第二十話 大蛇と球との遭遇
かつての赤森王国の王都・岩樹。
さっき翔子が訪れた町は、山辺地町を小規模にしたような城塞都市だったが、こっちは逆で山辺地をスケールアップしたような感じだ。
堅固な城壁に取り囲まれたとても大規模な町。内部の町並みは広く、中央に行くほど大型の建造物が建ち並んでいる。中にはあっちの世界の近代都市に似通った建造物もある。数十万人もの人工を抱えるこの都市に、タカ丸に乗った翔子と一樹が来訪する。
あの後他の村も見回ってみたが、どこも最初の町と全く同じ状況であった。村人は一人もおらず、代わりに無数の石像が村の中に置かれ、そしてあの奇怪な白蛇がたむろしていたのだ。こ
の状況を仮政府に伝えようとしたが、何故か通信に誰も応答せず、仕方なくこうして直々に王都を訪れたのだ。
「すいませーーーん! 天者の翔子です! 入れてくれませんか!?」
城門の前に立ち、大声で翔子は叫ぶ。ここには門番はいない。その代わりに監視カメラが各壁に設置されていて、そこから城の内部で監視を行っている。
目の前の巨大な鋼鉄門も、全て自動で開閉するハイテク装置だ。翔子が声を上げてしばらく経つが、誰も応答せず、扉も開かない。これを不審に思っている中、一樹が歩き出し、城壁の壁を昇り始めた。
「奈多君、何してるの!?」
「誰も出ないんだから、こうするしかないでござろう? 何か変だ。町の中から人の気配が全くしないでござる」
数十メートルの城壁は、普通ならば到底人が昇れるようなものではない。だが一樹は高い身体能力で、ロッククライマーも顔負けの速度で、壁をひょいひょい昇っていく。まるで木に登る蜥蜴のようだ。
あっとうまに向こう側へと飛び降りて、姿を消す一樹。翔子もやむを得ず、タカ丸に乗って壁を飛び越えた。
(何てこと・・・・・・)
壁の向こうの町の風景は、さっき自分たちが訪れた町村と、全く同じ状況であった。いつもならば大勢の人で賑わう町の中には、今は人っ子一人いない。その代わりに、無数の精巧な人の石像が、大量に建ち並んでいた。
大勢の人が呆然と、あるいは恐怖で逃げるような姿である。街道の中央の車道には、道から外れた自動車が、建物の壁に激突していた。内部の運転手も、やはり石像であった。車の前方のガラスを見て、何かに驚いたような表情をしている。
「すいませーーーん! 天者の翔子です! 誰かいませんか!?」
石像だらけの街道の真ん中で、試しに叫んでみるが、やはりそれに応える者はいない。感覚を研ぎ澄ませても、町の中に人の気配は一切感じられなかった。
「何てことでござる! 拙者が出ている間に、既に王都が陥落していたとは・・・・・・」
「そんな・・・・・・ここには齋藤さんもいるんだよ。あの人があんなのに負けるなんて。そういや齋藤さんはどうしたの!?」
「そういえば白蛇の気配も感じぬでござるが?」
二人は大急ぎで街道を走る。向かう先はこの都市の中央部。彼らにとっては苦い思い出のある、あの召喚儀式が行われた岩樹城である。
岩樹城の様子は、かつて自分たちが召喚されたときと、全く同じような佇まいであった。
国王が失踪しても、特に大きな混乱はなく、この国の政治は順調に行われていた。国民達も、誰もが今から思えば、あの王室はいらなかったのでは?と考えている。
それはともかく二人は、城の内部を駆け走る。かつては無駄に豪華な装飾がされた回廊は、今は余計な飾りは全て取り払われ、質素は石と金属の壁で囲まれている。
その回廊の内部も、外の庭園にも、兵士や使用心の装いをした石像がチラホラと見受けられる。すっかり見慣れたそんな光景は無視をして、翔子達は友人の行方を捜し続ける。
「齋藤さん! 翔子だよ! どこにいるの!?」
広い城の中を全て探索するのは難しい。とりあえず翔子は、仮政府の政務室に駆け込んだ。
木製の大型の扉を、強引に蹴破り、以前一度だけは行ったことのある政務室。刑事ドラマにあった裁判所のような、多くの椅子とテーブルが並んでいる。
長の座る中央の椅子の側には、大型の蛇の石像が設置されていた。これは翔子も見たことがない。自分たちがここを離れている間に、新たに設置された装飾であろうか?
