第十一話 城壁の町
魔物の森の付近にある魔物産業で栄えた町、山辺地町。
規模や町並みは、翔子と清水教諭が活動拠点にしている百和田町とほとんど同じだ。鍛冶等の、武具の工場が多いことを除けば、建築物の外見などの、町並みの風景は変わらない。
ただ町の外側に、明確に百和田町と違うところがある。それは町全体が、巨大な城壁で覆われていることである。
この城壁は、ただ頑丈なだけでなく、結界を張って防護力を上げる特殊能力もある。王都にあった岩樹城と比べれば、やや小さいものの、辺境の町とは思えないほど立派な物である。魔物の脅威に常に晒されたこの土地ならではの建築であった。
拓也達天者三人が、蟒蛇解体のせいで血みどろの姿で、その町に戻ってきた。衛兵が守る城門を、顔パスで入れてもらい、この街の鉄士協会支部に行って、採取物の監禁に向かう。
「あっ、天者様だ!」
「今日もお勤めご苦労様です!」
三人の姿を見た町の人々が、彼らの姿を見て、嬉しそうに挨拶をしてきた。それに拓也達は、笑顔で手を振りながら、街道を進む。
一時深刻になった、魔物の強化・増加現象。だが彼らが、町近辺にいる魔物を、殲滅し続けたおかげで、今でもこの街は健在でいられる。そのため彼らは、鉄士達の中でもとりわけ、この街の人々から英雄のように扱われていた。
「やっほ~~~天者様! 三人とも今日も可愛いわね!」
何となくあざとさを感じる黄色い声を上げる者もいた。この声に、さっきまで人々に愛想を振りまいていた三人は、何故か急に無表情になり、逃げるように歩行を早める。
「ちょっと、待ちなさいよ~~~」
その声の主は、20代前半ぐらいの外見の女性だった。角も尻尾もないので、天者ではない。この世界の純粋な人間だ。
髪は紫のセミショートだ。黒と緑の網目文の和服を着ている。手には武が持っているのと同じような、奇怪な杖が握られていた。これは魔道杖と言って、魔法の力を増幅させる力を待った魔道武具である。これを持っていると言うことは、この女性は魔道士なのかも知れない。
彼女の言葉を無視して、一行はどんどん前に進む。だが女性は、彼を逃がそうとはしなかった。
「ちょっと、あんたら酷いでしょ! ほらほら~~」
女性は後ろから、拓也の身体に抱きついた。首に優しく手首を回し、前屈みで擦り寄っている。
小学生ぐらいの男児が、背丈が十センチぐらい高い女性に抱かれる姿は、仲の良い姉弟の触れあいに見えなくもない。
だが当の拓也は、極めて不愉快そうな顔をしながら、女性を引き摺るようにして前進を続ける。そして当の女性は、その状況に構わず話しかける。
「この前の話なんだけどさ・・・・・・」
「断る! いくら金を積まれようが、あんな頼み引き受けるか!」
「いいじゃん、あんた達何されても死なないんだからさ」
「そういう問題じゃねえよ!」
どうやらこの二人は、以前から知り合いらしい。女性の方が何かを頼もうとしているのを、拓也が言葉を続かせずに、断りの言葉を言い続けている。
この様子に、仲間の二人も、周りにいる町民達も、呆れた表情で傍観していた。
「もう何度も断ってんだ! 俺たちでなくて、他の奴らに頼めよ!」
「もうやったわよ。前に若松っていう、変なお城の子に頼んだら、相当怒られて、無理矢理締め出されたわ・・・・・・」
「そらそうだ。いきなり解剖させろ、何て言われたらな。お前らもいい加減助けろよ!」
「うん、そうか? 痺花!」
今まで黙っていた武が、一つ頷くと、彼の頭から花が生えた。頭の若葉の間から、急に芽が出て、植物の高速再生映像を見ているかのように、急激な速度で茎が伸び始め、そして天辺に花が生えた。
彼岸花のような赤い花だ。その花から、赤い花粉が、シャワーのように放たれる。そしてその花粉の嵐が、拓也を後ろから捕まえている、女性の顔に向かって正確に飛んだ。
「ふはっ!?」
その花粉を吸い込んでしまった女性は、その場で急に動かなくなった。まるで石像のように身体が固まり、その場で硬直する。一応瞬きと呼吸ぐらいは出来るようだが、それ以外の行動を一切封じられてしまった形だ。
