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第十二章:告白

響は“それ”を確かめるべく決意をするが……

遠山響とおやま ひびきくん、きっとまた来てくれると思っていたよ。“喉の調子が悪い”と言ってね」

 研究室を訪れると相楽氏は不敵な笑みを浮かべた。オレが来ることは予想していた。いや、 “思惑通り” だったらしい。満足に満ちたその笑みは息子の相楽臣に似ていたが、それよりもどす黒い陰を帯び、疑惑の色に染まっている。

 彼は縁なし眼鏡のレンズの奥の目を細め、室内の道具を手に取ったり意味もなく歩きながら言った。

「君の喉の奥にチップを付けた」

「!?」

 オレは驚愕した。まさか人体実験されたのだろうか。

「アドレナリン分泌による血中濃度をみるためだったが、もう外していいだろう」

 彼が近付いて来てオレは思わず退く。警戒せずにはいられなかった。何をされるかわかったもんじゃない。

「ふっ、警戒しなくていい。ただチップを外すだけだ」

 仕方なくオレは応じることにした。

「さぁ、これを飲んで」

「……」

 乳白色のバリウムに似た糊状の液体を渡され、疑いの眼差しを向けると

「安心しろ。一時的に感覚を麻痺させる麻酔のようなものだ」

 そう言われ、疑いつつも飲むことにした。ドロリとした微かに味を感じるそれは喉越しが悪く、涙目になった。

「大きく口を開けて」

 相楽氏がオレの口の中に小型の機械を入れる。中の様子がモニターに写し出され、それを見ながらチップを探していた。感覚はなかった。

「動くな!」

 それを見て動いたオレは、厳しい声に静止した。

「もう閉じていい」

 相楽氏は取り出したチップをピンセットで摘み、シャーレにいれて眺めていた。

 オレは室内にある水道でうがいをするが、痺れたように喉の感覚はなかった。相楽氏はシャーレの中を見ながら、不満気な表情を浮かべていた。重たい溜め息が零れる。するとまた歩き始めた。

「遠山響くん」

「はい」

「この前ここで見た夢は覚えているかな?」

「!」

 一瞬息が止まる。

 何故彼が夢を見たことを聞いてくるのか。まるで夢を見たことを知っているかのように……

「覚えているようだね」

 オレが躊躇していると答える前に彼はそう言った。

 その疑惑を秘めたような瞳に嫌悪感を覚える。何を打ち明けようというのか。鳥肌が立った。

「どんな夢が見れたかな?」

 相楽氏の眼が実験動物を観察する時の残酷な学者のような眼差しと好奇心の色に染まり、同時に不気味に輝く。その視線に威圧され、戦慄が走った。

「……息子さんと――あなたが出てきました」

 不安を払い除けるようにオレは答えた。


 何故、そんなに夢にこだわる? ただの夢じゃないか!


「そうか」

 そう言った相楽氏の声には深い意味を込めた、そんな含みがあると感じさせられた。

 彼は頷いたり、不敵な笑みを浮かべながら一歩一歩ゆっくりと床を踏み締めるように歩く。

 そしてこちらに戻って来た。

「それで、“何を”していた?」

 再び質問が飛ぶ。

「彼が、あなたに腕を……メスで切られ」


 夢は夢だ!


「血が出なかった」


 ただの夢にすぎない!


「あなたは彼を……“アンドロイド”だと……」

 言い終えた時

「――」

 相楽氏はニヤリと笑った。

「そうか」

 その表情から零れた僅かな笑みは、静かな企みを映しているようだった。

「あの夢は私が見せたものだ」

「……」

「まだ実験段階だったが、睡眠時に映像を見せる特別な機械を使い」

 どこまで信じていいのだろうか? この人の言うことはまるで別世界の、SFの中の話みたいだ。

「本当のことを知りたくはないか?」

 相楽氏のまやかしにも似た陰湿な眼に挑発される。


“本当のこと”だと? 相楽臣がアンドロイドだとでも言うのか? オレが言った夢の内容に話を合わせてるだけだろ? くそっ! 何で自分からあんなこと話してしまったんだオレは……


 オレが沈黙していると相楽氏は勝手にしゃべり出した。

「臣の体は何で構造できていると思う?」

 その問い掛けに答えられなかった。

 彼は微かな吐息を吐く。

「体の約60%が金属だ」

「!?」

 オレの表情は凍りついた。


 これは夢か? 


