第1話
笑わないで
ばかにしないで
ウソだと言わないで
お伽の国は本当にあるから───
予鈴が鳴っても、蒜羽はその場から動こうとしなかった。
どこか遠くのほうから聞こえたような気がしたのだが、
そんなことはどうでも良くなってしまうくらい、本に夢中になっていたのである。
───「お伽の国」───
蒜羽が今読んでいる、本のタイトルだ。
蒜羽は昔から大の本好きで、しかも幻想的な、非現実的な物語ばかり読んでいた。
その影響か、周りからはよく
「変わってるね」「不思議ちゃん」
などと言われたものだった。
お伽の国に住むマルウェルは、とても勇敢な魔法使いでした───か。
たくさん読んだものの中でも、特に気に入っている本がこれだった。
私も、行けたらな───
「まーた、何を読んでるの?蒜羽ちゃんっ」
蒜羽が顔を上げたその先には、クラスメイトの磨侑が立っていた。
「お伽の国の物語だよっ」
「おトギ??」
「そう!!」
蒜羽は嬉しそうに、説明を始めた。
「マルウェルっていう男のコが住むお伽の国では魔法が使えて───
魔法スクールとかあってみんなはそこで魔法の使い方を学んで───
───で、マルウェルは旅するんだよ?!すごくない?!」
途中で一息もつかずに、一気に話した蒜羽だったが、息を切らして疲れている様子はなく、
むしろ、話し終えてすっきりとした顔をしていた。
「ふ、ふーん…すごいねぇ…」
苦笑いの磨侑は、一応褒める。
本の内容にもだが、なにより息継ぎもせず、しゃべり続けることのできた蒜羽自身に───
「よく読んでるよね、本。よっぽど好きなんだね」
「うんっ」
今までたくさんの本を読んできたけれど、この本は特に大好き。
好きなんだね、って言われると、すごく嬉しい!
お伽の国はきっと
毎日が幸せでいっぱい
うれしいコト
たのしいコト
ふしぎなコト
ずっとずっと、あるんだ───
でも、現実は───
「でも本ばかり読んでいないで、勉強もしなきゃ。私たち、もうすぐ中学受験だよ?」
磨侑のもっともな意見に、蒜羽の顔が歪む。
わかってる…でも、勉強ばかりで、たのしいコトがない。
現実はきらい───
本鈴が鳴っちゃうよ、という磨侑の忠告を受けなければ、蒜羽はずっとその場から離れなかったかもしれない。