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身に覚えのない罪で婚約破棄されかけたら、素行不良の王太子に一目惚れされました!?~女遊びで有名な殿下ですが、わたくしにだけは本気を出してきます!~

作者: しろ
掲載日:2026/09/01

「クラリス・エインズワース! お前が、殿下の女遊びを黙認していた上に、複数の令嬢を裏で脅していたという証言がある!」


 大講堂の壇上で、婚約者――もとい、"元"婚約者になるらしいセドリック侯爵子息が、びしっと指を突きつけてきた。芝居がかった仕草は、鏡の前で百回は練習したに違いない。


「あら、それはずいぶんと欲張った罪状ですこと。一体いくつの罪を同時に着せるおつもりですの?」


「し、しらばっくれるな...;;;! お前は貴族社会で"マドンナ"などと呼ばれているが、その清廉潔白な仮面の下で、殿下の女遊びの片棒を担いでいたのだろう!」


 会場がざわめく。わたしは思わず、こめかみを押さえたくなった。何せ、王太子殿下とはまともに口をきいたことすらない。片棒どころか、握手すら交わしたことがないのだが。


「殿下の女遊びの片棒、というのは具体的にどのように担いでおりましたの?」


「そ、それは……その、まだ調査中だ.......,!」


「調査中なのに断罪だけは先に済ませるおつもりですのね。随分と効率的な裁判ですこと」


 くすくすと小さな笑いが漏れる。だがセドリックは止まらなかった。


「さ、さらに.......! お前はライバル令嬢を貶めるため、悪質な噂を流していたことも判明している!」


「ふふっ、それはわたくしが流された側の間違いでは? 最近、身に覚えのない噂ばかり耳にしますけれど」


「言い逃れは見苦しいぞ! これらの罪状により、クラリス・エインズワース、貴様との婚約を破棄する! そして、王国からの追放を言い渡す!」


 拍手が起きる。誰もが“予定調和”だと分かる、乾いた拍手だった。


 正直、この茶番、そろそろ潮時だとは思っていた。何せこの婚約、家同士の政略で決まっただけの相手だ。愛情など欠片もない。それでも、こうして大勢の前で根も葉もない罪をでっち上げられる瞬間だけは、何度経験しても胸の奥がひやりとする。


 十六の頃、初めて社交界に出た日、亡き母がわたしに言った言葉を思い出す。


 ――「クラリス。人は、あなたを正しく見てくれるとは限らないわ。だからこそ、自分だけは自分を正しく見ていてあげなさい」


 あの時は、綺麗事だと思っていた。だが今、こうして見ず知らずの罪をひとつずつ突きつけられながら、その言葉だけが唯一、自分を支えてくれている気がした。


「かしこまりました.......追放、謹んでお受けいたしますわ」


「ふ、覚悟がいいな。やっと真実を認めたか!?」


「ええ。むしろ清々しいくらいですもの」


 わたしは静かに一礼し、講堂を後にしようと踵を返した。これ以上、この茶番に付き合う義理はない。


 その時だった。


「――あ?」


 聞き覚えのない、やけにラフな声が響いた。講堂の扉が、蹴破らんばかりの勢いで開く。


「王太子殿下……!?」


 現れたのは、噂の王太子――アレクシス殿下だった。だが、噂とはまるで違う。金の髪を無造作にかき上げ、ボタンを二つほど開けた襟元、腰には帯剣ではなく、なぜか釣り竿らしきものが引っかかっている。