葉人の能力の一つで、体内から出した花粉で、敵を麻痺させる能力だ。これによって、今まで騒がしく喋っていた女性が、急に静かになる。だが・・・・・・
「この状況でその技を使われると・・・・・・こっちも困るんだけど・・・・・・」
拓也に抱きついた態勢で固まった女性を引き摺りながら、拓也は苦々しく口にする。
「いいじゃん。結構嬉しいだろ?」
「馬鹿言うなよ・・・・・・」
まもなくして女性を無理矢理引っ剥がし、協会で換金を済ませた一行は、町の飯屋で食事を取っていた。
場所は鍋物の飲食店。居酒屋も兼ねている和風洋式の客席で、その一カ所の座敷席ですき焼きを囲っていた。昼間から鍋物というのは、この世界でも少数なのか、客席はまばらで席には困らなかった。
一部の客が、仕切りの上から顔を出して、天者である彼らに挨拶をしていたりした。客席はかなり広く、この町でもかなり大型の店である。
鍋の中は大分煮えており、旨そうな匂いがしてくる。鍋の中には肉が多め、というかほとんど肉しか入れていない。それを口にしながら、三人は最近の困りごとで、話をしていた。
「全く桃井の奴には困ったぜ。色仕掛けまでして来やがって・・・・・・」
「今度はもっと過激にやるか。数ヶ月は動けなくなるぐらい、ぶん殴るとかさ」
「問題外だ、馬鹿野郎!」
話題に上がった“桃井”とは、日本人ぽい苗字だが、日本人ではない。さっき拓也に絡んでいた、あの女性の苗字である。
あの女性は、桃井 エナ という、この世界の魔道士であるらしい。この世界の住人は、姓は日本に近いが、名前は一様にカタカナで書く。
ここを拠点にして三年ほど経ち、鉄士としての仕事に大分馴れ始めた頃に、彼女は拓也達の前に姿を現した。
鉄士としての依頼を申し出たいと言って聞いてみれば、その天者の肉体を調べさせて欲しい。場合によっては解剖させて欲しいと言いだしたのだ。
(まあ、気持ちは全く判らないわけじゃないけどな。絶対に死なない身体なんて、羨ましがる奴はどこにでもいるだろうし)
彼女が求めたのは、天者達の持つ、完全なる不死の身体だった。天者はただ強いだけでなく、不死身の存在でもあるのだ。死んでも数時間経てば蘇り、年も取らない。先日ガルゴに攻撃された若松が、骨も残らず消し飛んだにも関わらず復活するという、とてつもない事例を見せつけたばかりである。
ただしノーリスクで蘇るわけではなく、復活してからしばらくの間は、復活前よりも魔力・身体能力などの強大な力が、大幅に弱体化するのだ。どのくらい弱体化して、どのくらいで元に戻るのかは、死に方による。
先日の若松のような酷い死に方の場合、完全に復活するのに半年以上はかかるらしい。そして不老でもある彼らは、召喚から四年たった今でも、その姿は十二歳の子供の姿のままであった。
エナはその不老不死の身体が欲しいらしい。
「それでいいのか? ああいう奴は、これから先どんどん出てくるだろうって、前に先生が言ってたぞ。しつこい勧誘どころでなく、悪意を持って襲いかかってくるかも知れないってさ」
「そん時は・・・・・・しょうがねえよな。戦うっきゃねえ・・・・・・」
彼らはこの世界で、好き勝手やって生きていく道を得た。だが今の充実した生活が、いつまで続くのか、若干の不安も感じていた。
そんな重くなりかけた空気をぶち壊すかのように、町中にけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
《緊急警報! 緊急警報! ガルゴが、北方の森から出現しました。皆さん、憲兵隊の指示に従って、速やかに避難してください!》
サイレンの音と共に、町中に避難指示の声が、スピーカーから高々と発せられた。どうやら少し前に話題に上げていた事態が、たった今現実になったらしい。
「飯は一旦中断だ! 皆まだやれるよな!」
「問題ないぜ! 俺たちは三人だ、返り討ちにしてやるぜ!」
鍋の火を消し、椀に入れていた肉を、テレビの早送りのように一気に平らげた後、店内に預けた武器を取りに、一行は勘定台へと走る。
(まさか本当に現れるとはな。翔子の言うとおり、奴らの狙いは俺たち天者なのか!?)
