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第十四話 拠点

 四所川原での件から三日後。その間にガルゴは出現していない。いったいどのような基準で、出現する日数が決まっているのかは、未だに謎である。


 翔子はタカ丸に乗って、平山町という所に来訪していた。これまでガルゴが出現した集落の中では、最も大規模で、人口は百和田の三倍以上の十万人はいる。

 そのちょっとした都会な所に、翔子は町からの依頼で訪れていた。


「お待ちしておりました、翔子様! はるばるこのような所にいらして、本当にありがとうございます!」


 事前に連絡を受けていた憲兵達が、町の外に着陸した翔子を恭しく出迎える。わざわざここで待っていたようだ。

 20人以上の憲兵達が整列し、自分たちより遥かに背の低い少女に、頭を下げて敬礼する。その様子に、四所川原村で感じた、あの嫌みな雰囲気は感じられない。


「うん、ありがとう! でも仕事は早く終わらせたいから、すぐに案内して!」

「はっ、すぐお連れします! 達紀様も、こちらに既に来られています」


 あまり長居すると、ここにガルゴが現れるかも知れない。やや焦った様子で、翔子は町の中に踏み入れた。

 百和田町と比べると、中心部には十階建て以上の高層建築が多い。その中にとてつもなく大きな、寄せ棟屋根の建物があった。階層らしき物はなく、建物の面積に比べて、高さは低めだ。あっちの世界のドームを、和風版にしたような感じである。

 憲兵に連れられながら、翔子はその内部へと足を踏み入れた。


 ここは魔法や気功などの技の中で、戦闘に使用される技を鍛える、武道館である。建物は内側からして頑丈になっており、たとえ力の暴発が起こっても、町の外には一切被害は出ない。

 内部には中央の大型競技場も加えて、各々の分野に見合ったいくつもの稽古場がある。いつもは鉄士や憲兵などの職につくものが、稽古の掛け声で賑やかな場所であるが、今回はある理由で営業を休止している。


 最も大きな部屋である中央競技場に、大勢の人間が、体育館のような木製の床の上で、横たわっていた。彼らは別に怪我をしてるわけではない。ただ心が虚ろになって、目が死んでいる者達ばかりだ。

 この平山町とこの辺一体の集落から集めた、無心病の患者達である。その数は500人以上に及ぶ。まるで野戦病院のような光景だ。この平山地区は、とりわけ無心病の患者が多い土地であった。


「あっ、翔子!」


 患者とその付き添いの中に混じって、競技場の中で退屈そうに歩き回っていた少年が、翔子の来場と共に、彼女に声をかけてきた。


「あっ、天者様だ! ていうか、あの子もそうだったの?」

「迷子じゃなかったのか。角が生えてたから、変だとは思ってたが」


 競技場内部での二人の天者の会合に、人々はざわめきあう。


「三浦君、久しぶり! ザリ太郎も元気?」

「うん、元気だよ。ここまで連れてこられなかったけど」

「連れてこられたら、それはそれで大変だけど・・・・・・」


 それは紺色の和服を着た、龍人の少年だった。身長はおおよそ160㎝前後。小学生の体格からすると、結構大きい。癖毛の生えたショートボブで、髪色は当然のごとく黒。


 この少年の名は三浦 達紀(みうら たつき)。天者の一人であり、六年二組で生き物係をしていた少年だ。

 当初はザリ太郎の世話を続けながらも、帰還法探しの旅に出ていたが、ザリ太郎に関するある理由により、旅から脱退した人物である。


 ガルゴ対策に関する翔子の呼びかけに、当初は断っていたが、先日の山辺地町の件から、しばらくの間考え込み、翔子の元に再び来ることを連絡していた。ちょうど達紀が拠点にしていた湖は、現在翔子にとって用があった、この平山町に近いところにあったため、事のついでにここで合流する話を決めていた。


「それで召喚魔法の方は、大丈夫なの? 前は失敗したらしいけど」

「大丈夫だよ。あれから頑張って鍛えたから。今ならザリ太郎だって、遠くまで運べるさ」

「そうなんだ。それで若松さんは、ザリ太郎に期待してるけど、本当のところどうなの?」

「さあ・・・・・・? 犬神達が三人でも勝てなかったんだろ? それより、ザリ太郎を置く場所なんだけど・・・・・・」

「それならもうできてるよ。若松さんのお城の跡に、すごく大きな穴があってさ。あれに水を入れれば、ザリ太郎も暮らせると思う」

「そっか。それで餌の方は・・・・・・」

「あの・・・・・・そろそろ治療を・・・・・・」


 二人で話し込んでいるところを、傍にいた憲兵に声をかけられて、二人は我に返った。ガルゴを警戒して、手早く仕事を済ませる予定だったのに、危うく長話で無駄に時間を潰すところであった。


