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第十六話 ザリ太郎

 仮政府で運営されている、魔物対策の研究所が、無心病の原因を最近になって突き止めた。

 今まで他の仕事で忙しかった上に、ガルゴの騒動でそっち方面に気が向いていたため、この無心病への対策は、かなり遠回しにされていた。

 だが翔子が、これが憑き物であることに気づき、その治療を始めたことで、仮政府も本格的にその対策に乗り出した。


 それで調べてみたところ、取り憑いた霊達は、地縛霊などの類いではない。皆遠いところの、ある一方向から飛んできて、各地の人に取り憑いていることが、仮政府で働く霊術士達の調査で判った。

 更にその正確な場所を調べようと、ある人物にその場所を測定させてもらった。その結果、その元凶は九十五%の確立で、このゴーストタウンだというのだ。


 達紀を乗せたタカ丸が飛び立った後で、しばらく翔子は、城門の脇の壁に背中を寄せて、立ちながら待っていた。だがある時に何かを感じ、一度収め直した刀を、再び鞘から引き抜いた。


(何かいるね。町のどこかで隠れていた魔力が漏れ出てる。私が一人になったのを見計らった? それとも、私がここにいることに、今になって気づいて、集まってきた?)


 翔子は刀を構えながら、再び町の中に歩を進めた。歩く先には、さっきまで町の中にはいなかった、無数の気配と殺意が感じ取れた。


『なあ、何故だ? 何故この世界は人妖(じんよう)に喰われない? 何故俺たちの世界は滅ぼされたのに、この世界は滅びの使いが舞い降りない?』


 精神に直接響かせるような低い声が、商店街の道を歩く、翔子の頭の中に響いてきた。それが死者の訴えであることは、翔子にはすぐに判った。だがその言葉の意味までは判らなかった。


『なあ、酷いじゃないか! どの世界だって、生き死にはずっと平等じゃないと行けないだろ? この世界だって、俺たちの世界と同じように、沢山死ぬべきだ!』

「そんなの知らないわよ! こっちの世界に当たるな! ていうかあんたら異世界人なの!?」


 詳しい経緯など知らないが、彼らの主張は八つ当たりであることは判った。それと同時に気になる言葉が聞こえてきた。

 “この世界”ということは、彼らはこの世界で死んだものではないと言うことだ。だとしたらこの世界の歴史を調べても、確かに恨み筋など見つけられないだろうが。


『魔王は我々に、人を無気力にするぐらいの力しかくれなかった。だがこの町でなら、人を殺せる力がある。お前は俺たちの無念さを、痛みを持って味わえ!』


 謎の声は、翔子の質問に答える気はないようだ。魔王という、これまた気になる単語を口にしたが、今はそれどころではない。翔子の目の前の道に、声の主と思われる敵が現れていた。


「出たね! 化け物!」


 そこに現れたのは、人の形をした何かだった。服らしき物は着ておらず、素っ裸の身体は半透明だ。手足・胴体・腰・頭部などの、大まかな輪郭は判るが、それはガラス細工の人形のように、向こうの風景が透けて見える。

 髪の毛を含めて体毛は一本も生えていない。顔の部分は明らかに人と違う異形だ。口裂け女のように、口が大きく、そこからワニのような鋭い歯が何本も生えている。

 目に当たる部分には、ガラス玉のような黄色い玉が埋まっており、こちらを見ている。何故かその歯と目だけが、半透明でなく、金属的な光沢を放っていた。


 そんなシンプルなデザインでありながら、不気味な姿の怪人達が、商店街の道の中で数十体、翔子と向き合っていた。

 これまでの課程からして、彼らが翔子に声をかけていた者達の正体であり、無心病の原因であるようだ。彼らが一歩足を動かすと、ザッと、土を削る物理的な音が聞こえくる。


(実体化してるんだね。てことは物理攻撃も通じるか)


