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 外がにわかに騒がしくなってきた。

 最初は静かだった周囲も次第に外の喧騒につられる様に騒がしくなり、人の声や足音をとても近くに感じ、檻の中でもたれる様にして眠っていたそれもうっすらと目を開ける。

 長い間そこに座るようにして眠っていた身体はすっかり固まっており、それをほぐそうと身動(みじろ)ぎすると病的なほど細いその足首にはまった枷がジャラリと音を立て、揺れた。

 もう充分に人肌に温もっている枷がはめられたのはいつだったのかなどそんなことはとうの昔に忘れてしまった。

この足にはまった枷も、目が覚めた時に一番に目に入る檻もそれにとってはもう日常の一つだった。

 薄暗いこの檻の中では朝も夜も関係なく、やることもないから思考に耽っては眠りにつく。

 そしてまた考え気付けば眠りについている。それの繰り返しだ。

 ふと、それは自分が腹を空かしていることに気付いた。

 檻の中を見渡すが今日は何処にも自分の食事が見当たらない。

 何故だろうかとぼんやり考え、そういえばと思い当たる。まだ今日は一度も何かと自分の世話を焼く自分よりもずっと幼い少女の姿を見ていないのだと。

 その少女が定期的に自分の食事を運ぶのもそれにとっては日常の一つだった。

 そうして何故少女の姿が見えないのかと考え、再び思い当たる。


 

 ……ああ、もうすぐ始まるのか、と。



 ◆



 少し前までは閑散としていた店内もお昼時が近付くにつれ次第に人が増え、今ではすっかり満員状態とり騒がしい店内では女中が注文を聞いたり運んだりと忙しなく動き回り、注文を受けた料理人も額に浮かべた玉の汗を手拭いでぬぐいながら次々と料理を作り時には客の相手をしながらと実に忙しそうである。

 客は仕事の休憩時間に来たのか急いで食べる者から話しながらゆっくり食べる者など様々だ。

 そんなごった返しの店内に一際目立つ二人組がいた。

 一人は漆黒の髪に紫の瞳の美丈夫。そしてもう一人は一見少女と見間違えてしまいそうなほど可憐な容姿をした金髪に(みどり)の瞳を持つ美少年だった。

 顔立ちから異国の者ということやその服装で聖職者であるということは一目瞭然だった。

 しかし最近では観光地と人気が高いこの国では異国の者を見ることは少なくなく皆さして気にすることなくそれぞれの食事へと集中する。

 時折若い娘や既婚者らしき女性などがチラチラと彼らを見てほう、と頬を染める。

 それを当の本人たちは慣れているのか特に気にすることなく食事をしながら先程のことについて話していた。


 「さっきのおじいさん。南雲津軽(なぐも つがる)って言うんだね。良い身なりしてたから金持ちだろうなとは思ったけどまさかあれほど大きい店を持ってるとはね」


 自分たちが見た店の大きさを思い出しケラケラと笑いながら去り際に貰った巾着に入っていた名刺を指で遊ぶ。ついでに入っていたお金の数を数え昼食代浮いたねと向かいに座っている青年に声をかけた。

 青年の方は食事をしながら空いている片手で一枚の紙をズボンのポケットから取り出し一通り眺め、少年に手渡す。

 それを受け取った少年はその紙を小さく小さく折り畳んでいき、最後にはグシャリと丸めて離れたところにあるごみ箱に投げ捨てた。

 それは綺麗な放物線を描き吸い込まれるようにごみ箱の中に消え、それを見ていた何人かが驚いていると誰かが「やるな兄ちゃん」などと笑ってはやし立てたのを皮切りに店内が拍手に包まれる。

 それを受けた少年が真面目な顔で「全ては神のお導きです」などと言うものだから今度はどっと笑いに包まれた。


 「おい……」

 「いいじゃん別に。あの報告書はもう内容覚えてるし、誰が見たってもう僕らには関係ないんだしさ」


 青年が柳眉を逆立て少年を見るが少年は肩をすくめて見せるだけだった。

 なおも言いつのろうと口を開いた青年より先に少年は言葉を紡いだ。


 「それにしてもアパタイトって平和な国って書いてあったのに来てそうそうあんな奴らに出くわすなんて驚いたよ」


 強引に話題を変えた少年に青年はため息をつき、そうだなと肯定の意を返した。


 「だが他国に比べればずっと平和だろう。あんな良い身なりをした年寄りが一人でうろつこうと考えれるぐらいにはな」

 「それもそうかあ……あんなのカモにしてくれって言ってるようなもんだよね」


 まったく不用心だなあ、とお茶を啜るがすぐにお茶を元に戻し、女中に水を頼み、持ってきた女中に笑顔でお礼を言った後水を一気に飲み干した。

 熱かったようだ。

 

 「ここにはどれくらいいるか決めてるのか」


 若干涙目になっている少年を無視して青年は問う。

 

 「君って本当に冷たいよね。もうちょっと心配とかしてくれてもいいんじゃないクラウディ?」

 「俺がこうなのは後輩のお前が一番判っていると思っていたがな。ライ」


 暫しお互い睨みあい、先にそらしたのは少年(ライ)の方だった。


 「そうだったね。君はフェンリルにいた時からそんな性格だったよ」


 恨みがましげに呟かれた言葉に青年(クラウディ)はやはり何の反応も示さなかった。



 ◆



 機械国家ベリルにある組織『フェンリル』。

 凄腕の傭兵集団でその任務達成度はほぼ百%と言われる。

 相応の対価さえ払えば基本的にはどんなことでもやる暗殺集団というのがその組織を知っている者たちのフェンリルに対する評価だった。

 フェンリルにいる者は皆幼い頃から徹底的に教育された精鋭たちで構成された集団だ。

 暗殺業を叩きこまれることは勿論、語学、マナー、作法、などどんな任務でもこなせるように教育される。

 それらをこなせない者から順にいなくなるということは珍しくなく、実際気付くと知っている顔が消えているということは多々あることだった。

 何よりその教育課程をクリアしたとしても任務で失敗すればその者に次の機会など与えられることはない。それは失敗すればそのターゲットに返り討ちにされるというのはもちろん、何とか逃げ切っても今度は組織によってどの道潰されるのだ。

