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第十四章:人口蓄積知能チルドレンの傷跡

今回はなんとかテロネタを……

「君の瞳はあのパイロットにそっくりだ。“遠山雄二(とおやま ゆうじ)”というパイロットに」

 呉羽くれは管理部長は懐かしむような目をした。

「遠山雄二?」

 父の名前だった。呉羽管理部長は管制官ナビゲーターの長だ。パイロットと密接した関わりを持っている。だが、個人の特徴まで憶えているとなると疑問を感じた。

「父は遠山雄二という零号士パイロットでした」

 つぶやくようなオレの言葉に呉羽管理部長の瞳が輝く。

「そうか? どうりで似ているわけだ」

 そう言われたのは初めてだった。オレの目に父のような正義感に満ちた輝きはない。色も違う。西洋風の顔立ちも母親に似ていると言われてきた。

「レナは……お母さんは元気か?」

 ふと出た名前に呉羽管理部長は、何故か一瞬口ごもる。

「はい、元気です」

「そうか……」

 その声に何か含みのようなものを感じさせた。

 ふと呉羽管理部長が微笑む。それは嬉しそうな照れ笑いと、困ったような恥じらいが入り混じった表情に見えた。

「君のお母さんは本当に綺麗な人だった。ずっと憧れていた……だが、彼女は遠山雄二を選んだ……」

 溜息混じりのその声は、ほろ苦く仄かな甘さと共に溶けていった。

「君はどこの部に所属している?」

「保安部です」

「保安部か……」

 呉羽管理部長は納得したように軽く頷き、腕組みしながらオレの姿を眺めた。

「体型も父親にそっくりだ。遠山雄二が蘇ったみたいだ」

 まるで品定めするようにオレの肩や腕を掴んで手応えを確かめる。

「やめてください〜」

 後ろから声がして振り向くとニヤニヤした相楽臣さがら しんがいた。

「臣?」

「駄目ですよ、セクハラしちゃ? 遠山響(とおやま ひびき)がかわいいからって」

 かわいい……?

 オレの表情は凍結した。それに何だこの馴れ馴れしい口調は? 管理部長だぞ、この人は!

 しかし当の呉羽管理部長は和やかに笑っている。

 いったいこの二人はどうゆう関係なんだ?

 オレは困惑しながら二人を見た。

「はは……確かにかわいいが」

 苦笑する呉羽管理部長。


 やめてくれ!? イメージが……

 ああ、相楽臣こいつが現れるとおかしな方向に話が進んでいく。

 早くいなくなれ! とオレは願った。

「じゃあね“叔父さん”」

 タイミングよく相楽臣は言い、敬礼すると去って行った。

 その後訪れた空白は、妙な脱力感と安堵をもたらした。

 叔父さんだったのか……


「臣と知り合いだったんだな」

 呉羽管理部長は意外だなという表情をした。

「はい、チームが同じなので」

 それを聞いた呉羽管理部長は今度は疑問を浮かべる。

「珍しいな。通常、零号士ゼロはチームに属さないものだが……」

 本当の所、相楽臣やつが何を思ってオレ達のチームに加わったのか分からない。父に恩があることは聞いたが、今一つそれとチームのこととは結び付けずらかった。

「まぁ、あいつがマネージャーにでも頼んだんだろうな」

 呉羽管理部長はあっさりと甥の考えを見抜いて軽く笑う。

「君は零号士にはならないのか?」

 その問い掛けにためらう必要はなかった。が、それを踏み切らせたのが宇宙の闇に魅せられたからなどと言ったらどう思われることか……

 だが、オレははっきりとこう答える。

「なるつもりでいます」

「“つもり” ?」

 その答えに呉羽管理部長は腑に落ちない表情でオレを見詰めた。それは確定されていない言葉だったからだろう。

 オレは付足した。

「マネージャーに申し出たのですが、まだ若いからと受け流され……」

「そうか」

 それじゃあ仕方ないな、とでも言うように納得する呉羽管理部長。

「……」

 期待はずれの反応だった。もっと応援か、口添えでもしてくれるかと期待していたが……

 そんなことを思い、落胆するオレに呉羽管理部長は微笑んだ。

零号士ゼロは捨て身だという捕らわれ方をされがちだからな。だが、その存在理由は外部から星を守るためだ。零号士は、いわば救世主とも言える誇らしい職種だと言える」

 噂には聞いていたが、現代人にしては貴重なほど呉羽管理部長は熱い。

「君のお父さんはそれがよく分かっていた」

 父に対する思い入れも強いようだ。そこに好意を抱いていた女性を奪われた者に対する敵意のようなものは感じられない。一人のパイロットとして、一個人を評価しているのだろう。それを語る誇らしげな眼差しがそれを示していた。

