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/42/:牛の語り・後編

 3日もの間が空いてしまった。

 肉食獣の飢えを(しの)がねばなるまいと数多の動物が協力して川や森へと向かったのでした。

 そんな中、私はメリスタス様を外には出しませんでした。


「なんで邪魔するんだよぉ、ナルー!」

「…………」

「……お母さんはもう、死んじゃったんだよね? だったら僕が頑張らないと……みんなの手足として頑張りたいよ!」

「…………」


 健気な事を言ってくれるも、彼は【白魔法】しか使えませんでしたから危険に晒すわけにはいきませんでした。

 彼は私達動物と優しく接してくれた、あの人の息子なのですから。

 彼自身、手足が動物より器用なぐらいしか私達に勝っていないとわかっていたのか、はたまた私達に迷惑をかけたくないのか、自主的に外には出ませんでした。

 それで良かったのです。

 あの人に、せめてもの恩返しぐらいはしたかったですから……。


 さらに3日が経ちました。

 何匹か行方知らずになった猫も居ましたが、なんとか食べていけてました。

 なんとか生きていけるという安心感から、私達は完全に油断していたのでしょう。

 黒いコートを着た男1人の侵入を許したのですから。


 外ではグチャリ、またグチャリという嫌な音が何度もしました。

 猫や狼が潰されている音です。

 時刻は深夜でした。

 暗闇の中であっても猫の動きも狼の攻撃もまったく効かなかったようなのです。

 私はメリスタス様と元村長宅の地下に隠れていました。

 ただ、地下への通路は1階からは剥き出しで、念入りに探されればバレてしまうものでした。

 やがて、男は建物の中に入ってきました。

 猫達は皆殺しされたのか、そうでなければ逃げていてくれと。

 自分達も見つからないようにと祈り、ずっと息を潜めていました。


「……何もねぇはずがねぇよなぁ? これだけの猫が守ってるんだからよぉ〜」

「!」


 上から聞こえたドスの効いた男の声に戦慄しました。

 余裕のある調子から、猫も狼も歯が立たなかったのがハッキリとわかったのですから……。


「……ん? 隠し通路かぁ〜?」

「ヒッ!」

「声がしたぞ今ァ!!」


 恐怖からメリスタスが小さく悲鳴をあげると、男が通路の扉を勢い良く開きました。

 この地下は四方3mも無い、ただの物置のような場所。

 退路もなく、なす術はありませんでした。


「お、牛か。【捻れる力(フォース・ターン)】」

「!!!」

「後で食おっと」


 男が呟くや否や、私の4本の足が折れ曲がり、体は地に伏しました。

 必死になってメリスタス様が介抱しようとしても、彼の体は男に抱えられてしまいます。


「なんだよ……ハッ! あの女、ガキが居やがったのか!! しかも女か? なるほどなぁ、守ろうとするわけだわっ」

「は、放せよっ! お前っ! なんで母さんを知ってるんだよぉ!」

「あん? そんなもん、俺がブチ殺したからに決まってんだろうが」

「ッ!!?」

「不意打ちで右手吹っ飛ばすだろ? 良い女だったからヤッてさ、そしたら猫どもがウゼェから殺したけどさ、その間にあのアマ逃げちまってなぁ……まぁどっちみち出血多量で野垂れ死んでるだろ。で、俺はどうにも不完全燃焼で俺はキレそうなワケ。だから拠点探してたんだが、はーはー、お前で全部燃焼させちゃうわ♪」

