第三十ニ章:もう一つの記念日<愛すべき者達>【中編】
大変お待たせしました。これが後編です。。。となるはずだったんですが申し訳ございません! 話をうまく纏められず、今回は後編の半分(?)といいますか、、、一気に同じ回に話をまとめると内容が詰め込みすぎになってしまって何も印象に残らない――なんてことになるような気がして、それではあまりに無念なので、まことに勝手ながら後半部分を二回に分けてお届けすることにしました。後半はまだ制作途中ですが、近いうちに続きをアップできるよう努力したいと思いますので、どうかもうしばらくお待ちいただければ幸いです。。。
壇上で歌っていた男性は、ギターを弾きながら歩き出した。そのままゆっくり降壇してくる。やがて演奏する手がピリオドを打つように、ジャーンと弦を掻き鳴らして虚空に高く舞い上がった瞬間、その余韻が別の音に掻き消された。
突如、爆音とも言える大音量の音楽が会場に弾けた。
《サプラ〜イズ!》
スピーカーから陽気な声が響く。
《オレたちは予測不能に飛び回る“空の暴走族”だ――》
《We are “BLUE HEAVEN”――!!》
男たちの雄叫びのような斉唱が続く。
《オレたちの暴走は、誰にも止められないぜ。おまえら、用意はいいか? さあ、ショーを始めるぜ》
英語のそれを複数の国の言語に同時通訳して、サブモニターが表示する。司会者はマイクを握ったまま棒立ちになり、場内は一瞬静まり返ったが、“ショー”と聞いて人々の視線が上空に向けられた。この声、誰だ。モーゼズか? デジタル加工していて誰の声かよくわからない。
《Here……we……go〜〜!》
それを合図に会場の両脇から青い機体の群れが、一斉に空に向かって垂直に上昇した。三、三……もう一機。リハーサルの時とは違う数の機体が上空を飛んでいた。モーゼズ(あいつ)が言っていた“仕掛け”というのに何か関係があるのか……。警備をする傍ら、そんなことが脳裏を過ぎる。
「皆さん、上空を御覧ください。航空ショーが始まりました!」
リハーサルの時とは違い、突然ハプニングのように始まった航空ショーに圧倒されてか、すっかり司会進行を忘れていた司会者が慌てて叫んだ。
あれがモーゼズの言っていた青い機体か。冬の蒼穹のように青い。だが火星の空とはどこか違う。宇宙空間対応飛行機(MECA)ではありえない轟音は、ショーを盛り上げるための演出で、わざと煩いエンジン音を付けているらしい。それらは滑らかに大気を裂いて垂直に上昇して行く。誰もが顔を上げ、蒼穹に吸い込まれて行く青い機体たちの尾翼を目で追いかける。ふと騒がしかった音楽がぴたりと止んだ。
次の瞬間、悲鳴と歓声が沸き起こった。
遥か上空に居た機体が七機、横一列の編隊を形成して、一斉に観客の頭上目掛けてジグザグに降下してきたのだ。角度もタイミングも狂いがない。さらに排気口からカラースモークを出して、何か描いているようだ。会場の真上で繰り広げられるその曲芸から目が離せなかった。失敗すれば大事故に繋がるだろう。だがそのスリルから逃れようとする者はそこには居なかった。誰もが緊張と興奮の入り混じった面持ちで頭上を凝視する。
青い機体たちは、障害物すれすれの下がれる限界地点まで降下すると、地上を嘗めるように急旋回した。蒼穹に残る赤・橙・黄・緑・青・藍・紫、七色のカラースモーク。
「!?……」
その全貌を見て皆、息を飲んだ。それは天上から降りて来る虹色の――天国の階段を連想させた。人々が感動の余韻に浸っていると、ニ時の方向に青い機体の頭部が閃いた。轟音を上げて、横一直線に突っこんで来る。
宙を舞う残骸。“天国の階段”はあっけなく弾き飛ばされてしまった。虹色の残骸がふわふわと舞うように空に散らばる。
さらに六時の方向から二機が上昇してきた。藍色のカラースモークを出しながら一機はそのまま上昇を続け、もう一機は割れて、紫色のカラースモークで大きな弧を描く。ニ機は線がぶつかる地点で交差して、空に描く――“D”。
続いて上昇してきた別の一機が赤色のカラースモークで直線を描き、隣に並ぶ――“I”。
さらに別のもう一機がその隣に上昇してきた。尾翼が“I”の頂上を追い越す瞬間に排気口から橙色のカラースモークを出して半円を描いたところで半回転ロールして、背面飛行で反対側に逆向きの半円を描く。そこに浮かび上がる――“S”。
三機が役目を終えたように三方向に散ると上空には――
「D」「I」「S」の文字が並んでいた。
活気に沸いていた会場から熱が引いていく。しだいにあれはどういう意味だと訝る声が広がっていった。ショーは終了したのか、既に人々の視界の届かない所まで行ってしまった青い機体たちのエンジン音がどんどん遠ざかっていく。BGMも鳴っていない会場は、人々のざわめきに埋め尽くされていった。
