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 おかっぱ頭の女の子の小さな手に引っ張られて先に行くライの後を特にペースを変えることなく追っていたクラウディが着いたそこは木造の小さな小屋のような建物だった。

 質素な小屋だと思い辺りを少し見回すと先程引っ張られて一足先にに着いていたライがこちらに軽く手を上げながらやって来た。

 

 「遅いよクラウディ」

 「別にそこまで待たしてないだろう。……一人なのか?」


 存外に子供はどうしたのかと聞いてくる彼にライは軽く肩をすくめて答える。


 「ここに着いて別れたよ。まああの子にもまだ仕事があるだろうしね」


 それよりちっちゃい子の背に合わすのは腰が痛いねとライがぼやきながら小屋の方へと足を向けると同時にクラウディも歩を進めた。

 自分たちを案内したおかっぱ頭の女の子よりは年上であろう少年や大人などが声をそろえて宣伝しているのが聞こえる。




 「皆さんお待ちかねの見世物小屋がいよいよ始まるよ~!!大イタチに大穴子、蛇女に唐傘お化け!!そして何と言っても目玉は世にも珍しい美しい鬼の少女!!お代は見てからで結構だよ!さあさあさあ入って入って間もなく始まるよ~!!」




 見世物小屋の常套句を口にするそれにクラウディが足を止め少し振り向く。

 それに気付いて足を止めたライが不思議そうにクラウディを見上げた。


 「何々?どうかした?」

 「いや……」


 どこか訝しげに眉を(ひそ)める彼の顔を見ながらライはああ、っと何でもないように歩を進め、それに続くクラウディに言葉を投げかける。


 「美しい鬼の少女ってのが気になったんでしょ。君はてっきりそういうのに興味ないかと思ったけどちゃんと興味あるんだね」

 「いや、別に美しいに反応したわけじゃないからやめろ」

 「えー、素直になりなよ」


 ニヤニヤと肘で腕を突いてくるライの頭を軽くはたきながら二人は見世物小屋の中に入る。

 意外と中は広くまだあと数人は入れそうな余裕があった。

 奥に舞台のようなものがあるそれの近くのまだあまり人が溜まっていない壁際に移動し、二人は壁に寄り掛かるようにして舞台を眺めた。


 「さっきの話だが……」

 「分かってるよ。あれでしょ?報告書に書いてあったやつが気になってるんでしょ。でもさ、こういう所って基本あてにならないじゃん。どうせ本物じゃないよ」

 「別に信じているわけじゃない。ただ少し興味があるだけだ」

 「まあ僕も興味はあるけどね」

 「それよりお前報告書で思い出したがやっぱりあれは……」


 せっかく流したお説教がまた再発しそうでライがしまったと冷や汗をかいていると入口の扉が閉まり辺りは一面の闇に包まれる。

 目が慣れるよりも先に舞台の上の篝火(かがりび)に火が点き舞台だけがぼんやりと光るように浮かび上がった。


 「あ、ほらほら始まるよ!」


 内心で助かったと呟きライは舞台を指差しクラウディはそれを見てまた深いため息を吐きだした。

 仕方無しにぼんやりと浮かぶ舞台のの上で軽い挨拶をする男を眺めながらこれが終わり次第改めて話の続きを始めようと静かに決心する。

 それに気付いたのかは定かではないがライは一つ身震いした。



 ◆


 

