第十三話 無心病
山辺地町の事件から四日が経過した。
前は毎日のように姿を現していたガルゴは、あの事件以降は姿を現した報告はない。その山辺地にいた犬神達三人の消息も、依然不明のままだ。
そんな一時の平穏の間に、翔子は各地の天者達を探し回っていた。天者達とは、全員が連絡を取れるわけではなく。とれても話しを聞いてもらえない事も多かった。ガルゴが天者達を狙って、姿を現したのではないか、という話しは、一応新聞にも掲載されていたが。
ある山間部には、各地の山間に、数カ所の農村・山村が存在していた。その中の一つ四所川原村に、翔子を乗せた巨大鳥が舞い降りてきていた。
その村は、日本の昭和時代を思わせる風景の村だった。山に囲まれた土地に、田畑が広がっている。和風建築の家屋や蔵が建ち並び、その中には茅葺き屋根のものがある。ただし畑に農薬を振りまいている機械などは、現代日本に近い風情を出していた。
その村の休耕地の畑に着陸し、村人の話を聞いて、早速目当ての人物の元へと向かっていった。村の外れの、雑木林のすぐそばに小さな家。その門を早速叩く。
「すいませ~~ん! 佐藤翔子です! 清子いる?」
木のドアを数回叩き、それから十秒ほど待つと、その扉が内側から開かれて、住人が翔子の前に姿を現した。
「・・・・・・翔子ね。久しぶり」
「うん、久しぶり! 清子も全然変わんないね!」
「あんたもね」
家の前に出たのは、一人の鬼人の少女。召喚前から翔子とはそれなりに交流があった、長谷川 清子であった。
久しぶりの再会であるが、二人の姿は召喚時の時から、容貌も背丈も全く変化がない。成長期の子供ではあり得ない様子だ。不老不死である彼らは、例え何年身体測定を繰り返しても、背が伸びることはないだろう。
そんな清子は、翔子を拒絶はしていないが、どこか顔つきが悪く、むすっとした感じがある。
「ええ~~と、もしかしてお邪魔だった?」
「別に迷惑じゃないわよ。ただ最近むかつくことが多くて、イライラしてるだけよ。まあ、あんたには関係ないことだから、気にしないで。早速だから上がりなさいよ」
「はぁ・・・・・・」
気にするなと言われても、そんな不機嫌マッスルな顔で歓待されても、少し困る翔子。とりあえず言われるがままに、家に上がらせてもらう。
瓦屋根の木造建築で、和風な家であるが、内部には囲炉裏などと行った時代的なものはない。障子が敷かれた居間の中心に座卓がある。その隣の部屋の台所には、ガス式のコンロがあったりした。
翔子が座卓の前で正座して座り、家々を見渡す。どうも掃除も片付けも、きちんと行われているようだ。
清水教諭が彼女の近況を聞いたとき、10代前半の頃から一人暮らしなどと、きちんと生活が出来ているのか気にかけていたが、この様子だときちんと出来ているようだ。
翔子が座ると、清子も彼女の正面側の座卓に座り込む。
「悪いわね。こっちから出すものがないのよ。私お茶なんて飲まないし、客なんて普段来ないし、来てもすぐに追い返すし・・・・・・」
「ああ・・・・・・うん、いいよ。それで話しなんだけど・・・・・・清子は新聞読んでる?」
「読んでるわよ。あのガルゴって化け物の話しよね? 何でも天者を狙って、現れてるとか・・・・・・」
「うん。だから皆バラバラに動くのは危ないから、ここは皆で集まって、どうにかしようと思うの。それで皆を集めて回ってるだけど、清子も来て欲しいんだ」
ガルゴは最初、翔子達が活動の拠点としていた、百和田町に姿を現した。当時翔子は町を不在にしていたため、遭遇することはなかったが。
その後もガルゴは、天者達が住んでいる土地に、狙ったかのように現れ、攻撃を加えているのだ。ガルゴが魔王が送り込んだ、天者討伐の尖兵であると、新聞記事では確信的に書かれている。
「今、何人ぐらい集まってるの?」
「剣崎君と若松さんが、今百和田に来てくれたよ。でも二人とも一回死んじゃってて、戦えないから先生と一緒に待機中。他の皆とは、話をしても断られたり、連絡つかなかったりして、ちょっと困ってる。それでついこの間、清子がここにいるって聞いて、ここに来たんだけど」