「……」
コメントに困った司会者が「Thank you“Sky gang”」とジョークのように言って笑う。
「色彩の美しさ、スリリングな技の数々。危険と隣り合わせの息を飲むようなアクロバットが芸術的でした。この感動を与えてくれた、彼らチームBLUE HEAVENに、皆さんどうか盛大な拍手をお願いします」
まだ困惑を残した観客たちがパラパラと迷いながら拍手する。それに釣られて拍手する音が徐々に増えていった。
「え〜、続きましては」
司会者が次のプログラムについて話し始めると
《Hi,Everybody!》
またあの音声が響き、司会者の声に被さった。観客たちの興味はすぐそちらに移動した。なんだなんだ? と皆がキョロキョロしていると、鋭い口調で男は言った。
《Look at the forward big screen!》( 前方のでかいスクリーンを見ろ)
さ迷っていた視線が一斉に、前方の巨大スクリーンに向けられる。
“The piecefull world” is deceit.(“平和な世界"は偽りだ)
“This world” is“DIS world”!!(この世界は“DIS world”だ)
そこに表示されたのは明らかに、政府を批判した内容の言葉だった。統首がスピーチの時によく使用する言葉「This world」の「This」を「DIS」に変えて揶揄している。一見それはただのブラックジョークのようにも聞こえるが、これはそんな軽いものではないだろう。これはモーゼズの言っていた“主張”なのだ。
その文面は接近してくるように徐々にズームアップすると、文字がぼやけて見えなくなって画面上から消えた。
「!?ッ」
打楽器のような効果音が静寂を破った。
直後、スクリーンに方舟型の宇宙船の映像が映し出される。明度が低い映像で色彩は不鮮明だが、その全貌からそう見て取れた。火星には輸送用など目的別の宇宙機があるが、そのどれとも型が違う。それは一般人はマニアでもなければわからないようなことだが、人口蓄積知能の施術を受けてその情報を既に知識として持っているオレは、そのことが気になった。精巧に造られた模型ということも考えられなくはないが、だとしても一体なんの演出なのかわからない。
その方舟は巨大スクリーンの中央に悠然と構え、余白を三分の一ほど残して映っていた。それだけでもかなりの迫力があったが、徐々に接近していくカメラワークがさらなる緊張感を与えた。巨大な怪物に飲み込まれていくような錯覚を起こさせる。全身が粟立ち、未知なるものに遭遇したときの興奮とも畏怖とも取れる感情が込み上げてきた。やがて船体がスクリーンに収まりきらなくなるほど近付き、フレームアウトする――と思った瞬間。
《Next……a Miraculous moment arrives!》(次は、奇跡の瞬間がやって来るぞ)
――それは現実となった。同時に驚愕の悲鳴が沸き起こる。
「あれは……!?」
方舟はスクリーンの枠を越えて、“三次元”の世界に飛び出してきた。物理的に不可能な形で、そこに巨大な宇宙船が鎮座している状況に皆、戸惑っていると周囲から不思議な声が沸き起こった。
「Our place to stay is not Mars!」(我らの居場所は火星ではない)
観客の中から一人、また一人と前に進み出ていく。その声は彼らが発し、次第に大きくなっていった。このなにかの宣言のような言葉は、まさか“仮設地区住民(NO ID's)”?。だがどうやって紛れ込んでいたのか。それもこんなに多数の人間が……。彼らは復唱しながら、あの宇宙船のある所へ向かった。百人を越えるほどの人がそこに集結した。彼らは宇宙船を背にして、観客たちと向かい合う。ステージ側を映すカメラに、彼らの憎悪がこもった表情が映った。それは彼らが、誰かを祝福したり楽しませるためにやるような、フラッシュモブをやっているわけではないということを物語っていた。これは……
「ッ?」
突如、大きな影が堕ちてきて、観客の周りを闇が包んだ。雲が動いたのかとオレは天を仰ぐ。
「なんだあれは!?」
誰かが叫んだ。頭上に巨大な縦長の物体が浮かんでいる。地上に堕ちてきた影の正体は、その物体の影だった。間断なく聴こえてくる機械的な作動音が、それが雲ではないことを示す。その大きさから、宇宙空間対応飛行機(MECA)でもないことがわかる。これほど巨大な物体が空を飛んでいて気付かないわけがない。ということはここにワープしてきたのか。皆、驚愕と好奇心の眼差しで、その巨大な飛行物体を下から眺めていた。オレは上げていた顔を下ろし、正面に向けるとある変化に気が付いた。
“方舟”が消えている――
つい先程まで前方に在ったはずの方舟が、忽然と姿を消していた。いや……
在った?
