仕様外
翌朝、病院に戻った。
ニコールはサーバー室で電力線経由の転送ログを追っていた。俺は外来棟を担当した。
昨日の記録を確認しながら歩いた。
少女のデバイス付近から出ていた電波が気になっていた。スマホとBluetoothで繋がっている補助デバイス——それは普通だった。しかし、もう一つ。デバイス本体から直接、一般携帯電話帯域の電波が出ていた。
病院のシステム担当者を捕まえた。
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「昨日の少女について確認したいことがあります」と俺は言った。「補助デバイスを装着しています。耳に小さなデバイスです」
「ああ」と担当者は言った。「水無瀬さんですね。視覚補助のデバイスです。うちで治験中の患者さんです」
「デバイスの仕様を教えてもらえますか」
「詳しい仕様は私たちは持っていません」と担当者は言った。少し困った顔をした。「デバイスの管理権限は私たちにはないんです」
「どこが持っていますか」
「経済産業省です」と担当者は言った。「デバイスの開発と管理は経産省の委託プロジェクトです。うちはあくまで治験の場所を提供しているだけで」
俺はグラスのフレームに触れた。
「病院が把握している仕様の範囲で構いません。デバイスに通信機能はありますか」
「スマホと連携します」と担当者は言った。「Bluetooth接続です。スマホ経由で病院のマップデータや外部カメラの情報を受け取っています。それが基本的な仕様です」
「デバイス単体での通信機能は」
「ないはずです」と担当者は言った。「スマホがなければ動作しない仕様だと聞いています」
俺は頷いた。
「確認します。ありがとうございました」
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廊下の隅で記録を整理した。
デバイスの基本仕様——Bluetooth、スマホ連携、単体通信機能なし。
しかし昨日の記録には、デバイス本体から一般携帯電話帯域の電波が出ていた。スマホとは別の電波だった。微弱だったが、確かにあった。
三つの可能性があった。
一つ目——病院が把握していない仕様がある。開発段階で追加された機能を、病院側に伝えていない。
二つ目——経産省が意図的に組み込んだ機能がある。デバイスを通じて何かのデータを収集している。
三つ目——第三者がデバイスに細工をした。開発者でも経産省でもない誰かが、デバイスに通信機能を仕込んだ。
インフェクターの偽装ルーターとは別の話だった。
二つの侵入経路に加えて、デバイスの問題が出てきた。
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ニコールに状況を伝えた。
「経産省の案件が絡んでいるとすれば、動き方を考える必要があります」とニコールは言った。「政府機関に直接聞けば、情報が向こうに伝わる」
「そうです」
「IAISに照会するのも同じリスクがある」
「経産省とIAISが情報を共有していれば」と俺は言った。「ただし、それを確認する方法がない」
ニコールが少し考えた。
「デバイスの開発元を調べましょう」とニコールは言った。「経産省の委託先です。そこから当たれば、経産省に知られずに情報が取れる可能性がある」
「IAISには偽装ルーターの件だけ照会します」と俺は言った。「デバイスの件は別に動かします」
「賛成です」
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午後、外来棟を歩いていると、少女がいた。
今日は廊下の真ん中を歩いていた。耳のデバイスから何かを受信しながら、壁に触れずに歩いていた。
俺は少し離れて見ていた。
少女が自動販売機の前で止まった。昨日と同じ動きをした。硬貨を入れて、指でパネルをなぞった。
少女の体の近くでグラスが電波を捉えた。
携帯電話帯域の反応があった。今日もあった。
少女がボタンを押した。
缶が落ちる音がした。
少女が振り返った。視線が俺の方を向いた。俺の少し横を向いていた。
「昨日の人ですか」と少女は言った。
俺は驚いた。グラスのフレームに触れた。
「そうです」と俺は言った。「気づきましたか」
「足音です」と少女は言った。「昨日と同じ歩き方をしている人が近くにいました」
俺は少し間を置いた。
「水無瀬さんですか」
「そうです」と少女は言った。「あなたは病院の人じゃないですよね。昨日もそう思いました」
「違います」と俺は言った。「調査をしています」
「何の」
「病院のシステムです」と俺は言った。「あなたのことではありません」
少女が缶コーヒーを持ったまま少し考えた。
「そうですか」と少女は言った。「邪魔してすみません」
「いいえ」
少女が歩いていった。
俺はその背中を見ながら、グラスの記録を確認した。
携帯電話帯域の電波データが残っていた。
仕様にない電波が、今日も出ていた。
経産省の思惑なのか。それとも第三者がいるのか。
今日の段階では、まだ分からなかった。
―― 第8話 了 ――




