第十二話 敗北と失踪
ガルゴ=鷹丸は、目の前に現れた三人の姿を見た。でかい銃に鉞に、変な杖を持った、戦士ぽい雰囲気の少年戦士達である。
彼らには、自分が以前戦った直人と同じ、鬼のような特徴を持つ者もいた。堅そうで殴ると痛そうな城壁を、手間かけずに乗り越えたところ、また妙なものに出会ったと思った。
それと同時に一つ思いだしたことがあった。
(こいつら、あのゲーマー三人組じゃねえか?)
この三人の顔には覚えがあった。少し前に、ネットで当時の行方不明者の顔写真を見たこともあって、割と早く思い出すことが出来た。
この三人はよく、学校に携帯ゲーム機を持ち込み、休み時間に堂々とゲームで盛り上がっていた、あの悪ガキ達によく似ていた。
三人とも大分鍛えているのか、手足は細身ながらも、屈強そうな筋肉が張っている。少なくとも現代子の、貧弱な体つきではない。
そのうちの一人は以前よりも、体つきや顔つきが痩せたように見える。トレーニングで皮下脂肪を落としたのだろうか?
そんなことを思い出している内に、一人がこちらに銃口を向け、躊躇なく発砲してきた。赤く光る、大型の弾丸が飛び、それがガルゴの上顎の口の部分に当たった。
ボムッ!
(うぐっ!?)
その爆発・爆音は、さっきの大砲の直撃と比べると、見た目のインパクトは小さいものだった。だがその威力は比較にならない。
城門の大砲ではノーダメージだったガルゴは、その龍人の少年の砲撃に、確かなダメージを受ける。倒れるほど酷い痛みではないが、気に留めずにいられるほど、僅かなものではない。
「うりゃあっ!」
そんなことを気にしている間に、今度は鬼人の少年が間合いにまで突っ込んでいた。屋根の上を走り、ガルゴの身体にまで飛び込む。気功の力で強化された鉞の刃が、ガルゴの右横腹に叩きつけられた。
ガスッ!
(いちぃ!?)
以前直人に攻撃された一撃よりも、遥かに大きな痛みを横腹から感じる。鉞の刃が、ガルゴの鱗に深くめり込み、内部の血管にまで通って、流血を生じた。
得物が大きく重ければ、その分攻撃力が上がる。この鉞は、直人の日本刀よりも、遥かに一撃の威力は凄かった。ただし一撃の威力が上がったかわりに、あまり連撃ができない難点もあったが。
「(イテえんだよ!)グガァッ!」
自分の腹に鉞を食いこませている拓也に、自分の拳を振り下ろす。拓也はその鉞を大急ぎで引き抜いた。
深く食い込んだ刃を抜くのに、一瞬手こずったが、鬼人の馬鹿力で、何とか敵の攻撃が届く前に引き抜き、その場から後方飛びで回避した。
鉞が引き抜かれた直後で、大量の血が飛び出る傷口に、標的を逃した拳が激突する。鷹丸はうっかり怪我をした自分の腹を殴ってしまった。これまでにない痛覚が、彼の脳にまで届く。
「(おらぁ! こっちも本気でやってやる!)グガァアアアアアアアアアアッ!」
もう昔のことを思い出して、隙を見せたりはしない。やる気になったガルゴの拳が、足下の家屋の屋根にいる拓也や真に向かって振り下ろされた。
標的は大慌てで、それを避けるが、鷹丸の進撃は止まらない。何度も何度も、彼らのいる足下の家屋へとパンチをしていき、彼らを追い詰め始める。
時々真が発砲し、拓也が斧を振って光の斬撃を飛ばして反撃したりもした。だが銃撃はそれなりにいたいものの、鷹丸の足止めをさせるほどのものではない。
拓也のヒーローの必殺カッターのような飛ぶ斬撃は、威力は直接鉞で攻撃されるよりもずっと低く、大したダメージにはならない。
沢山の家屋が粉々になり、この辺一帯の町は壊滅に等しい状態へとなっていく。その時、比較的遠いところに待機していた、残りの一人が攻撃に入った。
彼の頭に花が咲き、そこから花粉の嵐が飛ぶ。以前エナを黙らせるのに使ったのと同じ技だ。だが発せられる花粉の量は、以前の比ではない。彼の頭から鷹丸の顔の方にまで、放出されながら、鷹丸の顔全体を包み込むまでに拡散しながら、花粉の嵐が鷹丸の顔面を覆い尽くす。
(何だこれ? ムズムズするな。毒ガスか?)
