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残酷描写を含みます。

 ゆっくりと堪能するかのように雪姫の顔から離れた楓は胡坐をかいてその膝上に肘を置く形で頬杖を突く。 


 「さて、吾輩達の契約は成されたし愉しませてくれたお礼に君に御褒美をあげよう」


 〝御褒美〟という言葉に雪姫は思わず眉を顰める。あまりにも嫌そうな雪姫の顔とは対照に楓は愉しそうににんまりと口の端を歪めた。

 雪姫の嫌いな冷ややかな三日月のような笑い方だ。

 嫌な予感しかしないがこの男を愉しませる代わりに情報を貰うと約束したばかりなのだから下手なことはすまいと思いなおし雪姫は楓をじっと見据えた。

 それがまた面白くて堪らないと言った風に楓は声を漏らす。


 「(ゆかり)

 「え?」

 「君が求めてやまない〝あの子〟の名だヨ。縁と書いてゆかり。名は体を表すと言うけれど、嗚呼、何て美しくて皮肉な名前なんだろうネ」


 楓の人を逆なでするような声も言葉も今の雪姫には届いていない。(それを判ってい尚話しているのだろうが)

 

 求めて求めて、いっそ焦がれていたあの少女の名前。

 それをやっと自分の口で、声で紡げることに雪姫は喜びで打ち震える。胸が僅かに痛みを伴うがそれでも雪は歓喜していた。


 「…………ありがとう」


 笑みは自然に零れていた。

 今にも泣いてしまいそうな儚い微笑みだった。


 それを見て楓はきょとんとした顔をしたように雪姫には見えた。

 少しだけ考え込むように首を傾げて頭を掻く。心底意味が判らないといったような動作だった。


 「本当、意味が判らないヨ。これは君が吾輩を愉しませたからこそ与えられたものなのにそれに謝辞まで述べるなんて……。ふぅむ、判らないなぁ……」


 そう呟く時だけは年相応に見えた。

 しかしすぐに楓はいつもの人を不快にさせるような笑みを浮かべ雪姫を見た。


 「まあいい。さて、いい加減彼等を出してあげなければネ」


 にやにやと楓は哂って言った。



 ◆



 突然の女の登場に楓以外の全員が驚き、淡々と吐き出される棘のある言葉に呆気に取られ、楓の頼みごとに反応するのが暫し遅れた。

 

 「銀の、鬼……?」


 無意識に呟かれたのであろうその言葉は雪姫の口から零れたものだった。

 赫と蒼が交わる。


 「……やはりあなたは銀鬼に連なる者だったのですか」


 黄昏時の瞳を持つ女、玉虫は納得したように頷いた。

 それにはっとした雪姫は慌てて頭を下げる。


 「あ、い、いつぞやはその、ありがとうございました」

 「御気になさらず。可愛らしいあなたに良く似合う帽子でしたから、あなたが悲しまずにすんだだけで充分過ぎる礼に私にはなっています」


 さらりと言われた言葉と優しい微笑みに同性であるはずなのに鼓動が跳ね、雪姫の顔は赤く染まる。

 それを見て更にライは茫然としていたがクラウディが雪姫を見る。


 「知り合いか?」

 「あ、あのね、帽子を取ってもらったの」


 その言葉にすぐに合点がいったといった風のクラウディは次に玉虫に目を向ける。


 「銀の鬼の許に行くのは何故だ」

 「名乗りもしない礼儀のなっていない男に話すことはありません」

 「…………」


 取り付く島も無かった。

 遠慮なく笑い転げる楓と必死にそれを堪えているライを極寒の鋭さで睨んだクラウディにライは咳払いで誤魔化し満面の笑みで玉虫に近付きその手をそっと取った。


 「ごめんね、君があまりにきれいだから名乗るのを忘れていたよ。僕は……」

 「…………不愉快です」

 「へ?」


 普通の女性ならすぐ落ちたであろうそのライの手口はどうやら彼女にとっては逆効果だったらしい。

 掴んだ手を振り払われると同時に鳩尾に鋭い拳を入れられライは蹲って悶絶した。

 それを玉虫は絶対零度の眼差し見下ろしていた。唾でも吐きそうな雰囲気だ。

 楓は遂に過呼吸気味になり、クラウディもこれには流石に呆気に取られていた。雪姫はポカンと口をあんぐり開けてその一連の流れを見ていた。


 「不愉快です。下劣です。不潔です。みだらに婦女子に触れてくるなど破廉恥極まりないです。あなた方の国では普通だったのかもしれませんがここは違います。郷に入っては郷に従え、です」

