第二十二話 占い師
翔子が王都を脱出してから数日後、あの白蛇の被害は、どんどんこの世界を広く侵食していった。
(やっぱりこっちも遅かった。折角阿部さんに予知してもらったのに・・・・・・)
翔子がタカ丸に乗って、上空からある町を見下ろしている。そこは少し前、彼女が三浦 達紀と再会し、無心病の治療を行った平山町である。
以前はそれなりに活気があった町も、今やゴーストタウンのように不気味なほど静かである。別に住民がいなくなったわけではない。人々は今でも、この町にいる。
だがその人々は、現在一人残らず、何も言わない冷たい石像へと変質してしまっていた。この町だけでなく、この地域の村々も、ほとんど同じ状況だった。
以前清水と会い、ガルゴに半壊状態になったあの村も、すでに全滅していた。
ガルゴに破壊された畑を、直そうと桑を背負った姿で石にされた人々。飼い主が動かなくなり、村の畑の野菜を好き勝手に食べる、家畜の牛馬たち。
各集落は、住民はそこにいるのに、いないのと同じ状況になっている。全てはあの白蛇たちのせいだ。
後から調べて見て、判ったのだが、あの白蛇は石眼という種類の魔物であった。
とうに絶滅したと思われていた魔物で、人間を魔眼という力で、身体を麻痺させる力がある。とりわけ強力な力を持った者は、人間を石にすることも出来る。
その白蛇が突然復活・増殖し、その力を強大にして国中で猛威を振るっているのだ。これも例の魔王=ストラテジストの仕業だと言うことだろう。
「はっ!」
翔子はタカ丸から飛び降りて、上空から落下する。そして忍者のように地面に軽く着地した。彼女が大地に足を立てると、この町を襲った脅威の元凶達が、次々と彼女の元に集まり始めた。
町の地面を這う大量の紐のように長い生物。白蛇=石眼の大群である。以前一樹と共に戦ったあの町と同じように、このうねうね動く蛇の大群が取り囲む姿は、とてつもなく不気味である。
「許さないよ! 全員ぶっ殺す!」
翔子が刀を振るい、石眼達を切り刻んでいった。前回同様に、周りに石化した人々を巻き込むわけにはいかないので、殲滅魔法は使えず、ちまちまと物理攻撃で斬ったり踏みつぶしたりする。
以前と違い、町に対する被害は恐ろしいが、石眼自体の戦闘力は大して高くはない。彼らの魔眼や毒は、天者の強靱な肉体には、全く通用しなかった。
唯一の例外は、翔子が王都で戦った、あの巨大な石眼である。
(これでもういないよね?)
大分手間をかけながらも、石眼の群れの全滅を完了した。大量の蛇の死骸で地面が埋め尽くされている光景が広がる。
石眼の殲滅は意外と簡単だった。彼は人から逃げたりせず、自分から襲いかかるために寄ってくるため、敵を追いかける必要がない。ただそこにいるだけで勝手に集まってくるので、全滅は簡単なものだ。
今まで通っていた村は、畑など開けた場所が多かったので、広範囲の攻撃魔法を普通に使えたので楽だった。
だがこの町にはそういった場所は無い。公園も中央通りも、どこもかしもある程度の人がいたので、このように手間をかけることになった。
「タカ丸! もういいよ! 次に行こう!」
目の前にいる敵を全滅させると、翔子は次の現場に向かうために、再びタカ丸に乗る。この町に生き残りがいないかを確かめる余裕がない。
石眼達は国中に・・・・・・いや、この世界の各地に出没しており、退治が追いつかないのだ。そして手遅れだった者達。すなわち石にされた人々を治す手段も、未だに見つけられずにいた。
翔子達が拠点としている高山。
かつてガルゴが作ったクレーターには、大量の水で満たされ、一つの立派な湖と化している。今は食事時間でないので姿は見せないが、この湖の底には、現在ザリ太郎が暮らしている。
そしてその隣には、あっちの世界の高層マンションのような立派な建物が建てられていた。
20階建てはありそうなこっちの世界ではかなり高層な建物で、壁には頑丈そうなコンクリートと鉄の素材が使われている。形はマンション風だが、作りは要塞のようだ。
そのすぐ隣には、大きな倉庫のような建築物がもう一軒建てられている。僅か三十一人しかいない天者の建物としては、かなりオーバーな大きさだが、若松 梅子は眷属と他の天者達と共同で、実に立派に作り上げていた。
その場所に翔子は帰ってきた。その大きな家の玄関前に着陸する。翔子はその大きな家の中へ、タカ丸は近くの倉庫に自力で向かっていった。
翔子は、家の中の折り返し階段を昇っていく。この家にはエレベーターはない。さすがに若松も、そこまでハイテクな物は作れなかった。
ちなみに家の内装も、コンクリートが剥き出しで、張り壁は一つもない。手抜きかと思い込むほどの、雑な感じであった。
各部屋はマンションと比べるとかなり大きく、まるで大型リゾートホテルのような形式である。その部屋のある一室を、翔子は訪ねた。木製の質素な扉には『阿部 葉子』という名札が張られていた。
「阿部さん、入っていい?」
この部屋の主に入室許可をもらおうと、翔子は扉を軽く叩いて、その声をかけた。十秒ほどして、その扉が開かれる。
「・・・・・・どうぞいいよ」
出てきたのは、半目の一人の少女だった。種族は翔子と同じ龍人。髪型はベリーショート。赤い布地と黒の袖の、半袖の着物を着ている。
