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第二十二章:HARD DAY<豹変男>

男性新キャラ登場〜!! 敵か? 味方か? はたまた異星人か!??

 今思うとメヒョウがオレを見た時のあの視線は“知っていたものを初めて間近で目にした”、そんな感じだった。まるでオレを遠山響とおやま ひびきか? と目で確認するような。

 彼女は地質調査員であり、多くの天体を回っている。その中に含まれる地球の修復作業に携わっていた零号士の父と面識があってもおかしくない。彼女と父は年齢も近く、父からオレの話を聞いて知っていた?

 その可能性もあるな。でもそれはちょっと強引か。あれこれ思案しながら表情を変えていると、不可解そうに相楽臣(さがら しん)が言った。

「遠山響、どうしたの?」

 オレは上の空でそれを聞き流す。

「ところでメヒョウって何歳なんですか?」

「三十八だけど」

「三十八……」

 オレは独り納得して呟き、相楽臣の「何で?」という質問もまた聞き流す。

 父が生きていたら今、三十九歳。丁度歳も近いわけか……

 ふとオレは思考の中から抜け出し、相楽臣の顔を見た。

「メヒョウって結婚してるんですか?」

 してるとすれば子供の話もするかもしれない。これも強引かもしれないが……

 相楽臣が答える。

「してないけど」

 今度は何で? と言わなかった。

「してない……?」

 オレは首を傾げ

「何でですか?」

「は?」

 相楽臣は困惑の表情でオレを見た。

「オレに聞かれても……」

 オレは虚空を仰いで嘆息した。

 あの視線の意味はなんだったんだろう。わかりそうでわからない。そもそも、あの視線に意味なんてなかったのかもしれない。

「はぁ……」

 ともう一度深い溜め息を吐く。

「大丈夫か? オレはこれからフライトだからもう行くけど、何か悩みがあるなら相談しろよ。じゃあな」

「……」

 オレを気遣う相楽臣の後ろ姿を見て初めて“あいつ、本当は結構良い奴なのかもしれない?”と思った。







「うわっ、すげぇ。こんな所まで行けちゃうぞこれ!?」

「はい交替、交替〜」

 穏やかな午後の日、はしゃぐ新人パイロットのそんな声が飛び交うここは、疑似体験装置などが設置されているシミュレーション・ルーム。室内には宇宙空間対応飛行機(MECA)の操縦席をかたどった機械などが数台並んでいる。

 それらには実際の機体の操縦席や飛行時の景色が忠実に再現されており、病気や怪我などで操縦期間が空いてしまった場合に感覚を取り戻すためなどに使用されている。一見ゲームセンターにあるものにも似ているが、遊具としての使用を禁止するため鍵付きで完全管理されている。それは脳内が疑似体験マニュアルに慣れすぎてしまい、実際の飛行時に発生する細かな反応を鈍らせてしまうことを防ぐためでもあった。その室内に今、新人パイロットが数十人、立ち話を交えながら列を成している。その末端のほうにオレはいた。窓の外に視線を移して小さく溜め息を吐く。今は午後三時過ぎ、日中ど真ん中の真っ昼間。窓の奥に広がる蒼穹が恋しかった。

 よりによって快晴とは……

 オレは機体(MECA)を操縦している時だけ唯一開放さるた気分になれるのだが、この日は屋内での基礎訓練と科学班が新開発したという極小飛行型カメラ=アゲハの披露とその体験講習を行っていた。科学班の男性が二人、使用法の説明と指導のもと、新人パイロットがその機械を操作している。皆の評判は上々で、それの機能や物珍しさに嵌まってなかなか順番を回さない奴が多く、つっかえつっかえながらもようやくオレの順番が回ってきた。前に操作していた男性パイロットが名残惜しそうにぼやきながらも席を立ち、替わってオレがアゲハと専用操作機器を接続した席に着いた。

 卓上のディスプイにコロニー周辺地図が表示され、その一点にアゲハのキャラクター画像が現在地でパタパタと羽根を羽ばたいていた。その度、虹色の鱗粉が小さくきらめく凝ったデザインだ。そしてかわいい。

