第十七章:反乱者達の慟哭
コロニー政府と仮設地区の隔壁。その隔たりがなくなる日は来ないのか? 真相を知った響は、その一部機関である防衛組織のやり方に疑問を抱き……
「機体まで運ぶぞ」
相楽臣に引率され、意識のない高藤樹羅を彼女の機体まで運んだ。
「……っっ!」
互いに負傷した身体で呻き声を漏らしながらも、どうにか担いで彼女を操縦席に座らせる。
「何で救援を呼ばないんですか?」
外傷は見られないながらも、意識のない人間を機体に乗せる意味が分からなかった。
「救援は来ないよ」
「え?」
「防衛組織はこの人権問題に関与したくないんだ。政府がこの問題の受け入れを拒否している以上、その管轄機関である防衛組織は事を荒立てたくない。だから用が済んだらさっさと基地に戻れって言うだけだ」
言いながら彼は片手で携帯端末を操作する。
「……グループF、只今W地区T社倉庫前にて爆破テロを撃破。任務完了しました」
そう伝え、電話を切った。
「終わった。帰ろう」
それだけ……?
言葉を失った。
「彼女の機体はオレの機体で牽引する」
彼は手際よく高藤樹羅の機体の一部を開け、中から接続部分を引き出した。次に自分の機体に搭乗すると彼女の機体の傍に寄せ、後部からアームを伸ばして連結させた。目新しい機能にオレはつい目を奪われるが
「相楽さん!」
すぐ我に返り、コックピットにいる彼の下へ駆け寄った。
「ん?」
「今回の任務は何だったんですか? オレ達は“取り引き”をしに来たんじゃなかったんですか?」
どうしても腑に落ちなかった。話し合いで済んだはずなのに、何故殺し合いをしなくてはならなかったのか。“あの時”何が起きていたのか。
相楽臣は知っていたのだろうか? 冷静に事実を受け入れる姿は、こうなることが分かっていたかのようだ。彼はエンジンを切ると機体から降りた。エンジンをかけると同時に作動するシステムには会話が録音される機能が搭載されている。彼はそれを避けたのだ。
「最初から“取り引き”などするつもりはなかった」
そう言った彼の声に感情の起伏は無く、ひどく渇いていた。
「どういうことですか?」
オレだけが知らなかったのかもしれなかった。高藤樹羅は二重に装甲板を装備していた。ああいう展開を想定し、事前に備えていたのかもしれない。相楽臣が銃撃を受けた彼女が死んでいないと言ったのも、そのことを知っていたからだろう。何も知らなかったのは――オレだけ。
「コロニー政府は仮説地区の貧困者たちを受け入れる気なんて全くない。取り引きをすると言っても話し合いに持ち込むだけだ。その要求を議会で検討し、後は必ず取り下げになると決まっている。そのことを貧困者たちも分かっている。だからあんな強硬手段で訴えを起こすしかないんだ」
「……」
衝撃のあまり血の気が引いた。事情も知らずに流されるように任務に就いてしまった自分への嫌悪感と組織に裏切られたような失望感が胸を締め付ける。
「そんなの詐欺だ……」
叶わぬ願いのためにあのテロ集団は死んで行ったと言うのか? それを考えるとやり切れなかった。
「仕方ないよ。それがこの社会の仕組みだ。国の上に立つ者が弱い立場の者を権力で支配する。オレたち庶民はそのやり方に従うしかない」
「オレは……その不正に荷担していたということなんですか?」
“正義”と言われていたのは政府の“虚像”で
“悪”と言われていたのは、その“被害者”だったというのか?
