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第十六章:傀儡にされたパイロット

忽然と姿を消した高藤樹羅。音信不通の相楽臣。仲間二人が不在のままテロ集団との接触を命じられた響。彼は防衛組織の操り人形だったのか……?

 必死で恐怖を打ち消そうとするが、極度の緊張に血は逆流し、目眩と吐き気に襲われた。

「仲間は?」

 茶のレザージャケットに破けたデニム姿の男が近付いて来た。数歩手前で立ち止まる。手には拳銃を構え、明らかに友好的とは言えなかった。


 分からない。

 

 そもそもこの状況がおかしいとは思わなかったのか。援護も呼ばず何故、危険な取引を

 ――そうだった。これはよく言えば取引。しかし、その要求を飲まなければ倉庫ごと爆破させる。そういう脅迫付きの取引だった。

「一人で来たのか?」

「……」

 オレは無言で頷いた。恐怖で声帯が萎縮している。


 分かってる。

 

 何がだ? こんな目に遭わされてるんだぞ!?


 オレの中で対立する二つの人格が衝突した。

 そんなようだった。

「お前、まだガキのくせに交渉人にされたのか? 酷ぇ奴らだなぁ、防衛組織の人間も」

 男が哀れむような目でオレを見る。

 この男が

 “零号士ゼロ”だと

 ――認めたくはなかった。

「その前に……」 

 言いかけた直後、男の声がそれを遮った。

「“その前に” 」

 顎をしゃくって合図すると別の男が奥から現れる。

「……!?」

 絶望的な光景だった。


 “高藤樹羅(たかとう じゅら)!?”


 彼女は口をガムテープで塞がれ、後ろ手に両手首を縛られているようだった。

「行け」

 男に背中を押され、よろめきながら前に進む。

「っ!」

 バランスを崩した彼女が両手を付けず、床の上に身体をぶつけた。

「立て」

 無理やり立たせて誘導する男が、がらくたのように彼女を扱う。

 彼女を助けたいという思いより先に、恐怖がオレを支配する。


 次第に何故か冷静に状況を知ろうとする自分がいた。

 

 確認できる人数の把握。

 所有している武器の把握。

 相手との距離の把握。

 

 マニュアルばかりに洗脳されたオレの脳は機械のようにそれらを算出した。

 パイロットスーツの下に装着している装甲板は至近距離であっても小銃では貫通しない。

 

 貫通しないという気休めでしかない。


 レザージャケットの男が持っている銃では打ち抜けない。だがその脇にいる痩型の男が持っているライフルはそれを超える威力を持っている。胴体のみを保護した装甲板は何の安堵ももたらさない。


 紙でできた橋を渡るようなもの。


 いつ破れて転落するか分からない。

 その後待ち受けているのは死だけだ。

 死ぬかもしれない事態に陥ってから初めて気が付いた。



 オレは恐れている。

 生きることへの執着心を持たないはずの自分が


 死ぬことを恐れている


 思っていたより人間らしかった


 思ったより


 普通の人格だ


 零号士ゼロになって地球を展望したかった


 住めるようになったら誰かを連れて行きたかった


 地球の二の舞を踏まぬよう、この星を守りたかった


 半端な正義でも、ためになる何かをしたかった




 律儀にここまで組織に従ってきたオレは

 

 反政府集団に立ち向かおうとしているオレは





 どちらの味方でもない



 どちらが正義でもない





 自己防衛手段のそれが“正義”


 対立するのは全て“悪”


 反逆者に立ち向かうのは組織にとっての“正義”


 その“正義”のために組織はパイロットを駒にした



 人は冷たい…… 



 薄暗い静寂の中にオレの“正義”は萎えていった。



     何が “正義” だ――……





「随分遅い登場だな」

 レザージャケットの男が言った。

 振り向くと相楽臣さがら しんがいた。火星コロニー防衛組織の記章プレートが付いたジャケットを羽織り、そこに付けたギアキーパーに短機関銃サブマシンガンを接続している。

