第十九話 石の街
「うっ!? いつつ・・・・・・」
場所は変わって、あっちの世界の鷹丸の私室にて。時間は既に朝。いつもより少し遅い時間帯に、鷹丸は目を覚ました。
布団をめくり、ベッドから起き上がるが、鷹丸は自身の身体に、いつも以上の違和感を覚えていた。
(何か体中がズキズキ痛いな・・・・・・特に脛の辺りが)
そこは夢の中で、ザリ太郎に一突きされた場所である。だが鷹丸は、夢の中の出来事と、現実との痛みを、結びつけて考えることはなかった。
(しかし、今日の夢はすごかったな・・・・・・。自分以外の怪獣と戦っちまったぜ! しかも女の子と一緒に)
数日ぶりにあの夢を見たと思ったら、何と目の前に巨大ザリガニ怪獣がいたのだ。しかも今まさに、一人の少女を叩き潰さんとしていたのである。
正義の怪獣になった気はないが、反射的にそれを止めて助けてしまった。そして成り行き任せで、彼女と共闘して怪獣を撃退した。
その少女は、龍のような尻尾と角が生えていて、その上怪獣に傷を与えられるほどの、超人的な力を持っていた。
これまでの夢にも、何度かそういう強い人間に会ったことがある。彼らは皆、失踪したかつてのクラスメートと似た姿をしていた。だが今回の夢で出会った少女は、鷹丸にとっては全く見覚えのない顔であった。
(あの子、結構可愛かったな。次の夢でもまた会えるかな?)
いつも楽しく見ていた夢が、更に楽しくなりそうだと、そんな風に考えながら、鷹丸はいつも通りに朝食をとりながら、朝のニュースを見る。
『ここ最近、弘後市内で多く目撃されている、未確認飛行物体に関するニュースです。昨日〇〇ビルの監視カメラに、その姿が映し出されたのが明らかになりました。これがこちらの映像です』
ニュース放映中のテレビ画面に、町の上空を飛ぶ、何か変な物体が映し出された。監視カメラの映像だからか、画質が悪いが、オレンジ色の丸い何かが、弘後市の上空を飛んでいる姿が見える。
ここ最近・・・・・・鷹丸が不思議な夢を見るようになったのと同じ時期に、県内でこのUFOの目撃談が多く出て、世間を賑わせている。
最初は一時のデマや見間違いだと思われたが、あまりに多くの目撃者と、証拠映像があるため、弘後市とその周辺は、最近変な意味で注目されている。
(この間、クラスの奴らもあれを見たとか言ってたな。ここいらにもよく出てるみたいだけど、何なんだ? 俺の夢と同じぐらい不思議だ)
そんな風に思いながらも、それ以上の興味は特に示さず、今日も鷹丸は何事もなく登校していった。
ガルゴと取り憑かれたザリ太郎の戦闘があってから、十日後の元赤森王国国内にて。かつての王都岩樹にさほど離れていない、森の中にて。
不思議な影が、森の中を素早く動いていた。それは小柄な一人の少年だった。肌色は浅黒く、頭には二本の鬼の角が生えている。この特徴は鬼人であり、彼もまた天者であることが窺える。
ただこれまでの天者達とは、大きく異なる所が二つあった。一つは装い。
彼は頭におかしな形の頭巾を被り、身体には袖の細い紫一色の和服を着ていた。布地が全身を覆い尽くし、肌が見えるのは顔の部分だけである。この不思議な衣装は、向こうの世界の人間が見れば、何をモチーフにしたか、一発で判るだろう。忍者である。
漫画や時代劇に出てくるような、コスプレ的な忍者装束を、この少年は恥も知らずに着ているのである。その紫色の目立つ布地は、明らかに諜報には向かない。
背中には忍者刀らしき小太刀を差している。実在の忍者はこんな武器の持ち方はしないそうだが、明らかにフィクション寄りの忍者である。
そしてもう一つのおかしな点は、彼の移動方法。彼は森の中の木々を、猿のように飛び越えながら前進しているのである。大木から大木へと、驚異的な跳躍力で飛び移る、その身体能力は見事であるが、この移動法に意味があるのだろうか?
実は彼の進んでいるすぐ近くに、この森を抜ける林道があった。普通ならそこを走った方が、効率がいい筈である。
「ふげっ!?」
そうこうしている間に、その忍者少年が間抜けな悲鳴を上げた。木を飛び移るのに失敗して、大木の幹に激突してしまったのである。
顔面を含めた身体の前面を、幹に叩きつけ、そのまま虫のように地面に落ちた。高さは十数メートルある。常人なら大けがを負うほどの、落下距離だが、彼はすぐに立ち上がった。
地面の泥まみれになった忍者装束をはたいて、彼は一息つく。
(また失敗したぜ・・・・・・やっぱ林道の方を行こうかな?)
