第十八話 ガルゴ対ザリ太郎
ガルゴはザリ太郎の右ハサミに噛みついたまま、どんどん後ろに後退していく。ザリ太郎は必死に抵抗するが、パワーはガルゴの方が遥かに上らしい。
ガルゴの後退に引っ張られて、ズリズリと身体が地面に引きずられ、ザリ太郎の身体のバランスが崩れた。それを見計らってか、ガルゴは思いっきり、ザリ太郎をぶん投げた。
ハサミを口で咥えた状態で、両手を伸ばして、ハサミと胴体を繋ぐ右腕を、その巨大な爪が生えた手でガッチリと掴む。そして身体を曲げて、勢いをつけてザリ太郎の身体を投げ上げた。
例えるならば背負い投げに近い投げ方だろうか? ザリ太郎の身体が宙に浮いた。右ハサミから尾の先までの長い身体が、ガルゴの身体を中心にして、反時計回りに投げ上げられる。
途中でハサミを咥えていた口が離され、ガルゴの豪腕のみで、ザリ太郎の身体が勢いをつけて持ち上げられる。そしそのまま、ザリ太郎の身体が、地面に叩きつけられた。
ドオンッ!
今までも戦闘で何度も地面が揺れたが、今回は今まで一番大きな地響きであろう。大地がひっくり返るかと思うほどの、揺れと轟音が鳴る。
ガルゴの投げ技で、ザリ太郎の巨体が、背中から勢いよく激突し、その身体が少し地面にめり込んだ。ちょうどザリ太郎が、ガルゴの足下で、甲羅を背にひっくり返っている状況だ。
甲羅のない胴体の足下と、腹の裏が、ガルゴの目の前に剥き出しになった。細長い八本の歩脚が、ワサワサと気持ち悪い動きでもがいている。
ガルゴはその無防備のザリ太郎の身体を、思いっきり踏みつけた。何度も何度も踏まれ、ズシン!ズシン!と、これまた耳に響く踏みつけ音が、一帯に響き渡る。
翔子はしばらくの間、自分のすぐ目と鼻の先で繰り広げられている、怪獣同士の戦いを、呆然と見上げていた。
そんな翔子より、先に我に返った達紀が、タカ丸と共に、翔子救出のため、その怪獣バトルの真っ只中に急降下しようとした。それに気がついた翔子が、大慌てで、彼らに向かって叫び上げた。
「三浦君! タカ丸! こっちに来ちゃ駄目!」
「ガゥ?」
三浦とタカ丸。
この二人の名前が発せられた瞬間、今までうるさいぐらい鳴っていた踏みつけ音が急に止んだ。
「えっ?」
急にガルゴの攻撃音が止まったことに、翔子は上空からホバリングし始めた達紀達から目を離し、背後のガルゴ達に振り返った。
ガルゴは何故か、翔子を見ていた。低い呼吸音が聞こえてくる。睨み付けるような雰囲気ではない。その凶暴な顔つきからは、どことなく戸惑いのようなものが感じ取れる。
そんな様子でガルゴは、自分の足下に近いところにいる翔子を、何するわけでもなくジッと見つめているのだ。翔子もガルゴの顔を見上げているため、近距離で見つめ合っている状況だ。
「・・・・・・なっ、何!?」
あまりに不思議なこの状況に、翔子もまた戸惑いまくりだ。ガルゴからは敵意のようなものは感じられず、ずっと彼女を見つめ続けている。
あまりに謎だらけの静寂の時間。翔子はどうすればいいのか判らず、ずっとその場で立ち尽くしていた。だがその硬直状態は、ザリ太郎の方からすれば、隙だらけの時間であった。
ドン!
