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 助けを請われたからと言ってはいそうですかとすぐ助けるほど残念ながら二人は正義感が強いはずもなくライは首を捻りクラウディはじっと少女の旋毛(つむじ)辺りを見ている。

 そもそも自分たちがわざわざ助けを買って出なくても見世物小屋にいる者たちがそれぐらいはするのではないかと考えライが口を開こうとするよりも早く少女が言う。

 

 (いわ)くあそこの連中は自分の保身を考える者ばかりで誰も鬼のおねえちゃんを助けないと。

 曰くその証拠にもう皆逃げてしまったと。


 そう言われると確かに少女が第三者に助けを求めるのは道理だろう。

 しかしここでまた二人には小さな疑問が頭をもたげる。

 

 

 ……何故自分たちなのだろう?



 二人には何故この少女が自分たちに助けを求めるのかが判らない。

 「神父さまは人を助けるのがしごとなんでしょう」と少女は言った。

 まあ正確には少し違うが似たようなものだから良いだろう。

 助けることが仕事だと思ってる少女が二人に助けを求めるのは自然なことでそこに別に不審な点などありはしない。

 それでも二人には疑問が残る。

 二人は見世物小屋の遠くでないにしても近くにはいなかった。(ようするに一番中途半端な距離にいた)

 二人よりずっと近くに見世物小屋には大勢とは言わないでも人がいたのだ。

 その近くの人々に助けを求めれば最初は渋るにしてもこの国の気質上、嫌だとは言えないだろう。

 幼い子供からの懇願なら尚更に。

 しかし少女はこの中途半端な距離にいる自分たちに助けを求めた。


 それに早過ぎやしないだろうか?

 火事だと知れてすぐに少女は二人に懇願しに来た。

 見世物小屋から遠いわけではないにしろ近くではない二人の許にだ。



 まるで火事が起こったのを知っていたかのように。



 少女が火の一番近くにいて真っ先に気付いたのならそうなるだろう。

 けれど煙は見世物小屋の奥から上がり始めた。

 たとえそこに少女がいても二人の許にその幼い足で来るにはやはり早過ぎるのだ。

 

 そして何よりそこまで時間は経ってないにしろ二人が渋って数分経つ。

 火の手が何処まで進んでいるか判らないが少女は立ち去る気配も他に助けを求める気配もない。

 焦っているようにも見える少女の姿は二人には落ち着いているようにも見えた。

 二人を説得する時間はまだあると確信しているようだった。二人は思う。

 この少女は火事が起こるのを知っていたのではなく……。






 


 火事を起こした張本人ではないのか、と。




 


 

 「ねえ、おにいさん」


 子供には似合わない大人びた笑顔で少女は微笑(わら)う。


 「たすけてくれるよね?」


 確信したようなその笑みに二人は仕方がないと白旗を上げ頷いた。

 それを見て少女は満足そうに笑った。



 ◆



 ぱちぱち何かが爆ぜる音がする。

 視界が黒い煙に覆われてきて喉も痛い。

 大慌てで逃げた男や女の誰かが火事だと騒いでいたから火の手が迫ってきたのだろうと予想がついた。

 いつものように檻にもたれかかったままの態勢で『鬼』と呼ばれた白い少女はぼうっと黒い煙を見つめている。

 赫いその瞳が揺れることはやはりない。

 火の手が迫ってきている今でも「ああ、死ぬのか」と他人事のようにぼんやりと考えるだけだった。

 

 死にたいと思っていたわけでもないが生きたいと思っていたわけでもない。

 ここに来たときから死んだように生きてきたのだ。

 それがただ本当に死ぬだけ。

 何も変わりはしない。

 

 死を怖いと思うことはない。

 生きていたって自分には何もないのだから。

 だから怖いと思うことなんてない。

 何も感じない。



 そっと瞳を閉じ少女は眠るように息を()く。

 煙を吸いすぎたのか思考がぼやける。



 楽になれるのだ。

 これでやっと静かに眠れる。

 何も恐れることなど無い。















 …………………………………………………………………本当に?