 そう考えて、翔子は己の刀に、自分の力を注ぎ込んだ。翔子の得物の刀身が、赤い光を纏い始める。

 これまで鬼人達の気功を纏った武器は、皆青い光だった。だがこれは色が違う。それどころか、高熱を含んで、周りの景色が陽炎のように少し揺れている。

 この力の源は気功ではない。龍人の優れた魔力で生み出した、火の魔法力を、刀に注ぎ込んで強化しているのだ。つまりこれは、炎属性の武器となっているだ。


「「ピギャァアアアアアッ!」」


 亡霊達が奇声を上げて、翔子に向かって群れを成して突撃してきた。それに翔子も、炎の刀を振りながら応戦する。誰もいない廃町で、亡霊達と天者の激突が始まった。


 戦況は、最初は翔子の圧倒的優位に見えた。翔子は自身の身長からすると、かなりの長さの刀を機敏に振るう。時に身体を独楽のように回転させたりと、小柄な身体で大振りの一撃を加えたりして、亡霊達を切り裂いていった。

 亡霊達は、身体を切られても、血は一切流れ出なかった。紙くずのように破られた身体から、蒸気のような煙を上げると、身体がどんどん拡散して消えていく。

 そんな風にして、翔子に飛びかかった亡霊達は、次々と斬り伏せられて消えていった。さっきから亡霊の攻撃は、翔子には一発も当たっていない。


 このまま楽勝かと思われたが、時間が経つにつれて、様子がおかしいことに気がついた。


(さっきから、全然敵が減らないんだけど・・・・・・?)


 亡霊達は、何度攻撃しても、一向に減る気配がなかった。それどころか逆に増えている気がする。

 最初は数十体ほどだった亡霊が、今は百体ぐらいにまで増加しているのだ。注意深く見ると、亡霊達は倒してもしばらくすると、何もないところから、再出現しているのだ。


 最初はうっすらとした影だったが、徐々に姿が目に見えるように実体化していき、またあの不気味な半透明怪人の姿が現れる。

 それとは別に、町の外からも亡霊達が出現していることに気がつく。遠くから見える町の入り口に、森の方からこちらの方に駆け寄ってくる、新たな亡霊の姿を見た。翔子は先程の亡霊の言葉を思い出す。


(“この街では人を殺せる”てことは、この辺りじゃ、何度殺しても復活するってこと? しかももたもた戦ってる内に、ここいらのお化けをここに集めちゃったかな?)


 そう考察している内にも、翔子の周りに亡霊達がどんどん増えていく。このままではスタミナ切れで、翔子が先にやられてしまう。


(どうにか除霊できればいいんだけど、この数じゃ・・・・・・)


 翔子には、複数の霊をまとめて祓う技を持っていない。やろうと思えば体得できただろうが、翔子はこれまで霊術関連の魔法に、あまり深く打ち込んでいたわけではない。修行不足がここで仇になった。

 一匹ずつならば、確実に除霊できるだろう。だが一匹を始末している隙に、別の亡霊に捕まってしまう。


(どうにかこいつらを、一カ所に固められれば・・・・・・)


 だが集団で取り囲んでくる亡霊に、そのように一カ所に密集させる術はない。そうなると残りの手は・・・・・・


(逃げるが勝ち!)


 翔子は一方向にいる亡霊達を、次々と斬り伏せながら、町の入り口の方へと全速力で突進した。

 亡霊の群れの中から抜け出し、奴らの被害範囲から脱出しようとした。だが入り口から森の方に飛び出したときに、そこに待ち構えていたの者達がいた。


「あらら・・・・・・」


 翔子は顔を引き攣らせる。森の方には、町との境界を取り囲むように、大勢の亡霊が待ち構えていたのだ。

 その数は約五百。町の中にいる者より多い。どうやら翔子の逃走を見計らって、罠を張っていたようだ。町の方の亡霊達も、翔子を追ってくる。町と森とで、完全に挟み撃ちにされてしまった。


(まいったよね。どうしよう、これ?)


 翔子に初めて焦りの表情が浮かぶ。ただ殺されるだけならば問題ない。例え化け物に食べられても、排泄物から復活できる。だが相手が人の精神に干渉できる亡霊の場合、いったいどうなるだろうか?