ザリ太郎のハサミが、自分の身体を踏みつけていない、ガルゴのもう一本の脚を薙ぎ払った。ひっくり返った姿勢でのシザースアタックは、あまり威力はなかったが、ガルゴに対する足払いとしては、十分な威力であった。
片足をハサミで叩きつけられて、ガルゴは身体のバランスを崩し、その場で倒れ込み始める。その倒れ込んだ先には、翔子が立っている地面があった。
「うわっ!」
ガルゴの巨体に押し潰される。そう思った瞬間、ガルゴの片腕が伸びて、大地を叩いた。
ガルゴの掌が、翔子の真後ろの地面に触れて、一瞬だが倒れ込むガルゴの身体を、大地に支える。そしてほんの少しの間だけ、その腕一本で自身の身体を支えながら、腕に力を入れて、ガルゴは自分が倒れ込む方向を反らした。
ガルゴの倒れる先は、横に少しそれる。そのまま翔子を犠牲にせずに、ガルゴの巨体が地面に倒れんだ。
ドン!と翔子のすぐ右脇の地面に、ガルゴの身体が横たわった。その時地面に走った衝撃で、一瞬翔子の身体が宙に浮いた気がした。
「・・・・・・えっ?」
翔子は潰されなかったことに喜ぶより先に、ガルゴの奇行に戸惑った。翔子の視界は、あまりに近くで倒れている、ガルゴの腹で覆い尽くされていた。
(私が潰れないように動いたの? でも何で?)
ただの偶然と言うには、ガルゴの行動はあまりに的確であった。いったいどういうつもりなのかと、考えている時間を、すぐ近くにいる敵は与えてはくれなかった。
ひっくり返った身体を起き上がらせたザリ太郎が、倒れたガルゴの身体に、ハサミを振り下ろした。今度はさっきとは全く逆の攻防になった。地面に伏したガルゴを、ザリ太郎が何度も、容赦なくハサミで殴り続けた。
「ちょっ、やめなさいよ!」
本人も何故そんなことを言ったのかは判らない。ただガルゴを一方的に殴るザリ太郎に、何となくむかつくものを感じて、反射的にそう叫んでしまった。
だがその言葉は、予想以上にザリ太郎に刺激を与えたようだ。ザリ太郎は振り下ろすハサミの方向を、ガルゴの腹部の付近にいる、翔子に狙いをつけた。ザリ太郎のハサミが、再び翔子に向かって振り下ろされる。
(やばっ!?)
だがその攻撃も、先程と同様に、翔子まで届くことはなかった。今まで殴られ続けて呻いていたガルゴが、急に腕を伸ばしたのだ。
自身の腹の近くにいる翔子の真上に、ガルゴの巨大な腕が、覆い被さる。
ガスッ!
ガルゴの腕が盾となって、翔子に振り下ろされたハサミを、直撃する前に未然に防ぐ。ガルゴの行動はそれだけでは終わらない。ガルゴの尻尾が、横薙ぎに振られた。
倒れ込んだガルゴを見下ろすザリ太郎は、丁度尻尾のすぐ脇の位置にいるため、その攻撃は実に上手く命中してくれた。鞭のように振られた尻尾が、ザリ太郎の胴体を横から叩きつけ、ザリ太郎を再びひっくり返る。
互いに倒れた状況になった両者は、同時に立ち上がり、その場で睨み合った。そのまま再び激突するかと思いきや、ガルゴの口が開かれ、その口内が青く輝きだした。
そしてそこから、梅子の城を吹き飛ばした、あの青炎熱線を、消火器の放射のように吐き出した。
以前と違って、溜め無しで放射したため、熱線の威力は以前よりも大幅に劣る。だがその威力は、町一つ焼き尽くす程の、膨大なエネルギーである。それが目の前のザリ太郎目掛けて、近距離放射された。
「あれ駄目だな・・・・・・ザリ太郎の甲羅は、熱とか電気に、すごく強いんだ・・・・・・」
上空から傍観していた達紀の、そんな重要な事実を語る独り言は、誰にも届くことはなかった。
顔面から青炎熱線を喰らうザリ太郎。彼の顔が、大量の炎をぶつけられ、無数の青い炎の波と粒子をぶつけられて見えなくなる。見た目は派手だが、何故かザリ太郎は動じる様子がない。
彼のハサミの刃が閉じられた。二本の刃が噛み合わさったハサミの先端は、槍のように鋭く尖っている。
その先端からハサミの中間の辺りまでが、青い輝きを放ち始めた。これは鬼人の天者達が使っていたのと同じ、自身の肉体や武器を強化する、気功の技である。
ザリ太郎のそのハサミの先端で、ガルゴの右足の脛を一突きした。体型上、ザリ太郎はガルゴよりも背丈が低いため、ガルゴの足に狙いをつけやすい。
その上ガルゴは、いくら青炎熱線を浴びせても、手応えのない敵の様子に気をとられて、すっかり油断していた。
ガスッ!
