第十五話 ゴーストタウン
翌日のこと。翔子と達紀が山林の上空を、タカ丸に乗って、ある方向に向かっていた。
途中で町や村の姿を見かけるが、そのどれもが目的地ではないようで、その場所を素通りしていった。達紀は先日と違い、魔道杖を背中に差している。
ビビビビビビビッ!
突然空の上で、ビームのような妙な機械音が流れる。だが特に二人は驚かない。翔子は手綱を片手で握り、腰に付けていた小型の荷物袋に手を入れる。するとそこから以前梅子が使っていたのと同じ、黒い長板状の通信機を取り出してきた。
全面についているスイッチの一つを押すと、通信機を耳に当てて、遠くにいる誰かと会話を始めた。
『ちょっと翔子! あの話しマジ? 話聞いた昨日の今日で、もう亡霊退治に出たって』
「齋藤さん・・・・・・うん、本当だよ。ガルゴのこともあるし、他の仕事は早めに終わらせたくてさ」
電話の向こうの相手は、現在仮政府で護衛の仕事をしていた、齋藤 恵真である。先日、仮政府の施設での研究結果で、無心病に原因と思われる、ある存在に関する情報が、恵真を通して翔子達に届けられた。
その話しを受けて、翔子は翌日に速攻で始末を付けに出発したのである。実に行動的な少女である。
『別に片付けんのは、懸賞金がかかった後でいいじゃん。手配もされてない内から、ぶっ殺しても、多分報奨とか貰えないぜ。この世界の奴ら、グズが多いから、お礼なんて口だけだろ』
「うん、そうかもね。だからって放っておけないよ。時間を取らせたら、もしかしたら人死にが出るかも知れないし」
『はあ・・・・・・正義感の強いこったこと』
恵真の呆れた感じの口調に、翔子は不思議そうに問いかける。
「齋藤さんだって、仮政府の人達のために、頑張ってるじゃん?」
『あれは金がいいからに決まってんだろ。あの爺共、ロリコンが多くてさ、何もしなくても可愛がって、報酬を弾んでくれるしさ~~~いや、いい仕事だわ』
「そうなんだ・・・・・・」
恵真の返答に、翔子はややショックを受けた感じである。後ろに乗っている達紀は、恵真の言い方にやや呆れ気味だ。
『つうかさ、実際の所あんた一人で、あれ倒せるわけ?』
「二人じゃないよ。三浦君も一緒だよ」
「ああ、俺も一緒にいるぜ。まあ今の面子で、戦えるのは俺と翔子と先生だけだしな。つうかさっきの話し、俺も齋藤の言うことに賛成なんだがな。人助けはいいけど、やっぱ金は貰えた方がいいぜ」
『ははは、まあ大体の奴はそうだよな。てかその様子だと、集まりは悪いみたいね』
実際に仲間は思うように集まっていない。あちこちに呼びかけて、現在のメンバーはたったの六人だ。いや正確には五人と一匹だが。
連絡が取れていないメンバーは現在捜索中。仮政府の人達にも手伝ってもらっている。連絡が取れていて、尚且つ断られたメンバーに関しては、達紀のように心変わりするのを待つしかないだろう。ちなみに恵真のその一人だ。
「そのうち皆集めて見せるよ。齋藤さんも考えといて」
『ああ、考えてるよ。王都ぶっ壊されて、後から弁償しろとか言われたら困るしな。ていうかお前、何だか嬉しそうだな? やっぱ皆一緒にいるのがいいって考え?』
「うん、そうだね。最初に皆で旅したとき、結構楽しかったし。テレビにある修学旅行って、あんな感じなのかなって・・・・・・」
当時小学生だった翔子達は、修学旅行というものを体験したことがない。だが何となく興味があって、中学生になるのを心待ちにする気持ちもあった。
『そうかい・・・・・・まあ、あの時は私も悪くなかったけどさ。でも今から集まる奴らって、皆嫌々でついてくる奴らな気がするけどね。それで楽しめるか?』
「分かんないけど・・・・・・でもやることはやらなきゃ」
話してる間に、タカ丸は構わず前進を続け、目的地が目に見える距離にまで近づいていた。
『そうそう、さっき聞いた話なんだけどさ、その辺りに採取しに行った鉄士が何人か、数日前から戻ってきてないんだってさ。ついででいいから、ちょっと調べてくんない? めんどくさいなら無視してもいいけど』
今まで空を真っ直ぐ進んでいたタカ丸が、徐々に高度を下げ始めた。彼らの目線の先には、森に囲まれている、城壁に囲まれた一つの街であった。
山辺地町を、少し小さくした感じの町である。そこに向かって翔子達が舞い降りる。
(阿部さんの占いだと、ここに間違いないらしいけど・・・・・・)
城壁の城門の前で降りて、そこにタカ丸を待機させて、翔子と達紀は町の中に入った。不思議なことに、この城門には見張りは一人もおらず、それどころか大型の鉄の門は、開きっぱなしである。
本来魔物の侵入を防ぐための物なのに、これでは何の意味もない。というか、意味を持つ必要もなかった。今この町には、誰一人住んでいないのだから。