町中は当然のごとく荒れていた。警報にあった町の北方付近の住民達は特にである。大量の荷物を持ち出し、沢山の町民達が、南の方角へと走って行った。
ガルゴが城門を突破して内部に侵入される可能性を考えて、南門から外に出る者もいる。町の外は、魔物に襲われる可能性があって危険なのだが、拓也達天者の活躍で魔物が減っている事実を信用し、町から脱出する者が続出している。
そして警報にあった、町の北方の森から、雷のような足音と、木が薙ぎ倒される音が、二重に響き渡りながら、その脅威は迫ってきていた。
ガルゴがその巨体を、もう町からもはっきり見える距離にまで近づいていた。元々魔物対策には手を抜いていない町であるため、内部にいる憲兵・衛兵・鉄士達の対応は実に素早い物であった。
ガルゴがどんどん迫っていく中、町を囲う城壁に変化が起きた。地味な灰色の城壁が、突然橙色の光に包まれ始めたのだ。光沢を放つ、薄い半透明の光の膜が、城壁全体を覆う。その様子は、城壁が急激に凍り付いているように見える。
これは城壁の防護力を高めるための結界だ。拓也が行った武器の威力を高める気功の技と、似たようなシステムである。
変化はそれだけではない。城壁の壁の各部が開き始めたのだ。壁にはスライド式の窓のような、内部から開閉可能な部分が多数あった。その開いた四角形の穴の所から、いくつもの金属製の筒が飛び出る。
迎撃用の大砲や機関銃である。これらの窓は、全て銃眼だったのである。その数は縦に三門、横に長く十門以上はある。
「撃てっ! 絶対に町に近づけるな!」
城壁からガルゴに向けられた、大砲や機関銃が、内部から発せられた号令に従い、一斉に火を噴いた。耳が狂いそうになるほどの、無数の轟音と共に、無数の銃弾や砲弾が、高速でガルゴに襲い来る。
結果は以前の若松の城と、全く同じであった。狙いやすいガルゴの巨体に、攻撃は高確率で命中したものの、敵には何の効果も得られなかった。大砲の当たったガルゴの身体の各部から、多くの煙が吹き荒れるが、ガルゴ当人の身体には傷一つつかない。
ガルゴの進行は全く怯むことなく、彼は城壁の真ん前にまでやってきていた。高さ40メートルほどの、とても高い渡櫓式の城壁。ガルゴの背丈は、それより頭一つ分高い。
ガルゴは両腕を持ち上げて、城壁の天辺の瓦が敷かれた屋根に手をかけた。巨大でかつナイフのように鋭い黒い爪が伸びた、厳つくて巨大な手が、城壁の屋根を上から掴み上げる。
その態勢でガルゴは前屈みの姿勢になった。このまま押して、城壁を破壊しようというのだろうか?
銃眼からの攻撃は未だに続いている。ガルゴの身体と城壁の壁は、今にもくっつきそうな距離にまで接していた。
ガルゴの影になって、視界が真っ暗になった銃眼の大砲は、その状態のまま、敵に向かってゼロ距離に近い射撃を放つ。こんな状態で攻撃を続ける砲撃主は、今どんな気持ちなのであろうか? どのみちその攻撃もまた、ガルゴに大したダメージは与えていないようだった。
ガルゴの行動は、その場にいた多くの者達の予想を外すものであった。城壁を壊す気なのかと思ったら、そうではなかった。
城壁の屋根を掴んだガルゴは、その太い両腕に力を入れて、鉄棒の懸垂のように、自身の身体を持ち上げたのだ。
ガルゴの身体の重点が、城壁の屋根に全て置かれた。ガルゴの両足と尻尾が、宙に浮き上がる。ガルゴの身体の腹の辺りにまでが、城壁の上の方にまで持ち上げられた。そして右足を持ち上げて、足の裏を城壁の屋根の上に乗せた。
何とガルゴは、城壁を壊すのではなく、上から乗り越えようとしているのである。城壁より身長の高い者だからこそ出来る、単純で尚且つ、思いがけない発想での突破方であった。
ちなみに城壁の屋根は、あれほど巨大で重い物体が乗っかっているにも関わらず、潰れるどころか傷一つついていない。結界を張った城壁の防御力は、実に凄まじいものであった。
「何だよ、あれ!? 怪獣らしく、壁壊して進めよ!」
町の方から、その一部始終を見ていた三人の内一人、真がそんな叫びを上げた。城壁を壊される被害の方が深刻なのだが、あっちの世界の怪獣物のお約束を知っている者には、どこか納得できないものがあるようだ。
ともかく敵の町への侵入を許してしまったのは事実だ。人一倍大きな足音が、町の内部か鳴る。城壁付近の家屋を踏みつぶして、とうとうガルゴは町の中に姿を現した。
「もう無駄だ! 全員この場から離れろ!」
城壁の方から、指揮官の声が全砲兵隊に、退却の支持が出される。町の内側には砲台はない。こうなると町の中で、白兵戦で撃退する以外に手はない。
だがあれほどの魔物を、自前の戦闘力だけで対抗できるものは限られている。
「やっぱり、俺たちがやるしかないか!」
三人は気を引き締めて、武器を構えながら、ガルゴの方へと走る。憲兵隊の迅速な行動によって、この地区の住人は全員ここから離れていた。
この場にいるのは三人とガルゴだけである。三人は地面を蹴った。驚異的な跳躍力で、一気に進行の邪魔になっていた、家屋の屋上に飛び移る。
そして忍者のように、屋上から隣の屋上へと飛び越えながら、ガルゴの目の前まで迫ってきた。
「待て! 俺たちはここだ! 相手してやるから、もう町を壊すんじゃねえ!」