それはともかく、その部屋に探しの人物らしき物体があった。
一人の小柄な鎧武者の少女。身体が小さいため、子供がコスプレしたかのように見えるそれは、全身灰色の石製であった。刀
を抜き、敵に向かって構えるようなポーズを取ったそれは、一人の少女の石像であった。葉人の特徴である頭の葉っぱは、兜で隠れていたが、その容貌は彼女たちの知る齋藤 恵真とよく似ていた。
「もしかしてこれ・・・・・・」
「ちょっと待って! 今なんか変な気配が!?」
その石像の実体を確かめる前に、翔子が何か異形の気配を感じて、腰の柄に手を当てる。
その異形の気配の主はすぐに見つけられた。というか最初からこの部屋にいた。
中央の席の側にあった、装飾かと思われた蛇の石像が、急に変色していく。灰色の石の表皮が、見る見るうちに白い鱗で覆われた、生物的な表皮に変化していき、あっとうまにそれは大きな白蛇へと変わる。その上動き始めた。
最初は身体の下半分でとぐろを巻き、上半分を柱のように上に立てて、首を曲げて前方を睨む姿勢だった。その姿勢を解いて、それは地面上半身をつけて、地面に這う姿勢で、翔子達を睨み付ける。
これは石像ではなく、どう見ても生物で、あの白蛇であった。
しかもちょっと前に翔子達が倒した者達とは、比べものにならないぐらい大きい。人間ぐらい簡単に丸呑みにできそうな、蟒蛇の白バージョンとも言える怪物である。
さっき城の中を探索したときも、この部屋に入ったときも、この巨大生物の気配に二人は全く気づかなかった。この自己石化は、気配を隠す能力もあったのだろうか?
「化け物が! 死ぬがいい!」
目の前のいる怪物を、即座に敵と判断した一樹が、背中の小太刀を引き抜き、一気に白蛇に突撃した。多くのテーブルの上を飛び越えて、小太刀の刃で白蛇の斬りかかろうとする。
カッ!
勝負は一瞬で終わった。そしてズン!と重い音が、部屋中に響き渡った。音の原因は、白蛇が倒れたから・・・・・・ではない。一樹がとてつもなく重い物体に変異して倒れたからだ。
「うそっ!?」
今の光景を見て、翔子が絶句する。一樹の刀が、白蛇に届きそうになった直前に、白蛇の目が光ったのだ。
前にあった小さな蛇たちと同様に、その赤い目がフラッシュのように眩い光を放つ。その光を正面から近距離で受けたかと思うと、一樹が人から全く別の物質に変わってしまったのだ。
顔も頭の角も、紫色の忍者服も、白蛇を斬ろうとした小太刀も、全て灰色に変色した。まるでコマ撮り映像のような一瞬の変化であった。そして人ではあり得ないような、重量感ある重い音を立てて、一樹は白蛇の目の前の床に落下した。
その身体はもう全く動かず、白蛇に斬りかかる姿勢のまま固まっている。一樹は外に大量に放置されている者達と同様に、石像になってしまっていた。
まだ憶測だったものが、ここで確証となった。あの石像達は全て、あの白蛇たちによって石化された人間だったのだ。
だがそのことを詳しく考える余裕は、翔子にはなかった。巨大白蛇は視線を、動かなくなった一樹から、部屋の出入り口付近にいる翔子へと変える。
(やばっ!)
