいんだ。お前は召喚はされなかったが、しっかり緑人(りょくじん)の力は持ってる。しかも俺があっちに連れて行った奴よりも、遥かに強い、最強の緑人だ』

「緑人? 何だそれ?」


 鷹丸にとっては聞いたことがない言葉だ。恐らくそれは、向こうの世界のクラスメイト達も同じだろう。


『俺がお前らに与えてやった力を得た人間さ。あっちじゃあ、格好つけて天者とか呼ばれてるがな。超人的な力を持った不老不死の化け物よ。あっちの世界でお前が戦った亜人は、全て緑人だ。お前が殺した奴も、まだしっかり生きてるぜ。何せ不死身だからな。もちろんお前もそうだ。お前、自分の背が全く伸びないの、少し疑問に思ってたろ?』

「別に。育ちが悪いとは思ってたけど、変と思ったことはないな」

『・・・・・・そうかよ。前から思ってたけど、お前、考え方が冷めてるっていうか・・・・・・ちょっと頭が常識からずれてるな』

「いいだろ。そんなの別に・・・・・・」


 精霊の言葉に不機嫌に返す鷹丸。自分の考え方が冷めきっていて、思考が少しずれていることは自覚しているが、こうはっきりと言われて、気分がいいものではない。

 鷹丸は大体話の内容を飲み込んだ。唐突な話に、全てを納得したわけではないが、おおよその概要は頭に入った。


「それで俺に世界を救う手伝いをしろと? 俺がそこまでする理由は何だ?」

『理由も何も、他に選択肢なんてないだろ? それとも誰もいなくなった世界で、ずっと孤独に暮らしていくか? 緑人は死なないんだ。孤独の苦しみで死ななくなっても、死ぬことは出来ないんだぜ。

 それに石眼達だって、お前を黙って見逃しちゃくれない。奴らはずっとお前を追い続けるぞ。一応地下深く潜れば、奴に気配を探られなくなるがな。これからずっと、地面の舌で怯えながら過ごすのかい? 

 それにお前だって、世界を救うとか興味あるんだろ? 異世界であんな姿になる願望を持ってるんだからよ』

「ガルゴは正義の怪獣じゃない。別の怪獣映画と勘違いしてないか? それに俺は正義の味方には興味ない。昔から特撮は好きだけどよ・・・・・・それはヒーローの強さが好きだっただけで、正義の味方になりたかったわけじゃねえ。俺はただ、何でもいいから強くなってぶち壊したかっただけだ」


 あの夢を見る前に、鷹丸はガルゴのような怪獣になって、世の中をぶち壊したいと願った。

 だがそれは一時の冗談めいた思考であって、本当に心の底から思っていたわけではない。自分が世の中を気に入らないからといって、それだけで道を踏み外す気などなかった。


(今になって思えば・・・・・・俺あっちの世界でやばいことしてたな。ただの夢だと思って、街を壊しまくったし)


 異世界でこれまで自分がしてきたことで、今になって後悔の気持ちにかられる鷹丸。

 それと同時に、向こうの世界も、こっちと同じように滅亡の危機だということで、誰もその責任を問える状況ではないだろうと、自分に都合のいい展開に、安堵の気持ちが大きかった。


『言っておくが、やばいのは人間だけじゃねえ。お前ら緑人もそうだ。お前、自分だけが石化しないと、少し安心してるだろう? だがある程度レベルの高い石眼だと、やっぱり石化は効いちまうんだ。

 いくら不死身でも、石化で肉体と魂を封印されると、もうどうしようもない。あの呪いを治す方法も、また見つかってないしな。向こうの世界でも、もう十一人の緑人が石になってるぜ。

 ・・・・・・お前、あの竜神の娘を気に入ってた感じだったな? あいつもそろそろやばいと思うぜ。あいつ、この事態に逃げるどころか、自分から立ち向かってるしな』


 これまで精霊の話しを聞いている内に、困惑から、やや安心したような顔つきになっていた鷹丸。

 だが精霊が、あの少女のことを口にしたとき、急に目つきが変わった。どこか他人事のような雰囲気だったが、急に真剣な眼差しになって、精霊に目を向ける。


(女の話になると、結構効いたな。意外とチョロい)


 精霊が今話した言葉には、一部虚偽がある。あの石化の治療法は、まだ調査中で、解決策は見つかっていないのは本当だ。

 だが緑人に限っていえば、実の所助ける方法はある。石化した身体を砕けばいいのだ。


 そうすれば緑人の魂魄は、当人を「死んだ」と認識して、肉体と魂を、元通りに修復してくれる。

 大昔に不死の女神と呼ばれた渡辺 紺(わたなべ こん)という人物が、緑人に成り立ての頃に、そうやって石化から復活したことがある。


「その異世界っての・・・・・・すぐにでもいけるか?」

『ああ、勿論だ』


 決意を固めたような重い声の鷹丸とは対照的に、精霊の声は実に明るく軽いものであった。



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