「よお、なんの騒ぎだ? めちゃくちゃ盛り上がってんな.....祭りでもやるんだったら俺も誘えよな」


 軽い調子でそう言いながら、殿下は会場を見渡した。その視線が、ふと、わたしの顔で止まる。


「……は?」


 殿下の動きが、ぴたりと止まった。


「........殿下?」


「いや……待てちょっと待て.......今の、誰?」


「わたくしですけれど」


「マジかよ.......え、うそでしぃ。なんでこんな美人が今の今まで俺の視界に入ってなかったんだ.......まったく、しっかりしてくれないと困るぜ、昔の俺」


 会場が完全にざわめいた。「殿下があんなに食いつくなんて」という声がそこかしこから漏れる。セドリックも呆気にとられている。


「殿下........あの、お話の途中ですので.....;;」


「........話? ああ、なんかお前が悪女だとかなんとか騒いでたやつな。あんなん全部嘘だろ」


「っ......!? な……なぜそう思われますの」


「そんなん決まってんだろ、勘だよ、勘.......あと、俺の女遊びの片棒担いでたって話、初耳すぎるんだけど。俺、お前と一回も喋ったことねえし」


 会場がしん、と静まり返った。セドリックの顔が青くなっていく。


「殿下、それは、その.......証言が――」


「あ? 証言って誰の?」


 殿下の口調が、初めて低くなった。


 「言っとくけど俺、自分の女遊びに関しちゃ嘘つかれるの一番むかつくんだわ。誰が誰と何してたかくらい、俺が一番わかってるわボケ、なめんな」


「そ、それは……」


「あー分かった。大方、俺に気に入られたい奴らが勝手に話盛ったんだろ。よくある話だわ、はぁ、うっぜぇ」


 殿下は面倒くさそうに髪をかき上げると、こちらへ大股で歩いてきた。


「なあ、お前......」


「クラリス、ですけれど」


「クラリスな。追放とか言われてたけど、悪いようにはしねえから、俺についてこいよ」


「......は? わたくし、殿下と初対面ですのよ」


「知ってる。でも俺は今この場でお前に一目惚れした.......文句あるか?」


 あまりにも直球すぎる物言いに、会場中が凍りついた。わたしも思わず言葉を失う。


「殿下、それはあまりにも唐突すぎませんこと」


「唐突で悪いか。俺、思ったことすぐ言うタイプなんだわ。回りくどいのとか苦手ー」


「回りくどいのが苦手にしても、限度というものが……」


「限度.......な」

 殿下は少し真面目な顔になった。


「じゃあ聞くけど、お前は今まで、限度を守って生きてきて幸せだったか?」


 思いがけない問いに、言葉が詰まった。


「……! な、何をいきなり」


「いや、さっきからずっと見てたけど。お前、罪状ひとつひとつに真面目に反論してただろ。悔しくねえのか? 身に覚えのない罪、丁寧に説明してやる義理なんてどこにもねえのに」


「それは……」


「俺はさ......」


 殿下は懐に手を入れ、崩れたネクタイをさらに緩めながら続けた。


「昔から素行不良だの、王家の面汚しだのって、散々好き勝手言われてきたわけ。でも、いちいち反論するのやめたんだよ。だって、俺のことをまともに知ろうともしない奴に、何を言っても無駄だろ?」


「では殿下は、噂を放置なさっていると?」


「放置っつーか、諦めた。ただなーー」


 殿下はふっと笑った。


「お前を見てて思ったわ。諦めるのと、飲み込むのは違うんだなって」


「......飲み込む?」


「お前、悔しいんだろ? 悔しいけど、令嬢としての体裁を守って、優雅に振る舞ってる。それ、俺にはできねえ生き方だわ......正直、尊敬するわー」


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。誰かにこんな風に、まっすぐ自分の在り方を認められたのは、初めてだったのかもしれない。