「成る程ね。話しは判ったけど、お断りするわ」
あっさりと断れたことに、翔子はこれを予測していたのか、断られるのに慣れているのか、冷静に受け止めてため息を吐いた。
「それって結局、皆で力を合わせて、怪獣と戦おうって話しよね? 嫌よ、あたしは戦いなんて」
召喚されたあの日、国王をタコ殴りにし、簀巻きにして河に流した後、天者達は皆一緒に、元の世界へ帰る為の手がかりを探すために、この世界を旅した。
だがある時から、一人又一人と、同級生達がメンバーから外れていった。現在帰還法を探して動いているのは、翔子と清水教諭だけである。
離れていった者達の理由は、各々異なっている。その中で、清子が離脱した理由は、魔物や賊などとの戦闘を嫌がったからであった。
旅の途中、何度もそういった戦いの場に立たされたことがあり、その度に敵を殺したり殺されたりと、血生臭いものを見せられたのが応えたらしい。
「でも一人でいるほうが、もっと怖い目にあうよ! もう五人もやられちゃったし! それに村の人にも迷惑かけるし」
「戦わずに逃げればいいでしょ。それにこの村、むかつく奴らばかりだから、むしろこちらから迷惑させたいぐらいよ!」
清子と村の関係性が気に掛かったが、ともかくそれは今は置いて、翔子は言葉を続ける。
「逃げるって行っても・・・・・・逃げ切れなかったら、どうするんだよ!」
「殺されても生き返るから平気よ!」
「犬神君達、いなくなっちゃったんだけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
この言葉に、さすがに清子も言葉に詰まる。拓也達三人が、今どうなっているのか未だ不明だ。生きてはいるだろうが、それが無事であるという保証にはならない。
不死の存在にとって、拘束・監禁は、場合によっては、死ぬより酷い目にあうかもしれないのだ。当時は世間の知識が不足していた小学生だった彼らも、現在はそういう世界の汚い部分に理解が出来ている。
「だったら狙われないよう、あちこち逃げ回るわ。このクソみたいな村から、いい加減出ようと思ってたし、丁度いいわ」
「ええと、村の人達と何かあったの?」
「この辺りに変な病気が流行ってさ、それをどうにかしろって、あたしの所に押しかけてきたのよ! できないって言ったら、あたしのこと役立たずとか、偽天者とか散々言いやがって、ああ~~~本当にむかつくわ! あいつら全員、怪獣に潰されて死ねばいいのに!」
「病気?」
どうやら赤森王国が流した、天者の救世主扱いの情報は、彼女に相当な圧迫を与えていたようだ。
「おい、また新しい天者がきたらしいぞ」
「そうか、今度の奴は役に立つんだろうな?」
四所川原村の人々が、そんな風に囁きながら、村の診療所の周りに集まっていた。
一階建ての、かなり古い木造建築の診療所に、翔子が例の病気を見に訪れていた。翔子が医者に連れられて、病室へと入っていく。
「これって・・・・・・?」
「見ての通り、これが病気なのかどうも、判らない状態でして・・・・・・」
カーテンレールで区切られた、病室のベットに横たわる人々は、目が死んでいた。
顔色が悪いわけではない。だがまるでゾンビのように、虚ろな目で、ただ病室の天井を眺めている。年代も性別も皆バラバラで、中には五歳ぐらいの子供もいる。
そんな彼らに、町医者が慣れた感じで声をかけてきた。
「リンさん、今日は元気ですか?」
「別に・・・・・・」
「最近娘さんに会ってませんが、あの子は寂しがってますよ?」
「会いたいけど、歩く気が出ない・・・・・・」
「今日は何が食べたいですか?」
「何でもいいから、適当に・・・・・・」
そんな簡単な質問と、力の無い返答のやりとりをした後、医者が翔子に向き直る。
「こんな感じで・・・・・・村のものが急に、怠け者になってしまうという症状を起こすようになりまして・・・・・・」
