第二十一話 人妖
召喚の精霊とは、翔子達天者の召喚の儀式の、全ての要となる存在である。
かつてこの世界を訪れたという、女神と呼ばれたある魔道士が、この国に天者召喚の技術と、それに協力する人工の精霊をこの世界に置いていった。
この世界に危機が訪れて、赤森王国が召喚の儀式を行うと現れる。何処かから、天者としての超人的な力を与えるに相応しい者達を、この世界に連れてくる存在らしい。
精霊と言うが、それが具体的にどういった存在なのかは、この国の文献にも記されておらず、儀式を行ったという赤森王国の者達も、その姿を見ていない。
だが今、その召喚の精霊と名乗る者が、翔子の前に現れて、現在魔法の縄で拘束中である。
「観念なさい! 絶対に逃がさないよ!」
『観念も何も、こっちから説明しようと出てきたんだしよ~~別にハナから逃げる気もねえし・・・・・・』
「うっさいよ! 私達を変なのに巻き込んで! さっさと皆帰してよ!」
激昂して叫ぶ翔子。拘束されている精霊は、特に慌てることなく、淡々と喋り始める。口のないその姿で、どこから声が出てるのか判らないが。
『帰して? お前以外に今帰りたがってる奴がいるか?』
その言葉に翔子は眉をひそめる。確かにその通りだ。
最初は望郷の念で、共に旅してきた仲間も、今となってはこの世界に順応し、それぞれこの世界での生活を楽しんでいる。今となっては、真剣に帰還の方法を探っているのは、翔子と清水教諭だけである。
しかも現在、どこを探せば帰還の方法が見つかるのかさっぱり判らず、やむをえずこの世界の鉄士の仕事に打ち込んでいる始末である。
『だいたいお前今、大事に関わってる最中だろ? あの石にされた町を放っておいて、元の世界に帰りたいってのか?』
「帰れるなら、この世界のことなんて、別にどうでもいいよ! ・・・・・・でも考えてみれば、友達が石にされてるから、それを直した後だね」
『へえ・・・・・・考えが一貫してるんだな。でもよお、元の世界に帰れたところで、それで元の生活に戻れるか? そんな化け物じみた身体でよ。この世界にだって、気色悪く見る奴がいたんだ。あっちの世界だとどうなる? 差別どころか、捕まって解剖されるんじゃね?』
一理ある発言ではあった。四所川原村での件を見ても判るとおり、この世界の住人でさえ、普通の人間から逸脱した天者を、全ての者が受け入れているわけではない。
元々魔法や魔物というものさえいない、向こうの世界ではどう見るか・・・・・・
「だったら帰る前に、私達の身体を元に戻せ! あんたが私達を、こんな身体にしたんだろ!?」
『それは無理だな。俺は人間を進化させることは出来ても、退化させることは出来ん』
「ざけんな!」
翔子の握る柄に力が入る。刀身の炎の魔力が強まり、赤い輝きと熱気が、空間を歪ませた。今にも目の前の喋る球体に、刀を振り下ろしそうだ。
『落ち着けよ。本当なら役目を終えた後、傍観する役の俺が、自分から出てきたんだぜ。それくらい面倒なことになってるってことだ。魔王という奴のせいで、こっちの世界だけでなく、お前の故郷世界もやばいことになってるぜ?』
「はぁ?」
『帰れとか迫る前に、色々と聞くべきことがあんだろ? 自分らが呼ばれる原因になった魔王のこととか。あのガルゴって言う怪獣のこととか』
ガルゴの名が出たとき、翔子の口が一旦閉じる。魔王のことは興味ないが、ガルゴのことは、翔子も知りたがっていたことだ。
『とりあえず下に降りないか? 空を飛びながらだと、何だか落ち着いて話しができんわ』
言われるがままに、翔子と精霊は空から降りた。精霊を魔法で拘束した状態のままで。
森の中の一角、座りやすそうな少し開けた木々の間に、両者が舞い降りる。
手も足もない精霊の挙動は不明だが、翔子の方は未だに刀を構えたまま、精霊の様子を細かく監視している。
『これ解いてくんねえか? 別に逃げねえって』