それを見付けてオレは困惑した。巨大スクリーンに映る“方舟”を見上げる人々の映像を見て。あそこに映っているのは……今いる場所じゃないのか? じゃあ、あれは――
“方舟”?……
自分が今いる場所からはわからないが、もっと離れた場所から撮影し、観客とその上空をフレームに収めたその映像には、船体がはっきりと映っていた。
周りの人間も徐々にそのことに気付き始め、会場がまた人のざわめきで騒がしくなる。方舟の前に集合していた人々の姿は、依然としてそこにあった。彼らは黙って佇み、そこから動く様子は見られない。彼らはこれからどんな行動を起こすのか……
警備をしっかり頼んだぜ――
皮肉のように言ったモーゼズの言葉が脳裏に蘇る。できることならこれ以上、何も起こらなければいいのかもしれない。そうすれば死者も出なくて済むだろう。だがこれで終わりではなんの意味もない。彼らの主張はなんの効力も持たないだろう。この程度のアピールでは、何も変えられない。“DIS World(この世界)”を変えるためには、この人間階層(ピラミッド社会)に革命を起こすためには、もっと大きな何かを……
「?」
その時だった。方舟がゆっくりと垂直に降下してきた。悲鳴が上がり、下で見物していた人々が慌ててその場から離れようとするが、巨大宇宙船が人々を潰しにかかるようなことはなく、降下は途中で止まった。そのことに安堵し、しかし警戒しながら“それ”を監視するように見ているとその腹部から光が漏れた。直後、赤い光点が見えたかと思うとそれが赤い一筋の雨のように、地上に向かって降ってきた。それは意思を持ったように動き、ペンで図形を描くように巨大スクリーンの前にいた人々を線で囲んでいく。
その刹那。彼らの姿は前方から消えた。
この火星には無い技術だ。宇宙機を別の空間に移動させる技術はあるが、今のような方法で人を空間移動させることはできない。ということはあの宇宙船は“別の星”の……
「!?」
茫然とそれを眺めていると、方舟が上昇した。警備隊のオレたちは、有事に備えて待機しているが、この状況でもまだ指示は出ない。様子を窺っているとも考えられるが、それよりも、おそらく彼らは“必要ない”と判断されたのだろう。
コロニー政府は異分子を取り除くために人間の粛清をしてきた。つまり彼らのような反政府思想を持つ者は政府にとって邪魔な存在だ。それが出ていくということは、追い出す手間が省けるということになる。
あの宇宙船がどこから来て、何者が乗っているのかはわからないが、こうして手を出さずに黙って見ているほうが、彼らにとっては安全な気がした。あの謎の宇宙船は、彼らを拉致したというよりも、“救出”したように見えた。まるで旧約聖書に登場する「ノアの方舟」のように。
巨大な方舟型宇宙船は、作動音を唸らせて空中で待機を始めた。早く行け、逃げろ! と心の中でオレは叫ぶ。早くしろ、“指示が出る前に”と。
「?」
ふと微かな大気の振動を遠くに捕らえた。耳で捕らえるのがやっとなほど小さかったその音がだんだん接近してくるのがわかる。その間断のない低周波のような音が一気にフェードインすると同時に、東の空にいくつかの点が並び、二つ数えるより早く“それら”は会場まで到達した。頭のはるか上空を飛んでいく物体を見上げて、困惑する人々。中には歓声を上げる者もいた。あの青い機体たちが戻ってきたのだ。誰かが陽気に指笛を鳴らした。
司会者が会場のスタッフに、口パクで何か訴えていた。“Sky gang(空の暴走族)”が、プログラム通りに行動しないことに腹を立てているのだろう。プログラムはもうめちゃくちゃだ。だがこうなることは、“彼ら”にとっては“計画通り”なのだろう。