結論を言えば、彼のこのおかしな移動法に意味はない。何故こんな事をしているかというと、単に彼の趣味であった。忍者少年はあれこれ考えた末に、結局また木を飛び移る方へといった。
その後も二度ほど墜落を経験しながら、彼は己の目的地へと到着した。
四日前のこと。王都・岩樹からそう離れていない数件の町村と、全く連絡が取れなくなった。地元憲兵とも通信が一切とれず、この地域へと渡っていた輸送業者達も帰ってこないのだ。
不審に思った憲兵数人が、そこへと向かったが、やはり彼らも帰ってこなかった。
最近になって、ガルゴや無心病など、これまでになかった魔物被害が出たばかりである。
これもそういった異常事態ではないかと危惧した仮政府は、そこへと現在国内で最も優れた鉄士の一人。つまり天者の一人である、あの忍者少年を派遣していた。
抜群の運動能力で突き進んだ忍者少年は、あっとうまに目的の一つである町へと辿り着いた。連絡不能になった集落の中で、最も規模の大きい町である。
山辺地町と比べられるほど大きくはないが、それなりに立派な城壁に囲まれた町の入り口に、忍者少年は向かう。
その鉄製の城門は、開きっぱなしであった。いつでも人が行き来できるように、現在全開中である。門も城壁も、破損した部分など見当たらず、戦闘があったようにも見えない。
ただ少し奇妙なものが、その門の両脇にあった。
(全然、人の気配がしないな・・・・・・。うん? 石像?)
それは憲兵の衣装を着た石像であった。大きさは等身大で、灰色で磨かれた表面が、太陽の光に反射している、綺麗な石像である。そ
れが門の右脇に二体、左脇に二体、まるで門番のように立っている。そのうちの一体は、設置したときのバランスが悪かったのか、後ろ向きに倒れている。
(ここじゃ、門番の代わりに石像をおく習慣でもあんのか? それともこれは監視装置か?)
忍者少年は、その石像に近づき、その全容を注意深く見る。
近くで見ると、どこの芸術家が彫ったのかと聞きたくなるぐらいの、見事に精巧な石像であった。ただ人を模っただけでなく、その服装や指している刀、髪の毛の一本一本まで、あまりに細かく綺麗に彫られている。
色が灰色でなかったら、本物の人間かと見間違えるほどだ。
彼らは門を守るように、その場に立っているが、首の向きが少し変だった。門番ならば、彼らは正面に見える林道を真っ直ぐに顔を向けそうなものだ。
だが彼らは首を縦に曲げて、足下の地面に向かって顔を向けているのだ。表情も精巧に作られており、彼らは一様に、不思議なものを見るような、困惑した顔をしている。
忍者少年は、この石像に監視カメラがついてないか、注意深く見る。だが少なくとも彼が見た範囲では、そういったものは見受けられなかった。
(もしかしてガーゴイルみたいなもんか? だとしたら勝手に通ったらやばいであろうな・・・・・・)
よくゲームなどである石型モンスターのように、侵入者を迎撃するシステムならば厄介である。目の前の開きっぱなしの門を通ると、無用な争いが起きかねない。
「うおおーーーーーーい! 拙者は天者にして、ここの調査に来た鉄士の、奈多 一樹だ・・・・・・でござる! 町に入りたいのであるが、誰かいないでござるか?」
無理に作ったような侍口調で、忍者少年=奈多 一樹が、町の中に大声を上げる。
声を上げてからしばらく待ったが、中から人が現れる様子はない。元々の依頼の内容や、町から人の気配一切感じらない事から、ある程度は予想していたので、一樹はさして動揺しない。
問題なのはこのまま中には言っていいのかどうかだ。
音を立てない忍び歩きのような動きを、演技でなく素でやりながら、一樹は門を潜り抜ける。
両側にある石像に注意していたが、結局石像が動くとか、ファンタジーな現象は起こらず、彼はあっさりと町の中へと歩いて行った。
(何だよこれ? 石像の展覧会か?)
