/6/:戦闘
「ふっ――」
メイルから抜いた剣は広い刃を持った大剣で、ワイヤーに向かって振り下ろせば、重さだけでワイヤーを切っていく。
これで仲の住人は外に誰かいると気付いたことであろう。
「……【火の玉】」
空いた手を半透明な結界に向けて翳し、手から火の玉を放つ。
ゆっくりと放たれたそれはシューと音を立てながらなだらかな弧を描いて着弾し、爆発した。
小規模な煙幕が発生するもすぐに晴れ、結界の破壊を確認する。
ようやく侵入が可能になり、俺は再び足を前に進めた。
「おおっとちょいと待ちな。通行止めだぜ兄ちゃん」
そう思ったのも束の間、どこからか停止の呼びかけが発せられる。
刹那、耳に響く衝撃音と共に建物の扉が吹っ飛んだ。
中からは身長2mを超す1人の大柄な男が現れる。
真ん中に分けた銀髪、傷跡の残る頬と鋭い目つきから荘厳さをかもし出し、着物の上半分を脱いでおり、色黒の肌を露にしている。
住居から現れた以上、標的の男はこいつであろう。
とても鞭を使うような繊細な人間には見えないが、人は見かけによらないということだろう。
「ちわっす。お前さんがそこの家の家主か?」
「家? 少し表現が違うぜ、兄ちゃん。ここら一帯俺のテリトリーだ。何せここらで一番強いんだからな」
「……へー」
俺は笑いそうになった。
そのテリトリーを奪いに来たとは夢にも思ってないだろう発言をするから。
なんとか笑みを消し、およそ意味がないであろう会話を続ける。
「テリトリーでもなんでも良いけれど、取り敢えず食べ物くれませんか? 腹減って死にそうなんだよね」
「ははっ、服の汚れがねぇからそうだと思ったが、お前新参か。いい事教えてやるよ。この大陸ではな、欲しいものは奪うんだよ。殺してな」
「つまりお前らの心が狭くてくれないってことか。そうかそうか」
「……なんだと?」
納得したように俺が頷くと、男が目をギラつかせる。
なかなかの強面ではあったが、過去に旅で何度も見たような表情だ。
ちょっと顔が怖いぐらい、慣れっこだった。
「だってそうだろ? 心が狭い奴だから食べ物もくれねぇ。ああやだやだ、守銭奴は嫌だねぇ。たとえそこに飢え死にしそうな人がいても何もしねぇで去って行くんだろうな。あー優しくねー」
「……貴様、バカにしてるつもりか?」
「バカにしてんじゃねぇ。クズにクズだつってんだよ。理解した?」
「……理解した。すぐに殺してやろう!」
「ほーら優しくねー」
肩を竦めて見せる。
大男は反応も見せず、ただ静かに魔法を発動させた。
手に持つは炎の鞭、うなった長細い炎が男の手から続いている。
長さはおよそ5mかそこら、伸ばしてもまだ此処までは届かないだろう。
まだおちょくりを続ける。
「あーあー、火の鞭ですか。そんな痛そうな物を使うなんて頭沸いてんだろ。協調、って言葉知らないのかお前。あ、知らないか。優しくねぇもんな。とことん困ったクズだ。そのクズっぷり、ゴミ袋に詰めて焼却してやりてーぜ。いや、そういう鞭で燃やしても――」
「フンッ!!」
「うおーっと」
大振りに振られた鞭がしなり、真っ直ぐ此方まで伸びてくる。
届かないと思っていた鞭は振られてから魔法で伸ばしたのか、胸元まで飛来する。
しかし、5mは届くまでに遅過ぎて大剣で切り裂く。
ぼたりと先端部が落ち、残りは縮んで戻っていく。
「ほら、攻撃当たらねーぞ」
「死ね!」
シュンと空を切りながら再び襲い来る炎の鞭。
だがその攻撃は悉く切り落としていき、ぼたりほたりと破片が落ちて行くだけだ。
こんな無意味な攻撃を続けて行くわけがない。
そんなこのとは分かり切っているが、あえて余興を続けよう。
「終わりかよ? 情けねぇ攻撃ばかりだなぁ」
「……ハッ」
「………?」
軽口を言うと彼は笑みを浮かべた。
同時に、周囲の空気が少し淀む。
眼下に目線を落とせば、バチバチと鞭の残骸が雷をーー
「死ね、【雷の残骸】」
「は――」
高圧の雷が、地面より俺の体へと襲い来るーー。
バリバリと青白い雷光が輝き、全身を覆うほどの雷が――
「……届かねぇな」
しかし、雷は俺の体まで届かない。
それは何故なら、結界を張ってあるからである。
敵が罠張ってるの丸わかりなのに、防衛の1つもしないわけがない。
だが男に結界がわかっていないのか、高笑いをし始めた。
「ハハハハハハ! カッコつけた新参が! ざまぁみろ! 死ね!」
それもなんともカッコ悪い言葉であった。
大男がアレでまったく情けない。
「……終わりか?」
「!?」
放電が終わる。
雷の光が消えて俺の姿が外界に晒されるも、変わらぬ調子に男が驚愕した。
「……よえーのな、ほんと」
「な……喰らえ!!」
鞭は消し去られ、炎の散弾が襲ってくる。
馬鹿正直に真っ直ぐ飛来する炎をステップを踏んで避けていく。
炎は俺の通った後に着弾し、小規模な爆発を起こして消えて行った。
「マジで手が無いのかよ。話にならねぇな」
「ツッ! クソが!」
男は此方に手を向け、雷を放ってくる。
俺は避けなかった。
雷の光は結界に阻まれ、すぐに消え失せる。
「……まぁお前が強かろうが弱かろうが知ったこっちゃねぇ。倒させてもらうぜ」
「ヒッ!」
男が情けなく声を出すのと同時に、俺は地を蹴った。
剣を大きく振りかぶり、男を切らんと走る――。
――ズリッ。
「!?」
あと1歩という距離で足場が崩れた。
突如現れた浮遊感、次の瞬間には尻に衝撃がある。
「いてっ!」
何事かと辺りを見れば土しかない。
唯一見えるのは上からの光。
そこで漸く事態を察した。
落とし穴ーー。
なんて簡単な罠にはまってしまったんだか。
「馬鹿めが! 此処は俺の居住地だぜ? 罠がねぇ訳がねぇだろ!」
穴の先から影になるように大男が此処ぞとばかりに登場し、俺を見下した。
「これなら袋のネズミだぜ。死んどけ!」
そして再び炎の散弾が放たれる。
そんな物は結界でいくらでも――。
――パキッ。
「――!?」
薄い透明な結界にヒビが入る。
ダメージを受け過ぎて脆くなっていたのだ。
このままでは――。
「死ねぇ!」
炎の散弾が降りしきる。
そして結界は破られた――。