「…………」

「なに? 茫然自失? クヒャヒャヒャ、いいね、そういう目。俺の好みだわ」


 男がペロリと舌を出す。

 メリスタス様は涙を浮かべ、ただほろほろと涙をこぼすばかりで反抗もしませんでした。


「お、お前なんかに……お母さんは……」

「だよなぁ〜? でもこの世の中、不意打ちってのは犯罪じゃないから? 仕方ねぇよなぁ〜?」

「このっ……【(ライト)】!」

「アッ!? んだよ、ただの【白魔法】か。それじゃ攻撃もできないワケ? もうホント、お前ってカワイソウだなぁ〜、クヒャヒャ!」


 精一杯に発した光も、眼を閉じられてしまえば意味をなさず、虚しく消えて行きました。

 メリスタス様は男に投げ捨てられ、地面に這いつくばってしまいます。

 その様を、私はただ見てるだけしかできませんでした。


「うぅっ……嫌だ……もうっ……」

「あぁ〜、興奮するわ、その目ッ。ほら、脱がしてやるよ」

「嫌だ! お母さん……お母さん!!!」

「アイツは今頃野垂れ死んでるっつーのっ!! ざまぁねぇなぁ! アヒャヒャヒャヒャ!!」


 男の汚い笑い声が地下に響く。

 メリスタス様の着物を無理やり引っつかんで、力任せにひっ張られて――。


「――【雷撃(サンダー)】」


 刹那、凛とした声と共に雷鳴が轟きました。

 飛来した雷は男の左腕に直撃し、あらぬ方向へと折り曲げてしまう。

 悲鳴をあげながら男は悶絶し、歯ぎしりをしながら出入り口に睨みを利かせる。


 そこに立っていたのは、左手を前に(かざ)したメリネス様でした。

 右腕は失くさられたのか、振袖は右側だけ破れて腕も無く、血の跡が残っていました。

 なのに彼女は豪傑のようにその場に佇み、一歩、また一歩と降りてきました。


「キ、貴様……! 何故まだ生きて――!?」

生憎(あいにく)、私の魔法は回復と雷を扱う【黄魔法】。傷を塞ぐぐらいはできるのよ」

「なっ――! く、クソがッ!」

「…………」


 男の眼前まで降り立ち、冷めた瞳で男を見下していました。

 そして一度、涙顔のメリスタス様を見て……。


「……私の仲間達を殺した事、とても許せない。だけど……貴方を殺して、私は貴方と同類になんて絶対になりたくない。だから見逃してあげる。這いつくばりながらさっさと去りなさい!!」

「ヒ、ヒィイイイ!!」


 この状況ではどう考えても劣勢な男は左腕を押さえながら立ち去って行きました。

 その後ろ姿を見てため息を吐き、その後メリスタス様を起こして抱きしめました。


「ごめんなさい、心配掛けたわね……」

「お母さんっ……会いたかったよぉ……ううぅ……」

「男の子なのにメソメソ泣かないのっ。ほら、しゃんとするっ!」

「……もう少し、だけっ」

「……。わかったわ。まったく、親離れできないんだから……」


 メリネス様は息子の頭をポンポンと叩き、暫くの間は抱きしめ合っていました。

 ……あの、近くに負傷牛がいるので魔力があったら治してもらえませんか?












 それから一週間が経って、メリネス様は危篤状態に陥りました。

 意識はあれど朦朧としているようで、私達ではどうすることもできませんでした。


「……もうダメねぇ〜」

「……お母さん、死んじゃうの?」

「多分、ね。こればっかりはどうしようもないもの」

「…………」


 この村跡で1番大きな建物、そこの広間で布団から動かぬメリネス様を囲うようにメリスタス様、そして全ての動物達が囲っています。

 この一週間で殺された動物達の弔いや無理をしてでの食利用調達。

 何より血が足りなかったのでしょう。

 嫌なことではありますが、これで死に目となるでしょう。

 なんせ、メリネス様が遺言を(おっしゃ)ったのですから。


「……メリスタス。貴方はまだまだ子供で、弱々しくて何かと不安だわ。何かあったら地下に隠れてなさい」

「え? う、うん……」

「あ、と、この大陸だと悪い人ばかりに会ってしまったわね。けれど、冒険所に出てくるような、立派な人も世の中にはいるわ。そのことを覚えておいて」

「……はい」


 泣きそうになりながらも、メリスタス様は返事を返しました。

 彼も、母の死期を悟ってしまったのでしょう。

 最後まで心配させないように、泣かないように精一杯の様子でした。


「……ナルー。貴方はメリスタスと一番仲が良いわね。物理的に守るのは無理でも、どうか心を守ってあげて……お願いね……」

「…………」


 私は何も言ってあげられませんでした。

 小さく尻尾は振りましたが、おそらく見えなかったでしょう。


「……実を言うとね、あなた達を集めてたのは、私がこうなった時にメリスタスを守って欲しかったからなの……みんなで仲良くしたいっていうのももちろんあったけどね……フフッ、傲慢な母親かしら?」

「…………」

「お母さん……」

「……ごめんね、みんな……後のこと、頼むわよ……」


 その言葉が、メリネス様の最期の言葉となりました。

 眠るように息を引き取り、その上から覆い被さるように、堪えていた涙を流してメリスタス様がしがみついていたのです。


 息子のためみんなのためにとその命を使い果たした女性の死期に見合えたことを、私は光栄に思いました。

 私はその時になって、初めてメリネス様を敬愛していた事に気付いたのです。

 私もこんな生き方をしたい。

 何かを守れる強い存在になりたいと、強く願ったのです。


 刹那、私には新たな足が2本生えていました。

 見たことのある食物を生み出せる力が備わっていました。

 みんなを守るための力として、だったのでしょう。

 私にはこの力が、メリネス様からの贈り物のように思えました――。

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