町の様子を見て一樹は絶句した。町の中には、予想通り人が一人もいなかった。その代わりの人と同じぐらいの大きさの無機物が、街中にかなりの密度で設置されていたのだ。
それは門前にあったのと同じような、精巧な石像であった。ただし外見は憲兵だけはない。一般の町民と思われる、石像が無数に町の中に、無造作に置かれているのだ。老若男女、さまざま外見の人間の石像が、門から通る街道の中に大量に置かれている。
その大半は、地面に倒れていた。さっきの門番もそうだったが、これらには像を支えるための台座が、一つも置いていない。
それらの石像の表情は、大きく二つに分けられていた。足下に顔を向けながら、ポカンとした顔でいる者。恐怖で歪み、何かに逃げるような表情や態勢のものである。
(・・・・・・やな予感がする)
試しに街道の一角にある飲食店に入ってみる。内部にはある本来客が座るための椅子と、店員が座るはずの会計席には、やはり石像が座っていた。
椅子に座っているので、外にあったように倒れている石像はない。客席に座る石像は、箸を手にして口にソバの麺を加えた態勢の石像であった。
彼らが持っている箸と、口の麺は石製であった。だが彼の目の前のテーブルに置かれているソバの丼は本物であった。すっかり冷め切って、何日も放置されていたと思われる冷たい汁のソバが、そのテーブルに置かれているのだ。これを食べたいとは誰も思わないだろう。
一樹の中である推測が出来上がっていた。推測というか、ほとんど確信といった方がいいものであったが。一樹は予想以上に深刻な事態の現場に入り込んだようであった。
数時間後、この石像の町に一樹とは別の天者が、空から大鷹に乗って現れていた。
「・・・・・・かたじけない。一度そちらの誘いを断っておいて・・・・・・」
「別にいいよ。それとその無理した忍者言葉、かっこ悪いからやめたほうがいいよ」
それは鷹丸と翔子である。町の広場に着陸し、一樹と共にこの石像だらけの町を見渡している。
ガルゴとザリ太郎の件から数日後に、翔子は一樹と接触していたが、翔子の誘いに一樹はよい返事をしなかった。
だがこの町に起こっていると思われる事態は、魔法の使えない自分には無理だろうと、通信で彼女に助演を頼んでいたのである。翔子は残りの天者の捜索で、結構近いところにいたため、実に早く救援に来てくれた。
中央に麒麟の像が建てられており、周りに木々が人工的に植えられた円形の広場。翔子は広場の椅子に座っている女性の石像に寄ってみる。
その石像の目線の先には、遊んでいると中であろう幼女の石像が倒れていた。親子の石像であろうか? 翔子はその石像の額に手を当てて、魔力を張り巡らせ、これがただの石像かどうか感知してみる。結果は割と早く出た。
「この像、中に人の魂が入っているよ。でも無心病みたいな死んだ人じゃない。生きた人の魂が入ってる。何だか冷凍庫の中で凍ってるみたいな感じになってるけど」
「やっぱりそうなのな。魔法で閉じ込められてるのか?」
「そんな感じだよ。この石が元が人だったのかは分かんないけど」
まだ判らないことは多いが、概要はほとんど分かった。この街の石像は全て、生きた人間が魔法で石にされた姿だ。
向こうの世界のファンタジーの知識がある彼らには、石化の魔法が出てきても、さして驚きはしない。
「それでこれは治せるでござるか?」
「さあ? そもそもどういう魔法なのかも分かんないし」
翔子は魔法学の本をそれなりに読んだが、その中に石化の魔法に関して見たことはなかった。これはもう少し調べてみる必要がありそうだ。
「確か前に調べた人も帰ってこないんだよね? だったら犯人はまだここにいるんじゃないの?」
「しかし拙者がここに来たときには、特に怪しいものはなかったでござるが?」
「あれとかは?」
翔子がある一点を指さした。そこは町の街道と広場を繋ぐ道の入り口。そこに人らしきものはいない。ただ翔子が指したのは、正確には道ではなく、その道の地面。そこに人ではない何かがいた。
(あの蛇か?)