「まずこれが自動(オート)にした場合――」

 ついぼーっとなってそれを見ていると柔らかな声音の科学班の男性がボタンを押して説明した。

「うわっ、凄い……」

 思わずオレは感嘆の声を漏らした。画面が切り替わり、アゲハの視点になった景色がそこに写し出される。するとアゲハが移動を始めて景色が動き、障害物を避けてすいすいと進んで行く。まるで自分が空を浮遊しているようだった。

「触覚型センサーの働きで、このように障害物を避けて進むことが可能です」

「へぇ……」

 とオレはただただ関心して頷くばかりだった。

「そしてこれが自分で操作する場合」

 男性がまたボタンを押して、画面が切り替わる。アゲハのキャラクターが

「今度は自分で操作してみてね」と言う声が流れ、画面にもその台詞が表示された。

「今度はこのコントローラーを使って、自分でアゲハを動かします」

 男性からそのコントローラーを手渡され、オレはさっそくその操作を開始してみることにした。

 うわぁ……

 初めて機体(MECA)に搭乗した時みたいに胸が高鳴った。


 凄い、凄いぞ……!?


 すぐにその優れた機能と壮快感に心を奪われ、オレは夢中になっていた。

「危ないっ! 行けっ!」

 ついには、それが声になって口から出てしまう。

「……はい、こんな感じでした」

 やがて科学班の男性のやんわりとした口調でそれは締めくくられ、オレは少し寂しげな表情を浮かべながら席を立った。それからなんとなく他のパイロットに混ざって他の人の操作を見物していると

「科学班の人って凄いんですねぇ。こんな機械があるなら、この先パイロットがパトロールする必要なんてなくなるかもしれないな。この機械のほうが人間のパイロットより“優秀”みたいだし」

 操作を開始して間もなくそんな言葉を吐いた奴がいた。


 なんだこいつ……?


 説明していた科学班の男性は苦笑していたが、オレはすっかりしらけてしまい、そいつに嫌悪した。

「遠山くん」

 小さく名前を呼ばれ、振り向くと

「高藤さん?」

 横に高藤樹羅(たかとう じゅら)がいた。前日のこともあってか、少しやつれたように見える。

「もう起きて大丈夫なの?」

「うん、少し気を失ってただけだから」

「そう、良かった……」

 あの時見た限りでは、彼女の装甲板の下の肌は傷にはなっていなかったはずだったが、悪いことをしたなとオレは心の中で反省した。

「それより、気にしないほうがいいよ」

「え?」

「あの人、零号士ゼロみたいだから……ほら、あの腕輪(ブレスレット)

 声を潜めて彼女が言った。男の左腕にはめられた銀色のブレスレットを見て。

「ああ……」

 そうか、とオレは納得した。よく見るとその男の周囲には、他にも同じ、または同種と見られる銀色のアクセサリーを身に付けた人間がいて、へらへらと下品な笑みを浮かべていた。

 やがてブレスレットの男が操作をやめて席を立つとその周りにいた奴等も動き出した。銀色のアクセサリーを身に付けた連中だった。皆、逞しい体付きをしていて、身長がオレより高かった。そいつらが見物していたオレたちのほうに向かって前進して来る。その中の一人がオレの眼前に来ると、そこから威圧的にオレを見下ろした。そして片方の口角を上げて、そいつは鼻で笑った。

「……っ!」

 その見下した態度に怒りが込み上げ、オレはその姿を目に焼き付けた。黒髪には浮くような碧眼と彫りの深い西洋人風の顔立ち。いかつくないが鍛えあげたであろう肉体の大胸筋が、Tシャツを僅かに隆起させている。170センチほどのオレを威圧的に見下ろせるその長身は相楽臣より高く、190センチぐらいありそうだ。

 そして――


 “ZERO”と刻まれた銀色のブレスレット。


 それがオレの神経を逆撫でした。それが一番挑発的にオレの零号士に対するイメージを汚してくれた。父が築き上げた誇り高き零号士のイメージを。こんな輩が父と同じ零号士であることが許せない。オレは不快なものを胸に蓄積させたまま講習を終えた。パイロットたちが各自退室し、オレもその後に続いた。時刻は五時を回っていた。気分が優れず自然と表情が険しくなる。気持ちを切り換えるために左右に首を傾けて体をほぐす。ふと通路の窓から外に目をやるとすでに空は薄暗くなり、日が暮れ始めていた。すると

「Hey」

 背後からそう呼び掛ける声がして、戸惑いながらオレは振り向いた。

「!?」

 そして唖然とした。


 あいつ、さっきの!?