「電波妨害しやがって……手の込んだことしてくれるよな」

 独り言のようにぼやきながら、躊躇いもせずに歩を進める。

「分かってるか? 仲間が人質になってるんだぞ」

 男は嘲笑を浮かべながら高藤樹羅の脳天に銃口を突き付けた。

 相楽臣がやっと立ち止まる。

「これは誘拐事件か?」

 声の調子は軽かったが、男を見据える眼差しは冷徹だった。

「何故いちいちそんな手間をかけたがる。要求が通ればそれでいいんだろ?――その子を放さなければ取引はなしだ」

「何だと?」

 男の顔から薄ら笑いが消え、場の空気は一層険悪化した。


 何てことをしてくれたんだ、相楽臣(こいつ)は!? 危機から救うのではなく、相手を煽るだけ煽って、より状況を悪化させてしまった。


 この疫病神め

 彼女が死んだらお前のせいだ!


 いったい何を考えているのか、何も考えていないのか、この時ほど相楽臣(やつ)を非難したことはなかった。

「オレ達は人権を取得するために命を懸けている。その要求が通らなければ……」

 男が銃のスライドを引き、銃鉄が起き上がる。

 カチッという小気味のいい音がした。

「……!」

 高藤樹羅はびくっとしたが、悲鳴を上げなかった。それは仲間への信頼……ではなく、諦めなのかもしれなかった。

「……?」

「――」

 相楽臣に視線を送るが、彼はただ男を見据えている。身動きが取れないまま聞かされるのは


 終わりだ


「爆破させる!」

 という男の叫び。

 戦慄の秒読カウントダウンが始まった。





 ああ、神様……



 まさかあなたを呼ぶ日が来るとは思ってもみなかった


 人は死ぬ瞬間を予期したとき


 こうしてあなたのことを呼ぶのですね


 現実と後生の狭間を見詰めるように

 

 死を拒むように


 命乞いをするように


 こうして都合よく



 あなたのことを呼ぶのですね





 呼ばずにはいられないのですね





 いつの間にかオレは堅く瞼を閉じていた。視界を塞ぐことで目の前の現実から逃げようとしていた。

 次の瞬間、悪夢の炸裂音が木霊した。

「わあぁぁぁ――!」

 自制心の崩壊。

 耳を塞いだと同時の出来事だった。“それ”の意味を目で確かめることができない。

 銃声の嵐が始まる中、オレは耳を塞いでいすくまる。

「?」

 頭に何かが擦れた。顔を上げると誰かの足が見えた。

 相楽臣?

 彼が庇うようにオレの前に立ちはだかり、短機関銃サブマシンガンを抱えていた。連結した銃弾ベルトがぶら下がっている。

「……!?」

 オレは唖然と口を開けたまま、それに見入っていた。敵側から流れ弾が飛んで来る。腕を霞め、頭を霞め、どうすることもできなかった。

「うっ……!」

 一発の流れ弾が相楽臣の足に命中した。だが彼は僅かに呻いただけで、尚も激しく射ち合いを続けている。彼の放つ銃弾の連射が四、五十人近い敵を一掃した。

「わあぁぁああ――っっ!」

 オレの中の何かがまた崩壊した。狂ったのかも知れなかった。無意識に所持していた突撃銃アサルトライフルを敵方向に向け、トリガーを引く。

 弾を穿たれ、身体を揺らす敵がダンスをしているように見えた。

 ゲームをしているようだった。


 面白いほどよく動く


 面白いほどよく弾が出る


 面白がりながら


 震えが止まらなかった。


「っ!?――」


 射たれた。

「ううぅ……」

 被弾して歯をガタガタ言わせながら頽れる。


 痛いよ


 やだよ……


 まだ




 死にたくない――!




 相楽臣の足から血が流れている。

 オレの脇腹には生暖かいものが滲んでいる。


「わあぁぁぁ!」


 もう終わるんだよ


 だから早く気を失わせてくれ



 早く!