一気に数万人を痺れさせる麻痺性の毒だが、鷹丸はちょっと不愉快な思いをさせただけで、あまり効果は無いようだ。ガルゴの頑強な肉体と、その大きすぎる身体には、毒の威力も量も、あまりに足りないようだ。
鷹丸に毒が効かないと気づくと、三人はすぐに逃げの一手に出た。避けながらの反撃をやめて、背を向けてまっすぐに走る。
家屋の屋根を降りて、建築物の少ない、街道へとうつり、町の中央広場の方向へと向かっていく。鷹丸も、その後を追って、街道へと足を踏み入れた。
「おい、どうすんだよ!? 攻略法あるのか!?」
「ねえよ! とにかく町の外まで出さなきゃ!」
「ちくしょう! 中ボスかと思ったら、ラスボスレベルじゃねえか! 反則だろ、こんなの!」
背後に迫ってくるガルゴから逃げながら、一行は城壁の門のある方向へと走る。町の中央広場は、四方に大きな街道がある。彼らはそこで、西の街道へと曲がって走りゆく。
その先には、西方の城門がある。ガルゴも同じように広場を曲がり、西の街道へと入った。街道はガルゴの通り道としては、やや狭い。そのために、街道の両側にあった建物が、ガルゴの足や尻尾に接触して半壊していった。
一応これでも、町のど真ん中で戦闘をするよりは、被害を抑えているはずだ。ガルゴはその足下の建物が、歩行の妨げになっているのか、動きがやや鈍い。やがて街の西城門が見えてきた。
「こいつを外に誘い出す! 門を開けてくれ!」
門の上の櫓に向かって、拓也が大声で呼びかけた。ここで自分たちが門を潜り、外に出れば、ガルゴもそれを追って外に出て行くだろう。
門の大きさは、ガルゴが通るには全然足りないが、さっきのように城壁を乗り越えていくはずだ。門の防護結界はまだ張ってあるので、城壁が壊れる心配も無いだろう。
だが・・・・・・
「何してる! 早く開けろ!」
門のすぐ目の前まで来ても、門が開かれる様子はおろか、櫓にいるはずの衛兵からの返事もない。一行は、自身の優れた感覚能力で、櫓には人の気配が全くないことに気がついた。
「全員逃げたのかよ!」
「くそっ! だったら自力で飛び越えっ・・・・・・」
彼らの背後から迫る、あの雷のような足音が急に止んだ。恐ろしく巨大な気配を背後から感じ、後ろを見る。思った通り、彼らはガルゴの足下の、僅か10メートルの距離にいたのだ。
足音が止んだのは、追撃をやめたからではない。自分たちが壁際に追いやられ、袋のネズミ状態で、追う必要が無くなったからだ。
「ちくしょうっ!」
真がやけくそ気味に声を上げながら、自分の頭上にいるガルゴに向かって銃口を掲げる。その銃口から魔力弾が発射されるよりも、ガルゴの水平キックが命中するときのほうが早かった。
ガスッ!
ガルゴのキックを正面から食らった真が、後ろ向きの姿勢で、水平に吹き飛んだ。真はただ巨大な足で蹴られただけではない。ガルゴの足の指に生えている、鋭い爪の先っちょが、彼の腹に食いこむように接触したのだ。
サッカーボールのように吹き飛ばされ、後ろの門の壁に激突した真。門に激突して、その反動で門の前方に吹き飛んで、数回バウンドしながら地面に叩きつけられる。
そんな真の腹は、皮が裂けて、大量の血が吹き出てている。恐らく内臓にも、相当な衝撃がいったはずだ。
「真!」
武が慌てて彼の元へと駆け寄る。そして魔道杖の先端を、彼の血みどろの腹に当てた。すると魔道杖の先端が、優しげな雰囲気の緑色の光を放ち始めた。そこからいくつもの光の粒子が溢れ、それが小魚の群れのように動き出し、真の負傷部分に集まり始める。
「馬鹿! 回復なんてしてる余裕があるか! 早く門を・・・・・・」
ズンッ!
武の行動を叱責しようとした拓也の声が、轟音と共に遮られた。何が起こったのかというと、拓也の頭上にガルゴの足の裏で覆われた。
その足が一気に振り下ろされ、プレス機のように拓也を踏みつぶしたのだ。
「ひゃあっ!」
ガルゴの足の裏に消えた拓也を見て、真が悲鳴を上げる。ガルゴのもう片方の足が、持ち上げられ、それが真へと迫る。その後数回の豪快な足音が発せられ、それが終わった同時に、この街での戦いは決着がついた。
戦いが終わって約十分後。三人を倒して満足したのか、ガルゴはあの後すぐに、城壁を乗り越えてどこかへと行ってしまった。
彼らがいた西方の門の前には、複数に混ざり合った陥没地帯が出来上がっている。ガルゴの踏みつけ攻撃の跡である。住民の大部分は、まだ街に戻ってきていないはずだが、何故かその場所に近づく者がいた。
「すいませ~~~ん、大丈夫ですか?」
緊張感のない声で、そう呼びかけるのは、あの桃井 エナであった。彼女は足下に広がる、ガルゴの足跡の穴を見下ろす。その穴の中には、面白いように地面にめり込んで埋まっている、三人の姿があった。 型にはまり込んだように、土と共に陥没している三人。
地面に身体の片面を埋めているだけでなく、その身体は以前より少し平べったくなっている気がする。その身体からは血がダクダクと流れ出て、その場を血の沼に変えようとしていた。
ガルゴに何度も踏みつぶされて、地面にうずもれた、哀れな姿であった。
「これは大変だわ! お姉さんが、一生懸命看病してあげる♫」
看病どころか死んでいるのだが、エナの声は実に嬉しげであった。
この日、山辺地町にガルゴが襲撃した。滞在していた天者三人が戦闘したが、敗北したと思われる。
思われる、と推測になっているのは、彼らのその後の消息が、全く判らなくなったからだ。
不死である彼らは、例え負けて死んだとしても、しばらくすれば復活して戻ってくるはずだった。
だがその後、彼らの姿はおろか、何かしら連絡が来たという話も一切無い。人々は彼らがガルゴに拐かされたと、確信を持って話し、この世の暗雲を広げ始めた。




