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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
5/7

三ツ矢サイダー

 浅草の銭湯は、夕方になると常連が増える。


 番台のおばちゃんが湯加減を確認して戻ってきた。特に何も言わなかった。それがいつもの合図だった。


 ケンさんは個室サウナの脱衣場にいた。


 瓶の三ツ矢サイダーを栓抜きで開ける。一口飲んだ。炭酸が喉を抜けた。


 扉が開いた。


 組の若いのが入ってきた。松田だった。27歳、元土木作業員、借金で転がり込んできた。三年経った今は使える。ただし判断が雑だった。


「報告があります」と松田は言った。


「なんだよ」


「虎ノ門で監視していた田中を回収しました。ターゲットの男は、別の男に声をかけられて思いとどまりました」


「別の男」


「はい。ターゲットと少し話して、名刺を渡していました」


 松田が名刺を出した。


 ケンさんは受け取った。


 Lynceus Japan。佐藤澄。


「民間軍事会社か」とケンさんは言った。「警察でも公安でもないな。なんで日本で活動してんだ」


「そこまでは——」


 松田が次の言葉を言いかけた時、ケンさんの手が動いた。


 松田の頭が壁にぶつかった。


「お前、今コーラに手を伸ばしたな」


 松田が壁を背にしたまま固まった。


「いえ」と松田は言った。声が裏返った。「サイダーですよ。三ツ矢サイダーを飲もうと」


 ケンさんは松田を見た。


 それから笑った。


「なんだ」とケンさんは言った。「そうか。悪かったな。俺にも一本くれよ」


 松田が震える手で瓶を渡した。


 ケンさんは栓抜きで開けた。一口飲んだ。


「日本人なら三ツ矢サイダーだよな」


---


 脱衣場に出た。


 隅に格闘ゲームの筐体があった。手書きのガムテープが貼ってある。「故障中」。


 ケンさんは椅子を引いた。座った。


 筐体の側面に手を入れた。パネルが外れた。中に小さなキーボードがあった。


 電源を入れた。


 モニターに起動画面が表示された。


 Linuxだった。


「さて」とケンさんは言った。「久々に潜るとするか」


 キーボードを叩き始めた。


---


 Lynceus Japanの登記情報はすぐに出た。


 アメリカに本拠を置く民間軍事会社の日本法人。日本政府との契約で情報収集分析と特殊警備を請け負っている。設立三年。


「新しいな」とケンさんは言った。


 佐藤澄のデータを掘り始めた。


 住民票、運転免許、社会保険。表に出ている情報はすぐ揃った。30代後半、東京出身、離婚歴あり。


 次に深いところへ潜った。


 政府のデータベースに触れた。ここからは時間がかかる。


 ケンさんは三ツ矢サイダーを飲みながら画面を見ていた。


「なんだ? こいつ米軍で訓練うけてるじゃねえか…これ以上はダメかぁ」


 番台のおばちゃんが脱衣場を覗いた。


「ケンさん、夕飯どうします」


「後でいい」とケンさんは言った。画面から目を離さずに。「それより、インフェクターの動向、松田に追わせてくれ」


「分かりました」


 おばちゃんが戻った。


 画面に新しいデータが流れてきた。


 ケンさんの目が細くなった。


 Lynceus Japanは、ある国立病院と契約していた。最近の契約だった。


 その病院の名前を、ケンさんは知っていた。


 三ツ矢サイダーを一口飲んだ。


「よしよし」とケンさんは言った。誰にでもなく。「お前らもやっとそこに気がついたか」


 画面を閉じた。


 次に開いたのは別のウィンドウだった。


 暗号化された通信ログだった。



―― 第5話 了 ――


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