/150/:パートナー
少年の自己紹介が終わると、彼は俺の顔を見て言葉を続ける。
「君、災難だったね。僕と顔が似ているってだけでこんなことになったんだから」
「……はい? 顔が似てるだけで?」
「ああ、さっきの彼女は僕の元恋人でね。何故か知らないが、根強く恨まれてるんだ。それで顔や性格が似ている人間を世界を渡って探し、殺してる。とんでもなく厄介な奴だと思わないかい?」
「…………」
俺は言葉を失った。
なんでそんな理由のせいで、キィやメリスタスが死ななくちゃならなかったんだ。
大切な仲間が……みんな……。
「よし、直ったね」
自由律司神が両手を腰に当て、元に戻った善悪調整装置を見てうんうんと頷く。
クルリと回り、少年は俺たちの方を向いた。靴音を鳴らして俺の方へと真っ直ぐ歩いてくる。
「さ、取り敢えず仕事を済ませようかな。ちょっと失礼」
「うっ?」
少年が俺の頭をガシッと掴む。
あまり力を入れた様子はなく、すぐに離された。
「……なるほど、君達のことはよくわかった」
声のトーンを1つ落として少年はつぶやく。
今のは記憶を覗いたとか、そういうことをしたらしい。
「さて……ヤラランよ、僕は善――ああ、律司神ね? 彼女に依頼されたことがあるのさ」
「……依頼?」
「“君の息の根を止めてこい”ってね」
「…………」
どうやら、運命はどこまでも残酷らしい。
俺は空を仰ぎたい気分であったが、生憎地下だから空など見えなかった。
「別に、悲観しなくていいよ。息の根を止める――つまりは、息さえしてなければ良いんだ。君なら、どういう事かわかるだろう?」
「…………。は? そういう事?」
意図がわかると、俺は気の抜けた声で聞き返してしまった。
自由律司神も笑いながら頷く。
息をしてなければいい。
つまり、封印状態とか、そういうものでも――。
「まぁちょっと待つんだ。どれどれ……」
目の前の少年は振り返り、両手を広げてクルリと回る。
「今、世界の様子を見たんだ。フラクリスラルの軍がこちらに向かってきているね。数は軍艦6隻……」
「!? どういうことですか!?」
フォルシーナが慌てて聞き返す。
自由は辺りを見渡し、1つの人形を拾い上げた。
「おそらく、この人を探しに来たんだろう? 国王が行方不明にもなって、宣戦布告に行った場所がある。なら、国王は敵国に殺されたと思うのは、当然だろう?」
「ツッ! どうすれば……」
「僕はこの世界の神じゃないから干渉しないし、遅かれ早かれ戦う相手だろう? そして、戦わないための対抗策はあるんだろう? ねぇ、ヤララン?」
ニッと笑い、俺に尋ねてくる。
そうだな、そうだ。
「……フォルシーナ、無くなった3つの楽器の場所はわかるか?」
「……さっき探したのですが、ダメでした。見当もつきません」
「セイの奴、ジャミングを掛けたんだろうね。こればっかりは僕も見つけられないから手は貸せないよ」
「……そうか」
ならば4つを使うしかない。
4つでも40^4倍、つまりは256万倍。
これだけの魔力を掛ければ、善悪比は少しぐらい傾くだろう――。
「みんな、神楽器を俺に渡してくれ。俺からの、最後のお願いだ」
「……了解しました」
「君が何をするのか知らないが、勿論いいよ」
「わたくしも、最後のお願いと言われずともお返しいたしますわ」
上からフォルシーナ、タルナ、ミュラリルと神楽器を出し、順に手渡してくる。
1つ1つは持てないから、俺は無色魔法で3つの楽器を浮かせた。
最後に、黒魔法で服の袖口の影からヴァイオリンを取り出し、それも浮かべる。
「……ふぅ」
魔力が増えたという実感はあまり湧かないが、きっと途轍もない魔力量が俺の中に内包していることだろう。
準備はこれだけ、後は斬られるだけだ。
「誰か……いや、フォルシーナ。コイツを頼む」
俺は取り出した刀の柄をフォルシーナに向ける。
彼女は少し困惑し、後に下唇を噛んだ。
「……私にやれと言うのですか?」
「最後はお前の手で迎えたい。悪いな、最後まで迷惑掛ける」
「…………」
ゆっくりと、彼女は刀を手に取った。
多少涙目になっていたかもしれない。
嫌だなぁ……泣かせるつもりは無かったのに……。
「……もう一度」
「ん?」
フォルシーナが何かを言ったが、聞き取れずに俺は疑問符を浮かべる。
刹那、彼女は涙を浮かべた顔で、勢いよく宣言した。
「今貴方を斬ったとしてもっ! いつか、私が装置を制御して、必ずもう一度、貴方をこの刀で斬ります! そして、善意のある青年に戻しますから! !絶対に! 何年掛かっても……!」
「……フォルシーナ」
揺らいだ瞳からは決意の証が見て取れた。
ルガーダスや俺が居なくなるのに、それでも1人でやっていくと、心に決めてくれて……。
「ああっ、待ってる」
ならば俺の返す言葉はこれ以外に無いだろう。
もはや話す言葉はない。
フォルシーナは刀を、高々と構えた。
「……ちょっ、フォルシーナさんっ!?」
「いくらなんでも、それは死ぬんじゃないかい?」
「君たちは黙って見ているんだ。ここで水を差すような事はしちゃいけないよ」
事情を知らないミュラリルとタルナをアキューが制す。
あの2人にも何かと世話になったが、こうなる事情も話せなかった。
悪いなと思いつつも付いてきてくれた事に感謝する。
「……いきます」
フォルシーナが左足を前に踏み出す。
俺は抵抗する気などなく、両手を広げた。
「――【羽衣正義】!」
一直線に刀が振り下ろされる。
反善の剣は俺の体を袈裟斬りしていった。
外傷はない。
痛みも、まだ無い。
ああ、それなら、最後くらい労いの言葉を掛けさせてもらおう。
だが、それならば1番俺らしい言葉を――。
「ここまでやってくれてありがとな。流石、俺のパートナーだ」
刹那、俺は急激な魔力の逆流により意識が消える。
最後に見えたのは、視界いっぱいに広がった白い光だった。




