/100/:幻影
「……どこだ、ここは」
日輪に照らされる大地を踏みしめ、俺は村と思われる場所にいた。
今まで見た事のあるような木造住宅に囲まれた道を4人で歩く。
人の気配とやらは全く感じなかった。
地図にも書いてなかった場所だが、人もいないのだろうかと疑わしい。
しかし、争った形跡はいくつかあった。
壁に血がべったり塗られていたり、半壊した建物が幾つもある。
なのに、人が居ない。
隠れていないのは村の寂しさからわかったのだ。
風か吹けば建物が揺れるだけの静まり返った村内は、何もないと。
「……どうするよ、ヤララン。手分けしてなんか探すか?」
「いや、いい。俺たちの目的地は城下町とハヴレウス城だしな。ここはあえて無視する。行くぞ」
キィの提案も聞き入れず、村を後にするため歩き出す。
やがて、またキィとメリスタスがイチャつきだし、まったりとした歩みになる。
その様子にうんざりしながら、通りがかった噴水に俺は興味を持った。
白い天女の彫刻が、跪いた人間に手を差し伸べ、人間の口は上を向いて水を吹いている。
気持ち悪い彫刻だが、流れている水が綺麗なのが意外だった。
きっと、城下町からの水はまだ綺麗なのだろう。
その水がここに流れていると……。
やはり王は只者でないと確信が持てた。
そうして俺たちはまた進む。
「…………」
「…………」
「あっ! ちょっとキィちゃん、何処触って……」
「え〜、耳触ってるだけなのに〜♪ ウフフッ……」
何も聞かなかったことにし、さらに歩み続ける。
「…………」
「…………」
「メリスの匂いがする〜」
「あっ、コラ。後ろから抱きつかないでって」
「……おかしいな」
「ですね」
俺も漸く異変に気付いた。
フォルシーナも気付いていたのだろう、俺の言葉に頷いた。
「……あん? おかしいって、どうしたんだよ?」
「そうだよ。僕たち、ずっと進んでたでしょ?」
「長すぎるんだよ。村を出りゃすぐ城下町があってもおかしくない距離だ。なのに――」
俺は辺りを見渡した。
並々ある建物の奥には無限に続く青の空がある。
道の先には水平線まで道が続いている。
「……なんで城が見えねぇ?」
「さあな? 壊されたんじゃね?」
「王は、いる。城はあるはずだ」
「じゃあきっと、隠居したんだよ〜」
「…………」
キィとメリスタスの呑気な言葉はアテにならなかった。
「フォルシーナ、どう思う?」
「幻覚か、それと同等の力が働いてますね」
「……幻覚。そうだよな」
一番しっくりくる回答だった。
俺たちは直線の道を進んでいるんだ、終わりがないなんてありえないんだからな。
「……もうちょっと行くぞ」
「はい」
『は〜い』
4人でまた歩き出す。
どうせ術者が見えなきゃ俺たちにはどうすることもできない。
俺とフォルシーナは注意を喚起しつつ、後ろから続く2人も気にしながら歩いた。
「! 噴水……」
もうちょっとと言っておきながら、かなり歩いた。
1時間ほどゆっくりと歩いて、また人間が口から水を出す噴水を見つける。
俺たちはグルグル回っているのか?
「……全員ここにいろ」
「え? ちょっと、ヤラ――」
「【羽衣天韋】」
もはや使い慣れた紫のマフラーを羽衣の形に展開し、宙を舞う。
徐々に高い高度へと登っていき、空から地上を見渡した。
俺の立っていた直線の道と、それを囲うような木々と空。
それ以外に見える景色の全てが、霧に覆われて見えなかった。
俺は幻影であることに確信を持ち、元いた場所へと緩やかに落ちていく。
地面に降り立ち、一息つくとみんなが寄ってくる。
「どうでしたか?」
「幻覚に間違いない。けど、術者は見当たらなかった」
「ふむ……」
行き手を阻むような幻覚。
結界のような、一度魔力を与えたら持続するタイプなのだろうか?
俺たちにはもう干渉してるし、それなら――
「フォルシーナ、【自動探知】を」
「はい」
俺に言われて、フォルシーナは左手を俺の右肩に這わせ、右手で白い文字の刻まれた青いパネルを展開する。
バーッと白い文字が次々と表示されていき、フォルシーナは文字を目で追う。
「……ふむ。解除の仕方もわかりました」
「流石だな。どうすればいい?」
「キーワードを言えば解けるみたいです。えーと、は、はーしゅ、らら、えんすけーらー?造語でしょうか? 変な言葉で――」
「? どうした?」
突如、フォルシーナが目を見開いた。
彼女が見る先は、何もない。
が、それは幻影が見えてないからだろう。
本当は何が見えるんだ?
「……俺も解くぞ?はーしゅ――」
「ダメです! こんなのは見ちゃいけない!」
「!?」
キーワードを呟くのをフォルシーナに邪魔される。
何をそんなに慌てる?
お前が血相変えるほどのものっていうのは……。
「一体、何が見えてるんだ?」
「……死体の山です。乾いた血の跡も、白骨死体から最近死んだと思われるものまでいろいろありますが――死に方がエグいです」
「死に方?」
「四肢が捥がれていたり、全身に穴が開けられたり、そんなのは当たり前です。贓物が出てる姿なんて、見たくないでしょう?」
「…………」
「とにかく私が最年長なんですから、私に任せてください。無色魔法で集めて埋めますから……」
「いや、お前だけにやらせるかよ。俺も幻覚解くから、一緒に弔おう」
「……キィちゃん達は?」
「アイツらはしばらくほっといていいだろ。すぐには死なねぇし、死体の山は刺激が強いからな」
「……了解です」
俺も幻覚魔法を解いて、吐き気を抑えながらも2人で死体の処理をした。
道の先々に放擲された死体、これは城下町に踏み込んだ人々の死体なのか。
それとも、踏み込む前に幻覚に引っかかり、何かに殺された死体なのか。
どちらかはわからない。
だが、こんなことをするのなら、俺たちは王を倒さなくてはならない。
その事を、弔いながら心に誓った。