 そこにいたのは先程の講習で不快な言動を振りまいていた連中の中の一人で、去り際にオレに強烈な印象を植え付けた碧眼の男だった。よく見るとそれほど年齢が行っている様には見えない。せいぜい二十代後半といった所か。顔立ちは端正な西洋人風で彫りが深い。黒い髪は柔らかそうで少しうねりがある。そして手首にはあの銀色のブレスレットが光っていた。これは零号士が墓場に埋めてもらう遺骨の代わりとして考えたと言われている。耐久性に優れた金属でできていて、中には位置表示機器と個人データ入りのICチップが入っており、後で回収可能らしい。一部の零号士は、これと同種の指輪やネックレスなどを戦死した時の勲章として身に付けているという。その隣に何故か、瞭でルームメイトの大塚という三十代の男性もいた。

「?」

 オレは疑問と訝る眼差しで交互に二人を見る。

「何か?」

 そう尋ねると、大塚が切り出した。

「うん。あのさ、君と使ってた瞭の部屋なんだけど……オレはもうあそこを出たから、替わりにその部屋を今日から彼が使うことになったんだ」

「は?……何でですか」

 オレは大きく目を見開き、思わずうろたえてしまった。

 何だって? 聞きまちがいだよな……


 すると大塚の表情が、みるみる物凄く嬉しそうな表情へと替わる。

「えへっ、実はさ、オレ結婚することになったんだ。それで彼女とマンションで暮らすことになって……くふふふ」

「そうなんですか……おめでとうございます」

 相変わらずの無愛想な顔でオレは義理の祝福の言葉を述べた。

「ありがとう〜!」

 それでも大塚は充分嬉しかったらしく、オレの両手をとるとさらに抱擁までしてきた。

 幸せそうで何よりだな……と心の中ながら、心にもない言葉を呟く。初めて彼と会話らしい会話をした気がした。オレは日頃から睡眠を取る際、あの部屋より仮眠カプセルを使用することが多かった。そのためかルームメイトである彼と接することが少なかったため結局彼がどんな人間なのか分かるはずもなかったが、悪い人ではなさそうだ。と今更ながらにそう解釈できた。

 ――?

「そうじゃなくて!」

 はっとして、オレはつい声を荒げるが

「遠山くん、君のことは忘れないよ。じゃあ、元気でね! オレは防衛組織ここも辞めて一般企業のサラリーマンになるからもう会うことはないと思うけど、君はまだ若いからここで頑張って。じゃあ、さようなら」

「ちょっ……」


 そうじゃなくて――!


 心の中でその叫びが空しくフェイドアウトしていった。予期せぬその展開にオレはしばし放心状態に陥っていたが

「大丈夫……デスカ?」

 ふと碧眼の男が、たどたどしい日本語で話し掛けてきた。

「大丈夫です……」

 こいつ日本語通じるかな? とオレは少し不安になった。コロニー住民は地球から移住してきた際そのまま母国語を使用している。とは言っても、ほぼ英語がコロニー内公用語になっているのが現状だ。そしてパイロットになるためには英語が話せなければならないため、人口蓄積知能の知識内容には英語も含まれているのだが

「えっと、あなたは……何語が話せますか?」

 オレは未知の生物と対峙するように警戒しながら、とりあえず試しに日本語で話しかけてみた。男の口が動き、その回答が語られる。

「I can speak English ,but sometimes speak Italian,French……」

 男は英語、伊語、仏語……が話せることを英語でペラペラとしゃべり、やむなくオレはその中から唯一知識のある英語での会話に挑戦してみることにした。

「くく……」

 男がオレを尻目に忍び笑いを漏らした。ムカついたオレは怪訝な表情でその顔を見据えた。

「Sorry……」

 男は笑いをかみ殺しながら、軽く謝ってから言った。

「Ⅰ’m Moses Melville」(私はモーゼズ・メルヴィルです)

「モーゼズ?」

「Yes,――and you?」(はい、あなたは?)

