第十七話 ザリ太郎2
しばし傍観していた亡霊達は、ザリ太郎が少し動くと、彼を敵と見定めて、一斉に襲いかかった。
近くにいた翔子は、今は全く無視している。ザリ太郎は足を小刻みに動かしながら、横に長い身体を、時計のように三百六十度回転させながら、巨大なハサミで亡霊達を薙ぎ払った。
あまりに巨大な赤い鈍器が、亡霊達がまとめて叩きつけられる。一度に多くの亡霊達が、潰されるか吹き飛ばされるかして消滅していった。
その後もザリ太郎は、ハサミを何度も振ったり叩いたりして、亡霊達を葬っていく。彼が地面を叩く度に、地震のように大地が揺れた。
そんな風にしてザリ太郎と亡霊軍団が戦っている最中、少し離れた森の所まで避難した翔子の元に、達紀を乗せたタカ丸が舞い降りてきた。
「どうだ。つええだろう、俺のザリ太郎は」
「早く空に! 上まで行ったら、すぐにザリ太郎を送還して! ここから逃げるよ!」
得意げな顔で、翔子の傍に着陸した達紀に、翔子は焦りながらそう叫ぶ。その言い分に、達紀は眉をひそめる。
「おいおい、何で逃げるんだよ? このまま全部潰しちまえば・・・・・・」
「ここはあいつらの領域なんだよ! 何度やっつけたって、すぐにまた湧いてくるよ! ほら、あれ見て!」
亡霊軍団とザリ太郎の戦闘は、ザリ太郎の圧倒的優位に見える。だが先程の翔子の時と同じように、亡霊は減る気配がまるでない。
倒された筈の亡霊が、何もないところから復活して、再度襲いかかる現象を、達紀も目撃した。
「おいおい・・・・・・こんなの反則だろ!? どうやって倒すんだよ、あれ?」
「判らないよ! それを見つけるために、ここは一旦退こう!」
自信満々だった達紀も、さすがにこれには翔子の言葉に納得し、翔子と共にタカ丸に乗りこむ。
そんな最中、ザリ太郎達の戦闘にも、異変が起き始めた。上手くハサミの攻撃を躱した亡霊が一匹、ザリ太郎の腹部の上面に張り付いた。そこから攻撃するのかと思ったら、亡霊はその腹部に潜った。
どういうことかというと、そのままの意味である。幽霊は壁を抜けられると言うが、その亡霊はそれをやるように、ザリ太郎の身体の皮膚に沈んで、そのまま消えてしまった。
それは一匹だけでなく、戦いが長引くにつれて、一匹また一匹と、次々とザリ太郎の身体に、自ら吸収されていく。そのたびに、ザリ太郎の動きが、やや鈍くなっているようにも見える。
「・・・・・・変だな? 送還できない」
「えっ?」
空の上で戦況を眺めながら、達紀の送還魔法を唱えていた。魔道杖が送還のための魔力を生み出し、先端が黄色く輝くが、一向にザリ太郎の側に、空間の門が開かないのだ。
「やばいな。俺の修行不足か?」
「ていうか、ザリ太郎も幽霊も変だよ!」
ここに来て翔子達も、下の方の戦いの異変に気がつく。亡霊達は、さっきまでよりもかなり数を減らしていた。別にザリ太郎が倒したからではない。
動きがぎこちなく、まとも攻撃もできないザリ太郎に、亡霊達が次々と飛び込み、その体内に潜っていったのだ。
四方八方から、亡霊達がザリ太郎の身体に接触し、その度にその体内に自ら吸い込まれていく。その結果、亡霊達の数が減っていくのだ。
「やばいよ! このままだとザリ太郎が無心病になっちゃう!」
「何ですと!? どうすりゃいいんだ!? 俺のザリ太郎が・・・・・・」
やがて全ての亡霊達が、ザリ太郎の中に入ってしまった。今まで騒がしかった足音が一つもしなくなり、その場にはザリ太郎の巨大な姿だけがある。
「もしかしたらチャンスかも! ここであの子に憑いた霊を、まとめて除霊すれば! ちょっと降りるよ!」
そう言って翔子は、空中でタカ丸から飛び降りた。そして真下にいるザリ太郎の元に、真っ逆さまに落下していく。
高度は百メートル以上あったが、常人より身体の丈夫な天者には大したことはない。やがてザリ太郎の目の前で、翔子は上手く着地する。元々小柄な身体なため、ザリ太郎召喚時のような地響きは起きない。
一方の翔子も、怪我一つなく、上手く着地して立っている。彼女は何をする気なのかというと、これまで無心病患者にしてきたのと同じように、ザリ太郎の中の亡霊を、まとめて祓う気なのだ。
今までは無数の亡霊が、分散して襲いかかってきたために、彼ら一匹一匹を、まとめて除霊することはできなかった。だが今は、ザリ太郎という一つの肉体の中に凝り固まっている。
この状態で、尚且つ翔子の魔力ならば、まとめて除霊することは可能である。
「ごめんねザリ太郎。今助けてあげ・・・・・・」
ザリ太郎に掌を当てようとしたとき、無心病でもう動けないと思われたザリ太郎が、何故か動き出した。
ズン!