「遠山雄二は地球を愛していた。その修復作業には率先して取り組んでいたよ」

 その父の夢が――“地球旅行”。いつか話してくれたことがある。

 地球を修復するために学識を得た。そして、自力で行けるようにパイロットになった。そう言っていた。

「遠山響くん」

 呉羽管理部長の凛とした声が響く。真っ直ぐにオレの瞳を見据え、それは今まさに重大なことを言おうとしている瞬間のようだった。

「地球を見てみたくはないか?」

 見てみたかった。父の意思を受け継いだからではなくとも、それを見てみたい……

 オレの中の渇望の血が騒ぎ出す。

「はい」

「そうか……」

 呉羽管理部長は満足気に笑みを浮かべた。短いその返事だけで充分意思が伝わったらしい。





 システム管理室へとやって来た。電気系統が集結し、小さな電子音と点滅するモニターを監視する社員達がいる。

「呉羽管理部長!?」

 そこにいた一人の青年が驚きの声を上げた。上司とはいえ、管理部長その人がじきじきにそこを訪れることは珍しかったのだろう。

「何かあったんでしょうか……?」

「いや、何もない。彼の担当マネージャーに話があるだけだ」

 不安気に尋ねる部下に、呉羽管理部長は少し微笑を交えながらそう返した。

「向こうを見てきます」 

 妙な緊張感が生じる中、オレは霧島マネージャーを探しに奥の控え室に向かった。



「私が彼の担当マネージャーの霧島ですが」

 いつもの凛としたその声と表情に、緊張の色が混じっていた。

「奥で話そう」

 呉羽管理部長がそう促し、オレ達は人目を避けるように通路の奥へと進む。

「彼を零号士にしてやってほしい」

「え?」

 思いもよらぬ呉羽管理部長のその台詞を聞き、冷静さを装っていた霧島マネージャーは唖然としていた。オレ達が同伴して来たことも、何故彼がオレの転職願いに口添えなどするのかも飲み込めなかったのだろう。不可解そうにオレと彼の顔を交互に見ていた。

「彼の父親は零号士ゼロだった。私はその実績のこともよく知っている。遠山響(かれ)は零号士になり、その意思を継ごうとしている」

 パトロール隊から零号士になるためには担当マネージャーの認印が必要だ。そのためにこうして彼女を説得しなくてはならなかった。マネージャーはパイロットの保護監督係りのような役目をしている。

 霧島マネージャーは表情を曇らせ、言葉を紡いだ。

「彼はまだ十五歳です。パイロットとしての経験も浅く、危険業務を専門とする零号士にしてしまうのは、まだ早すぎる気がします」

 弟を思いやる姉のようだった。哀しい瞳で説得するようにオレを見詰めている。

「十五か……」

 呉羽管理部長は傾きかけたようにそう呟き

「あの、ちょっとよろしいでしょうか?……」

 霧島マネージャーは彼を招き寄せ、抑えた声で話し始めた。

「彼は以前、巡回の仕事で宇宙に出た時、暴走してしまったことがあるんです」

「暴走?」

「――もしかしたら、あの“人口蓄積知能”の影響かもしれません……」

 訝しげな霧島マネージャーの視線がオレに注がれる。

「いったい何をやらかしたんだ?」

 問い詰める呉羽管理部長。

「突然、飛行中にドアロックを解除しようとしたり、任務にない隕石の爆破処理に立ち会おうとして、命令も聞かずに単独で動いたり……こんなことは初めてで、まるで別人のようでした」

「……」

 呉羽管理部長は言葉を無くしていた。“人口蓄積知能”に精神的副作用の疑いがあることをパイロットのオレは最近知ったことだが、彼らは以前から知っていたようだ。その後遺症とも言うべき、事件が起きたことも。