「あ……Ⅰ’m Hibiki Toyama」

 オレは少し緊張した口調で名を名乗る。するとモーゼズと名乗った男に笑顔で握手を求められ、それに応じた。

「Let's talk again.later in a room」(部屋でまた話しましょう)

 モーゼズは笑顔でそう言い残すと踵を返して去って行った。

 取り残されたオレの顔は徐々に引きつっていく。

「っ……!」

 絶叫しそうだった。何でよりによってあいつと同じ部屋にされなきゃならないんだ! その苦情を言うためにある場所へと向かう。走りたかったが、前日の傷口が開くと厄介なので小走りに近い早足で進んだ。やがて瞭の管理人室の前までやって来ると即座にインターホンを鳴らした。

 間もなくして 開いたドアの奥から管理人が姿を現した。

「どうしたの、険しい顔して?」

 管理人は五十代半ばの女性で、瞭の住人とは親子みたいな関係を築いている。オレもその中の一人だった。

「オレの部屋替えて!」

「急に言われても空きがないから無理よ。嫌なら替わってくれる人を探して」

 管理人は困った表情でそう返した。

「そんなぁ……」

 そんな当てはなかったオレはがっくりと肩を落とす。結局オレは泣く泣くそこを後にした。





 とぼとぼと自室までの帰路を行く。瞭の玄関を抜けエレベーターで自室の階まで上がると、重たい足取りで部屋の前まで行きドアを開けた。中は真っ暗で静まり返っていた。とりあえずオレは壁際にあるスイッチを押して電気を付ける。

 室内がぱっと明るくなった。そしてはっきりと浮かび上がったその室内からは、大塚の荷物が姿を消していた。そのためか前より部屋が広く感じられる。オレは奥へと進んだ。

 無人だということに安堵してナイロンブルゾンを脱ぎ捨てると、そのまま二段ベッドの下段に潜り込んだ。目を閉じて安らかな呼吸を繰り返す。限られたその箱空間の中で首をひねったり軽い伸びをし、そのまま眠りに着こうとした――と、その時。

 妙な気配のようなものを感じた。オレは寝転んだまま頭を傾けた。

「わっ!?」

 するとベッドの横でオレの顔を覗き込む顔があった。驚愕して軽く飛び上がり、身を起こして反転に見ていたその顔を真っ直ぐな向きで見直し

「モーゼズ!?」

 再び驚愕した。顔の主モーゼズが無表情でそこにいた。無言でこちらを見詰めている姿にぞっとする。

「――っ何なんだよ!?」

 その視線が気味悪くてオレがそう叫ぶと、ようやく彼の口が開き

「あっはははは」

 突然彼は腹を抱えて豪快に笑いだした。ムカついたオレは不快そうに眉を潜めて彼を見据えた。なんだこいつ! そこに居るのが嫌になったオレは、ベッドから抜け出して玄関に向かった。

「響!」

 モーゼズに呼び止められ、オレは不機嫌な顔で振り向いた。

「Sorry……!」(ごめんなさい)

 モーゼズが嘆き声をあげた。まるで悲劇の主人公のように悲しみにうちひしがれた顔で。眉根を寄せ、さらに眉尻は下がり、目は潤んで捨てられた子犬のように寂しそうに見える。ここで今彼を無視して部屋を出て行ったら、自分が悪人になったみたいだった。

「……」

 オレは仕方なく玄関のドアノブに伸ばしかけていた手を下ろした。

「響、聞イテ。ワタシ、人驚カス大好キデス。Because,コレ、ニッポンノmovie真似シタデス」


 一体何の映画を観たんだ……


 オレは困惑して眉間の皺が深くなる。

「響、笑ウト大福ガ来ルヨ」

「はっ?」

 意味不明な日本語を理解できずいるとモーゼズが無邪気に言った。

「Smile」(笑って)

