第二十四章:結束
轟音とともに五機が編隊を組んで上昇していく。中央の機体が頂点に上り、その両脇を飛ぶ四機は外側に向かって下がった位置につき、山を描く。中央機はさらに上昇を続け、一番外側を飛ぶ機体が分離して編隊から外れる。そして両脇を下降、ロールした後、平行飛行からブレイクして脇に抜けた。
「おぉ……」
溜め息混じりの歓声があちらこちらから漏れた。
次に三機編隊が同時に下方宙返り。見事な連係プレイだった。その後三機編隊は下降からなめらかに水平飛行に転じ、中央機は直進し、両側の二機は左右に別れて180度旋回した。その二機がそのまま飛行場に向かってきたかと思うと、また九十度旋回した。対向する二機がそのまま直進し、見事にクロスしてすれ違う。かなり接近していたように見え、その瞬間ひやりとした。
その二機がもう一度クロスすると、今度はさらにその両側を編隊から外れていた二機が急上昇して、外からなぞるように上昇して大きな弧を描きながらクロスした。蒼穹をキャンバスに白いスモークが巨大なXの文字を描き出す。
次に中央を平行に飛んでいた機体が遠方からインメルマルターンで方向転換し、飛行場に戻って来ると上昇していた二機が急降下してその後を追い、さらに中央を飛んでいた二機がタイミングを合わせてそれに加わり、五機がきれいな列を成して飛行場前を九十度旋回して横切った。
飛行リハーサルは一時半ごろまで続き、ニ時からは別のリハーサルが始まり、それは予定していた時間内に終了した。その後は基地に戻る者もいれば指定場所に向かう者もいて、来る時同様上空が混雑するため、解散後は管制官の指示に従い、順次に宇宙空間対応飛行機(MECA)が飛び立っていく。道中、調子に乗って機体をロールさせたりアクロバットの真似事をする機体が上空に点在していたのは言うまでもないことだった。
基地に戻るまで何度もアクロバット飛行したいという気持ちに駆られ、悪戯に周囲でくるくると機体をロールさせる奴や90度近い傾斜をして飛ぶ所を見かけると、そいつらに悪態を吐いた。それらの行為は邪魔で迷惑極まりないことだった。そんな馬鹿な連中のせいで接触事故を起こしたらたまったものではない、とオレは煩わしさに耐えながら避けて進んだ。
基地に戻ってからは体力訓練と射撃練習の予定が入っていた。体力の基礎トレは相変わらずきつかったが、ひーひー言って全身汗まみれの年輩パイロットよりはましだろう。終わればケロッとして次の訓練に向かった。
射撃場では伏射と立射の訓練を行い、どちらも射撃訓練装置を使って、それが表示するデータをパソコン画面から見てコーチが指導するというものだった。それには銃口の指向点やその軌道などが全て明確に表示され、欠点が一目瞭然となる。
「指向点のブレ幅が大きすぎる。もっと狙いを定めて、標的に集中させろ」
射撃訓練装置(NPT)のデータが映し出されたパソコン画面を見たコーチに厳しく叱責された。苛立ちで注意が散漫になっている――それが心の動揺、指向点のブレに繋がったことは明らかだった。そのことを自覚していたため余計悔しかった。体力的にも精神的にもくたくたになり、その日の予定が終わるといやな気持ちも含めて全部洗い流しにシャワールームへ向かった。午後八時を回ったシャワールームには行列ができていて、三十分近く待たされた。新入りや低ランクの者は急かされ、高ランクの者はのんびりと浴びていた。やがてやっと自分の順番が回ってくると、新米パイロットのオレは流れ作業でシャワーを浴び、さっさと着替えを済ませて髪も乾かさずに肩にタオルをかけてそこを出た。
「Hi」
ドアを開けるとまん前にいた男性に声をかけられた。中肉中背の外国人男性だった。こちらをにやにやしながら見ている。怪訝そうにオレが見返すと相手はドアの横に下がって、
「どうぞ」と掌を通路のほうに向けて差し出した。ふとその指に目が止まった。銀色の指輪が光っている。太さといい、質感といい、それがあの零号士がよく身に付けているゼロパーツ(零号士の「0(ゼロ)」をモチーフにしていることからそう呼ばれている)であることは間違いなかった。
今までこういうことはなかった。こんな風に面識のない零号士に声をかけられるようになったのは、モーゼズと出会ってからのことだ。そのことに何か不自然な違和感を覚えてならなかった。彼等の接近が何かを意味しているのではないかという気がしてくる。モーゼズのように彼等も父を崇拝しているのだろうか……
いや、モーゼズ(あいつ)の言ったことを真にうけるのはまだ早い。あいつは得体の知れない“要注意人物”だ!