 指通りのいい絹のようなその髪に櫛を通すとさらりと音を立ててそれの細い肩に滑るように落ちる。

 いつも地味な色ばかり着ていた何かと自分の世話を焼くこの幼い少女は、今日珍しく赤い着物を着ていた。

 出番が近付くと檻の中に何食わぬ顔で入ってき、一言二言の言葉をかけて少女はそれの髪を梳く。

 それが少女の言葉に何か返したことはない。

 少女も別に何か返ってくると期待しているわけではないらしくすぐに無言で髪を梳くことに専念する。

 ほんの少しの間のことだけれどそれはこの時間が割と好きだった。

 少女の小さな手と櫛が少しくすぐったかったが、それを含めても好きな方だった。

 暫くそうしていると梳き終わった少女はそれの髪に一輪の椿の花を挿した。

 赤く美しいその花はそれの髪色によく映えた。

 挿した後少女はじっとそれの顔を見る。

 その行動を不思議に思いながらもそれはいつものようにそっと少女の小さな頭の上に手を置いて、滑るようにして二、三回撫でた。

 別にこの行為にそれと言った理由があるわけではない。

 ただ、これもそれにとっては日常で好きの分類に入るものだった。


 「……ねえ」


 されるがままに撫でられていた少女がそっと絞り出すような小さな声でそれに声をかけた。

 今まで自分に返答を求めてきたことがなかった少女が初めて自分に問いかけるようにして口を開いたことに驚き、それは目を瞬かせた。

 少女はそれから何か言おうとして口を閉じ、また開いて閉じるを繰り返し結局口を噤んだ。

 いつも何かと明け透けなくものを言う少女にしては珍しいとそれはまじまじと少女の顔を見る。

 すると居心地悪そうに少女は顔を逸らした。

 これもまた珍しいことだ。



 「おい、時間だ」



 

 檻の外にいた男がそう声を投げかけた。

 それを聞き少女は立ち上がり檻の外から出ようとする。

 それを視線だけで見送るのがそれにとってのいつもの日常だった。




 

 けれど、ふと……。





 魔が差したというのが正しいかもしれない。

 自分でも何故そんなことをしたのか分からない。

 少し目線を上げれば驚いた顔の少女がいる。

 檻から出ていく様子もない。



 

 ……当たり前だ。自分がこの子の袖を掴んでいるのだから。


 


 今日は珍しくよく表情が変わるものだと、自分の行動がそうさせたというのにまるで他人事のようにそれは思う。

 外にいた男もそれがこのような行動をしたことがないためかひどく驚いた様子でそれを見ていた。

 しかしすぐに我に返り少女を急かす。

 未だ驚き固まっている少女だが急かされたことで戸惑いながらもその手をはずそうとし、予想外に強く掴まれていることにまた戸惑う。

 それを見て焦れた男が中に入り二人を引き離そうとする前に意外なほどあっさりとそれの手はぱっと離れた。



 そして離れるその瞬間息を吐くようなか細い小さな声で呟いた。



 すぐ傍にいる少女でさえ聞き逃してしまいそうなほど小さな声量だったが少女には聞こえていたらしい。


 

 ――――驚いた顔をしていたはずの少女の瞳がゆらゆらと揺れた。



 ◆



 次々と色々な見世物が出てくる中ライは大きく一つ欠伸(あくび)をした。

 ライほど露骨ではないがクラウディも気だるげに壁に寄りかかり舞台に目を向けている。


 「何か……暇だね」

 「……そうだな」


 最初の頃はまだ良かったのだ。

 大イタチが大きな板に血糊(ちのり)が付いたものだったとか、大穴子が大きな穴に子供が入っていたものだとか、しょうもない駄洒落だがまあ、おもしろかった。

 しかし刺青の女性を蛇女だとかが続き流石に飽きてくる。

 これでは一番の目玉だとか言う美しい鬼の少女も期待できたものではないなと再びしそうになった欠伸を噛み殺しながら思う。




 「さあさあ皆さまお待ちかね!いよいよ鬼の少女のお出ましです!!」




 大柄な男がそう声を張り上げると辺りがざわざわと一層騒がしくなる。

 舞台の袖から男が三人ほどで大きな箱のようなものを持ってきた。

 よくよく見てみるとそれは大きな獣などを閉じ込めるときに用いる檻だった。

 随分と大がかりなことをするものだと思いちらりとその檻を見て、その中にいるものに二人は目を見開いた。



 ――――そこにいたのは15、6歳ほどの美しい白い少女だった。



 比喩でも何でもない本当に白い、まるで雪のような少女だった。

 異国から来た自分たちでさえ異様と思う色彩の少女だった。


 真白な着物から覗く手足は病的なほど細く白く、いっそ青白く篝火の灯りに妖しく映る。

 その足に嵌る枷がその白さのせいでより際立ち痛ましい。

 そしてその肌と同じように髪も白かった。

 老婆のような黄ばんだ白髪などではなく、透き通るような美しい純白と表現がぴったりな髪だった。

 その白さは光の加減で時折銀髪にも見える。

 髪に挿された椿の赤が嫌味なほどによく映えた。

 

 しかしライとクラウディが何より眼を奪われたのはその少女の瞳だった。

 



 