 引き攣ったようにオレは笑った。


 “笑う門には福来たる”が言いたかったのか……


 そしてオレはなんとなくまた部屋に上がっていた。


 やっぱ、でかいなこいつ……


 再びそれを実感する。近付くほどモーゼズの目線が上になっていく。オレはついその全体像を下から嘗めるように眺めてしまった。

「響、オ茶シマショウ」

 モーゼズに軽く背中を押されて床の間に進むと、そこに二人で腰を下ろした。オレはあぐらをかき、モーゼズは気怠そうに両手を広げて伸びをした。ちらりと横目でオレを見る。

「ワタシ、ニッポン人ハ皆正座スルト習イマシタ。正座見セテクダサイ」

「……OK」

 オレは足を崩して座り直し

「This is the “Seiza”」

 それを披露したが

「?」

 何故かその足の上に横たわるモーゼズ。


 っ何でオレの足を膝枕にするんだよ!? ていうか、傷口が……っっ!


 またこれも外国あっちのジョークか? とオレが困惑していると、モーゼズが寝言か何だかわからない声でぼやいた。

「食ベタイ……」

「は?」

「響……食ベタイ」

「?……」

 オレは一瞬焦ったが、すぐに冷静に考え直す。

「ああ、お腹空いたんだ? でも、まだ夕飯の時間じゃないから我慢して」

「No」

「No……?」

 モーゼズが顔を上げてオレを睨み、ムクリと体を起こした。

「?……」

 狼狽して後ろに身を引くオレをモーゼズが見据える。至近距離に迫った彼の碧眼が、邪悪な色に映った。と、次の瞬間――

「っ!?」

 モーゼズが素早くオレの背後に回り込み、手首を掴んで後ろにねじりあげた。

「痛……っっ、何すんだよ!」

 オレは首を後ろに傾けて呻き声をあげた。

「If it has the rear stolen,it is a defeat」(背後を取られたら負けだぜ)

「……?」

「You died」(お前は死んだ)

 モーゼズの舌がオレの頬を撫でる。

「や……めろ!」

 オレは抗い、顔を背けた。するとオレの手を捕らえていた彼の手が僅かに緩んだ。その隙にオレは素早く手を抜き取って駆け出すと、身を翻してモーゼズを見据えた。そして背後にある机の引き出しに手を伸ばし、そこから護身用の銃を抜き取ると、その銃口をモーゼズに向けた。

「……くくく」

 するとモーゼズが声を出さずに忍び笑いを漏らし

「Wow〜」

 と掌を上に向けて、おどけてみせた。

「っっ……!?」

 しかしオレはまだ警戒していた。


 こいつ何がしたいんだ……オレを挑発したいだけか?


 するとモーゼズが言った。

「Cry」

「……」

「Insect cries in my field」

「?」

 オレはその文を頭の中に並べて訳してみた。


 『虫が泣いている』

 『私の原っぱで』


 あ――……


 すぐにそれが駄洒落だと分かるとオレは脱力した。

「“私の腹の虫が鳴いている”……」

 そう呟いたオレにモーゼズは無邪気に微笑んだ。そんな彼にオレは冷たい視線を向けた。こいつ本当は日本語ペラペラなんじゃないのか? そう思い。

「響、食ベタイ」

 それも軽く受け流す。そうこうしているうちに夕飯の時間になっていたので

「OK,let's go……」(わかった。じゃあ行こう)

 そう切り出し、モーゼズを連れて地下の食堂へと向かった。





 食事中モーゼズはおとなしくしていた。会話もせず、もくもくと食べ終えると

「一服してくる」と英語で告げ、奥に設けた喫煙ルームに入って行った。その間オレはコップに入ったメロンソーダを飲みながら、シングルソファーに凭れてテレビを観ていた。

「響」

 間もなくしてモーゼズが喫煙ルームから出てくると

「Come here」と言って手を閃かした。何だ? とオレがソファーから立ち上がるとモーゼズが肩に手を回してきた。そのままオレを誘導して喫煙ルームの前に連れて行く。そこに来るとガラスの向こうで喫煙中の男性たちの視線がオレに集まり、手招きしてきた。顔立ちなどの特徴から彼らは、人種が異なっているようだった。黒人系と白人系で体格も良く、“零号士”というよりも“ZERO SORJER”という呼び方のほうが合っているような気がした。するとモーゼズがオレの背中を押して中に入らせようとしてきたので

「No,I am underage!」(駄目、私はまだ未成年ですよ!)

