/34/:新たな村に
「……んお?」
「おん?」
「……あぁ、寝たんだった。おはよう、ヤララン」
「あぁ、おはよう」
最早おはようと言う時間でもないが、キィが起床する。
上体を起こして目を擦って、すぐに身の回りを確認し始めた。
「あれ?神楽器は?」
「俺が持ってる。神楽器を持った状態分の全回復をしても、時間の無駄だしな」
神楽器を持っていれば潜在魔力量の分母が跳ね上がり、単位時間あたりの回復量が増える。
それが元のキィの分の魔力量を超えても勿体無いし、後から神楽器で40倍にすれば神楽器付けての全回復状態となる。
なら、別にくっ付けといてやる必要はないし、何より寝心地が悪いだろう。
「……つーかもう夕方か」
「夕方だよ。ぐっすり寝てたな」
「グッ……悪かったよ」
「別にいいさ。村はもう見えてるし、今日中に行こう」
「あいよ……」
すっくとお互い立ち上がる。
小太鼓をキィに返し、残りの距離も短いので歩きで向かった。
暗くなってくると【白魔法】の【光】で光球を生み出して進む。
すっかり夜になってようやくといった頃、広く開いた場所に躍り出る。
草の生えてない地が続いていて、いくつもの建物が見える。
とうやら目的地に着いたらしかった。
「……気ぃ緩めんなよ?」
「ヤラランこそ、ビビって抜剣すんなよ?」
「はっ、誰がするかよっ」
軽口を交わし合いながら、内部へと進んで行く。
特に敵影もなく、それどころか猫の姿もない。
罠なども見受けられず、何をどうするか悩む始末だった。
しかし、キィの考えは違ったらしい。
「……妙だな」
ポツリとキィの呟きが夜に溶け込む。
俺は彼女に向き直り、尋ねた。
「何がだ?」
「家屋ってのはな、結界が張れない私みたいなのにとっては必要不可欠なんだ。万一襲われても、少なくとも死にはしないからな。んでもって、こんだけありゃ1人ぐらい起きてて、侵入者である私たちを見張ってたりする」
「…………」
四方を見渡してみる。
何か動くもの、こちらを見ている人影。
探してみても、そんなものは一切ない。
なるほど……。
占有しているっていうのはこういう事か。
「誰もいなくはない。少なくとも何かはいる。まだ夕刻から少し経った程度、きっと起きてるぞ……」
「…………」
コクリと頷いて、さらに進む。
耳を澄ませ、目を右往左往させながらも歩く。
感じるのは冷たい風だけ、軽い恐怖心が身を苦しめるも、何も出てきはしない。
「……どうする? 建物を調べるか?」
不意に、キィに尋ねる。
「ここまで何もねぇと、その方が良いな。デケェとこから見てくか?」
「……そうしよう。広い所なら何かしらあるはずだ」
何かしらの情報、もしくは食料とかがあるかもしれない。
危険も多いが、そんなのは覚悟の上で此処にいるんだ。
怯むことなく目に立つへと進む。
剥がれかけの立て札が掛かった2階建ての木造建築物。
建物の中に光は無く、無人であると言い張っている。
だが、そんなものを信じる理由はない。
光球の光を弱めて家屋のドアの前にかがみ、キィも俺に続いてその場にしゃがんだ。
「……叩くぞ?」
俺はドアノッカーを握りしめてキィに確認を取る。
彼女はコクコクと頷いて承諾する。
俺も1つ頷いて、ドアノッカーを上にあげた。
「――ンモォォォオオオオオ!!!」
『!?』
が、突如聞こえた雄叫びにドアノッカーから手を離してしまう。
牛?
こんな良いタイミングで何故鳴いた?
そしてどこに牛なんて――。
頭にいくつもの疑問が浮かぶが、そんなものは吹き飛んだ。
――ニャー。
――ミャー。
――ミー。
「……おいおい、こりゃあ……」
「ヤララン!」
無数の猫の大合唱が、夜に抱かれて響いている。
いくつもの家屋にも、地面の上にも、猫が口を開いて笑っていたのだった。
ニャゴニャゴと不気味な、呪詛のように綴られる合唱。
大合唱は突然ピタリと止まり、全ての猫が口を閉じる。
静まり返る夜はなんとも言えない不気味さで、思わず頰に冷や汗が伝う。
だが、緊張も束の間に、猫達は一斉に飛び跳ねた。
俺たちの方へと、その小さな体躯の群れが押し寄せてくる――。
どうする?どうする?
【無色防衛】で防ぐか?
【力の四角形】でぶっ飛ばすか?
他の魔法で拘束するか?
だが、これらでキィを守れる保証は?
結界は今日破られた。
他の魔法では取りこぼしもありうる。
……ッ。
「退くぞ!【無色魔法】!」
「うぇ!?や、ヤララ――のわぁっ!?」
振り返り、慌てるキィを無断で脇に抱え、空を飛ぶ。
結界を使ったなら猫を阻めたかもしれないが、どうも自信がない。
結果、一旦森まで戻るという失態を犯してしまうのだった。