「いいからさっさと話しを続けろ。変に長引かせたら斬るよ」
当然のことながら、翔子の敵意の目は消えない。何故こいつが自分たちを選び、この世界で具体的に何をさせようとしたのかなど、翔子はどうでもよかった。
ただ彼女は、目の前の相手への怒りと、元の世界への帰還が、何よりも最優先で物を考えている。
『まずは魔王に関すること話すか。最初から全部説明すると、かなり長くなるが・・・・・・』
「手短に話せ。どうしても長くなるなら、その話はいい」
『・・・・・・判った。結構昔に人妖ていう魔物が、色んな世界に大群で出没してたんだ。魔王ていうのは、その人妖の生き残りさ』
その人妖という名前に、翔子は聞き覚えがあった。亡霊討伐の時、亡霊達がその名前を口にしたのを覚えている。
『異界魔とかワールドビーストとか、それぞれの世界で色んな名前で呼ばれてたがな・・・・・・おっと、長くなるからその辺の話しはいいか。とにかくそいつらは、群れで異世界を移動して、沢山の世界を滅ぼしてきた。
だが時間が経つと、そいつらは繁殖力が低下してな、勝手に滅んでいったよ。だけどそん中で、ストラテジストて言う、知能の高い固体が生き延びていてな。それが今でも世界を滅ぼすために、活動してる。同類の人妖でなく、その世界の魔物を操ってな。この世界の魔物が、急に増えたり強くなったりしてるは、そいつらが原因だ』
「へえ・・・・・・」
何だかスケールの大きな話をしてるが、翔子の反応はあまり驚きがなく淡泊であった。
『言ったとおり、魔王に関しては手短に終わらせたぜ。次はガルゴのことだな』
「!」
魔王に関しては興味ない感じだった翔子だが、ガルゴの話になると表情が引き締まり、その言葉に真剣に耳を傾ける。
『あいつはあんな図体だが・・・・・・お前らの仲間、天者の一人だよ』
「天者? 皆の誰かが、あんなことを?」
精霊の回答に、翔子は以前清水教諭が言っていたことを思い出す。仮政府は、天者の一人が変身魔法で、あのような乱行をしでかしたと疑っていると。
だがその考えに精霊は否定した。
『いんや、四年前に城で召喚されていたメンバーじゃねえよ』
「じゃああんた、クラスの皆以外にも、誰か召喚したわけ?」
翔子の表情が困惑から、再び精霊への睨みへと戻る。まさか天者になる者は、全てこの精霊が選別したはずだ。だとしたら六年二組のメンバー以外にも、こいつは誰かを巻き込んだことになる。
『そういうわけでもねえよ。俺はお前らのクラス以外には、誰も選んでねえ。その上で、あの時召喚されなかった奴だよ』
「訳分かんないんだけど?」
『一人いただろ? あの時学校を欠席して、召喚されなかった奴が。そいつのことは、お前が一番知ってるんじゃねえの?』
「どういう・・・・・・あっ」
最初は話しが見えなかった翔子。だが途中で思い当たることがあったようだ。そしてそれに気づいた途端、翔子は固まった。
別にさっきの町のように石化したわけではない。目と口を大きく開き、呆然とした顔で、彼女の時が止まった。何やらとてもショックなことがあったようだ。
『俺はまず天者の力の素=緑鉱石をお前らの身体に埋め込んだんだ。お前らに気づかれないよう、寝てる間にこっそりとな。そんでもってしばらく時間が経って、その力がある程度身体に馴染んでから、こっちの世界に召喚したんだ。だが俺がきちんとクラスの人数を確認しなかったせいでな、召喚漏れが一人いたんだわ』
続く説明に、翔子は何も言わない。さっきまで精霊に対して怒りの感情はいつの間にか薄れ、ただ驚きだけがあった。
『こっちの世界に来なかったせいで、あいつは力を覚醒させないまま、あっちの世界で普通の人間として暮らしていたよ。でもな、少しずつこっちの世界に引っ張られてきてるみたいだな。召喚の儀を直接受けなくても、あいつの身体と魂はこっちの世界と繋がってんだ。