「ごめんなさい! 今やります!」


 その後、翔子は実に手早く、一人ずつ作業的に、その武道館に集まっていた患者達の治療を続けていった。


「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」


 武道館の前の駐車場で、大勢の人々が、翔子に深い感謝の声を上げた。その当の感謝されている側の翔子は、かなり焦り気味だ。


「うん。でもいつガルゴが出るか判らないから、何かあったらすぐこっちの通信機に連絡して! すぐに駆けつけるから! それで避難の準備も、すぐにできるように警戒して!」


 挨拶をその辺で済ませて、翔子と達紀は、大急ぎで街道を走り、町を出て、タカ丸に乗りこんでその場を後にした。飛び立った後も、町の様子が気になって、しきりに後ろの方に目を向けていた。

 やがて飛行距離が、町の様子が見えない距離までに達する。今のところ、翔子が持っている通信機が鳴る様子はない。しばし落ち着いたところで、翔子は自分の後ろに乗っている達紀に話しかける。


「それでさっきの話しの続きなんだけど、戦うならザリ太郎だけでなく、皆でやらなきゃ行けない感じだよね?」

「うん、そうなんだけど・・・・・・そのガルゴのことで、何か判ってんのか? 結局、あいつて何なの?」


 達紀がある意味確信的な質問をしてくる。ガルゴは世論では、魔王の尖兵だと言われているが、翔子はそんな気はしなかった。

 そもそも魔王という物自体、存在しないのではないかと、翔子は考えている。魔物の強化・増加は、ただの自然現象であって、魔王と名乗る何者かの念話は、ただの愉快犯ではないかと清水教諭も考えている。翔子もその考えは同意だ。

 では魔王がいないとなると、あの自分たちの世界の映画モンスターに似せた怪物は、いったい何なのかというと・・・・・・


「さっぱり分かんないよ。見た目は竜だけど、中身は人間じゃないかって話もあるし・・・・・・」

「人間? どういうこった?」

「前に剣崎君が戦った後で、あいつの血が残ってたの。岩樹にいる齋藤さんに頼んで、調べてもらったんだけど・・・・・・あれは人間の男性の血だってさ」


 それはまた滑稽な話だ。あれは人間とは似ても似つかない、それどころか哺乳類ですらなかったのだが。

 この世界で最強の魔物とされる竜は、人間の姿に化ける能力を持つ者もいるが、それでもその血には、爬虫類の遺伝子が検出されるはずである。


「まあ、今はガルゴより先に、原因が分かりそうな無心病の方を片付けた方がいいかも」

「そっちの方は分かるの?」

「うん。これも齋藤さんのいる、自治体の人達に頼んで、その元凶が見つかりそうだってさ」






 かつて若松 梅子(わかまつ うめこ)の夢見る城があった高原地帯。その上空からタカ丸に乗った翔子達がやってきた。


「うぉおおおおおおっい! 翔子! 無事だったかぁああああっ!」


 下界から翔子達目掛けて、実にテンションの高い声が送られてきた。かつてガルゴの青炎熱線によって開けられた、あの大地の穴は未だに残っている。まるで山に隕石でも落ちたかのような光景だ。


 周囲にあった砲台は撤去されており、その代わりに、穴の端の方に、一軒の小屋が建てられていた。小屋と言っても、日本の小型アパートを連想させる、連結した横長の建物だ。

 二階建ての間取りが、四つほど並んでいる。恐らく外見からして、鉄筋コンクリート製だろう。勿論以前は、こんな建物など無かった。あれから八日しか経っていないのに、もうこんな物が建てられていていたのである。

 よく見ると、その建物は、まだ作りかけのようだ。右端の方の間取りが、まだ出来上がっておらず、作りかけの壁から、内部の様子が見える。その中には、あの城の建築をしていた葉魔が、せっせと働いていた。


 翔子に声をかけた人物は、その間取りの一つの玄関から姿を現していた。その隣の部屋からも、人が出てきて空を見上げる。


「ただいまぁ~~~」


 相手のテンションにつられて、翔子も声高らかにそう応えた。その建物の前に着陸すると、出迎えたのは、梅子・清水教諭・直人と、ガルゴに破れ、現在翔子達の元に戻ってきた面々である。梅子はあのお姫様風のドレスではなく、この世界では一般的に着られている和装であった。


「何です、このアパート?」

「これから私達の住む家だよ」


 この場所に始めてくる達紀が、翔子に聞いてくる。梅子の城が、怪獣に破壊された話しは聞いていたが、こんなものは知らない。その問いは梅子が応えてきた。


「見て分かんないわけ? 私が葉魔達に、新しい家を作ったのよ。私のお城と比べれば、ボロ小屋だけど、野宿するよりはずっといいわ」

「もしかして、ここにずっと住む気?」

「当たり前だよ。いつガルゴが私達を追って、人里に出てくるか、分かんないんだよ。他の皆も、すぐにこっちに集めなきゃ・・・・・・」


 何故か天者達の前に姿を現すガルゴ。そのたびに起こる被害を考えれば、天者と一般市民の住処を分ける対策は必然であった。


「一度死んだせいで、私の力は前より大分弱まってるわ。おかげで一度に出せる葉魔は、たったこれだけよ・・・・・・。この調子だと、新しいお城を出来上がるのは、いつ頃になるのか・・・・・・」