気功で強化され、さらに槍のように一点に威力を集中した一撃が、ガルゴの右の脛=人間なら弁慶の泣き所とも呼ばれる部位に、クリティカルヒットした。
「グギャァアアアッ!?」
ガルゴがこれまでにない、痛そうな悲鳴を上げる。ハサミの先端は、ガルゴの右足の鱗を破り、肉を突いた。
食いこみはしなかったが、突き立てられた後の脛からは、血がドロドロと流れ出ている。あれだと骨にも相当な衝撃が伝わっただろう。
ガルゴは脛の痛みに悶え苦しみ、危うくまた倒れそうになるが、数歩下がって間一髪踏みとどまる。そんなガルゴに、ザリ太郎が突撃してきた。
ザリ太郎の二本のハサミが、ガルゴの両肩を掴んだ。そのまま更に後ろに倒そうと、突撃を続ける。
だがガルゴもおいそれと倒されはしない。自身の肩を掴むハサミを、自身の両手で掴む。左足で地面に強く踏みつけ踏ん張り、その突撃に対抗してみせる。
先程はパワー面でガルゴはザリ太郎を圧倒していた。だが右足への攻撃が相当効いているのか、さっきほどのパワーは発揮されない。
両者の押し合いは拮抗し、二匹の怪獣が互いを掴み合いながら、その場から動かなくなる。もし最初から、青炎熱線を使わずに、肉弾戦だけで戦っていたならば、この勝負はガルゴの圧勝だったであろう。
ガルゴは運悪く、攻撃方法を誤ってしまったようだ。
「てりゃぁあああああっ!」
中々勝負がつかない、怪獣同士の押し合い勝負に、横から介入するものが現れた。翔子である。
彼女の刀に宿る炎の魔力が、これまでになく強くなっている。ただ赤く輝くだけでなく、刃全体が紅蓮の炎を纏い、元の刀の輪郭が判らなくなっている。
大量の魔力を注ぎ込んだ、必殺の一撃の準備を、翔子は怪獣同士が戦っている間にしていたのだ。翔子は、ザリ太郎の所に突進した。そしてガルゴを掴み上げるザリ太郎の右腕の下で、その炎の刀を振り下ろす。
翔子の体格と、刀の長さからして、真上にあるザリ太郎のハサミには到底届くはずがない。だが刀が振られて瞬間、炎の刀が、如意棒のように一気に伸びた。
降り始めから、振り下ろす間の、瞬き一つで見落とすような、一瞬の時間に、刀に宿る炎の魔力が、原型の刀の形をしたまま一気に彼女の背後へと伸び、それが翔子の頭上にあるものに衝突した。
長さ二十メートルにまで伸びたその炎の刃は、ザリ太郎のハサミと腕の付け根、関節部分にクリーンヒットした。
ザシュッ!
するとどうだろう。その付け根の部分が見事に切断されてしまった。ガルゴを掴みこんでいたハサミと、ザリ太郎の腕が分離する。
先程はガルゴの熱線を受けても、ビクともしなかったザリ太郎が、翔子の炎の必殺剣で、その四肢の一つを失ってしまったのだ。
ザリガニに限らず、甲殻類というものは、甲羅はとても頑丈だが、関節部分はとても柔らかくて脆い。怪獣化したザリ太郎も、その弱点は同様にあった。
そしてザリ太郎よりも遥かに身体の小さい翔子は、その急所をとても狙いやすかったのだ。
ザリ太郎が武器の一つを失ったことで、形成は一気にガルゴの有利になる。ガルゴの突撃が、片腕のザリ太郎の身体を押して、敵を数十メートル後退させた。
さらに左足で振り上げて、ザリ太郎顔を下から蹴り上げる。更にさっきやったのと同じようにして、ザリ太郎の片腕を掴んで背負い投げし、再びひっくり返った態勢で地面に叩きつけた。右肩に挟まったままのハサミを取り、ガルゴは再びザリ太郎を踏みつけた。
「お願い、その子を動かないように抑えて頂戴!」
その場で翔子が叫ぶ。彼女が言葉をかけたのは、ザリ太郎を踏みつけ中のガルゴに向けられたものであった。
そもそもの前提で、ガルゴはこちらの味方ではないはず。そもそも言葉が通じるのかも、定かではない。
だが何故か、翔子はガルゴに向けて、協力の言葉を投げかけたのだ。何故このようなことを言ったのかは、本人にもよく判っていなかった。
「その子は、悪霊に取り憑かれてるの、私が祓うから、お願い助けて!」
「グルゥ・・・・・・」
ガルゴがさっきとは異なる行動に出た。ザリ太郎の胴の下に踏みつけた脚を、さらに強く押す。そしてその態勢のまま、ザリ太郎の残された片方のハサミを掴み上げ、それを上に向かって引っ張り上げる。
倒れた相手を踏みつけながらの、固め技である。これではザリ太郎も、反撃など一切出来ずに、取り押さえられたまま動けない。
(嘘っ!? 本当に聞いてくれた!?)