魔王の仕業と思われる、魔物達の大発生で、この町は危機に陥った。まだ天者達が召喚されるより前のことで、町の人々はこの危険地帯と化した町を捨てて、別の場所に移住してしまったのだ。
数年間放置されたゴーストタウンの中を、翔子と達紀が武器を構えながら進みゆく。各地の建物の屋根瓦は、風雨に晒されたのが原因か、所々剝がれ落ちている。道の脇にある標識なども、少し錆びていた。
街道の中央交差点には、目立つように設置された石像があった。それはあちらの世界で言う、幻獣の麒麟の石像であった。竜のような顔と、鹿のような体型の生き物のオブジェが、足を曲げて座り込む姿勢である。
その石像の台座には“ヤキソバ”という名前と、小さな文字で
《石の呪いからこの世界を救った神獣を称えよ!》
という文が刻まれていた。
(石の呪いって何だろ? それにしてもヤキソバって・・・・・・変な名前)
この町では由緒ある土地神かなのかだろうが、それにしてももっとマシな名前はなかったのだろうか?と翔子は思った。
まあこの神獣が実在して、本人がそう名乗ったのなら、どうしようもないが・・・・・・
その石像を通り過ぎて、しばし町の中を歩き続ける。だが町の中は人気が無く、驚くほど静かだ。捨てられた町なのだから当然だというかもしれないが、何の気配も無いと言うことは、翔子達が事前に聞いていた話と異なっている。
「ここって、魔物の巣窟だったんじゃなかったっけ? 何も出てこないぞ?」
「うん。やっぱり、あの霊のせいかな?」
「折角ザリ太郎に、餌をいっぱい持ってきてやれると思ったんだけどな・・・・・・」
「あれ? ・・・・・・やっぱり何かいる?」
翔子は歩くところで、ある気配を感じ取った。それはとても弱々しく、少し注意しないと気づかないような、小さな気配だったが、確実にこの町に、生きている者がいた。
強化された天者の感覚能力で、その気配を追う翔子。辿り着いた先は、資産家と思われる大きな屋敷の中であった。
「おじゃましま~~す」
挨拶をしながら、遠慮無く塀を蹴り壊し、内部の庭に侵入する。捨てられた家と判ってるので、遠慮は無しだ。
手入れされず雑草だらけの庭園を進み、家の縁側から内部に侵入する。すると家の中の、家具などがほとんど持ち出され、埃だらけの寂しい居間の中に、四人の男女が横たわっていた。
「ちょっと、大丈夫!?」
彼らは軽装の鎧をつけており、傍には刀や魔道杖などの武器が転がっている。人数や特徴は、恵真が報告していた、帰還しない鉄士達と一致する。
「・・・・・・・・・うう」
揺さぶってみると、僅かに反応があり、まだ息がありそうだ。だが顔色は悪く、瀕死の状態である。よく見ると、彼らに外傷らしき物は見当たらない。彼らの身体は少し痩せており、目が虚ろで、皮膚に張りがなく、唇がささむけていた。
「これは何かの病気か? 明らかに変だぞこいつら?」
「それは判らないけど、やっぱりこの人達も、霊に憑かれてる。無心病だよ。それでこんな状態になるなんて・・・・・・」
無心病は行動意欲が無くなる病気であって、このような肉体的な変異を起こす者ではないはずだ。
本職の医者ならば、これが何か判っただろう。まだ子供で、医学に関しては多少本で読んだ程度の知識しか無い翔子達には、これが何なのか判らなかった。
「これって栄養失調じゃねえのか? 無心病になって、ずっとここで飲まず食わずで寝てたとか?」
判らないはずだが、達紀が勘だけで確信を言い当てた。これに翔子も「あっ、そうか!」と納得する。
今までの無心病患者は、自身の行動ができなくなっても、周りにいる者が無理にでも食事や水を与えていた。だがここはゴーストタウンだ。ここで無心病になると、誰にも見つからず、助けてもらえない。無心病患者は、自分で飲食することさえ困難になるのである。
何故彼らがこの場所で倒れていたのかというと、もしかしたらこの屋敷に、良い残り物があるかもと、漁っていたのかも知れない。
翔子は即座に、彼らの身体に手を当てて、すっかりやり飽きた除霊の魔法で、彼らの中にいる憑き物を取り除いた。だがそれでも彼らは起き上がってこない。
無心病よりも、この栄養失調の方が深刻だ。翔子は四人のうち一人を、肩車で持ち上げる。自分より遥かに背の高い男を、小さな子供が持ち上げる姿は壮観だ。
「とりあえずこの人達を、病院に連れて行こう。三浦君、タカ丸の所まで、運ぶの手伝って」
「ああ、しかし近くの町なんて結構距離があるし、折角来たのに遠回りになったな・・・・・・」
この辺一帯の集落は、ここと同様に無人状態である。そのため病院のある集落まで飛ぶのに、それなりに時間がかかってしまう。だが翔子は、ある提案を達紀にしてきた。
「私はここに残るから、三浦君だけで運んでちょうだい。その方が、一度に全員運べるし。私はここで待ってるから」
かくしてタカ丸が飛び去った後は、翔子がしばらく一人で、この町に残ることになった。
 




