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/82/:責務

少し長いです。

 花見、並びに演奏会を終えて3日後、俺は船の上に立っていた。

 そんなに大層な船ではなく、大きさは縦10mほどで部屋が1つ付いているだけの簡素な作りだ。

 風にそよぐ白の帆は船を西大陸へと押し向ける。


「……もう夜ですわよ? 部屋で眠りなさったら如何ですの?」


 船の前側に座っていると、背後からそんな声を投げ掛けられる。

 振り返れば、身につけている筈の両端に鈴の付いた帽子を取り、黄緑の襦袢だけを着たミュラリルがいた。

 眠りを促しながらも、彼女だって目はぱっちりと開いている。


「お前こそ、寝ないのか? さっき部屋の中に戻ったから寝たと思ったのに、着替えだけか」

「……良い月夜ですもの。眠れませんわ」

「……そーかいっ」


 満月の光が天辺に立ち、黒の空に散らばった星々が煌めいている。

 海ののさざめく音さえ気にならない、綺麗な夜だった。

 しかし、眠れない理由は、それだけじゃあないだろう。


「……本当に良かったのか? 西大陸に戻って」

「……良いのですわ。これからはもう、ただのミュラリルですもの」

「…………」


 儚げの表情からポツリと言葉を紡ぎ出す彼女は、なんとも小さく見えた。

 いや、事実、彼女は小さくなったのかもしれない――。


 ミュラリルに神楽器を貸し出し、俺と共に飛んでフラクリスラルの商会本店に行って資金を手に入れ、アルトリーユ王国へと向かった。

 王女である彼女を伴って行ったにも関わらず――王宮に着くや否や、俺たちは排斥された。

 それでも俺の独断で乗り込み、交渉に臨んだ結果、店を構える件は王、大臣共に歓迎した。

 だけれど――


 ミュラリルは、国で死亡扱いされていた。

 西大陸に行かされるのだから、それは当然の扱いかもしれない。

 だけれど俺には、あまりにも悲しい事に感じられた。

 死にに行かせられたけど自国に帰れた、と思ってれば死人扱いだ。

 実の父に顔を合わせた彼女はどんな想いだったのかは知る由もないけれど、俺は取引を中止しようとした。

 俺が契約したのはミュラリルであり、そのミュラリルが死んでいるなら話はなかったことにできる筈だと反発もした。

 その俺の反発を止めたのは、他でもないミュラリルだった。


「ヤララン様、例えかの王女が死んでいるとしても、取引を続けてくださりませんでしょうか? それが――ミュラリル王女がアルトリーユ王国に果たす、責務なのです」


 まるで自分が言ってるんじゃないように、ミュラリルは俺にそう言ったんだ。

 結果として、フラクリスラルにある国債分の金を与え、対価として僅かな店舗を構える契約をした。

 今はその帰り道、俺でさえ複雑な気持ちだが、もっと複雑な気持ちを持ってるだろうミュラリルが眠れるわけがない。

 心身ともに疲れた俺たちは船で帰るという選択をしたが、それは間違いではなかったであろう。

 飛行していれば、こんな話もできないから。


「確かに、残っても良かったですわ。ですけれど、最後の責務を果たしたわたくしが、国に(とど)まるのは変ですし、ましてや人目に付いてしまえば問題ですもの……」


 月を見上げながら言う彼女はどことなく美しかった。

 まるで曙光に一人だけ照らし出されているような神々しさが――なんとも痛々しい。


「自分の国、好きだったか?」

「ええ、好きでしたわ」

「……そうか」

「お兄様が死人扱いになった理由を知ったのは数週間前のことですが、それでもわたくしは国を嫌いにはなれませんでした。わたくしが死人扱いとなっても、アルトリーユは悪いところではないだって、黒い部分のない国なんてありませんから……多少の事は目を瞑るのです」