あんな怪しい奴を信用するものか、とオレは不確かな妄想をかき消した。
寮に着くと先に食堂で夕飯を済ませてから自室へ向かった。こんな日はゆったりとベッドでくつろいで眠りたかった。欠伸をしながら暗証番号を押してドアロックを解除し、部屋のドアを開けた。
「!?」
中に人影があった。一人は男性、もう一人は……
「何してんだよ……?」
恥ずかしさで叫び切れなかった。二段ベッドの下段に、喘ぐ金髪の女とその上に跨がって盛んに腰を上下する筋肉質の男がいたのだ。オレが入って来たことに気付いた女は目を見開き、魚のように口をぱくぱくさせて驚愕し、振り向いた男は――
「モーゼズ!?」
「Oh……」
モーゼズはハの字に眉を下げて頭を振った。全く悪びれた様子はない。
「こんな所に女を連れ込みやがって……」
憤慨するオレに、女は何を言ってるのか分からないのか困惑して裸体を毛布にくるんでいた。
一方モーゼズは鍛え抜かれた全裸の肉体を隠そうともせずに膝を曲げた状態でこちらを向き、掌を天井に向けて苦笑した。
「 Please knock earlier」(先にノックしてくれよ〜)
「な……」
ふざけやがって!?
「なんで自分の部屋に入るのにノックしなきゃならないんだよ!?」
ついにぶち切れたオレにモーゼズは困り顔で頭を振る。それからふと何か閃いたように瞳を輝かせた。
「OK,OK」
そう言ったモーゼズをオレは軽蔑と憎悪を込めて睨み付け、悪態を吐く。
「何がOKだ……」
するとモーゼズが
「Hibiki,come here」と手招きした。
何だよと怪訝そうに眉を潜めるオレを急かしてモーゼズが激しく手を閃かす。
「なんだよ……?」
仕方なくオレが歩み寄ると
「もっともっと」と表情を厳しくしてモーゼズがオレを招き寄せた。訝りながらもオレがベッドの側まで行くと
「わっ!?」
いきなりモーゼズがベッドから飛び出してオレの腕を掴み、ベッドの上に引き寄せた。ドサッとマットの上に横倒しになったオレの肩と頭がそこにいた女の横に倒れ込む。
「っ!」
慌てて起き上がろうとマットに手を突くと
「Eek!」
引っ張られた毛布から女の胸がむきだしになり、女が軽く悲鳴をあげた。目の前で裸の女性の胸を見たオレは恥ずかしさと驚愕ですっかりうろたえてしまい、逃げ惑った。
それを見たモーゼズがクスリと笑い、睨み返したオレの顔を覗き込んだ。
「Do you play together?」(一緒にやるか?)
「なっ……!?」
あまりの下劣な言い様にオレは呆れて言葉を失った。モーゼズを払いのけるようにしてベッドから抜け出す。
あいつ、最低だ……
最低だ最低だ最低だ――――――っっ!
部屋を出たオレは職場に戻ることにした。髪に触れるとまだ湿っていて、生乾きだった。疲れのせいか目の周りが熱っぽく感じた。にわかに頭痛がする。
くそ……あいつ、オレのベッドであんなことしやがって……
「っくしっ!」
どうやら風邪を惹いてしまったようだ。鼻を啜り、また悪態を付く。
ああ、頭がぼうっとしてきやがった。
通路脇の窓をこじ開け、そこから頭を出してうなだれた。湿った頭に冷たい外気が当たって爽快だった。
気持ちいい……
肩の力が抜けていく。
「おい!?」
不意に驚愕の声が飛んできた。その直後、背後から誰かがオレにつかみかかり、下に向かって引っ張った。
「何してんだよ!?」
相手はそう叫び、オレが引き摺り降ろされて窓から顔を出すとそこにいたのは同期のパイロットで杉山という二十四歳の男性だった。危機迫るような面持ちをしている。どうかしたのかとオレは疑問の表情を浮かべた。
「杉山さん……」
ぼんやりとそう呟く。
「『杉山さん』じゃねぇだろ! 今、何しようとしてた!?」
唾を飛ばしながら鼻息を荒げて怒鳴る彼だったが、何故そんなに興奮しているのか全くその理由が分からなかったオレは、ぼうっとした熱っぽい目で答える。
「外の風に当たって涼んでたんです」
「飛び下りようとしてたんじゃないのか!?」
「まさか」
オレは思わず苦笑し、肩を竦めて掌を上に向けた。
あ……っ、オレは何故“あいつ”と同じことを!?