 「端的に言ってくれないカナ?」

 「触るなこの助平が、です」


 もう笑いすぎて息をしていないんじゃないかという楓を心底気持が悪いと思った雪姫だがそれは敢えて気にせずライ駆け寄って背中を摩ってやる。

 それを見て玉虫がほう、と息を吐いた。


 「お優しいのですね。そのような色魔を労わってやるなんて」


 先程から随分と酷い言われようである。

 雪姫は最初の雰囲気とはずいぶんかけ離れた玉虫に対してどう接していいのか判らず、取り敢えず名乗ることにした。無論悶絶しているライの背を摩ったまま。


 「わたしは……雪姫、です」


 一瞬、性を言おうかと迷ったが結局雪姫は名乗ることを止めた。

 玉虫は蹲っているライには目もくれず雪姫に微笑みかけた。


 「雪姫さん、ですか。あなたに良く似合う美しい名ですね。私は玉虫と申します。以後お見知りおきを」


 この違いである。

 もしかしてこの人男性を極端に毛嫌いしてるのかと雪姫とクラウディ思っていると意外なところから否定が入った。

 笑い死にそうになっていた楓だ。


 「そうじゃないヨ。彼女たち青鬼は皆気位が高いのもあるけど何より一途なんだヨ。心に決めた相手以外、たとえ親、兄弟であっても七つを超えると触れ合いを許さなくなるからネ」

 「……先に言って欲しかったよ……っ」


 地の底を這うような声でライが呟いて立ち上がる。こめかみに青筋が出ている辺り本気で切れかかっているようだ。

 穏やかなライがそうなるのを初めて見た雪姫は思わず背筋を震わせた。

 しかしそんな雪姫に気付いたライが泣きそうな顔をして謝って来た。


 「ご、ごめんね、ごめんね!怖かった?えっと、ごめんね!!」


 その顔がまるでこの世の終わりのような悲壮な顔していたものだから今度は雪姫の方が申し訳なくなって泣きそうになる。


 「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしただけだよ」

 「ほんとに?怖くない?…………怖くない?」


 泣きそうなその目に浮かぶ明確なその不安は雪姫を通して別の誰かを見ているようだった。

 何故かそんな気がした雪姫はいつもライがしてくれるように相手が安心できるような笑顔を努めた。上手く出来ているかは不安だがそれでもライが少しでも安心できるようにと。


 「うん、怖くない」


 その二人のやり取りをクラウディは何の感情も見えない瞳で見据えていた。

 楓は相変わらずにやにやと哂い、玉虫も興味深そうに眺めている。

 

 雪姫の言葉と表情に安心したのかライは眉を下げてへにゃりと笑った。

 どうやら漸くいつものライに戻ってくれたようだと雪姫はほっと息を吐いた。


 ライは玉虫の方を向いて苦笑した。


 「ごめんね。そうとは知らずに触っちゃって。僕はライナス。ライでいいよ。改めてよろしくタマちゃん」

 「いえ、こちらこそ突然の暴力に寛大な対応感謝します。……あなたのことを少し誤解していました。無礼を詫びます」


 丁寧な謝罪とお辞儀をして玉虫はライを見た。

 そしてちらりとクラウディの方に目を向ける。


 「クラウディだ」

 「玉虫です」

 「……」

 「……」


 何となく判ってはいたがどうやらこの二人絶望的に相性が悪いようだ。

 重い空気を払拭させるためにライはわざとらしく明るい調子で会話を続けさそうとするよりも先に楓が口を挟んだ。


 「そろそろ本題に入った方が良いんじゃないかい?」

 

 玉虫がきつく楓を睨んだ。

 怒りに燃えるその瞳をきっと楓は面白くてたまらないような酷くつまらないようなそんな瞳で見返しているのだろう。口元は歪めたまま。

 くつくつと喉を震わす楓を見て冷静さを取り戻したのか、したふりなのかは判らないが玉虫は踵を返して玄関へと向かう。


 「着いて来てください。話は歩きながらしましょう」


 異論は許さないといった雰囲気に三人は少し逡巡したが、どの道やらねければいけないのだからと玉虫に続いて戸を潜った。

 

 一人になった楓は更に笑みを深める。


 「嗚呼、何て愉しいんだろうねぇ」


 羽織っている着物に咲く大輪の椿に指を這わす。

 そのまま着物を口元まで運んでそっと椿に口付けて、哂った。



 ◆



 無言で歩き続ける玉虫の後を追っているうちに三人は人気のない場所へと進んでいたがついには鬱蒼とした竹林の中に入って行った。

 同じような景色しかないこの場所で不思議なほどに軽い足取りで玉虫は続いていく。迷う素振りは欠片も見せない。

 しかし先程から始終無言なうえに入ったことのないこの林はお世辞にも良い場所とは言えず雪姫は段々と不安になり堪りかねて玉虫の名を呼んだ。

 そこで漸く玉虫は歩きながらではあるがこちらを振り向いた。

 反応してくれたことにほっとした雪姫はそのまま尋ねることにした。


 「どこに行くの?」

 「我らが当主。蜻蛉かげろう様の許まで案内致します」

 「……どんな人?」

 「お優しくて聡明な方です。見目のみならず御心まで美しい方ですよ」


 隣に並んだ雪姫は玉虫のその優しい表情を見て本当に尊敬しているのだなと思い、ついでとばかりに色々尋ねてみることにした。


 「玉虫は、その人が好きなんだね」

 「はい、当然です。私はあの方の為ならばこの命を捨てても構いません」

 「……その人になら触れられても構わないの?」

 「可笑しなことをおっしゃいますね。私はあの方に仕える巫女の一人なのですから触れられなくてどうします?」

 「え、そうなの?でも親とか兄弟でもだめなのに?」

 「ええ、そうですよ?それの何が関係あるのですか?」

 「……そ、そういうものなんだ」


 やはり当主ともなると特例なのだろうと雪姫は取り敢えず納得することにした。

 二人の会話を聞いていたライとクラウディはふと雪姫がまだ一族について詳しく知らないのではないかということに気が付き、何か勘違いしている雪姫にそのことを告げようとしたが会えば判るだろうと黙ることにした。