 もしかしたら天者である翔子でさえ、無心病になってしまうかも知れない。


「翔子~~~!」


 そんな時に、タイミング良く天からの助けがやってきた。声が届けられた空を見上げると、達紀が乗るタカ丸が、こちらに向かって急降下してきていた。


「三浦君、良く来た! 悪いけど、もうちょっと下がってきて!」


 翔子が下からジャンプして、タカ丸に飛び乗ることを試みる。翔子の身体能力ならば、垂直跳びで20メートルぐらいは飛び跳ねられる。

 これで上空のタカ丸に着地、もしくはキャッチしてもらえば、空からこの危機から逃れられる。だが達紀の取った行動は、翔子の考えとは全く別のことであった。


「天者は人間だけじゃないんだ! 俺が育て上げた、最強の天者を見ろ!」


 達紀が空中でタカ丸に乗ったまま、魔道杖を天にかざした。すると魔道杖の先端が黄色く輝きだした。そこで何らかの魔法が発動し、その場の空間が歪み始まる。


「ちょ、ちょっと三浦君!?」


 ここから逃げるつもりだったのに、何故か戦う気満々の達紀に、翔子は戸惑う。一方の亡霊達は、翔子への攻撃を一旦中断し、何事かと一様に空を見上げていた。


 空に巨大な穴が開いた。最初は黄色い星のような光が、空の上に浮かんだ。それがフラフープのようなリング上になり、それがどんどん巨大化していく。輪の中には、赤い壁が広がっており、下から見えるはずの向こうの空が見えない。

 それは直径数十メートルという、翔子の頭上の空を覆い尽くすまでになる。そしてその輪の中の赤い空間から、何かが出てきた。

 濁った水から、何かが出てくるように、その赤い壁から空間を越えて、何かがその空間に運ばれてくる。


 ドスン!


「ひゃあっ!」


 空間に開いた巨大な穴から、これまた巨大な何かが現れ、その場に落ちてきた。下にいた翔子が、それに踏みつぶされそうになって、慌ててその場から逃げる。

 大地を揺らす地響き一つと、大量の土煙が舞う。大量の亡霊に取り込まれている中、その土埃の中の、巨大な影が姿を現した。


 それは一匹のザリガニだった。特に特徴のない、あっちの世界のアメリカザリガニを、そのまま大きくしたような外見である。ただしその大きさは半端ではなかった。

 体長約六十メートル。あのガルゴとも張り合えるほどの大きさの、大怪獣であった。あまりに唐突に現れ、あまりに異質なその姿に、亡霊達は戸惑っているのか、やや下がり気味だ。


(本当に召喚しちゃった!)


 このザリガニの名はザリ太郎という。

 元からこんな大きかったわけではない。ザリ太郎は元々、あっちの世界の生物で、六年二組の水槽で飼育されていた、普通のザリガニだった。


 赤森王国の召喚の時に、ザリ太郎もまた、天者の一人としてこの世界に来たのである。この世界に来てからも、生き物係だった達紀は、引き続きこのザリ太郎の世話をしていた。

 だがすぐに、いつも使っている水槽では飼えなくなった。何故かというと、ザリ太郎が日に日に、尋常じゃない速度で大きくなっていったからだ。


 数日で水槽がいっぱいになり、十日でロブスター並みの大きさになった。二十日でイヌぐらいの大きさになり、一月で人間並みの巨大さになった。

 ザリガニは死ぬまで成長し大型化する生物であるが、さすがにこれは誰の目から見ても、異常な成長ぶりだ。しかも本来成長の過程で起こる脱皮を、この世界に来てから、ザリ太郎は一回も行っていない。本来の生態系を全く無視した存在になっていた。


 天者達が帰還法探しの旅をしている最中、象ほどの大きさのザリ太郎を連れて、達紀は旅だから脱退した。

 どれほど大きくなるのか不明だが、このままいつまでも旅に連れていることはできない。達紀はザリ太郎を、ある湖まで連れて行き、そこで彼の世話を続けた。


 一年ほどして、ザリ太郎の成長はようやく止まる。その時には、今のような怪獣と呼べる大きさになっていた。

 今やザリ太郎は、魔物を餌にする湖の主として、国内ではかなり有名である。そのザリ太郎を、住処にしていた湖から、達紀が召喚魔法でこの場に呼び出したのだ。


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