 長い睫毛に縁取られたその瞳は(あか)かった。






 夕焼けのような、血の色のような、紅玉(ルビー)のような赫だった。

 まるでガラス玉のような生気の無いその瞳はどこか遠くを眺めており、まるでここにいる全てが眼に入っていないようだった。



 「この白い髪、赫い瞳、まさにこの世ならざる者!そしてこの異形を引き立てるような美しさ!!しかし皆さまこれだけではありません。今からこの者が人でないということを証明しましょう!!」



 大袈裟(おおげさ)な身振りでそう言った男は腰に差してあった小太刀を取り檻の隙間に手をいれ少女の華奢な腕を引っ張り出し、あろうことかその腕に小太刀で傷を入れたのだ。

 その場にいた全員が驚き息を呑む音や小さな悲鳴が聞こえた。

 切られたその傷口からは思いのほか傷が深かったのか血が溢れ腕を伝って落ちる。

 青白いその腕に血の赤はひどく目立ち痛々しく誰もが眉をしかめるものだった。

 

 だが人々の目つきは痛ましい者を見る目つきからすぐに驚愕へと一転する。




 何故ならその少女の腕の傷はすぐに癒えたからだ。




 瞬きをした次の瞬間にはその傷はみるみる塞がり、残ったのは腕を伝う赤だけだった。

 



 

 「どうですか皆さま!!この常人ならざる傷の治りの早さ!(つの)こそありませんがこれぞまさしく鬼の姿!!ああ、何とおぞましく美しいのでしょうか」




 

 どこかうっとりとした声音のそれも、人々の奇異の目も、嘲笑も嫌悪も全て届いていないのだろう。

 少女のその赫い瞳は揺れることなく何の感情も読み取れなかった。 






 「いや、何か最後のあの子。すごかったね」

 

 出口に向かうライはポツリと呟いた。

 未だ興奮が冷めぬような、混乱したような複雑な声だった。


 「でもあの子が本当に鬼だったら僕たちより強いのかな?とてもそうは見えないけどなあ……」


 むしろ折れちゃいそうだしとライはちゃかすように言い、押し黙る。


 「……別に鬼だろうが少し治癒力が高い人間だろうがもう会うことも無い」

 「えー、せっかく興味のある鬼の子に会えたのに何それ」


 淡々としたクラウディのその物言いにライはふくれっ面をする。

 その頬を軽く突いてクラウディは続ける。


 「だがまあ……」

 「うん?何?」

 「何であろうとあの見目だ。苦労はするだろう」


 そう言って黙ったクラウディの横顔をライはじっと見て、自分も黙って前を見て出口に向かって足を速めた。

 




 外に出ると抜けるような青空はすっかり夕暮れになっていた。



 ――――血を流したような夕焼けだ。



 この夕焼けの色は嫌でも先程の少女の瞳を思い出す。

 頭を振り思考を今夜の宿へと向ける。

 その一連の行動を見ていたクラウディは何を考えているのかわからない顔でライをじっと見ていた。

 それに気付いたライほ慌てて言葉をかけようとして悲鳴に遮られた。



 「火事だ!見世物小屋から火が出たぞ!!」



 それを聞いた人々は悲鳴をあげて逃げる者や、火を消そうと水を取りに行く者など様々である。

 驚いて振り向くと見世物小屋からは確かに煙が昇っていた。

 クラウディを見ると少し目を細めてその立ち昇る煙を見ている。

 

 「えっと……どうする?」

 「どうするも何もあれぐらいならすぐ消えるだろう」


 そう言ったクラウディはさっさと踵を返し歩き出そうとしたが「うぐっ!?」と小さな呻き声をあげて立ち止まった。

 見るとあの自分たちをここまで案内した女の子がクラウディに飛びつきその頭が鳩尾に入ったらしい。

 実に綺麗に決まっている。

 必死に笑いをこらえて歩み寄る。 

 笑ったと知れたら後が怖いのである。

 

 「ナイス頭突き」

 「遺言はそれだけか」


 ……しまった本音が出た。


 聞こえなかったフリをしてクラウディに下ろされた女の子を覗き込むと彼女は必死な顔で二人に言い募った。


 「おねがい助けて!!」

 「へ?」


 その予想もしていなかった言葉に思わずマヌケな声を出してしまった。

 

 「神父さまは人を助けるのがしごとなんでしょ?うごけない子がいるの!おねがい」

 「ええっと……」

 「誰を助けてほしいんだ」


 言い淀むライに被せるようにクラウディが尋ねると、彼女はクラウディを見上げて言った。




 「鬼のおねえちゃん」






 




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