そこにいたのは一匹の蛇だった。道のど真ん中で、人の手でも簡単に掴めそうなサイズの、中サイズの蛇がこちらに顔を向けているのである。
町の中でこんな物を見るのは確かに珍しいが、とりわけおかしいことではない。この蛇は以前拓也達が殺した蟒蛇と違い、大きさはごく普通である。怪物とは到底言えない。
変わっている点と言えば、全身の鱗が雪のように白く、目がルビーのように赤いことであろう。アルビノかと思えるこの蛇の姿は、少し離れた所でも、結構目立つ。
「あれが何でござるか? 白蛇なんて縁起がいいが・・・・・・」
「白いだけでなく、赤い目なんて怪しいよ。まあ変かどうかは捕まえて調べれば判るし」
翔子は刀を抜き構え、その白蛇のいる方向へと脚を進める。白蛇は脅威であるはずの、自分より大型の生物がこちらに接近しても逃げる様子がない。
やがて白蛇と翔子の距離が、数メートルまでに近づいたときに、異変が起きた。翔子を睨み付ける白蛇の赤い目が光ったのである。そ
の特徴的な赤い目が、カメラのフラッシュのように、眩い光を一瞬だけ放つ。それが翔子に当てられた。
だが・・・・・・
「尻尾を出したね」
その不審な光を浴びても、翔子の身には何も起こらなかった。ただその異変を見て、即座に素早い動きで踏み込み。その蛇を捕まえた。
白蛇の頭を右手でガッチリと掴み、蛇の全身を持ち上げる。バタバタと魚のように全身を動かして、その長い胴体が鞭のように翔子の身体に打ち付けられる。だがこの程度で翔子は動じない。
白蛇はパクパクと口を動かして、鋭い牙を翔子の顔に向けるが、頭を掴まれているために何も出来ずに呻いている。
「さっきの目から何かの魔力を感じたよ。私には効かなかったけど。一応重要参考人だね・・・・・・て、うわっ!?」
事件の重要参考人が一気に増えた。どういうことかというと、町の各地、家の合間や排水溝など、あちらこちらから白くて長い何かが姿を現したからである。
それは現在翔子の捕まえた白蛇と、全く同じ姿であった。うねうねと地面を這いながら、何百匹もの白蛇たちが、広場にいる二人を取り囲むようにして、こちらに近づいてきている。
(小さい気配がいっぱいあるのには気づいてたけど・・・・・・ネズミかと思って油断してた)
うごめく白蛇達の軍団。白い蛇は縁起が良いものであるが、これだけの数がこちらに迫ってくると、不吉な予感しかしない。
彼らの姿は、こちらに敵意があるように見えた。翔子は右手の力を強めて、捕まえていた蛇の頭を、虫のようにひねり潰す。
「何だか知らないが敵っぽいでござる。とりあえず全て殺す!」
「私も同意! でも石像は傷つけないようにお願い!」
一樹が翔子は、互いに武器を構え、こちらを取り囲む白蛇の大群に突撃した。すると自分たちに接近してくる天者に向けて、さっきと同じように白蛇の赤い目が一斉に輝いた。
一瞬目を瞑ってしまいそうな、無数の赤いフラッシュを目にしたときに、一樹と翔子の身体に、身体に電流が走るような奇怪な感覚が走る。
全身が麻痺してしまいそうなビリッとした感覚。だがそれはごく僅かなもので、翔子達の脚を止めるほどのものではなかった。
(今の光、常人なら間違いなく身体が麻痺して動けなくなってた! やっぱりこいつらが町に何かしたの!?)
翔子と一樹の刀が、白蛇の群れがいる地面に向かって振り下ろされる。その一撃に白蛇は意外とあっさりやられた。
鋼鉄すら両断する強烈な斬撃で、その白蛇の身体はあっさり両断。彼らが張っていた地面は、斬撃を受けて大地震が起きたのかのように割れる。
数匹の白蛇が、身体をバネのように動かして飛びつき、翔子の脚に噛みついた。だが・・・・・・
(思ったより低レベルなモンスターだね)
その鋭い歯は、翔子の強靱な肉体に傷一つつけられなかった。鋼鉄をまち針で指したかのように、白蛇の牙はポッキリと折れる。
その数匹の蛇が、翔子と一樹に噛みつくが、彼らの攻撃は何のダメージも与えられなかった。二人は白蛇たちを、次々と殺していった。
畑を鍬で耕すように、蛇たちがいる地面に何度も刀を振り下ろす。最初は魔法や気功で強化した斬撃を振るっていたが、途中でそれは必要ないと気づき、純粋な物理攻撃で白蛇たちを殺していく。
大して時間もかからぬまま、二人は出現した白蛇たちを全滅させた。
「異常事態かと思ったら、意外とあっさりと片付いたでござるな」
「まだ何も解決してないよ。石になった人も戻ってないし。しまった、一匹生け捕りにするの忘れてた」
胴体を切り離されたり、脚で踏みつぶされたりした、血みどろの蛇の骸が無数に転がっている、少しぐろくなった広場。
そこで翔子は、事の次第を王都に伝えようと、自前の通信機を取り出す。
「齋藤さん、どうしたんだろ?」
通信機を耳に当てて、知り合いの応答を待っていた翔子だが、その後数分経っても、その通信が受信されることはなかった。
 