自己嫌悪に陥り、寒気のする体を両手で抱き抱える。
「……」
杉山は真剣な表情でそれを見ていた。
「なら、いいけど……」
間違いに気付いた彼は、恥ずかしそうに表情を赤らめ
「じゃあな」と言って去って行った。通路を行く彼と反対方向から来た人物が擦れ違う。
「Hibiki〜!」
その声にオレは、頭を押さえて嘆息した。また頭痛がしてきた。それが風邪によるものなのか、苦悩によるものなのか分からなかった。ふらつきながらエレベーターのほうへと歩き出す。心身ともに、もうくたくただった。エレベーターの扉が開くと無人のそれに乗り込み、開閉ボタンに手を伸ばす。押してから一息着いて壁にもたれ、がっくりと頭を横に傾ける――と、ガンと音がして、扉が閉まる瞬間その隙間に何かが飛び込んできた。誰かの足だった。安全装置が働き、自動的に扉が開く。それが誰の足か予想できたので、オレは表情をこわばらせた。この時ばかりはこの安全装置を恨んだ。危険人物を支援して、危険な密室を作ってしまう欠陥システムだ――と。
相手はすました顔で乗ってきた。扉が閉まり、短い電子音を鳴らすとともに起動したエレベーターが下降を始める。
ゆうに190センチはありそうな長身のその男は腕を組み、したり顔で言った。
「見てくれたか? オレたちのチームのアクロバット・ショー」
「“オレたちのチーム”?」
オレは振り向いて訝しげにその男――モーゼズを仰ぎ見た。モーゼズは口の端から笑みを零し、壁にもたれてオレと向き合った。
オレは自分より20センチ近く高いその巨塔に威圧されないようにと、泰然とした態度で下から見据えた。
モーゼズの口が動く。
「そう、“オレたちのチーム”――『ブルー・ヘブン』だ。覚えといてくれ」
モーゼズはそう言い、軽く鼻で笑うと眼の表情をがらりと変えた。氷点下に包まれた極寒地帯のように、その碧眼が冷気を帯びる。
「あれは地球保護団体の物資輸送メンバーの一員だ。それも“厳選された零号士”だけを集めたな」
含ませるようにそこで言葉を切ると、モーゼズはオレに誘発するような微笑を向けた。彫刻のように彫りの深い端正な顔に、はめ込まれたような宝石さながらの碧眼が怪しく光る。
「興味があるみたいだな?」
確かに好奇心をくすぐられていた。だが誘導されているようで、素直にそれを認めるのが気に入らなかった。仕方なく聞いてやったようにオレは質問した。
「厳選された零号士とはどういう意味だ」
「しっ! ドアが開くぞ」
モーゼズが横をさっと見て言った。オレもそこに目をやると、扉横の操作ボタンが点灯して数字がオレンジ色に光っていた。間もなく扉が開く瞬間だった。
「何し……」
「いいから、演技しろ」
「はっ?」
何でこんなことしなきゃなんないんだよ!?
モーゼズがオレの手を自分の尻に持っていった。
「そう、いい感じだ」と甘い声で囁く。 ぞっとして見開いたオレの目いっぱいにモーゼズの顔が映る。それが接近してきて目と鼻と口しか見えなくなっていく。焦ってオレがびくっと反応すると、奴の顔がオレの顔をすり抜けて耳元で囁かれた。
「キスしてるふりをしろ、いいな?」
「キっ……!?」
抗う間もなく扉が開く。
うわっ……!?