 それ以上催促するのをやめた呉羽管理部長は、どうしたものかとオレの顔を見詰めた。何の実績もないオレの言葉より、彼女の言うことのほうが信憑性が高い。実際オレはあの時、背いてしまった。言い逃れはできなかった。

「“人口蓄積知能”か……」

 呉羽管理部長は溜め息を吐く。

「しかし、新たな法案が受理されれば18歳まで零号士にはなれなくなっなってしまう……」

「どういうことなんですか!?」

 唖然としたオレは急き立てるように双方を見た。

 すると霧島マネージャーが説明する。

「少年保護団体と青年支援団体が零号士の基準法について改正案を提出したの。零号士の資格年齢を上げることにより中高年パイロットの活躍の場を増やすと同時に若者の事故死削減にも繋げようとして、零号士の資格年齢を十八歳以上に引き上げると」

「……」

 知らなかった。いつの間にそんな話が……

 オレは自分が零号士になることしか考えていなかった。宇宙航空業界ニュースのことは愚か、噂話にも耳を傾けず孤立し――結果、知らぬうちに希望は遠のいていたというのか……

「まだ決定はしていないが」

 呉羽管理部長が静かに言うが、それは慰めにはならなかった。

 だが、最初に申し出たとき何故教えてくれなかった、と霧島マネージャーを責めることも情けなくてする気にはなれない。落胆の色を隠せぬまま、オレは呉羽管理部長とそこを辞去し、通路に出た。

 呉羽管理部長が宥めるようにオレの肩にそっと手を置いた。力強い眼差しでオレの眼を見据える。

「すぐには無理かもしれないが、君にその気があるのなら零号士になる日もそう遠くはないだろう」

 せめてもの救いの言葉がそれだった。





 ペナルティ期間は完全にオレを萎えさせた。機体(MECA)に乗れないことへのもどかしさ、込み上げる宇宙空間そとへの憧れ、それをぶちまけるようなあの訴え。それらは全て空回りするだけで、満たされることはなかった。

 この日が心地よい目覚めになるはずだったが……

「おはよ」

 仮眠カプセルから出ると紗羅が向かえてくれた。特別緊急な用で自室で睡眠が取れない時以外はカプセルで寝ることは普通しない。このカプセルは脳を休ませることにおいて優れているが、ろくに寝返りも打てないため身体の疲れが残りやすい。だが、今はベッドで横になっても寝れない気がした。

「今日からまた機体(MECA)に乗れるんでしょ?」

「うん」

「気を付けてね? 久しぶりだから」

「ああ……ありがとう」

 覇気のない返事を返すオレ。あのことが頭の中に根付いていた。

『零号士の資格年齢を十八歳以上に引き上げる』

 それが受理されたら、オレはあと三年間も待たなくてはならなくなる。

「どうしたの?」

「別に……」

 心配そうに紗羅が見詰めていたが、話す気にはなれなかった。そのまま出口へと向かう。

「ねぇ!」

 紗羅の声がオレの足を止めた。オレの側に駆けて来る。

 振り替えると彼女は泣きそうだった。

「何でそんなに冷たい言い方するの?……」

 声が震えていた。

「……」

 オレは言い淀む。呼び止められたことに煩わしさも感じていた。

「悩みがあるなら相談して?」

 紗羅の大きな薄紫の瞳が涙で潤み、輝きをちりばめていた。

 オレは何も言えなくなった。彼女は純粋に心配してくれているとよく分かる。だが、素直になれなかった。

「……」

「……」

 沈黙が流れる。彼女は傷を癒そうとする瞳でオレを見詰め、オレはそれを遮断しようと見えない幕を張る――と、その時室内の警報ランプが赤く点滅した。基地内の壁には逸早く出動できるようにとこのように警報ランプが設置されている。あとは管理室直通の通信機器を取り付けた私物で自己確認するのだ。上着のポケットから携帯端末(タンマツ)を取り出すとその警報装置が赤く点滅していた。

《テロの犯行声明が出たわ。今すぐW地区のT社倉庫前に向かって、樹羅と臣と合流して!》

 携帯から霧島マネージャーの凛とした声が響く。

「了解。至急、W地区T社倉庫前に向かいます!」

 気持ちを切り替え、復唱(リードバック)する。

 その指令を受けると、心の闇はどこかに姿を消していた。

 そして任務を遂行するべく、オレの気持ちは戦場へと向かっていた……


次話に続きます。

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