翔子の対応は早かった。巨大白蛇の視線がこちらに向くより先に、彼女は即座に身体を一八〇度回転させた。
その直後に白蛇の目が、再びあの赤い光を放つ。光を直接見なかったからか、翔子がさっきの一樹のように石化することはなかった。
翔子はそのまま敵に背を向けて、部屋を飛び出し逃走した。白蛇は即座に後を追う。先に壊されていた扉を飛び出して、回廊を高速で這いながら走る。
だが移動速度は翔子の方が速く、瞬く間に彼女は、白蛇のいる城内部から脱出していた。
「うん、私は大丈夫だよ。え? いやいいよ助けなんて。ていうか皆、まだ力が戻ってないじゃん。本当に大丈夫だから、とりあえずこの話しを、他の町にも伝えてくるよ」
山林の上空で、タカ丸に乗った翔子が、飛行中に通信機で拠点の仲間達と会話している。あの白蛇のいる城から逃げおおせた翔子は、タカ丸に乗って岩樹から脱出した。
恵真と一樹が石化されたまま、取り残してしまったが、彼らは不死の天者であるため、そんなに心配はしていない。問題なのは、あの町の石化させられた一般人達だ。
「それで皆には、石化魔法の情報とか調べて欲しいの。仮政府も無くなっちゃったし、もう私達でやるしかないよ。うん、判った。じゃあ・・・・・・」
そう言って通信を切る翔子。石化の魔法など、この世界に来てから魔道の勉強をしてきた中でも、初めて聞く。
石化被害者を元に戻す方法はあるのか? そもそも石になった者達は、まだ生きているのか? その辺は何も判らない。
この手の情報集めで頼りにしていた仮政府は、今はもう壊滅しているだろう。そのためさっき自身が言ったとおり、全て自分でやらなければならない。
(ガルゴのことも調べてもらってたけど・・・・・・これで何も判らなくなっちゃったな)
色々悩んでいると、翔子は空の上で、不審な気配に気がついた。天者の優れた感覚の力で感じ取ったそれは、どうも人とは違う。そもそも感じ取れる場所が不審である。
それは自分が飛んでいるのと、同じ高度の上空から感じ取れたのだ。気配をよく調べるまでもなく、それは翔子の視界に入ってきた。空の上でこちらに何かが近づいてきている。
(・・・・・・・・・玉? UFO?)
空に浮かぶそれは、何か変な物体であった。生き物なのかどうかも判らない。それは大きな玉だった。
遠目からなので、まだ正確な大きさは判らない。空の太陽の光を反射して、真珠のような輝きを放つ綺麗な玉だ。
色はオレンジ色で、見ようによっては蜜柑が飛んでいるようにも見える。ただ球面の一カ所に、色が濃い円形の部分がある。この部分を注目すると、大きな目玉が浮いているようにも見える。
(何なのあれ? 敵?)
王都の大変な事態を見たすぐ後に、何かよく判らない未確認飛行物体と遭遇してしまった翔子。あまりに怪しすぎるため、とりあえず刀を抜いて、戦闘態勢をとる。
不審な玉はどんどん近づいてくる。それによって相手の大きさも判ってきた。その玉は直径1.5m程度。翔子よりも大柄だ。
黒目のような濃い円形の部分をこちらに向けて、まるで睨み付けるかのようだ。何か今すぐにでも、ビームとか出しそうだ。
タカ丸をホバリングさせて、空中停止している翔子に、その空飛ぶ玉は、彼女の百メートル付近の距離で停止した。
『ああ~~~とりあえず初めましてだな、天者の佐藤翔子』
その玉から何か声が聞こえてきた。少し声色が変わっていたが、間違いなく人の言語である。この玉は人の言葉を喋ったのだ。
「あんた何? 魔物?」
『まあ、外れてはいないな。俺は召喚の精霊だ』
召喚の精霊。このとてつもなく重要な言葉を聞いたとき、訝しげに見ていた翔子の顔が一気に険しくなる。今まで訳分からんといった感じだったのが、一気に敵意の目に変わる。
『何か、俺の思っていた以上に、やばい事態になってたからよ。しゃあねえから、俺が自ら説明を・・・・・・』
「魔縛鎖!」
空飛ぶ玉=召喚の精霊が、何かを言おうとしたとき、構えていた翔子の刀が輝きだし、魔法が発せられた。
刀の鋒から、青白い光の塊で構築された、魔力の触手が数本程伸びてきた。それらはミミズのようにうねうねと動きながら、一気に伸びて召喚の精霊に飛びかかる。それは蛇のように召喚の精霊に巻き付き、その丸い身体をグルグル巻きに拘束した。
「ようやく現れたね! 逃がさないよ! さあ、帰る方法を教えてもらおうか!」
帰還の方法を探していた翔子にとって、ある意味一番の因縁の相手を拘束し、翔子は勝ち誇った感じでそう叫んだ。
 