 オレは入口前で踏ん張るように立ち止まった。

「OK,OK」

 しかしモーゼズは陽気にそう受け流し、中にオレを押し込もうとする。

「こらっ、あんたたち!」

 そこへ食堂で働く世話好きのおばちゃん、佐藤さんの怒声が飛んできた。

 助かった……とオレは少しほっとした。

「あんた新入りだね? その子はまだ未成年なんだから煙草なんか吸わせちゃ駄目だよ!」

 佐藤さんは眼尻を吊り上げ、自分より頭一個以上も背丈のある白人男性モーゼズを堂々と日本語で叱り付けた。

「No,No,talk……」

 モーゼズは取り繕うとするが

「トークも駄目! 未成年がその中に入るのは禁止!」

「Oh,何テコッタ……」

 有無を言わせぬ佐藤さんの勝利。彼女の気迫にモーゼズはあっさりと撃沈した。そんなモーゼズはハの字に眉を下げた困り顔でガラスの向こうにいる――おそらく仲間と思われる連中に向かって肩を竦め、“だめだってさ”とでも言うように掌を上に向けた。すると仲間たちも残念そうに同じジェスチャーで返した。







 入浴なども済ませ、モーゼズと部屋に戻ったのは二十ニ時前だった。寝るにはまだ早いとも思ったが、瞼を閉じるといつの間にか深い眠りに着いていた。

「……?」

 それからふと眠りから覚め、オレは瞼を開けた。 


 まだ四時か……


 壁掛け時計を見てみると、まだ夜も開け切らぬ時間だった。再び瞼を閉じてみるが一度目を覚ましてしまったためか意識がはっきりとしていて眠れなかった。水でも飲もうかと二段ベッドの下段から起き出す。と

「痛っ!」

 頭に何かが落下してきた。オレは顔をしかめて頭を押さえる。


 何だ、今の


 衝撃からすると、ぶつかった物は結構硬いもののようだった。まだジンジンする……。何がぶつかったのかと寝ぼけ眼でベッドから足を出して床を踏み締める。

「痛っっ!?」

 すると今度は何か硬い物を踏んづけたらしく、それが足の裏に食い込んで激痛が走った。

 今度は何だよ〜? と涙目になりながら足をどけてその下を見てみると、金属のような物体がそこにあった。前に身をかがめてそれを拾いあげると


 これは……


 モーゼズが腕に嵌めていた銀色のブレスレットだった。表面には“ZERO”のデザイン文字が刻まれていた。その内側にも文字が見え、手首を返してその文字が正面に来るようにした。

「?」

 “not Mars”――そこにはそう刻まれていた。


 どういうことだ。“火星ではない”というのは……


 オレは困惑しながら掌に乗せたそれを凝視した。英語では零号士のことをZERO SORJERと言う。以前はNO NUMBER'sとも言われていたが、それでは仮設地区住民の別称=NO ID’sという語に似ていて差別的な印象を与えるということから、現在では使われなくなっていた。

 しかし、この“not Mars”という表記は初めて目にした。

「ん……んん」

「!?」

 二段ベッドの上段からモーゼズの唸り声がして、オレは素早くそちらに視線を向けた。

「……」

 モーゼズは寝言でも言うように口をもごもご動かし、寝返りを打ってこちらに背を向けた。

「……」

 それを見届けるとオレは慎重に動き、彼を起こさないようにそっと彼の枕元にブレスレットを置いた。そして何事もなかったかのように自分が寝ていたベッドの下段に身を忍ばせる。そして静かに瞼を閉じた。しばらく耳を澄ませて彼の動きに警戒するが、一向に彼が動きを見せなかったので気付かれていないことを悟ったオレはいつしかまた眠りの中にいた……







「……?」

 やがて瞼を通して明るい光が視界に広がり、オレは瞼を押し開けた。目覚めの悪い朝だった。二度寝したことが、かえって疲れに繋がってしまっていた。欠伸をして眠い目を擦りながらベッドから起き上がる。空ろな目で部屋の奥にある洗面所へと進み、洗顔と歯磨きを澄ませ、寝室に戻って着替えを始めた。それからやっと目と意識がはっきりしてくると何かの視線を感じた。そちらに首を巡らすと――


 モーゼズ?