 



 思考が完全に途切れる寸前。

 覚えのある小さな手が自分に触れた気がした。



 ◆



 「もう、あんたたちがしぶるもんだから思ったよりも危なかったじゃない!!」


 ライとクラウディの先陣を切りながらおかっぱ頭を手櫛で軽く整え走る少女は声を荒げる。

 どうやら自分の予想より長く二人が渋ったことに関してひどく御立腹らしい。


 「ええー……まあそれは悪かったって思ってるけど……。君ってそっちが素?」

 「なに?もしかしてあれが素だとでも思ってたの?あんなの客寄せ用にきまってるでしょ」


 ぎろりと睨まれてライは軽く肩をすくめる。

 どうやら本当にこれが少女の素らしい。

 ちらりとクラウディの方を見るとその背に背負われた『鬼の少女』が目に入る。

 

 


 彼らが少女に急かされながら鬼の少女を助けに行くと火の手はもうすぐ傍まで迫っていた。

 檻の中でぐったりともたれかかっている彼女を見て少女は慌てて檻の鍵を開けて脈を確認し、まだ生きているから急いでと二人をどやし足に嵌っている枷も外し(鍵がないので針金で開けた。俗に言うピッキングである)クラウディに背負わせ更に人に見つかるとまずいと裏口を通って今に至るのである。


 「あそこを抜けたらあんたたちが来た道だから」


 自分の案内はここまでだと言外に少女は言い、クラウディに背負われている鬼の少女をじっと見る。

 

 「一応聞くけど火をつけたのって……」

 「あたしよ」


 ライの問いにきっぱりと少女は答えた。

 あまりにも潔い答えにライの方が狼狽えてしまう。


 「いっておくけど。別にそいつをたすけたいとかで火をつけたわけじゃないから」


 なまえだって知らないしと少女は吐き捨てるように言って鼻で笑う。

 そう言われて益々ライ困惑し首を傾げる。

 

 「なら何故?」

  

 ライが疑問を口にするより先に今度はクラウディが怪訝そうに少女に尋ねた。

 少女は何か考え込むように暫く黙って呟く。


 「……………………らいなの」

 「え?」

 「あたし、そいつきらいなの」


 これまた予想外な答えにライはクラウディを見るが彼もライと同じように小首を傾げ柳眉を顰めるている。

 少女は更に畳みかけるように淡々と言葉を紡ぐ。


 「そいつだけじゃなくてあそこにいる奴ら全員きらいなんだけどね。だからそいつがいなくなったらかせぎ頭なくなるでしょ?そしたらあそこにいる奴らみーんな困って良い気味じゃない?」


 くすくすと楽しそうに少女は不敵に笑う。

 どうやら相当根性捻くれた子のようだ。

 うわあ、可愛くないとげんなりしているライを余所にクラウディがもう一つ疑問を言う。


 「俺たちを選んだ理由は足がつかないからか?」

 「……それももあったけど。あんたたち『ふつう』じゃないでしょ?」


 これには流石にクラウディも驚いたらしく目を瞬かせた。

 

 「あたし、あそこではたらく前は物盗りしてたから人を視る目はあるの。あんたたちのしぐさって『ふつう』っぽくないのよ。別にあからさまに変ってわけじゃないのよ?何て言うかはっきり何してたのかわかるってわけじゃないけど多分あたしみたいな奴じゃないかなって……。『ふつう』じゃないなら多少のアラゴトもだいじょうぶだろうし……」


 まあ、女のかんよ、とどこか自慢げに少女は胸を張って言う。

 随分と良い目だとライも感心して笑い、クラウディはパチパチと2、3回手を鳴らした。(意識のない人間?を背負ったままでやるとは随分と器用なものである)

 それに少し照れたのか唇をとがらせもういいでしょ、っとコホンと一つ咳払いをしてみせた。

 その仕草がどうも少女には似合わず思わず吹き出してしまったライに少女が上目遣いに睨むので怖い怖いと笑って肩を竦めた。

 

 


