第2話
二人は教室へ戻り、午後の授業を受けていた。
平枷蒜羽は私立小学校へ通う、小学6年生。
この冬は中学受験もひかえている。
「つまり、この公式によって…」
壇上にはいかにも厳しそうな目つきの女性が、黒縁の眼鏡を通して30人あまりの子どもたちを見ている。
長い髪は黒く、「魔女教師」と蒜羽は自分の中だけで呼んでいる。
だってあの、銀の細い棒(指示棒)を振る手つき、いかにも魔法をみんなにかけてるよう。
そしてその魔法にかかり、みんなは黙って、ただ鉛筆をノートの上で必死に動かしているだけ───
同じ魔法使いなら、マルウェルが良い───
もっとも、その魔法にかからぬ者もいた。
先ほどの本の続きが気になる蒜羽には、同じ教室の中にいても、
外から「魔女と子どもたち」という、別の物語を呼んでいる気分だった。
それはそれで、おもしろいかも───
ところが魔女の魔法に、蒜羽はかかってしまったのである。
魔女はどうやら、「瞬間移動」が得意らしい。
「平枷蒜羽!!」
しかし名を呼ばれ、目の前にいるのは魔女ではなく、算数の授業担当の「教師」であるということに気づく。
瞬間、読んではいなかったが、教科書の下に忍ばせていた本「お伽の国の物語」が、
蒜羽の代わりに返事をするかのごとく、元気にバサバサと音をたて、床に折り目をつけて崩れた。
「あ…本が、」
どうやら教師は、蒜羽が余所見をしていたのか、はたまた、「ココロココニアラズ」状態だったのかで、
声を尖らせ、彼女のもとへやってきたのだが、当の本人は床に這い蹲る本の心配をしていたわけで、
ゆっくりと伸ばす小学6年生の手よりも早く、「お伽の国」を拾い上げたのだった。
「授業に集中していないと思いきや、こんなものを読んでいたのね」
こんなものとはなんだ?
”読んでいた”という事実を否定する前に、
”こんなもの”という教師の表現に、蒜羽は少し怒りを覚えた。
「違います───」
蒜羽の反論をよそに、教師は本のタイトルを見つめ、
「「お伽の国」…?
くだらない」
くだらない───?
「これは没収する」
く だ ら な い ?
それは否定ですか?
私をも、否定しているのですか?
後者の”没収”より、
前者の言葉が突き刺さる。
「お伽の国はっ」
言ってしまえば最後、もう取り返しはつかなかった。でも言いかけて、やめるわけにはいかない───
背を向けて、教壇へ戻りかけていた教師は足を止めた。
この「教室」という空間の中に音をなしたものは、
時を刻む針と、誰かが落とし、転がった鉛筆。
流れるは、凍りつくような空気───
「くだらなくなんか、ありませんっ!」
笑わないで
あんなに長く、本については喋り続けることのできた蒜羽だが、この時は、たったこの二言だけで息を切らしていた。
ばかにしないで、ウソだと言わないで、
教師はゆっくりと振り向く。その顔は、怒りに満ちているわけでも、憐れんでいるわけでもなく、
「無」───だった。
お伽の国は、本当に───
「現実を知りなさい」
ある、
んだよね?
あれ───
どっちが、
どっちが現実、なんだっけ?
蒜羽の視界は、闇に包まれた。
いよいよ次回から、蒜羽はお伽の国へ参りまぅす!