 相楽氏は話を続けた。

「あの子は14歳の時病気を患った。そして、その治療薬が作れるまで冷凍保存し……」

 言葉を切り、そのあとの不自然な余白が不気味さを演出する。

「その為に――“頭部と胴体”を切り離した」

「!?」

 悪夢のようだった。その時の映像が脳裏に浮かぶのをオレは必死で排除しようとする。


 嘘だろ? じゃあ、“あれ”はいったい何なんだって言うんだ。人間ではないのか? そんなことまでして……それが息子への愛情だと言うのか!? 狂気としか思えない……


 気が変になりそうだった。

「ふっ……」

 弱く、相楽氏の息が漏れる。

「そうでもして救おうとした」

「?」

 文末にひっかかりを感じて、オレは困惑の眼差しで相楽氏に問い掛けた。

「幸いにも私の開発した冷凍保存法では全身を傷付けることなく、そのまま保存が可能だ」

「……」

「つまり今の話は架空の話だ」

 ――嘘?

 完全に騙された。この、人を馬鹿にしたようなほら話といい、息子の相楽臣にそっくりだ。

 あいつのあの性格は皆、この父親譲りだったのか……まったくもって性質たちが悪い!

 相楽氏は悪びれもせず、薄ら笑みを浮かべている。

「だが約5%は金属だ」

 溜息が出た。なんだか一気に疲れてしまった。真剣に聞く気になれない。どうせまた嘘なんだろ? と聞き流す。



「どこまで話すつもりですか? 相楽先生」

 

 その声は相楽臣(さがら しん)本人のものだった。いつの間にこの部屋に入ったのだろう。まったく気が付かなかった。ドアの前で腕を組み、父である相楽氏に憎しみを込めた軽蔑の眼差しを向けている。彼は腕をほどき、こちらに向かって歩いてきた。

「そういう話は本人の目の前でしてくれないか? 間違った情報を流されると困るんでね」

 普段のお気楽で軽い、悩みとは無縁に思える相楽臣が、この時はまるで別人のように憎悪に満ちた表情をしていた。自分の命を救ってくれた人に対する態度とは思えない軽蔑したような態度。相楽氏はそれにはまったく動じる様子もなく、顔だけ向けて軽く微笑した。

「自分のことは自分で話す!」

 相楽臣はそう吐き捨てるといきなりオレの手首を掴み、部屋を飛び出した。完全に取り乱していた。他人の親子喧嘩(?)に巻き込まれてしまったオレは、更に疲れを感じた。彼に引きずられるように通路を進み、研究室からだいぶ遠ざかって人気のない所まで来るとようやく相楽臣は手を離してくれた。相楽臣は壁に凭れて横たわるように頭を付け、苛立ちとやり場のない怒りで奥歯を噛み締めた。時折外から航空機が飛ぶジェットエンジンの轟音が鼓膜を叩いた。

「聞いてくれるか?」

 呟くように相楽臣が言った。

「はぁ……」

 オレはそっけない返事を返す。正直あまり関わりたくなかった。相楽臣の相談相手になるつもりもない。

「オレは怖いんだ」

 だが相楽臣は伏し目がちな目でそう言い、相談を持ち掛けようとしているようだった。仕方なくオレは黙って聞くことにする。

「本当は、自分の身体がどうなってるのか分からない」

「……」

「心臓は父が開発した人口細胞組織から造られた特殊なペースメーカーだ。胴体には金属がはめ込まれている。その他のことは知らない。どこまでが自分の身体でどれが異物なのかも分からない。それを聞くことすら怯えてできない」

「……」

 オレに慰めの言葉など見付かるはずもなかった。ただ聞いてやるのが精一杯で、見ていると哀れなだけだった。

「クスッ……」

 笑った。相楽臣のあの小馬鹿にしたようないつもの笑い方だ。

「やっぱり君は何も言わないな? クスッ、良かった」

 “良かった”だと? 訳が分からない。

 首を傾げるオレに対し、相楽臣は嬉しそうに言った。

「『頑張れ』って言われても頑張れそうにないし、『大丈夫?』って同情されても惨めなだけだから、君に打ち明けて正解だった。君はどっちも、何も言わないから」

「……」

 オレは困惑した。何もしてないのに感謝されているのか? と戸惑い。

 複雑な心境だ。だが、あまり嬉しくないことは確かだった。オレが捻くれているのかもしれないが、他人が背負わされている運命の重さを分け合うつもりはない。オレは個人ではなく別の運命のために力を尽くしたい。

 もっと別の尊い物のために……



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