 「それで、話の流れから察するにこの女の世話を俺たちに任せるのか」




 クラウディの言葉にスッと少女が目を細めて口角を上げた。

 先程の子供らしさは一気に成りを顰めその目は相手を見定めようとする目だった。

 その変わりようにライは猫のようにその美しい碧の瞳を細め微笑む。


 「あはっ、もしかして本気?お譲ちゃん?」


 笑いながら少女と視線を合わすようにしゃがみ込むライの瞳はまるで得物を定めていたぶり倒そうとしている猫そのものだ。

 クラウディはそんなライの様子に敢えて何も言わず自分の背にぐったりともたれかかったままピクリとも動かない今、話の中心にある『鬼の少女』に眼をやる。


 病的な細さや青白さも相まってまるで死人のようだ。

 白い着物は死に装束のようで小さく伝わる鼓動の音がなければ運んでいるのは死体なのではないかと勘違いしそうになるほどだ。

 羽のように軽いとまでは言わないが幾らなんでも軽すぎると背負った時に眉を顰めたほどだった。

 唯一白以外の色彩を持つ赫は今は伏せられており見ることはできない。

 髪に挿していた椿は恐らく走っている際に落としたのだろう、気付けば無くなっていた。



 ――――まるで全ての色が抜け落ちてしまったかのようだ。



 未だ起きる気配のない『鬼の少女』から眼を離し頬杖をついてにこにこと喰えない笑みを浮かべるライとそんなライから目を放さない子供らしくない少女を見る。

 見定めるようにしていた少女がライと同じようににっこりと子供らしすぎて逆にどこか不自然な笑みを浮かべた。


 「うん!そうしてくれたらあたし、うれしいなあ。お兄ちゃん」

 「ええー、でも僕たち今放浪中だから困るんだけどなー……」

 「だいじょうぶだよー。お兄ちゃんたちつよいんでしょ?」

 「買いかぶり過ぎだよ~。そんなことないよ」


 うふふ、あはは、と傍から見たら仲の良い会話をしているようにも見えるがやっていることは腹の探り合いである。

 火花が散って見えるのはクラウディの気のせいではないだろう。

 火花を散らしていた二人が埒が明かないと判断したのだろう、少女が挑発的な目つきでライを睨み、それにライも負けじと好戦的な目つきで迎え撃つ。


 「それにこのままだったら君も困るでしょ?僕らは下手したら誘拐犯だし君は放火をして僕らを誘導した共犯者だ。バレたらいくら子供でも危ないんじゃない?」

 「ばかにしないでくれる?あたしがそんなヘマするわけないじゃない。それにあそこは後ろ暗いことしまくってるんだから下手にそういうとこにおせわになれないのよ」

 「…………君本当に子供らしくないなあ」

 「あんたこそせいかくわるいってよく言われるでしょ」

 「ああ、そいつは性悪だ」

 「君はどっちの味方なのクラウディ!?」


 しまった声に出てたらしい。

 恨みがましくしゃがんだまま睨んでくるライをクラウディは素知らぬふりで通した。

 ぷっと少女が吹き出すのを見てライが軽く少女を小突く。

 痛いと少し大袈裟に言い笑いながら少女はその手を払った。


 「だが実際問題ばれたら俺たちはともかくお前はどうするんだ?」

 「……何よ?しんぱいしてくれるわけ?」


 茶化すように言う少女に先を促すようにクラウディはじっと少女を見た。

 感情の読めないその瞳に心配そうな色が見えた気がした。

 バツが悪そうに少し唇を尖らして少女は髪を弄る。


 「……ふん。まあとにかくそいつあんたらがどうにかしてよ。あたしもうそろそろもどらなきゃいけないから。あんしんして。今日いっぱいでいどうするとか言ってたし。火を消すのとまどってるみたいだったからすぐそいつのことはあきらめるわよ」