「そもそも何であんな、無駄に大きい城を作ったわけ? 一人で住むには不便じゃん?」

「別にずっと一人でいるなんて言ってないでしょ! 完成したら、私の家来をいっぱい集めて、私がここのお姫様になって、そしていつかかっこいい勇者様を・・・・・・あんただって、そういう夢を持ったことあるでしょ?」

「ううん、全然。私、人を踏んで喜ぶ趣味なんて無いし・・・・・・」

「あんたお姫様に、どんなイメージ持ってんの!?」


 気が抜ける女同士の会話に呆れながら、清水教諭が話しに割って入る。


「さっき、仮政府から連絡が入ってきた。明日にでも、ガルゴを指名手配するそうだ」


 仮政府とは、赤森王国王室が崩壊した後、元王都に急遽建てられた自治体組織である。次の王を誰にするかも決まっていないため、王都に住んでいた一部の貴族達が、代わりにこの国をまとめているのだ。

 天者の一人である齋藤 恵真(さいとう えま)は、現在鉄士として、この仮政府の護衛を行っている。翔子達が、仮政府に話しをするときは、この恵真を通じて連絡することが多い。


「指名手配か・・・・・・突然どっかから出てくる奴なんて、捕まるかな?」

「それなんだがな、どうやら仮政府は、ガルゴの正体を変身魔法で姿を変えた、人間だと考えているようだ」


 変身魔法とは、その名の通り、術者が別の人間又は動物に姿を変える魔法である。一般的な人々の間に伝わっているイメージでは、竜や高位の魔物が、人間形態をとる場合である。

 だがそれは人間にも使えないわけではない。そしてガルゴの血は、人間のものだったのだ。


 確かにそう考えれば、今までの不可解な出現にも説明できないこともない。町のすぐ近くに現れるまで、その巨体を全く見つけられないのも、術者が最初の人の姿で近づき、町の近くで変身したとすれば、辻褄は合う。

 ただ百和田町・若松城・山辺地町の件はともかく、直人のいた村・四所川原村の件は説明できない。あれは人が数秒目を離した隙に、突然現れたのだ。あんな巨大な者に化けるのに、そんな短時間での変身は、常識では不可能だ。


「人間? 本当にそれで間違いないの? ていうかあんなでかいのに、化けられる奴なんているの?」

「それなんだが・・・・・・仮政府は、俺たち天者を疑っているようだ。そんな高レベルな変身魔法を使えるほどの魔力の持ち主など、天者以外にありえないと。この件は、天者同士の仲間割れではないかとな。それを確かめる意味でも、天者達の呼びかけを続けろと言っている・・・・・・」


 ちょっとその場の空気が重くなった気がした。これはつまり、身内を疑えということだ。

 清水教諭やこの場にいる生徒達が認識している限りでは、六年二組には、私物の持ち込みをする者はいたが、極端なマナー違反をする生徒はいなかった。

 少なくとも、虐めや非行などの、問題行動を起こす生徒は、一人も見受けられない。何か揉め事があっても、先生の見た目が怖くて、彼が一言一喝すれば、皆黙ってしまうこともあって。

 最もこれは自身が思っているだけで、知らないところで、何かが行われている可能性はあるが・・・・・・


「とりあえず、この家の割り当てを決めようか? 間取りが三つできてるけど、私と若松さんが一つで、剣崎君と三浦君が一つ、後は先生が一つでいいよね?」


 その場で急に話題転換を翔子がしてくる。一応これは現在重要な問題に違いない。翔子が今の提案で、皆に確認する。

 生徒達は、外見は小学生だが、実際は見た目以上の年齢である。それなり男女の違いを意識するべきだろう。


「私は一人がいいんだけど・・・・・・まあ、しょうがないわね。すぐ私専用の新しい家作るし。翔子、あんましうるさくしないでよ」

「ああ、いいぜ! 三浦、今度俺の修行に付き合ってくれるか!?」

「・・・・・・絶対に断る。俺の部屋の方は別にいいけど、ザリ太郎の部屋の準備がいるな」


 うっかり忘れていた事案に、翔子が「ああ・・・・・・」と声を上げる。そして近くにある、城跡のクレーターに目を向けた。


「ここに水を引きたいんだけど・・・・・・雨はまだ降らないし、汲んでくるのが大変だね」

「大丈夫だ。俺が召喚魔法で水を引くからな」

「できるの?」

「ああ、既に実践済みだ」


 どうやらザリ太郎の飼育には、相当な量の水がいるらしい。話しがまとまってきたところで、翔子は右掌に拳を叩き、気合いを込めて声を上げる。


「今日から、ここが私達の拠点だ! 皆ここでしばらく頑張っていこう!」

「ガルゴに潰されない内はな・・・・・・」

「そんな負けるの前提で言わない!」


 ガルゴの脅威のせいで、仕方なく招集に従った達紀の、やる気のない声と共に、彼らの拠点は作られ始めた。



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