「はぁ・・・・・・別に命に危険はないんだよね?」
「ええ・・・・・・むしろ病気にかかる前よりも、健康的になってるぐらいでして。ですが食べることと、寝ることと、排泄以外では、何一つ能動的な行動をしないんですよね・・・・・・。この診療所にいる以外でも、本人の自宅などで寝ている奴らが、ここの5倍ぐらいいますよ。おかげで村の労働力が不足して、少々問題になってまして」
村人の容態より、働き手の方を先に心配するのかと、翔子は少し呆れる。とりあえずその患者の傍にまでより、彼女の額に掌を当ててみる。
ウィルスや細菌などの病気の場合、それを治せるのは葉人が優れている。だが医者にも判らない、謎の精神疾患となると、別方面の達人が必要であろう。
魔力操作に優れた能力を持つ、龍人である翔子が、その女性の肉体と精神に、魔力的な干渉を受けていないのか、心を研ぎ澄ませながら、その女性の生体を感知する。
結果、病気の原因は、意外とあっさりと判った。
「この病気は憑き物だね。悪霊がこの人の中に憑いてる」
「そうでしたか・・・・・・やはりその手の話しだったんですね」
医者もある程度の予測はしていたのか、翔子の診察にさして驚かない。
「それで治せるのでしょうか?」
「多分出来ると思う。前にこういった治療をしたことがあるから。あれからそれなりに勉強したし、前より上手く出来ると思う。でも・・・・・・」
翔子が医者に顔を向け、次に窓の方からこっちを見ている野次馬達を見渡してみる。
「これ、前は食べられた動物の霊だったんだけど・・・・・・こっちは人間の霊だよ。しかも“何で俺たちは死んで、お前らは生きてるんだ~~~”とか叫んでるし。この村って、何か沢山の人から恨み言でも買ってた?」
この言葉に、話を聞いていた野次馬達からも、どよめきが起きる。
「いいえ、そんな話はありませんよ」
「本当に? ご先祖がすごい虐殺をしたとか、そういう話しでもあるんじゃない?」
「馬鹿にしないでください! この村に、そのような汚点はありません! 第一この病気は、この辺りの、あちこちの村でも起きてるんですよ!」
確かにその通りだ。この病気=無心病は、一月ほど前から、赤森王国の各地で頻出しているのである。
ただこれが死に至るような症状でないことと、例の怪獣騒動が世間の注目を浴びたせいで、未だに新聞に大きく取り上げられていない。翔子もここに来るまでは、そんな病気の蔓延など、全く知らなかったのだ。
(となると、この国そのものが、何かやらかしたのかな? 国王があんなだったし。まあ、単に生きてる奴への妬みかも知れないけど・・・・・・)
「そんなことより、治せるのか治せないのか、はっきり言ってください!」
医者が急かすように、そう言ってくる。翔子は、呆れた様子でため息を吐いた。
「治せると思う。話は出来なかったけど、そんなに強い霊じゃないし。ちょっと待ってて」
患者の額に当てた掌に、翔子は己の魔力を注ぎ込んだ。翔子の退魔の力が、患者の中にある異物の魂に刺激を与えていく。
「ううううっ!」
「ちょっと我慢してね」
患者が呻き声を上げて苦しみ出すが、翔子は構わずに続ける。そして患者の身体に取り付いた霊体が、ガスのように溢れ出てくる。
その姿は、周りで見ている霊感のないものには見えないのだが、翔子にははっきりと見えていた。最初は煙のように形を伴っていなかった者が、やがて結集・変形し、人の輪郭を取り始める。その顔のように見える部分は、どこか苦しげで呻いていた。
やがてその魂は、徐々に形を崩し始めたかと思ったら、唐突に消えた。成仏したのである。実にあっさりと、除霊が完了してしまった。
「うう・・・・・・うん?」
「大丈夫ですか?」
さっきまで呻き声を上げて苦しんでいた患者が、悪い夢から覚めたかのように、ぱっちりと目を開けた。そして自ら起き上がって、翔子の方を見る。
「どうです? 自分で歩けます?」