ガルゴの行動は、完全に翔子の言うとおりに動くものだった。それを発言した翔子自身も、ガルゴの素直な行動に唖然としていた。
勢いで言ってしまったのに、まさか本当にこうなるとは・・・・・・
ともかくチャンスには違いない。翔子は刀を収め、ザリ太郎の側にまで近寄る。ジタバタ動く歩脚に巻き込まれないようにしながら、翔子の右掌が、ザリ太郎の甲羅の一点に触れられた。
「はぁあああああああっ!」
翔子はこれまでにない、膨大な魔力を、ザリ太郎の身体に注ぎ込んだ。右掌の魔法の光は、これまでの除霊の光とは、比べものにならないぐらい強くなっている。
ザリ太郎の中に入った亡霊は数百にも及ぶ。それならばこれまでの数百倍のエネルギーを使わなければ行けないので、当然のことだ。
(人妖だか何だか・・・・・・あんたらの事情なんて知らないけど、おとなしくあっちに還って!)
翔子の退魔の魔法が、亡霊の思念に汚染されたザリ太郎の肉体と精神を浄化していく。するとザリ太郎の全身から、白いガスがモクモクと発生してきた。
取り除かれ、無理矢理霊界に帰されようとしている、亡霊達の思念だ。
『うぉおおおおおおおっ・・・・・・ああ気が楽になってきた、ありがとう・・・・・・』
翔子の頭の中に響いてきた声は、呻き声の後に、何故か感謝の言葉だった。
(えっ、何で?)
これまた新たな疑問が生まれながらも、翔子の除霊は完了する。ザリ太郎の身体から漏れ出るガスが完全になくなる。
すると今まで藻搔いていたザリ太郎が、急におとなしくなる。せわしくなく動いていた歩脚も、今は時を止めたように固まっていた。
その様子に見て、ガルゴが拘束していた手と足を、ザリ太郎から離す。それでもザリ太郎は、再び暴れ出すことはなく、しばしひっくり返った態勢のまま、ジッと動かずにいる。
「・・・・・・終わった。・・・・・・あっ!」
一先ずここに来た目的が達成されたことに、安堵の息を漏らす翔子。そして何故か協力してくれたガルゴを見上げると、その巨大な身体に異変が起きていた。
ガルゴの巨体で見えないはずの、向こう側の風景が何故か見える。その身体が透けているのだ。
まるで幽霊のように、その姿が見る見る透明になっていく。そしてあっとうまに、その姿はこの場から消え去ってしまった。
さっきまで派手に暴れて、存在感を存分に見せていた存在は、あまりに唐突に、不可解な形で消えたのだ。
翔子は感覚を研ぎ澄ませたが、一帯にはガルゴのような巨大生物はおろか、自分とザリ太郎と達紀達以外の気配を感じ取ることは出来なかった。
出現したガルゴが、何故か途中で消息を絶つことは、これまで何度も確認されてきた。だがその消える場面が目撃されたのは、今回は初めてのことである。
(・・・・・・あれって、変身魔法の現象じゃないよね? もしかしてガルゴって・・・・・・幽霊?)
あまりに多くの謎を見せつけてくれた大怪獣。我に返ったザリ太郎が起き上がっても、空から達紀とタカ丸が降りてきても、翔子はしばし呆然とその場に立ち尽くしていた。
 