 「私はあの方に仕えているのですから勿論朝餉の支度から就寝まであの方が困ることがないよう努めるのが巫女の仕事です。ですがお優しいあの方は稀に禊を共にしようと言われるのが少々の困りごとでもあります」

 「み、禊!?そ、それって大丈夫なの!?」

 「当然主であるあの方と共になどとは恐れ多くて……。何より禊をしているあの方は余りにも神々しくてそこに入っていこうなどとは我ら巫女は考えもできません」

 「え!?見てるの!?」

 「でないと着替えを手伝うことが出来ないではありませんか?」

 「……た、大変なんだね」

 「そのようなことはありません。私たちは巫女として誇りに思うことはあれど、大変などと思うことは決してありません」

 「へ、へぇ……」


 決して微妙に噛み合ってない二人のやり取りが見ていて面白いとかそういうわけではない。

 そうこうしているうちに目的の場所に着いたらしい。そこは一件の民家だった。人から身を隠すような場所に建っているという以外は別段変った様子の無い一軒家だ。

 

 そうあるはずだった。


 「……酷い……っ」


 その家の前に倒れているのは玉虫と同じ巫女装束に身を包んだ女性だった。

 ある者は四肢がばらばらにされ、ある者は首だけが無く、またある者は苦悶の表情で絶命していた。

 口元を押さえて吐き気に耐える雪姫の視界からそれらを隠すようにライが前に立ちクラウディが辺りを見回す。

 血が固まって変色していることからもう随分時間が経ったことが判る。


 「――――、――――――ぁ」


 微かにだがまだ息のある者があったらしくその女に玉虫が急いで駆け寄った。

 抱き起こした女の服は元の白を探すほうが困難なほどに血と泥で汚れていた。玉虫に抱きあげられた女は必死に言葉を紡いだ。呼吸の音ですら彼女の声をかき消してしまいそうだった。


 「……た、ま……むし、な…………の?」

 「はい、玉虫です。蛍火私が来ました。もう、大丈夫です」 

 「…………そ、う、よか……た……」

 「何があったのですか?」

 「………………おね、が……あのか、た、が……」

 

 ごぼっと溺れるように女が血を吐きだす。

 助かる見込みはもうなかった。


 「あいつら、が……」

 「何処へ向かったのです?」

 「……かわ、の…………」


 そこまで言って女はこと切れた。

 その女の顔についた血や泥を拭ってやりそっと目を閉じさすと玉虫は彼女を降ろして駆け出した。

 それを予想していたライは雪姫を背負い、クラウディと共に玉虫の後を追う。


 「予定を変更します。あなた方には悪いですがここから命の保証は致しませんので引き返すのならば今の内です」


 淡々としたその声色にには底冷えするような怒りと殺気がありありと感じ取れた。

 三人の沈黙を肯定と取った玉虫は更に加速した。

 それに着いていけるライとクラウディもつくづく常人離れしていると雪姫は流れる景色の速さに必死でライの背にしがみ付いた。


 「今回私たちがあのような場を拠点に構えていた理由も、銀鬼の許に助けを求めざる得なかった理由ももう大体察しはついているでしょうが手短にお話しましょう」

 「私たちはとある一族から襲撃を受け、今壊滅状態の危機にあります」


 近くに川の音と喧騒が聞こえて来た。


 「襲ってきたのは同族たちの中で最も未だかつてないほど危険視されている黒の鬼の一族現頭首……」


 林を抜けると一気に光が洪水となって襲って来て雪姫は顔を顰めた。

 目を開いてそこを見れば所々血が滲んではいるが妖艶な笑みを崩さない波打つ黒髪と豊満な胸を惜しげなくさらしている、深い深い海の瞳を持つ女性と、豪華絢爛な、白い毛皮を巻いた黒の着物に大輪の牡丹の花を身に着けるまだあどけなさの残る少女と、全身を黒い着物で固めた痩躯な少年。


 少女と少年の爪は墨よりも深い光を一切通さない黒。


 「黒葛双樹王つづらそうじゅおうとその双子の妹。娑羅条しゃらじょう


 痩躯の少年、双樹王は玉虫を見て嗤った。

 その瞳はあの屋敷の彼女と同じ深い深い底なし沼のようなドロドロとした闇だった。










ここまでお読みいただきありがとうございます。

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