 早く――……




 願いを込め最期に放った銃の弾道は、逸れることなくある方向に向かって飛んで行く。



 みんな死んで終わりだよ



 逸れることなく――



「!?」



 高藤樹羅の胸を撃つ。



「わあぁぁぁあああぁぁ……!」


 残酷だった。理性と狂気を行き来する。いつまでも定まらない情緒の錯綜を自分で操縦コントロールできなかった。



 床に転がる人の群。

 銃を抱えたまま動かぬもの。

 今まさに息絶えようと虚空を掴むもの。

 火薬と血の混じりあった異臭がその終焉を告げる。

 屍体と負傷者の区別が付かない。

 敵と味方の識別ができない。



     オレは



 人口蓄積知能チルドレンの“欠陥品”だ。


「終わった」

 相楽臣が短機関銃サブマシンガンを下ろして言った。銃創を負った足には血が滲んでいる。

「……を」

「え?」

 苦痛でか細くなった彼の声が聞き取れなかった。

「オレの身体、頑丈に構造できてるけど、この怪我結構痛いんだ……連れて来てくれ」

 苦笑する彼の額に汗が滲んでいた。

「“連れて来る”?」


 誰を


 状況を把握できず、反応に遅れたオレに彼が繰り返す。

「彼女を連れて来て……

 “死んでないから”」



 彼女が――


『生きている』



 我を忘れたようにオレは夢中で駆け出していた。脳内麻薬の作用なのか、脇腹の痛みは吹き飛んでいた。

「高藤さん!?」

 彼女は床に倒れていた。横たわる身体を起こしてみると着ていたパイロットスーツの胸元に銃弾の跡が残っていた。

「高藤さん――!」

 死んでいなかったと言われたことを否定されたようだった。呼び掛けに彼女は目を開けてくれない。

 やはり本当は死んでしまったのだろうか?

 オレはさっき幻聴を聞いたのだろうか?

 自分自身へのその問い掛けに答えは返って来ない。

「……何してんだよ」

 堰を切らした相楽臣が負傷した右足を引き摺りながら歩いて来た。

「気絶してるだけだ。脈を測ってみろ」

「……?」

 放心状態のオレは言われるまま、意思も無く動いていた。彼女の手首を掴み、自分の中指と人差し指を這わせる。

 指先を弱く突き上げるような反動が規則的に伝わって来た。

「……」

 確認するとオレは勢いよく息を吸い込んだ。自分もやっと息が出来たようだった。

「……良かった」

 深い安堵の息を吐く。全身から一気に力が抜けて行った。そのまま床にへたりこみ、頭を後ろにうなだれる。

「死んでなかっただろ?」

 相楽臣は崩れるように床に腰を下ろすと痛みに耐えながら身体を床に滑らせ、高藤樹羅の側ににじり寄った。

 すると彼女のパイロットスーツのファスナーを開け

「何してるんですか?」

 焦るオレには構わず彼はその中に手を突っ込んだ。 

「ちょ、ちょっと……!?」

 相楽臣こいつまでおかしくなったのか? とうろたえていると彼は中から何かを取り出した。二枚重ねた装甲板。

「二枚目までは貫通してない」

 一枚目に穴が開き、二枚目の表面はいびつに歪んでいた。そこに銃弾が止どまり、裏側には僅かな歪みだけが残っている。

 その下の肌に薄いアザができていたが、出血は見られなかった。

「手を貸して」

 相楽臣はファスナーを閉めると彼女の身体を起こしにかかった。軽いとは言え、意識のない人間を負傷したもの同士で運ぶのは困難だった。引き摺りながら倉庫の出口へと向かう。

「……っ」

 扉を開けると急に明度が上がり、虹彩を強く刺激した。

 息が詰まるような空気から開放される。この瞬間、扉を隔てて世界が分離したようだった。

 眼前に静謐の空が広がっている。安寧秩序という理想を謳い、人間の粛清を測る社会制が息づく空。



 その空は青く澄んでいた――




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