「政府のやり方が公正ではないということはみんな分かってる。だからと言って非力な庶民が反乱を起こしたところで政府には歯が立たない。何も変えられないのが現状だ」
「っ……」
反駁を示してオレは相楽臣を睨む。相楽臣が続ける。
「オレ達はコロニー側の人間だが、無力な庶民であることには変わりない」
「だから黙って見ていろと?」
その問い掛けに相楽臣は口を閉ざした。
「そんなの間違ってる……」
分かっているのに弱者を助けることができない。見て見ぬ不利を続けるコロニー側の人間。オレもその中の一人……なんて歯痒いんだ!――握りしめたオレの拳が小さく震えた。
「今はそれを受け入れて生きていくしかない。世の中の人すべてが幸せになることなんてできないんだ」
「……っっ」
「コロニー住民として共存していくためには、黙って目を瞑らなくてはいけない事実もある。それがこの社会の掟だ。逆らえば
君も“悪”になる」
「……」
重かった。
その言葉の重圧に押し潰されそうになる。
「あまり考えすぎないほうがいい」
相楽臣は穏やかな笑みを浮かべてオレの肩に手を置いた。
考えても困惑するだけだった。
互いにそれが嘘だと自覚しながらの接触。
延々と続く争い。
これは何だ?
何の意味がある
「もう一つ聞かせてください!」
機体に戻りかけた相楽臣を即座に呼び止めた。
「何?」
「あの時何故、取引をやめると言ったんですか? もっと話し合えば説得できたかもしれないのに……」
糾弾しているようだった。彼に向かって吐き出したその言葉は即効性の毒が混ざっていた。
「話し合いに応じる態度とは言えなかった」
彼は水色の目を細め、心中を悟れない表情で髪を掻き上げる。
こんな冷たい言葉を彼の口から聞いたのは初めてだった。
「人質を取った時点でアウトだよ」
“ゲームオーバー”
彼にはそういう感覚だったのだろうか。
「それとも嘘の口約をすれば良かったか? “奴ら”は人権獲得があの場で成立するまで彼女を釈放しなかった。できなければ敵ともども爆死しようとしていた。あの状況で敵の判断に委ね、彼女を天秤に架けることは危険すぎた」
「だからってあんなに多くの犠牲者を……他に方法はなかったんですか?」
総ての非が彼にあるように、問い質さずにはいられなかった。
テロ集団が死んだ責任を背負わされるのが
怖かった。
「彼らは情に満ちた人間だ。コロニーで暮らすオレたちなんかよりずっとね。だから仮設地区で暮らす仲間のために命を懸けている。その彼らにとってオレたちコロニー住民は敵だ。仲間のために殺戮を余儀なくされる――場合もある」
抑揚のない口調。その言葉の余白にオレに視線を移す彼の眼はあまりに冷徹で、心を見透かされるようだった。
「じゃあ何故、彼女は殺されなかったんですか?」
『爆破させる!』
あの瞬間何が起きたのか
先に攻撃を仕掛けたのは……
「彼らは無抵抗の人間には手出ししない。あの時彼女は昏倒していたからだ」
矛盾している
“殺戮を余儀なくされる”
“無抵抗な人間には手出ししない”
どっちが本当なんだ?
「彼らを射殺しなくても人質(彼女)は殺されなかったということですか?」
「それは違う」
「どう違うんですか!?」
「“命懸け”だからだ。爆破しようとした男には二者選択しかなかった。“人権獲得”か 敵道連れの“死”か。それ以外はなかった」
「だとしても決め付けるのが早すぎた! あんな断絶した言い方じゃなければ、状況が変わっていたかもしれない。死者だってあんなに出なかったかもしれない!」
オレも殺した
相楽臣のほうが多かったか?
無意識と自己判断は違う!
殺したことに変わりはない
同じ
“人殺し”だ……
自分を正当化することはできない。
多人数の犠牲はあまりに大きすぎた。
彼女一人の命も大事だが――この犠牲は大きすぎた。
どうすれば良かったんだ!
過ぎたことだ
もう遅い
自身への呵責は諦めへとオレを引き寄せる。
こうしてオレも組織の色に染まっていくのだろうか。
「君は仲間の安全確保より、敵との交渉を優先すれば良かったと言いたいのか?」
「……」
答えを出せず、オレは首を硬直させた。
黙って“社会の掟”に従おう
頬を伝う涙は止められず、それは罪の意識を洗い流そうとしているかのようだった。
次話に続きます。