「ええ・・・・・・大丈夫みたい。ありがとう・・・・・・」
患者はもう、さっきのような死んだ目をしていない。自力でベットから立ち上がって見せた。どうやら治療は成功したようだ。
さっき翔子があの霊にしたのは除霊、つまり魔力で強制的に成仏させる技である。だが書物によると、こういうやり方で成仏した者は、来世で凶暴な性格に生まれ変わる危険性があり、あまり好まれない手段であった。
そのため翔子の中には、仕方ないと思いながらも、僅かな罪悪感があった。
「よし、患者はまだまだいる! さっさとやってくれ!」
翔子が本当に治せると知ると、医者はまた急かすように、翔子に治療を求めてくる。人に物を頼む態度でないと、やや不愉快な思いをしながらも、翔子は黙って言うとおりに、全員の治療を行った。
数時間ほどして、村には久しぶりに活気が戻っていた。無心病から立ち直り、喜び合う人々の声が、各地に聞こえてくる。
もちろん翔子にも感謝の言葉はあったが、それ以上のお礼の話しはなかった。再び清子の家に向かおうとした道中で、村人からも感謝の言葉を投げかけられたが・・・・・・
「いやはや、今回は本当に助かりましたよ! 悪霊払いってのは、金がかかるからな! タダで人助けをしてくれる、天者様が来てくれて、本当に良かったよ」
「本当に天者様は便利で助かるよ! それに比べて、あの役立たずの鬼女は駄目だな! 今度あの能無しに、翔子様から、この村からとっとと出るよう、折檻してくれませんかね?」
ブチッ!
翔子の心の血管が・・・・・・切れた。この勘定は、初召喚時に国王に向けて以来久しぶりである。翔子は背中の刀に手をかけて、村人に言い放つ。
「今から清子の家に行くから・・・・・・今清子の悪口言ったあんた、清子の前で土下座して地面をなめて謝れ! 断れば、この場で斬る!」
「えっ!?」
翔子の冗談では済まされないほどの、殺気に満ちた声で、村人達は後ずさる。この様子を見て、翔子は刀をゆっくりと引き抜き、鋒を村人達に向けていた。
その後翔子達は、清子の家に向かったが、清子はいなかった。家の扉に『引っ越します』と張り紙だけが貼られていた。家の内部にある金品などの重要な物も持ち出されており、どうやら本当にこの村を出て行ってしまったようであった・・・・・・
やがて翔子もこの村から去った。タカ丸に乗り、空へと舞い上がり、彼方へと消えていく姿を見届けた村人達は、一斉に安堵の息を漏らしていた。
「ふう~~~、とっとといなくなってくれて、本当に助かったよ」
「ああ、異界人なんて気持ち悪い奴に、いつまでもいてもらっちゃ、迷惑以外の何でもないしな」
「あの役立たずの天者も、用無しの天者も、一緒にいなくなってくれたぜ。いやはや、化け物のガキ共も、少しは身の程を知っているようだな。その辺は、褒めてやってもいいか?」
「そんな態度はないですよ! 私はあの人に、無心病を治して頂いたんですよ! 確かに気持ち悪くて、しょうもないクズですが、せめて口先だけでも経緯を持たなきゃ!」
人々がそんな風に喜びの言葉を交わし、見送った休耕地から、各々の自宅に戻ろうとしたときだった。その休耕地に、一筋の大きな影が差した。
「「「えっ!?」」」
人々が一斉に後ろを振り向くと、そこにはガルゴがいた。
その姿と名前は、新聞などで、村人達も知っている。だが実物を見るのは、今日が初めてだった。
そのあまりに巨大な身体で、休耕地の土の上に立ち上がり、その凶暴そうな目で、村人達を見下ろしている。
そこはほんの十秒ほど前まで、村人達が目線を向けていた。その時には何もない、雑草だけが生えた大地だったのに、一瞬目を離した間に、何の前触れもなく唐突に、その巨大な姿を現したのだった。
相変わらず謎の出現をする怪獣である。
この日、四日ぶりにガルゴが姿を現した。場所は赤森王国の農業地域の四所川原村。ガルゴはしばらく村内を歩き回り、田畑や家屋に壊滅的な被害を与え、どこへともなく去って行った・・・・・・