 彼がしゃがんでオレを眺めていた。どうとも取れないような眼差しで。張り付いたようなその視線が鬱陶しくなってオレは鋭い声で言い放った。

「Why……do you whatch me!?」(何見てんだよ!?)

 出会ってすぐのあの忌まわしい強烈な印象。さらに昨日、突然押さえ付けられたことで彼への嫌悪と不信感はさらに増していた。不可解な行動を見て警戒せずにはいられなくなる。するとモーゼズは困ったように眉尻を下げて頭を振った。

「Oh my God……」

 オレはその嘆く様子も総てが演技だと訝る。モーゼズの口がまた何かを告げようと動き、オレは疑いを禁じ得ない強い眼差しで彼を見据えた。

 ふとモーゼズの眼差しが透き通ったものに変わる。それは今まで見せたことのない色だった。また別の面が顔を出し……いや、これも演技だ。奴はオレを惑わせようとしてまた演技しているだけだ――! オレは警戒して身を固くした。

 するとモーゼズが遠くを見詰めるような目をして穏やかに言った。

「見ていたんだ」

「?」

 耳を疑い、すかさずオレは聞き返す。

「Again!」(なんだって?)

 モーゼズは真っ直ぐな視線を向けて繰り返した。

「見ていたんだ。君が――“遠山雄二”に似ていて、とても綺麗だから」


 それは流暢な日本語だった。

 そして父の名前……

「モーゼズ」


 余計分からなくなった。

 彼が何者なのか。

 敵なのか。

 味方なのか。


「何故、父の名を!?」

 オレは“モーゼズ”という得体の知れない男にその意味を追及する。まずはそれが知りたかった。

 モーゼズがそれに答え……と彼の表情が一変して悪質なものに変わった。

「遠山雄二はオレたち零号士ゼロの英雄だ。あの五年前の事故以前から零号士をやってる人間で、彼のことを知らない奴なんていない。彼のおかげで世の中が変わった。――いや、“変わりつつある”」

「どういう意味だ?」

「ふふっ、とにかく彼は英雄だってことだ。オレたちはそれに憧れて髪の色まで黒くしてるぐらいだからな。はっはっ……!」

「……」

 するとモーゼズが至近距離まで近付いてきて、上からオレを見下ろした。

「オレはお前を監視する」

「ッ?」

「お前は遠山雄二の大事な息子だからな……」

 離れるようにオレは後退する。ゆっくりと詰め寄るモーゼズ。

「っ!」

 不覚にもオレは壁に追い詰められてしまった。モーゼズが覆い被さるようにオレの背後の壁に手を突いて逃げ道を塞いだ。

「やめろ……!?」

 顔を近付けてきたモーゼズにオレは叫んだ。

「くくく……かわいいぜ。You are so cute,Hibiki……くっくっくっ……こういうことはまだみたいだな」

「……!」

 モーゼズはオレの頬を軽く叩き、脳天に口付けすると部屋から出て行った。

 その後オレはどっと疲れを感じて深い溜息を吐いた。


 モーゼズ(あいつ)は結局……

 それが分からない。

 関わりたくない気もするが

 彼は何か重要なことを知っている。だが


 ――分からない


 “メヒョウ”の次は“豹変男”か?


 結局、謎が増えてしまっただけだった……




最後の終わらせ方が強引ですが(汗汗) 一応切りのいいところにしています(-_-;)


※7・30 来月、次話に『番外編』をアップします。何故、このタイミングで? って感じですが……

内容はある女性と少年の甘渋哀ラブストーリーです(?)

短いラブストーリーのフレーズを考えてたのに、6000字を超えてしまい、やっと後半に入ったところでございます。短編感覚だと思うので、息抜きにどうぞです★

ちなみに今作はあと本編4〜6話ぐらいで完結させる予定です。最後までお付き合いよろしくお願いします☆彡


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