先程の戦闘の時のように、再び地面が揺れた。ザリ太郎がハサミを振り上げて、翔子目掛けて振り下ろしたのだ。
「ふえっ!?」
間一髪、横に飛び跳ねて翔子は回避した。慌てて避けたために、バランスを崩して地面に転がったが、すぐに起き上がって、ザリ太郎を見やる。
ザリ太郎はこちらに身体の向きを変え、ハサミを構えながら、ボクサーのような戦闘ポーズをとっている。これを見て、一時混乱した翔子と達紀は、すぐに状況を理解した。
(やばっ! 無心病かと思ったら、憑かれて操られてる!)
廃町の付近の森で、いくつもの地響きと、木々が倒れる音が、連続して奏でられる。
操られたザリ太郎と、追われる翔子が、森の中で命がけの鬼ごっこをしていた。多くの木々を薙ぎ倒しながら、ザリ太郎が逃げる翔子を追いかける。
その走行速度はかなりのものだが、翔子も足場の悪い森の中を、縦横無尽に走る。ジャンプを繰り返し、時には邪魔な木を刀で斬り倒しながら、必死で逃げる。
(どうすりゃいいんだよ!?)
その光景を上から見ながら追いかける達紀が、どのような判断をすればいいのか判らず混迷していた。
ザリ太郎は遠距離攻撃ができないので、空にいる分は安全だ。だがこのままだと翔子がやられてしまう。
だが迂闊に下に降りれば、自分たちがザリ太郎に撃ち落とされてしまうかも知れない。翔子と達紀は不死であるが、乗っているタカ丸はそうではないのだ。
それに例え上手く逃げれたとしても、それは取り憑かれたザリ太郎を、見捨てて逃げることになってしまう。結局達紀は、それを追いかけながら傍観するしかないのだ。
(どうにかこのまま、あいつらの支配権から出れば・・・・・・ひゃあっ!)
逃げる途中で、翔子は転んだ。道中に生えていた木の根っこに、足を引っかけてしまった。焦りながら逃げ続けた故の、単純なミスである。
すぐに立ち上がって、再度走り出そうとするが、敵はその隙を見逃さなかった。
ガスッ!
「はぐっ!」
立ち上がったばかりの翔子の背中に、その小さな身体には、あまりに重い衝撃が走る。横薙ぎに振られたザリ太郎のハサミが、翔子の背中に直撃したのだ。
その巨大なシザースアタックを、もろに受けてしまった翔子は、その衝撃で吹き飛ぶ。背中につけていた刀の鞘はポッキリとへし折れ、彼女の身体は、まるで砲弾のように真っ直ぐに飛び、途中で生えている木の幹に何度も激突し、スーパーボールのように跳ね返りながら、地面に転がり落ちた。
「うぐ・・・・・・くそぉ」
地面に転がり、泥だらけになりながらも、翔子はまだ生きていた。あのサイズ差の攻撃を受けて、粉々にならないとは大した身体強度だ。
だがやはり相当効いたようで、翔子は膝をつき起き上がろうとしても、すぐには立ち上がれない。もしかしたら背骨にヒビがいっているかも知れない。
そうこうしている間に、ザリ太郎はもう、吹き飛ばされた翔子の前に到着した。森の中で、その巨体で翔子を見下ろす。敵を追い詰めて余裕でいるのか、ザリ太郎はすぐには攻撃せずに、翔子をじっと見る。ザリガニの目故に、表情は判らないが、何となく馬鹿にされている気がする。
「くそぉ・・・・・・来なさいよ!」
翔子は何とか立ち上がり、やけくそ気味にザリ太郎に刀を構える。勝てないのは丸わかりだが、どうしようもない。しばし睨み合いをした後、ザリ太郎がハサミを振り上げた。
(くそう!)
自分に向かって振り下ろされるハサミの影の中、翔子は来るだろう死の痛みに恐怖し、思わず目を閉じる。
ガキッ!
・・・・・・・だが直後に発せられた音は、人間が潰される音でも、地面が衝撃で揺れる音でもなかった。石などの硬い者同士がぶつかり合うような、妙な音であった。
更には、今にもやられそうだった翔子は、未だに無事である。刀を構え、震えながら目を閉じた翔子は、地震に死の痛みが訪れないことに気がついた。
「・・・・・・あれ? ・・・・・・・・・ええっ!?」
不思議に思いながら、翔子が目を開けると、そこには驚くべき光景があった。
今この森には、ザリ太郎とは別の、もう一匹の怪獣=ガルゴがいたのである。
翔子に振り下ろされようとしていたハサミを、ガルゴが横から噛みつき、翔子へのトドメの一撃を止めたのである。
「ガルゴ!? 嘘っ!?」
記憶映像は写真では、何度も見ていたが、翔子自身がガルゴの姿を直に見るのは、これが初めてである。そしてそれが、まさかこんな形になると、誰が予想しただろう?
まるで翔子を助けるために現れたかのような、ベストタイミングでのガルゴ出現。冷静に考えれば、ガルゴがいつどこに現れてもおかしくないのだが、翔子も、上空の達紀も、突然の事態に驚愕していた。
 