そんでもって最近になって、魂だけがこっちの世界に一時的に呼び出された。お前の推測してるガルゴ幽霊説は、少し当たってるぜ。何であんな姿でこっちの世界に現れたのかは、俺も知らねえ。もしかしたら、あいつ自身の願望が影響したのかもな。そのせいなのかは判らねえが、実質あいつが天者達の中で、最強の戦闘力を持ったが』
「へっ、へえ・・・・・・そうなんだ」
『あいつはどうやら、こっちの世界を夢だと思ってるらしいぜ。そのせいで軽い気持ちで、こっちの世界に迷惑かけてんだが・・・・・・悪いがあいつと敵対するのはやめてくれないか? これからこの世界で起こることを解決するには、あいつの力が必要だと思うんだ』
「そういえばあんた、私達の世界も危ないとか言ってたよね? それどういうこと?」
『お前が戦った白蛇は、魔王が捕まえて強化して操ってるんだが・・・・・・奴はそれを向こうの世界に送りこんでんだな』
場所は変わって鷹丸のいる現実世界。
彼は暇な休日をパソコンの前で過ごしていた。最近あの楽しい夢を見なくなり、彼は少し不機嫌だった。友達もおらず、休日になってもやることがない彼は、こうしてパソコンの前で時間を潰していた。
二時間ほどフリーゲームをプレイした後、骨休めに一旦中断する。その際に軽くネットサーフィンをしてみた。
(何か面白い話題ねえかな? どっかに怪獣が出たとか・・・・・・)
そんな夢に影響された願望を持ちながら、ネットニュースを見る。するとそこに一つ、彼が気を引いた面白い話題があった。
(町の人間が集団で石化? これ国際ニュースだよな? アニメの話しとかじゃないのか?)
人間の石化という、ファンタジックな題名が書かれたニュース覧を、彼は試しにクリックしてみる。そこに書いているのは、これまたファンタジックな内容であった。
〇〇国のある町が、先日突然連絡が来なくなり、そこから通勤している者達も、他の町に姿を現さないのだ。
不審に思った住人の知人が数人、その町に行ってみたところ、これまた不思議なことに、その町には住人一人残らず消えていたというのだ。
町に何か災害が起きた風はない。住人の家屋に入ってみると、冷め切った朝食がそのままテーブルに置かれていたり、テレビがつけっぱなしになっていたりと、人の生活が急に途切れたような印象であった。
そして何より不気味なのは、町中に無造作に置かれた無数の石像。驚くほど精巧に出来上がっていた石像が、数千というとてつもない数、その町の各地に無造作に置かれていたのだ。
この石像がどこから運び込まれたのか、全くの謎。しかもその石像の設置場所もおかしかった。
ある石像は、道路の真ん中で不法停車している自動車の、座席に座ってハンドルを握っていた。
ある石像は、家の椅子に座り、テレビと向き合って、リモコンを手に持ったポーズで置かれていた。
町の学校では、子供を模った小さな石像が、実に沢山各教室の椅子に座り、黒板の隣には大人の石像が教鞭を持ったまま倒れていた。
あまりに人の生活と重なった所に設置されている、謎の石像達。この話は近隣の町に一気に広がって、少しずつ騒ぎになっている。
一部の者達は、宇宙人OR悪魔が現れて、町の人間を石像にしたんだと言い始めているという。
(何だよこのカルトニュース? このネットニュース、こんなのをこんなにでっかく取り上げるなんて、今はそんなに話題がないのか?)
こんな話し、ただのデマに決まってる。鷹丸はあまり深く考え込まずに、そのニュースから別のサイトに切り替えた。
鷹丸はこれを、ネット上だけの馬鹿げた騒ぎだと思っていた。恐らくこれを見た多くの読者が、そんな風に考えていただろう。
だがその日の夜、テレビで放映されるニュースにまで、この奇怪な話しが取り上げられていた。しかもその調査に向かった警察隊と連絡が取れなくなったと。
この日から、徐々にこちらの世界で、不可解な騒ぎが広がり始めていった。