七機の青い機体たちは、これからショーの続きを始めるのか? 彼らは横一列の編隊を形成して急発進した。その進行方向は、あの巨大宇宙船だ。七機同時にそこに突進する!――そうヒヤリとさせるが、ぶつかる手前で急カーブを切って停止した。その動作、タイミングは七機同時で、ここでもテクニックと結束力を見せ付けてくれた。もう見世物は終わったはずなのに――いや、この祭典が終わるまでこうやって“奴ら”は、ここに居る人間たちをおちょくって弄ぶつもりなのかもしれない。
七機は散開して、各自の配置場所に着いた。巨大な宇宙船の前に機体が交互に並んだフォーメーションが、まるで巣を護る働き蜂を思い起こさせる。青い機体から青い蜂と化した機体たちは、重力調整装置の力で空中に浮いていた。本来静かなはずの機体から、ときどき激しくエンジン音を唸らせるその様子は、まさに敵を威嚇する蜂そのものだ。
その刹那。
「……?」
巨大宇宙船が姿を消した。巨大スクリーンにも映っていない。今度はあの宇宙船ごとワープしたようだ。
《Ready》
またあの男の音声が聴こえてきた。
《set……》
低く空気に霞むような声に合わせて、一斉に青い機体たちの頭部が開く。その中が発光した――そう思った瞬間。
《Go!!》
閃光の花が咲いた。直後に鳴った耳を劈くような炸裂音が、それが破壊の花であることを示す。その方向は、統首が座っていた席だった。統首の席はシールドを張っていたはずだ。それなのに何故……
“シールド”は、コンピュータが個体に個体識別印章して、設定したシールド領域に侵入した落下物や攻撃と見なされた場合、防犯システムが作動してそれらを破壊し、物理的攻撃から個体を護る防御システムだ。そのセンサーを通過した。統首はどうなったのか。
近くで待機していた防衛組織の特殊警備隊が駆け付け、現場の消化活動を開始するのが見えたが、すぐにバリケードが張られてその奥の様子が見えなくなった。
“奴ら”は――!?
後ろを振り返りその上空を仰ぐと、そこに居たはずの青い機体たちは姿を消していた。焼け焦げた臭いが漂う中、観客のほとんどが逃げ散ったが、この様子をカメラなどの映像に収めようとして現場に留まる者もいた。オレたち警備隊は、そんな彼らを誘導して安全な場所へ避難させなくてはならなかった。レスキュー隊――こちらも待機していた――が怪我人をストレッチャーに乗せて運んで行く。
《……よく……も》
「?」
混乱の中に、人が呻くような音声を耳が捕らえた。しかし皆逃げることに必死で、その声に気付く者はいなかった。オレは気のせいだったのかと声の主を探すと
《嗜虐嗜好の、暴君め。よくもこの晴れの日に……っっ!》
今度はもっとはっきりと聴こえた。マイクを通しているのか、人々の喧噪に埋め尽くされた会場にもその怒号は冴え渡った。多くの人々が驚き、足を止める。それは歯軋りが聴こえてきそうな、男性の憎しみのこもった音声だった。
《よくも侮辱してくれたな……》
この声は――“統首”?
「ッ!?」
その時ざわめきが起こった。上空に青い機体たちが再び姿を現したのだ。
《命令だ! あの輩を……奴らを一機残らず撃墜しろ――――ッッ!》
直後会場の至る所に設置された出動を要請するランプが赤く点滅した。自分のタンマツに取り付けた警報ランプも赤く点滅していた。有事が発生した場合、要請を受けたパイロット個人が所持しているその警報ランプが点滅することになっていた。まさか低ランクの自分にいきなり要請が来るとは思っていなかったが、戸惑っている場合ではない。オレは近くにいた同僚に断りを入れると、自分の機体を停めた駐機場所に向かって駆け出した。
モーゼズが「撃て」の号令をかけるとき「Ready set go(日本語で用意ドン)」と言ってますが、「fire(撃て)」と言ってしまうと警戒されてしまうのであのように言わせてみました。




