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第二十三話 大石眼

 お互いに敵意のようなものはなく、両者がすぐ目の前まで近づいた。翔子とタカ丸は、ガルゴの鼻先の20メートルぐらいの距離でホバリングして、互いの目を見つめ合っている。

 ガルゴは特に、その目の前の相手に攻撃する気配はない。その相手は、よほど急いで飛んできたのか、タカ丸が疲れた様子で息が荒い。

 翔子の方も何やら切羽詰まったような、慌てた様子で、ガルゴに向かって声を上げた。


「鷹丸! 君は鷹丸なんだよね! 六年二組の、妹尾 鷹丸!」

「ガァ」


 ガルゴは低い声で、首を縦に曲げた。肯定の表示である。明らかに翔子の言葉が通じているのが分かる。


「鷹丸も勿論私のことも判るよね? お願い聞いて! あなたが見ているこの世界は、夢なんかじゃないだ! 本物の異世界なんだよ! 四年前に私達は、この異世界に召喚されちゃったんだ! 鷹丸はあの時休んでたから、召喚されなかったけど、でも少しずつこっちの世界に引っ張られて、魂だけがこの世界に来ちゃったんだ!」

「グウ?」


 翔子の告白に、首を傾げるガルゴ。両手を広げて「訳判らん」といった意思表示をする。


「・・・・・・いきなり言われても分かんないよね。でも本当なんだよ! そのうちは鷹丸も、引っ張られ続けて、こっちの世界に来ちゃうんだ。だから今は判らなくてもいいから、話しだけでも聞いてちょうだい。今この世界が大変なことになってるんだ! この世界だけじゃなくて、私達の世界もだよ!

 石眼っていう、白い蛇の妖怪が、あちこちで増殖して、人を石にしちゃってるんだよ! 治療法も判らない。これを止めるには、その石眼を増やして操っている、ストラテジストって奴を倒さなきゃいけないんだ! 本当はそんなことより、元の世界に帰る方法を探したいんだけど。召喚の精霊はどっかいっちゃったし。このままじゃ私達の世界も滅んじゃう! だからお願い、私達に力を貸してちょうだい!」


 泣き叫ぶような必死な声を上げる翔子。この言葉に、ガルゴはしばし無言だった。納得したのか、理解し切れていないのか、このままでは今ひとつ判らない。


 ドォオオオオオオン! ガラガラガラ!


 ガルゴが何かしらの反応を見せるのを、翔子が待っている間に、異変が突然に起きた。城壁の向こうの町の中、岩樹の中央辺りから、爆発のような轟音と、何かが崩れるような豪快な音が聞こえてきたのだ。

 見つめ合っていた両者も、一旦それをやめて、その音の方角に顔を向ける。


 ガルゴは自分より背の高い城壁に、再び乗り上げる。翔子も鷹丸を操って、より高い空中で舞い上がり、町の様子を見る。

 その音の聞こえた先、岩樹城の存在している辺りから、何やら砂煙が上がっていた。粉塵で城の様子がやや見えにくくなっている。その砂煙の中から、何か巨大な影が見えた。


「嘘だろ!? あれって!」


 その細長い身体で動いている影を見て、翔子は絶句する。城を破壊して出来たらしい砂煙の中から、すぐにその影の主が姿を現した。

 それはとてつもなく巨大な白い蛇。これまでの者とは比べものにならない大きさの石眼であった。


「あの時のあいつ!? でも何であんなにでかくなってんの!?」


 遠目からはその大きさは正確に判別できないが、周囲の建物と見比べれば、それがとても城の部屋に入れる大きさでないのが判る。

 その巨大石眼は、真っ直ぐに街道の先にある門の付近、近くの城壁から顔を出している、ガルゴと翔子に向けられていた。


「ジャアッ!」


 発せられる鳴き声は、何やら彼らに敵意がありそうだ。彼は人間には積極的に襲いかかるが、それは怪獣でも同じなのだろうか? それとも本能的に、それが人間であることに気づいたのだろうか?