 少女の中ではもうライとクラウディが引き取ることが決定事項らしい。

 何の戸惑いもなく踵を返し来た道を引き返そうとする少女の背にクラウディが言葉を投げかけた。


 「嫌いなのに助けるのか?」

 「……………だからたすけたわけじゃないわよ。むしろそいつにとってはあそこにいた方がしあわせだったかもしれないからいやがらせかもね」


 背を向けたままの少女が自嘲気味に笑った気がした。


 「あんたたちから見てもそいつって、変なんでしょ?どうせ周りからきみわるがられるんだったらお金もらえてた方が良かったかもしれないもの。でもそいつは元々外からつれて来られたらしいから、借りを返すならこれがイチバンかなって思っただけ」

 

 借りと言う言葉にライとクラウディは首を傾げる。

 相変わらず背を向けたままの少女が息を吐いた。


 「そいつは何とも思ってないだろうけど、あたしにとっては借りだったから返しただけ。いいめいわくかもしれないけどね」

 「迷惑かもしれないのにやるの?嫌われちゃうんじゃない?」

 「何言ってるの?べつにいいわよ。言ったでしょ?あたしは」


 ふいに言葉を切って少女が振り返る。


 



 「そいつ、『きらい』なの」




 

 可愛らしい無邪気な笑みを残して今度こそ少女は来た道を走って戻って行った。

 赤い着物が完全に見えなくなってライは溜息を吐いた。


 「はあぁぁぁぁ……。どうすんのさこの子」

 「さすがにこのままは目立つな」

 「別にいいけどさー……。なーんか完璧にハメられた感が……」

 「お前だってこうなるのは薄々判っていてハメられてやったんだろ」

 「……あはっ、ばれた?」


 軽く舌を出して笑うライに今度はクラウディが溜息を吐く。


 「だって何かこういうのギル神父っぽくない?」

 「そんなことだろうと思っていた」

 「いーじゃんかー、あはは。ギル神父とアリアちゃん元気かなー……」



 ◆



 赤い着物の袖を揺らしながら少女は来た道を走る。

 少女の中にあるのは達成感とほんの少しの空虚感。

 

 あの二人に決めたのはちょっとした賭けだった。

 どこか隙のない二人の雰囲気にきっと自分のような後ろ暗い過去があるのだろうと確信して声をかけたのだが正直ここまで上手くいくとは思わなかった。


 ……多分あの二人はわかっていたような気もするけど。


 あの二人の素性を詳しく知るわけではないし、どんな性格なのかも判らないがあの子を粗末に扱うことはないだろうとおかしなとこであの二人を信用してもいた。

 我ながらおかしなことだと苦笑する。


 ……借りはかえしたわ。


 借りと言っても他人からしたら本当に小さなことなのだ。

 

 頭を撫でられた。ただそれだけ。


 それでも少女からしたらとてつもない借りだった。

 他人からもらった初めての温もりだった。

 初めての感情だった。


 くすぐったいような恥ずかしいような暖かい感情。


 それだけで十分だった。


 けれど彼女からしたら別に対したことじゃないのだろう。

 最後にくれたあの言葉だって、きっと気紛れなのだ。

 初めての温もりに少女が戸惑っているなんて彼女は知りもしないだろう。


 少女にとって特別でも彼女にとっては特別でもなんでもないのだから。


 それでもいい。

 彼女に借りを返せるならそれでいい。

 少女にとって重要なのはそれだけだったのだから。

 そしてそれはつまり……。


 意地っ張りな少女の『借り』と称した精一杯の『恩返し』だったのだ。


 

 少女は思う。

 神様なんて一度も信じたことなどないが。

 もしも本当にいるなら。

 

 

 足の先に何かが当たる。

 下を見ると自分の赤い着物と同じ赤い椿が落ちていた。

 彼女に挿していた椿だろう。

 拾って髪に挿そうとして止めた。

 髪ではなく帯に差し入れる。


 この椿の花のようなあの()に映る世界がほんの少しでも優しいものでありますように。


 

 「……ありがとうはこっちが言うべきなのにね」


 ……だからきらいなのよ。あいつなんか。



 椿を帯に挿し少女は満足そうな顔をする。

 赤い着物の袖を揺らしながら再び走り出す。

 その足取りは軽くなっている気がした。


 

 
















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