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一次創作短篇集

星に、逢いに行く。

作者: 紀璃人

「スキーにでもいこうや」

年末に星と過ごしたあの山にまた行こう、という誘いだった。私も裕福な身の上ではない。短期間に何度も何度も遠出はできない。が、私はその時快諾していた。理由は判らない。またあの星に会いたくなったのかもしれない。いつに向かおうか、と尋ねると彼らはすでに現地に居るという。なんと薄情なことか。彼らのことだから車で向かったことだろう。どうせならば行く前に誘ってくれれば良い物を。小さく嘆息をして、その日のうちにバスを手配した。四日後の便だ。彼らが先に帰ることは、考えなかった。


金策に追われているうちにあっという間に前日になってしまった。彼らに連絡をするともうしばらくは滞在するらしい。

「そっちは大丈夫かい」

電話口にからかうような、心配するような、微妙な声が聞こえてきた。聞けば私の居る横浜を始めとするこの関東が、大雪で交通が麻痺しているのだという。窓を開けてみると30センチはくだらないほどに雪が降り積もっていた。荷造りで家に篭もりきりだったもので、てんで気が付かなかった。友人の電話を早々に切り上げた。バス会社に連絡をすれば案の定の欠航だという。やられた、と呟くも状況は変わらない。

――どさ。

屋根の雪が落ちる音がした。この調子では明日の朝には車はおろかドアも開かないだろう。コートをはおり、雪かきをしながら考えることにした。


翌日。

私は東京にいた。

八王子だとか、台場だとか、そういった広義の東京ではなく、都心も中心、東京駅だ。東京都庁でも見えれば「あぁ、あそこからバスにのればひとっ飛びだったというのに」と愚痴でもこぼしただろうが、あいにくと幸い、地下である。新幹線の当日券を求め、窓口に並んでからというものの遅々として列は進まず、彼の地に向かう便は2本ものがしている。雪かきの名残か、ズキリと筋肉痛がする。昨晩の友人の電話によればチェックインは15時ごろだという。次の電車でも間に合うかどうか。

電車に乗り込むときには昼すぎだった。最後尾の一号車、そのなかでも一番後ろの窓際の席に陣取った。コートをフックに引っ掛けて腰掛ける。思えばゴタゴタとしたものだが、ようやく一息つける。ほっとして水を一口飲むと、現金な腹の虫がそわそわと鳴き始めた。思えば今日はなにも口にしていない。鞄から食事を取り出す。とはいってもコンビニのおにぎりとサンドイッチだ。普段食べているものでも、こうした旅路で食べれば、また味わいも変わるというものだ。

取り出したおにぎりは具が飛び出すほどに潰れていた。


腹が落ち着くと、眠くなるもので。気がつけば少し寝ていたらしい。今しがたどこかの駅を出発したが駅の名前まではわからなかった。まさか、と背筋がすぅっと冷たくなるのを感じた。時計を見る限り目的地はまだしばらく先であるようだ。少し肝を冷やしたせいか、眠くはなくなっていた。直後、ぶぶっと携帯がなる。視線をくれると「チェックインが迫っているから急いで欲しい」とのことだった。私は返事をせずに携帯をしまう。私が焦ろうと焦らなかろうと電車の進む速度は変わらないのだ。

窓の外に目を向けるとまばらな木々の間が真っ白な雪で染まっていた。

「横浜もすごい雪だったが、やはり雪国とは違うな」

直後、車両はトンネルに突入し、窓の外は真っ暗になる。凍てつくような外の気温はトンネルのなかではいくぶんかマシなようで窓が一気に曇る。疲れきって間抜け面を晒した私が窓に写っていた。

窓の曇りは次第に深くなり、次第に露となって窓を走る。真っ白なまどに筋が惹かれて黒くなる。まるで川の生まれを見ているようだ。はじめに一筋の線ができ、それが後ろへと伸びていく。1センチほどで途切れるものもあればそのまま窓のふちまで行くものもある。最後まで一筋のものも、他の筋に合流するものもある。なかなか見ることができない光景に私は「ほぅ」と無意識につぶやいた。このままびっしりと筋が編まれれば、蜘蛛の巣にみえるだろうか、雷に見えるだろうか。はたまた、他の何かに。期待に胸をふくらませて窓を見る。はたから見ればうっすらと映り込む私の顔とにらめっこでもしているように見えることだろう。

ほどなくして、私の予想は外れてしまった。この幾重もの筋は何になるでもなくすぅっと消えてしまったのだ。元々が結露で出来た露であるから、長時間トンネルに入れば窓も温まり、結露も消える。私はなんだかつまらなくなってしまった。



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