 ともかく巨大石眼は、牙を向けて、戦闘態勢で動き出した。身体をくねらせながら、電車のようなもの凄い勢いで、街道をその長い胴体で前進する。


「ああっ!」


 この動きに翔子が悲鳴を上げる。街道の真ん中で放置されていた、いくつもの石像が、その巨大石眼に胴体に、次々と踏みつぶされているのだ。

 元々助けられるかどうか判らない状態だったが、砕かれてしまっては僅かな希望さえ失われてしまう。


「ギャアアアアアッ!」


 ガルゴの方も、あまり礼儀正しくない動きで、こちらに接近している大石眼を、敵と見定めたようだ。

 威嚇の鳴き声を上げると、一旦城壁から飛び降りて、町の外側に出る。そして大石眼が出てくるであろう、城門の前に立ちふさがった。


 事件以来開きっぱなしだった城門は、ガルゴの背丈では通り抜けるのは難しいが、あの白蛇ならばできるだろう。

 城門の向こう側から、大石眼がすぐそこまで接近している。近くで見てはっきりとその巨大さが判る。明らかにガルゴと同じぐらいはありそうな、巨大怪獣である。

 そしてその目は、赤い輝きを放ち始めている。


「鷹丸! あの目を見ちゃ駄目! 石にされる!」


 目を瞑り、両手でタカ丸の瞼を塞ぎながら、翔子がそう叫ぶ。意図がうまく伝わらなかったのか、ガルゴは構わず大石眼を睨み続けた。

 やがて城門から、亀の甲羅のように白蛇の頭が飛び出したとき、その赤い目が強烈な輝きを発した。そしてそれを、ガルゴは正面から見てしまった。


「グガッ!?」


 その瞬間、ガルゴの動きが止まった。身体がビクンと痙攣し、その巨体が一時硬直する。ただし石にはならなかった。

 ガルゴの肉体の強さのおかげか、精神体の怪物には効かない者なのか不明である。だが石にはならずとも、その動きを一時封じられてしまったのだ。


 石化の光を発しても、大石眼の突進の勢いは止まらない。城門から長い胴体を、トンネルから出る電車のように出し、硬直していたガルゴに激突した。

 大石眼の頭が、ガルゴの下腹部に、強烈な頭突きをお見舞いする。どれだけの石頭だったのは知らないが、その攻撃は砲撃をも通さない、ガルゴの肉体に確かなダメージを与え、彼を数歩分後退させる。

 勢いで後ろに下がったせいで、地面を削るような足跡が、城門前の道路に出来上がる。


 大石眼は一旦身体を後ろ向きに曲げて、頭部をガルゴから引き離す。そして今度は、大きく口を開けて、サーベルのように鋭い牙を見せつけながら、再度襲いかかった。

 今回は頭突きではなく、噛みつき攻撃であることが判る。


「ジャッ!?」


 だがその攻撃は届かなかった。その牙が、ガルゴの首筋に刺さらんとした瞬間に、大石眼の動きが止まる。

 ガルゴの硬直は既に解けていた。そして自身に再度接近してきた大石眼の頭に、自らの巨大な手を伸ばしたのだ。

 鋭い爪が生えた太い指が、大石眼の喉を鷲づかみにした。敵の牙が自分に届く前に、見事敵の身体をキャッチしたのだ。


 そのまま握力測定のように、大石眼の喉を強く握りしめる。後からもう片方の手も出して、両手で大石眼を握りだした。それに当然大石眼はもがき苦しんだ。

 後ろに伸びる城門を半分ほど通った胴体を、陸に上がったウナギのように、バタバタと弾けさせていた。その際に、城門が内側から、その胴体の太い鞭を受けて倒壊を始めていた。


「お願い! なるべく街の外で戦って! 中にはまだ助かるかも知れない人が、いっぱいいるんだ!」


 翔子のその言葉が通じたのか、ガルゴは大石眼を捕まえたまま、後ろへと歩き出した。ガルゴの移動によって、大石眼の身体も引っ張られる。

 半壊した城門から、大石眼の胴体が、巻き尺のように引っ張られる。そしてその身体が、完全に街から引き抜かれた。


 大石眼は喉を掴まれて苦しんでいるが、中々死ぬ気配がない。それどころか自分の身体が、街から完全に引き抜かれると、また新たな動きを始めた。

 尻尾の先を支点に、胴体がバンジーのように一気にガルゴのいる方向へと曲がりくねりながら突撃した。そしてその長い胴体を、鞭のようにしならせながら、ガルゴの両足を叩きつけたのだ。


「ガアッ!」


 足を打ち払われた衝撃で、ガルゴの身体がバランスを崩す。敵の首を締めるのに集中してい力が、僅かに緩くなった。

 更に大石眼の尻尾の鞭が、二回目の打撃をガルゴの片足に叩きつけると、今度こそはガルゴは完全にバランスを失い、その場でひっくり返るよう倒れた。

 そしてその際に更に両手の力が弱まり、その隙に大石眼が、ガルゴの拘束を振り払った。そしてその牙を突き立てて、倒れて動揺しているガルゴの喉に噛みついたのだ。


「ああっ!」


 翔子がこれに悲鳴を上げた。これまでの調査で、大石眼の牙には呪いの毒があることが判っている。それは石化の毒で、光る目で石化させるより、これで噛みついた方が強力であることが判っているのだ。

 鋭い毒の牙が、ガルゴの首の鱗を貫き、奥にある柔らかい肉と血管に潜り込む。そしてそこから注射器のように、ドクドクと猛毒が流し込まれた。


 ゴンッ!