相手を睨み付けるかのように、目が細い半目であるが、彼女は別に不機嫌な感じではない。元々こういう目つきのようである。
この少女=阿部 葉子は、見ての通り天者の一人で、翔子の呼びかけに応じて、自らここにきた数少ない天者である。
「丁度いいところに来たわね。さっき占いで、新しい情報が来たから」
「本当!? 今度はどこに出てくるの!?」
「とりあえず上がりなさいよ。今ここ私しかいなくて暇だったんだから・・・・・・」
急かす態度の翔子と違い、のんびりとした口調で、葉子は翔子を自分の部屋へと招き入れた。彼女の部屋は、ここに来る以前住んでた家から持ち込んだ物で、内装が形作られている。
広い部屋の今に当たる部分に、畳が敷かれており、その真ん中に何故かコタツがある。まだ寒い季節ではないからか、コタツの布は取り払われている。
部屋の各所に、本棚・タンス・ベッド・小物入れなどが置かれているが、部屋の面積と比べると少なめ、空いている空間が結構ある。以前住んでいた居住地は、ここよりも狭かったことが窺える。
葉子はコタツのテーブルに、客用の茶やお菓子を出してきた。翔子の帰宅を待って用意していたのだろう。
「あの・・・・・・私は早く占いの結果を聞きたいんだけど」
「別に急かすほどのことじゃないよ。別に今すぐ何か起こるわけじゃないし」
翔子や葉子が属する龍人は、魔法が得意な種族である。そして葉子は、その魔法の中でも、未来予知や過去の検索などの、時間の流れを感知する、占いを得意としていた。
彼女はここに来る前までは、占いで稼いで暮らしてきていた。その力は時に、仮政府も頼るほど優れている。
つい最近までは、天者捜索に活躍していた。最も、そのほとんどのメンバーは、こちらからの勧誘を拒否したが。
そして現在は石眼出現の予知で役立っていた。石眼は群れを成して、山林を移動して集落を襲っていることが判っているが、その動向は正確には把握できていない。
だが彼らが何か事を起こそうとすると、それ起こる前に、葉子はその出現位置を発生前に見抜くことが出来た。
だが先程の町のように、救援が間に合わないことが度々あった。石眼は世界中のあちこちにバラバラにおり、同じ時間帯に数カ所で衝撃が行われることもあった。その場所が遠く離れていると、片方を守っている内に、もう片方が手遅れになることがよくあるのだ。
そして一度人が石になってしまうと、それを現時点治療できない。絶滅生物と思われていた石眼の文献は古く、その治療法に関する正確な情報は現在掴めていない。
ただ治療法自体は過去に存在していたようで、現在清水教諭が、各地の文献を漁って調査中である。
また直人や梅子など、他の天者達も、石眼に狙われやすいような、各地の大型の都市に在中して守備についている。
ただしそれ以外の土地に現れる石眼に関しては、わざわざそちらに出向いて退治に行かなければならない。現在天者達の中で、一番高い移動力を持つのは、タカ丸を乗りこなす翔子である。
それ以外の天者達も、空を飛ぶ魔法や特技は持っているが、飛行速度はあまり高くなく、タカ丸には到底敵わない。そのため石眼狩りは、もっぱら翔子の担当となっていた。
「それで今日は何が見えたの?」
「ん~~~そんなに大したことじゃないんだけどさ。いや佐藤には大したことかも」
「?」
「後三時間以内に、ガルゴが・・・・・・妹尾の奴がこっちの世界に来るよ」
王都・岩樹の近隣の森に、一つの巨体が姿を現した。ガルゴ=妹尾 鷹丸である。
いつものごとく何の脈絡もなく突然の出現であった。判明したガルゴの正体に関しては、まだ世間に公表されていない。自分の関係者であったこともあって、翔子が仮政府にこのことを話すのを躊躇ったからだ。
そうでなくても世間はあの石眼の被害に怯えていて、ガルゴの存在を考える余裕がなかった。どこもかしこも、いつ出現するか判らない石眼の襲来を恐れ、混乱状態である。
そんな中でガルゴが、久方ぶりにこの世界に姿を現したのだ。
砲声のような足音を立てながら、木々を薙ぎ倒し、城壁に囲まれた巨大都市=岩樹に接近してきている。
その巨体と戦闘力で、各地で騒ぎを起こして、人々から恐れられていたガルゴだが、今回は少し様子が違っていた。
ガルゴが城壁のすぐ近くまで寄っても、都市からは警報の音が全く鳴らないのだ。城壁には結界が張られることもなければ、砲撃による抵抗もない。あまりに静かであった。
ガルゴもこの様子に少し困惑しているらしい。言葉を発せずとも、首を傾げている動きでそれが判る。
以前やったように、城壁に身体を乗り上げて、町の様子を見る。だがそこに逃げ惑う人々の動きも、悲鳴も一切見受けられない。
当然である。この都市は以前翔子が来たときに、住民全員が石になっているのだ。そしてあのボス石眼の力を警戒して、一般人はおろか、天者ですら、この都市には近寄ろうとしない。
不死である天者でも、石化によって心身を封じられては、どうにも出来ないのだ。
「グギッ?」
石像だらけの町を見て更に困惑していたガルゴは、不意に後方から何かの気配を感じて振り返る。
「ギャッ!」
後方の空から、こちらに向かって飛んでくる存在を見て、ガルゴは何やら嬉しそうな鳴き声を上げた。
彼に向かって近づいてくるのは、以前にもガルゴが見たことがある巨大鳥のタカ丸と、それに乗る天者の翔子であった。
 