「セドリックだっけ、お前」


 殿下はセドリックに向き直った。


「証言者、今すぐここに連れてこい。俺が直接その話を聞く」


「い、いえ、その、証言者は、その……」


「言えねえの? じゃあその証言、最初から存在しねえってことだよな」


 会場のざわめきが大きくなる。セドリックは冷や汗を流しながら後ずさった。


「殿下.......あの噂も、その、令嬢方の間で自然に広まったもので……」


「自然に? めっちゃ面白いこと言うじゃん。誰が最初に言い出したか、あとで俺が勝手に調べるからよろしくな」


 セドリックの顔から完全に血の気が引いた。


「殿下、恐れながら......」


 わたしは扇を広げ、微笑んだ。


 「わたくし.......婚約破棄と追放、受け入れる気満々でしたのに」


「あ? なんでだよ」


「だって、この婚約、そもそも家同士の政略で決まっただけの、愛のかけらもない関係でしたもの。むしろ清々しますわ」


「へえ、そりゃちょうどいいな」


「ただ、殿下......先ほどのお言葉、少し訂正させていただきたいのですけれど」


「あん?」


「わたくし、令嬢としての体裁を守って優雅に振る舞っていたわけではございませんの。ただ、悔しさを表に出したところで、事態が良くなるとは思えなかっただけですわ」


「ふーん、お前.....面白いじゃん!」


「感情に振り回されて判断を誤るくらいなら、冷静でいた方が、結局は自分を守れますもの」


 殿下は、しばらく黙ってこちらを見つめていた。


「……なるほどなー、それは俺が今まで会った誰よりも強い生き方かもしれねえわな」


「買い被りすぎですわ」


「買い被りじゃねえよ。俺、我慢できねえから好き勝手やって、それを"自由"だって開き直って生きてきた。でもお前は、我慢しながらも自分を保ってる。そっちの方が、よっぽど骨が折れる生き方だと思うぜ」


 その言葉に、思わず胸を突かれた。誰かにこんな風に、自分の在り方の意味を言葉にしてもらったことは、これまで一度もなかった。


「殿下は案外、物事をよくご覧になっていますのね」


「案外は余計だぜ?」


 殿下はにやりと笑うと、こちらの手を取った。


「なあクラリス.......これだけは言っておく。俺は遠回りして誰かを傷つける生き方は好きじゃねえ。だから思ったことはすぐ言う。今言えることは一つだけだーー」


「なんでしょう......?」


「ーーお前のその生き方、俺が一生かけて守ってやる.......だから、これからは我慢しなくていいぜ」


 会場が、水を打ったように静まり返った。誰もが言葉を失っている。


「唐突すぎますわ、殿下」


「唐突上等。俺、遠回りする人生に興味ねえもん。今日出会って、今日惚れて、今日から守る。それでいいだろ」


「よくございませんわ。せめて、お茶の一杯でもご一緒してから――」


「お、いいな、それ! お前センス良すぎ! じゃあ今から行くか?」


「今からですの!?」


「善は急げって言うだろ」


 背後でセドリックが「ま、待ってください殿下……!」と叫んでいたが、正直知ったことではなかった。


「行くぞクラリス! この茶番の後始末、俺がきっちりつけてやるから、お前は隣でただ笑ってればいい!」


 その言葉に、思わず小さく吹き出してしまった。母の言葉が、ふと胸をよぎる。


 ――「自分だけは自分を正しく見ていてあげなさい」


 正しく見てくれる人間が、もう一人増えたようだ。そう思うと、不思議と足取りが軽くなった。


「.......殿下」


「あ?」


「わたくし、意外と美味しいお茶の淹れ方を存じておりますの。今からご期待いただいて構いませんわ」


「へえ、俺に楽しみにさせてんだから、相当なお手前なんだな? 期待しといてやるよ!」


 ――こうしてわたしは、断罪されるはずだった舞台から、想定外のヤンチャ王子に連れられて退場したのだった。


 数日後、噂の出所は複数のライバル令嬢の共謀だったことが判明し、彼女たちは軒並み社交界から締め出されることになる。そしてセドリックもまた、証拠もなく婚約破棄を宣言した責任を問われ、しばらくの謹慎処分を受けることになった。


 けれどそれは、もう自分にとって、たいして重要なことではなくなっていた。


 ――人は、あなたを正しく見てくれるとは限らない。だからこそ、自分だけは自分を正しく見ていてあげなさい。


 母の言葉に、もう一つの続きが加わった気がした。そして、正しく見てくれる誰かに出会えた時、人はきっと、初めて本当に自由になれるのだと。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!


 感想コメントもお待ちしております!

 

 これからのヤンチャ王子との関係など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!


 それでは、また次のお話でお会いしましょう!

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