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第十五章:沈黙

 四十日という長い免許停止ペナルティ期間を追え、久しぶりに乗った機体(MECA)の乗り心地は最高だった。座席も操縦桿も違和感なくこの身体にしっくりと馴染んでくれる。重力調整装置を起動させ、機体を浮き上がらせて高度を保ちながら格納庫(ハンガー)を出る。そして誘導路を通り、指定離着陸地点へと進んで行く。閉鎖空間から陽光が差し込む空の下へ、進むにつれて胸が高鳴る。管制官(ナビゲーター)から離陸許可をもらい、復唱(リードバック)すると重力調整装置で高度を上げ、指定された高度に達したところで水平飛行に切り替えて、そこから一直線に空を駆った。コックピットから見える目の前の景色は高速で突き抜けるため、壮大な空は水色と白の縞模様にしか見えなかったが、今のオレには新鮮で言い様のない爽快感を与えてくれた。

 任務を忘れたわけではない。これから向かおうとしている場所が危険であることも認識している。だが、本来零号士に与えられるはずの任務を命じられた恐怖心にも似た憤りよりも、この躍動する熱い胸の高鳴りに快感を覚えていた。オレは歓喜に満ちた感情を封印し、指定場所に向かって機体を飛ばした。このまま宇宙へ飛び立ちたい。機体がスピードに乗って気持ち良く空を突き進んで行くとそんな気持ちに駆られた。貪欲に宇宙そとの闇空間を求め、自由を欲する自分がいた。暴走することも不可能ではない。だが、自我を制するのは秩序ある自分だった。



 指定場所に到着し、機体を着陸させた。先に来ていた高藤樹羅たかとう じゅらの機体が停まっていたので、オレは警報ランプを点滅させて彼女に到着を知らせる合図をした。

「……」

 しかし返って来たのは静寂だけだった。何度試しても応答はなく、マネージャーにその旨を伝えた。

《おかしいわね。携帯端末(タンマツ)は繋がるのに……》

 数分前、高藤樹羅から到着の報告があったという。全機が集合してから倉庫内に乗り込むようにとの指示があった。にもかかわらず駐機している機体のコックピットに人影は見当たらなかった。電話は繋がるが応答はないらしく、異変が起きたと考えるのが普通だ。

《ロックを解除するわ。中を確認して》

 機体のドアロックは飛行中の自殺防止のため遠隔操作できるようになっている。その機能を使って管理室からマネージャーがロックを解除した。オレは機体から降りて高藤樹羅の機体のコックピットにあるドアを開けた。すると

「――」

 やはり乗っていなかった。そのことをマネージャーに告げる。

《もしかしたら……捕まったのかもしれない。樹羅の位置表示(マーク)の位置が機体からずれてるの》

「ずれてる?」

《そう》

 それが意味するのは倉庫の中だった。

《それと臣なんだけど、彼も連絡が取れないの》

 こんな時に一体何をしているのか。相楽臣(さがら しん)の受信機は繋がりもしないらしかった。零号士としての業務中でもないという。奴は何のためにオレたちのチームに加わったのか、ますます分からなくなると同時に腹が立ってきた。

 その結論としてオレに与えられた任務は――

 護身用の銃を所持して単身、倉庫に出向くことだった。

 周辺の建物や道路から生じる生活騒音が聞こえてくる。そこに不信感も安堵感も存在しなかった。倉庫の前も同じだった。その息遣いすら感じさせない静寂は不気味というより、そこに虚無の空間があると思わせた。

 平穏が崩壊する瞬間とは、どんな感覚なのだろう。

「……」

 戸を開けた。ひやりとした空気が辺りを包んでいる。その奥に覆面すらしていない軽装の男女が数名いた。銃を構えた者もいる。全員の視線がオレの姿を捕らえ、目に見えない激しい憎悪のような念が、重たい圧力の波動となってオレに押し寄せる。その気迫にオレは戦慄を覚え、足がすくんだ。

 ここは戦場だ。それは機体から降りても変わらない。そう受け止められるはずだった。なのに身体が震え出す。相手が銃を持っていることも予想していたし、自分も持っている。だが恐くて仕方なかった。自分でも哀れなほど臆病になっていた。

 震えるこの手で心臓を狙い撃てば、脚に当たるだろう。

 それすらできず、相手に向かって銃を投げ落とすかもしれない。

 逃げたかった。

 機体の中に潜り込みたかった。


 この恐怖はなんだろう?

 この生物はなんだろう?


 これも人口蓄積知能の影響なのか……



 機体から降りたオレは何故こんなにも弱いんだ


 何故――

 

 機体がないと駄目なんだ!?



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