覆い被さってきたモーゼズの肩越しに扉の前に立つ白人男性の姿が見えた。彼は表情を一瞬凍らせた後、頭を振って苦笑した。
「おいおい、他でやってくれよ」と英語で言った彼にモーゼズが
「バイバイ」と扉に向かって、顔を向けずに手を振る。男性は諦めて乗ってこなかった。やがてブザーが鳴るとともに自動的に扉が閉まっていく。
ああああぁぁぁ…………
行かないでくれ――っっ!?
その扉に向かってオレは、声に出さずにそう叫んだ。そんなオレを見てモーゼズは
「くく……」と忍び笑いを漏らした。むかついたオレが睨み返すと、ますますモーゼズは面白そうに笑った。
「なんだよ……っ」
「さっきの話、もっと聞きたいだろ?」
「……」
オレは不機嫌な顔で睨み変えしたが、奴はそれにはかまわず話を始めた。
「あの零号士たちはな、ある同じ目的を持って立ち上がった義勇の戦士たちだ。アクロバット・ショーや地球修復活動をやってはいるが、本当の目的はもっと別のことにある」
含ませるような間が緊張を誘った。モーゼズの唇からその答えが紡がれる。
「権利の主張だ」
そう言ったモーゼズは微笑した。しかしその細められた瞳の奥に燃えあがるような強い念を感じて、オレはぞっとした。言葉の真意が明かされることに恐れを成してしまう。
「そんな目で見るなよ。オレたちは“同じ人間”だろ? 少なくとも『彼』はそう認めてくれた。
お前の父、遠山雄二はな……」
「!?」
声が出なくなる。首を締め付けられているようだった。二つの事実が脳内を駆け巡る。
それはつまり
父は
モーゼズは……
「オレたち――“NO ID’s”を」
これは恐ろしいことなんだろうか。
オレは仮説地区の貧困者を差別してはいない。
だが、まさかモーゼズがそこの出身者だとは思いもしなかった。
そして父はそんな彼等を受け入れていた。
“仮説地区出身者(NO ID’s)”――と知りながら。
生命を尊ぶ父ならそうしていたことも有り得なくはない。しかし、それは政府に対する反逆……。父がそんな立場にいたなんて信じられない。これをどう受け止めていいのかわからなかった。
「何故……そんな重要な秘密をオレにばらした?」
慎重に訝るような眼で尋ねるとモーゼズは、意外だなとでも言うように目を丸くした。
「お前も遠山雄二と同じ考えだと思ったんだが……違うのか?」
「オレは……」
答えは決まっていた。だがオレは言い淀む。軽はずみな発言は避けたかった。感情に流されてはいけないと思った。彼のような境遇の人は、いつか救ってあげたい人でもある。だが、今のオレにはそんな力はなく、彼はコロニー政府への反逆者であり、敵だ。政府の管轄機関である防衛組織に属する人間にとっても。
その一人であるオレは、彼やその同志と手を組んで戦争を始めたいわけじゃない。だから……
「ショーのことだが」
モーゼズが話題を変え、オレは少しほっとした。
「当日は派手にやるから楽しみにしててくれ。あんな白塗りの鳩ポッポみたいな機体じゃなく、ブルーのイカしたやつでカラースモークも使って」
「白で統一すると聞いたぞ。勝手に変えたりして大丈夫か?」
お祭り騒ぎを始めようというのか、軽すぎるその乗りが理解できずオレは首を傾げた。
しかしモーゼズは不敵に微笑した。
「それも一つの演出だからな」
「……」
オレは言葉を失う。もう好きにやれ、そう思った。
「ラストに最っ高の仕掛けを用意した。……それが一番の見せ場になるからよ〜く見といてくれよ」
そう言ったモーゼズの表情は晴れ晴れとしていた。精悍な、と言ってもいい。
「警備をしっかり頼んだぜ、響」
彼はオレの肩を軽く挨拶代わりのように叩いた。エレベーターは誰かが押した指定の階に着いていた。扉横の操作ボタンがオレンジ色に点灯している。そしてモーゼズのその背中が、開いた扉の向こうに消えた瞬間――
そのままどこか遠くへ行ってしまう
……そんな気がした。