「…………」


 黒い部分のない国なんてない。

 まさにその通りだと思う。

 大国と呼ばれるフラクリスラルだって真っ黒だった。

 アルトリーユは灰色程度だろう。

 国民や文化という愛する部分があり、国の抱える闇なんていう愛せない部分もある。

 “妥協”、そんな言葉が頭の中で一つ孤立していた。


「……帰る場所のないわたくしは西大陸に居るのが良いのですわ。あの地でも、帰る場所はありませんけれど……これがわたくしの定めなのでしょう」

「帰る場所がない……だと?」


 俺は不意に立ち上がっていた。

 揺れる船上でもなんとか彼女に向き直り、足のもつれそうな俺に彼女は苦笑した。


「そんな、慌てないでくださいまし。わたくしは貴方達に迷惑をかけ過ぎました。20億フラなど、わたくしが何をしても返せませんもの」

「別に返せなんて一言も言ってねぇだろうが。ふざけんなよ。迷惑掛けたから居なくなるだなんて何考えてやがる」

「……それでも……死人と一緒だなんて、嫌でしょう?」

「――――」


 今日1日でストレスが過度に溜まっていたのだろうか、それが一気に爆発した気がした。

 何に怒ってるのかもわからない、しかし感情任せなんてのはいつもの俺らしい行動だった。


「おい」

「……な……なんですの?」


 凄んだ言葉を共に一歩、また一歩と踏み締める。

 俺の動きに合わせてミュラリルは後退したが、すぐに壁に背を付けてしまい、跡がなくなる。

 俺は獲物の前に到達し、怒りを払うように彼女の頭のすぐ横に思いっきり手を付いた。

 ドン、という音に小さく悲鳴をあげるが、彼女の目には恐怖が伺えるよりも責任感が映った。

 俺には何をされてもいいと、そういう想いなんだろう。

 俺が彼女に20億フラという責任を与えたから、その責任を果たそうとそう考えているのが見て取れる。

 寧ろ俺は呆れて怒りもどっか行ってしまった。

 落ち着いた声で言ってやる。


「バカかよ。嫌だったら同じ船に乗ってるわけねぇだろうが」

「……え?」

「一緒にメシ食って、花見もして、街の再興だってお前も少しは協力してくれてる。もう仲間なんだよ。お前さえ嫌じゃなければ、勝手にどっか行ったりすんじゃねぇ。わかったか、このアホ王女」「いたっ……」


 壁に着いた手を離し、人差し指でミュラリルのおでこをビシビシと突く。

 これで少しは悲観的な思考もマシになるか?

 ……ならないか。


「で、でも、わたくし、役立たずですわよ? 22歳にもなって嫁いでもいないですし、魔法はそこそこですけれど……」

「別にお前を疎んだりしねぇっつの。お前が居たいなら、居ろ。わかったぁ〜?」

「……。……いいん、ですの?」

「…………」


 俺はミュラリルの両の頬を片手で掴んだ。


「も、もごごっ!?」

「……お前はどうしてそう面倒臭いんだ」

「む、むぐぅ……」


 シュンとした声を出す。

 反抗しないあたり、面倒臭いという自覚はあるのか。

 ……まったくもう。


「自分で意思決定できないなら俺が決めてやる。一緒に居ろ。わかったか?」

「……む、むぅ……」

「なんだその返事は、舐めてんのか?」

「む、むぅ――っ!!」

「ハハハッ、悪い悪い」


 パッと手を放してやる。

 ミュラリルは赤くなった両の頬を抑えながら、視線をチラつかせながら口を開く。


「……あの、その……」

「……うん」

「……よろしく、お願いします……」

「はいよっ。よろしく頼むぜ」


 小さな彼女の頭の上にぽんっと手を置いてみる。

 ミュラリルは嫌がりもせず受け入れ、ほのまま暫く動かなかった。


 船では西大陸はまだまだ遠い。

 懸念の晴れた俺たちは交代で眠りについた。

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