/51/:到着まで
朝が訪れても、俺の気分は切なさで埋め尽くされていた。
目の前で人が死ぬ、そんな事は半年ぶりくらいだ。
気持ち悪さには慣れない。
「じゃあ私は呼んでくるよ」
早朝から、キィに叩き起こされてそう言われる。
フォルシーナを呼んで来いと言っておいたのをさっき思い出した。
「頼んだ。夜は飛ばずにな」
「わーってるよ」
「飯食ったか? 神楽器落とすなよ? 大丈夫か?」
「お前は私の親かよ! 大丈夫だって、そんなガキでもねぇよ」
「一丁前に大人ぶりやがって……ま、危険だと思ったら力は惜しまないように。けど神楽器使っての攻撃はすんなよ? フォルシーナがめちゃくちゃ怒るから」
「へいへー。じゃあなー」
「おう」
それだけ残し、キィは村の方に飛んで行った。
迷子にならなければ良いのだが……。
まぁ天候も快晴で、高度を上げれば地形も見えるだろう。
なんとかなるか。
「……ヤラランくん、おはよー」
「ん? あぁ、おはよう」
外に出ていると、メリスタスが目をこすりながら億劫そうに歩いてきた。
オレンジの長髪が乱れていてガサツな女にしか見えない。
「……眠い〜」
フラフラ歩いてきて、俺の胸に頭を埋めてきた。
……なんだこいつ、昨日あんなことがあったのに俺に遠慮なんて微塵もねぇじゃねぇか。
「眠いんならもっと寝てろ……。わざわざ起きてくる理由もねぇだろ」
「……だって、眠いんだもの」
「理由になってねーよ……つーか寝ぼけ過ぎ。ほら、髪も乱れまくってんぞ……っていうか風呂とかねぇよな。後で沸かしてやる」
「んー……。……スゥ……」
「……寝てるし」
胸の中の少年は目を閉じて眠りについていた。
小さな寝息が胸に当たるのが少しこそばゆい。
メイルは大破し、服は破れてるのだ、直接人の温もりが腹部に当たるというのは久しい。
……これでメリスタスが本当は女だったりしたら俺は良い思いしてるんだろうな。
そんな煩悩を持ちながらもそっとメリスタスを抱え、手近な家屋へと向かう。
「ん? おや、これはこれは」
扉を開ける前に、ナルーが建物から歩いてきた。
立ってると俺よりちょっと小さいくらいなのか、コイツ。
「よぉ、ナルー。お届けもんだぜ」
「ほっほ。さしずめ、姫を抱えたナイトですな」
「バカなこと言ってねーでコイツ持ってけ。寝ぼけて起きてきたんだよ」
「良くあることですな。坊っちゃまは朝に物凄く弱いのです」
「……あっそ。つーかいいよもう、俺が中まで運ぶから……」
「助かりますな」
「…………」
ナルーの横を通って薄暗い建物の中に入る。
木造の2階建て、もう何度入ったかわからないが相変わらず猫が辺りをうろついていて歩きにくい。
俺の後ろにはナルーも続いてやって来ていた。
やがてメリスタスと色々話した部屋に着き、ベッドに寝かしてやった。
スゥスゥ寝息を立てる彼は本当に姫の様に見えた。
「……はぁ。面倒なガキだぜ」
「坊っちゃまはまだ、心が幼いですから……。昨日の事も怒らないであげてくださいな」
「……。別に怒ってねぇよ」
テーブルセットの椅子に座り、テーブルに顎肘ついてメリスタスの寝顔を見ていた。
幼い、ね……。
…………。
「ま、これから成長するさ。つーかお前はやけに大人びてるよな? なんで?」
「さて、私は自分の性格が形成されたときのことなど憶えておりませんから。なんとも言えませんね」
「……そうかい。ナルーの方はまったく可愛気がねーな」
「ほう? では坊っちゃまにはあると?」
「可愛気っつーより、憎めない感じだな」
「それを可愛気というのでは?」
「……よくわからん」
「左様でございますか……」
可愛気だなんて口にしてみたものの、よくわからん。
……メリスタスは男だしな、多分。
本人に確認を取った筈なのに怪しくなってきた。
「しかし、ヤララン殿は善幻種ではないのですね」
「――――」
何気ないように呟いた牛の呟きに、俺は目を見張らせた。
よくよく考えてみればそうだ。
俺は善幻種なんてものじゃなく、ただの人だ。
善魔力は多い筈なのに、なんで人間の域を超えない?
しかも、魔力増幅装置だって持っているんだぞ?
何故――?
「……どうされましたか、ヤララン殿?」
「……いや、俺もなんでなれねぇのかと思ってな。ただ――」
善意と悪意が平等――。
そして善幻種という存在――。
「世界は俺が思ったよりも複雑らしい――」
それからメリスタスも起床し、昼を超えた頃――。
フォルシーナとキィ、そして、カララルが到着した――。