 それがフェンリルが任務達成率百%を誇る理由でもあった。

 そんな組織で育ったのが『クラウディ・イェーガン』と『ライナス・エヴァンズ』だった。

 二人ともどんな経緯でこの組織に入ったのかは覚えておらず、自分たちの親の名前どころか、顔すら知らなかったが、親がいないことを疑問に思うことも二人は無かった。

 いや、そんな思考に耽る余裕など無く、常に生きるか死ぬかが二人にとって全てだったのだ。

 幸か不幸か二人にはそこで生きれるだけの能力があった。自分たちの同期がだんだんと減っていく中、二人は生き残り続けたのだ。

 そのうちクラウディはライの教育を先輩として教えることになり二人は基本セットとして任務に駆り出されることが多くなった。

 もともとその態度で誤解されがちだが面倒見のいい性格のクラウディに人との触れ合いに飢えていたライは自然と懐き、任務以外でもクラウディにくっついて回るようになり、さながらそれは親鳥の後を追う雛鳥のような姿だったと後に語ったのは組織の者である。

 そうして段々とライが一人で行く任務も増え、同期の中でもその頭角を現し出した時に事件は起きた。

 組織のトップや、それに近い階級の者たちが何者かに次々に殺されていったのである。

 フェンリルはトップの中にもいくつものグループに別れており本来は一人二人殺されてもたいした痛手にはならないのだがそのグループの全てが数日間のうちに機能不能に追い込まれたのだ。

 当然組織は大混乱に陥り、任務や教育どころの話ではなくなりライたちは部屋で待機と命令されその通りに、ライはいつ呼び出されてもいいように待機していた。

 大人しく部屋で待機しているライのもとにやってきたのは上官ではなく、クラウディだった。

 てっきり上官だとばかり思っていたライは滅多なことでは自分から部屋に来ないクラウディが来たことにひどく驚いた。

 どうしたのかというライにクラウディは組織を抜けると普段の彼と全く変わらない淡々とした口調でライに告げた。抜けるという言葉にライはひどくうろたえた。

 ライにとっての世界はこのフェンリルという組織の中だけで、その世界を抜けることなど考えたことも無かったからだ。

 いや、無意識に自分の中での恐怖がその思考にセーブをかけていたのかもしれない。

 驚いて何も言えない自分にクラウディは手を差し出し、言った。


 

 ――――一緒に来るか、と。



 考えるよりも先にその手をライは握っていた。

 もちろん組織を抜けるということは容易なことでないことも分かっていたし、捕まれば殺されるという恐怖もあった。

 しかしそれ以上にこの手を取らなければライはここでクラウディと別れることになる。

 その事実が彼にとって何よりも怖かった。

 手を取ったライに満足そうに笑い頷く彼に手をひかれながら、クラウディが笑うなんて明日は本当にないかもしれないと失礼極まりないことを考えたライはすぐに頭を叩かれた。

 


 ◆



 そこからとんとん拍子に事が運んだ。

 クラウディがあらかじめ色々と準備をしていたらしく、組織がまだ混乱しているのもあり拍子抜けするぐらい簡単に組織を抜けれたのである。

 一番の問題だった住居の確保もクラウディの伝手でとある教会に行きそこの初老の神父と孫娘に暫く厄介になることになった。

 教会は常に中立の立場であるため組織の者であろうと迂闊に手が出せないのだ。

 よくそんなとこに伝手があったものだとライは感服するしかなかった。

 しかしそう長いこと迷惑をかけることもできないので、どうせならと世界を気ままに回ってみることにしたのだ。

 そこで選別にと渡されたのが自分たちがそこにいる間に着ていたこの神父服と今自分たちが着けている十字架のペンダントだった。

 いつでも帰ってきなさいと送り出してくれた神父を見て、父親というのはああいうものなのかと思ったのはきっとライだけではないだろう。


 そうして彼らは今観光としてこの国に来ていた。


 食事を終えた彼らは店を出てブラブラと町を見て回る。

 そこまで大きな町ではないが活気があり、人々はとても楽しそうにしているのが印象的な町だった。

 様々な店に目移りしていると背中辺りにトン、と軽い衝撃がした。

 殺気がないから気がつかなかったと物騒なことを考えながら、ライが振り向くとそこにいたなはおかっぱ頭の赤い着物を着た女の子が立っていた。


 「お兄さんたちいこくの人でしょ?」


 子供独特の高い声が言う。


 「うん、そうだよ。今観光してるんだ」

 「そうなの?じゃあ、わたしたちのお店にきてよ」


 子供の視線に合わすようにしゃがんだライに女の子は笑って紙を差し出す。

 それを受け取ったライ目を通した後クラウディに渡した。


 「見世物小屋?」

 「うん。めずらしいモノがたくさんあるんだよ。とってもおもしろいから来てよ。ね、あんないするから。いいでしょ?」


 じっと自分を期待するように見る目を見てライはクラウディに視線だけを投げかける。それに軽く目を伏せることで返したクラウディにライは笑顔で頷き返し女の子に向き直る。


 「うん、案内してくれる?」

 「やった、ありがとうお兄さんたち!」


 こっちだよと手を引かれるライの後をクラウディはゆっくりととついて行く。

 聖職者が見世物小屋に行くのは大丈夫なのかと的外れなことを思いながら。

 













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