 その途中で、金槌で叩くような地味な音が出た。倒れたガルゴも、ただ無抵抗で噛みつかれていたわけではない。

 自分の首筋に頭部を接触させていた大石眼を、横向けに倒れた姿勢のまま、彼の脳天を思いっきり殴ったのだ。


 パキン!と何かが折れるような音が聞こえた。更にガルゴは、昏倒する大石眼の頭を掴み、投げ飛ばす。

 豪腕から高々と投げ飛ばされて、大石眼の身体が近くの森へと墜落した。胴体が長いせいで、ガルゴが歩いたとき以上に、木々の被害が大きい。

 そして何事もなく立ち上がるガルゴ。彼の首には、根元から折れた大石眼の二本の牙が、未だに突き刺さっていた。


「グガッ?」

「そんなっ!?」


 ガルゴの気の抜けた驚きの声と、翔子の二度目の悲鳴のような声が発せられる。ガルゴの首筋、牙が刺さった部分から、ゆっくりと石化が始まったのだ。

 本当にゆっくりと、だが確実に、布に色水を少しずつ染みこませているかのように、ガルゴの肉体の一部が、灰色の石の色へと変色していった。流れ出る血も、すぐに石になって、見分けがつかなくなる。


 ガルゴはあまり緊張感がないようで、自分の首筋をコンコンと叩いてみる。その無機質な音に、僅かながらも驚いているようだが・・・・・・


「どうしよう!? 鷹丸が石に・・・・・・て、えっ!?」


 大慌ての翔子と違い、ガルゴの行動は実に冷静だった。まず彼は、自分の首に突き刺さっていた牙を引っこ抜いた。

 二本の牙を一本ずつ、途中で折れないように丁寧に、ケーキの蝋燭を抜くように引き抜いていく。それでも石化の浸食は止まらないが、ガルゴは途端に大きく息を吸った。その吸引で、一帯に少し強めの風が発生した。


「ガァアアアアアッ!」


 息を吸い込み終わると、それを一気に吐き出すように、ガルゴは大きな鳴き声を発した。怒っているわけでも、誰かへの威嚇でも、勝利の雄叫びでもない、意図の判らない鳴き声だ。

 突然の大声に、翔子は反射的に耳を塞ぎ、目を瞑ってしまう。その声はすぐに止んだ。何のつもりかと、翔子が不思議そうに再度ガルゴを見ると・・・・・・


「治ってる?」


 ガルゴの首の石化部分が、いつのまにか元に戻っていた。いや、僅かにだがまだ灰色に染まった部分があるが、それもどんどん薄れ、本来の鱗の色へと、皮膚が戻っていく。

 後には噛まれた後から流れ出た血で、赤く濡れた皮膚があった。


「ええと・・・・・・よく分かんないけど・・・・・・気合いで呪いを弾いたとか?」

「グガッ♫」


 その通りだ、と言うかのようにガルゴは翔子に向けて、親指を立てる。そしてガルゴは、さっき自分が近くの森に投げ飛ばした大石眼へと、再び目を向けた。


「ジャッ・・・・・・ジャジャ」


 大石眼は何をしているかという、こちらに反撃の用意をするわけでもなく、ただ身体を何度もくねらせながら、もがき苦しんでいた。ガルゴ達が目を向けても、彼にはそっちに集中する余裕がないようだ。

 喉への強い圧迫・後頭部からの強い衝撃・牙を根元から無理矢理へし折られた激痛。それらは大石眼に、相当なダメージを与えていたようだ。


 敵に攻撃の構えがないと判ると、ガルゴはズンズンと余裕を感じさせる歩行で、大石眼に接近する。

 そして大石眼の頭を、再び両手で掴み上げた。今度は喉ではなく、大石眼の上顎と下顎の先端である。そしてその両手を、両脇目掛けて思いっきり引っ張った。

 大石眼の蛇の口が、肩腕力計のように両側に大きく引っ張られた。彼の口は限界を超える勢いで開け放ている。口を無理矢理こじ開けられているため、大石眼はどんなに痛くても、悲鳴を上げることは不可能だった。

 ただし胴体の部分が、これまで以上にばたつかせている。もちろんそんなことガルゴは気にしない。力を緩めるどころか、更に気合いを上げて、大石眼の口を引っ張り続ける。


 ベキッ!


 途中で何か、心象の悪い音が聞こえた。大石眼の口の関節が外れた音だ。そしてその音と同時に、大石眼の口が引き裂かれた。血しぶきを上げながら、上顎と下顎が分離、蛇の頭が二つに分断された。

 頭から続く首の肉も割れて、内部から肋骨が露出した。少しグロテスクなやり方で、ガルゴは大石眼の息の根を止めたのだ。


「やったの? ・・・・・・すごい」


 以前自分では敵わなかった。いや、それどころか当時より強くなっているだろう大石眼を、さして苦戦せずに倒してしまったガルゴ。

 その強さに、翔子は今まで以上に驚いていた。ただしそれは今までのようなガルゴの力を脅威と思うような恐怖心ではなく、彼を味方として考える感嘆の思いであった。


「あっ!? もうなの!?」


 大石眼にトドメをさしてまもなくして、ガルゴの身体が透け始めた。以前ザリ太郎の戦いと同じ現象です。ガルゴを形作る鷹丸の魂が、また元の世界に戻ろうとしているのだ。


「鷹丸! さっきの話し、今はまだ信じなくてもいいから、ちゃんと覚えていて! 私達は世界の存亡に関わっちゃてるんだ!」


 まだ話したいことはあったのに、これでは間に合わない。翔子は出来うる限り、必要であろう言葉を、ガルゴに向かって叫び、彼がこの世界から消えるのを見届けていった。



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