アマギフ
虎ノ門のオフィスまで、東京駅から地下鉄で二十分だった。
ニコールとは駅で別れた。彼女は先に横田へ向かう。合流は明日の午前中だった。
日比谷線の改札を抜けたところで、グラスが周囲を照合し始めた。通勤客、観光客、ビジネスマン。該当なし、該当なし、該当なし。
階段を上がって地上に出た。二月の虎ノ門は風が冷たかった。
オフィスまで徒歩五分。俺は霞ヶ関方面に歩き始めた。
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コンビニの前を通りかかった時、男が立っていた。
40代前半、スーツ、ネクタイが緩んでいる。グラスが照合した。該当なし。登録のない人物だった。
男が俺を見た。
「あの」と男は言った。「すみません」
俺は立ち止まった。
「Amazonギフトカードって、どこで買えますか」
俺はコンビニの看板を見た。それからグラスで男の表情データを確認した。発汗、視線の揺れ、声の微細な震え。
「このコンビニで買えます」と俺は言った。「ただし、今日は買わない方がいいと思います」
男が固まった。
「なんで分かるんですか」
「表情と声に出ています」と俺は言った。「誰かに指示されて買いに来たんですか」
男が俯いた。否定しなかった。
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少し離れたところで立ち話になった。
男の話を聞いた。消費者金融、カードローン、リボ払い。気がついたら三社から借りていた。返済のために別のカードを作った。雪だるまだった。そこに「アマギフで返済できる方法がある」と連絡が来た。
アマゾンギフトカードを使った資金洗浄の入口だった。
「僕がアマギフを買うのは違法なのか」と男は言った。声が少し上がっていた。
「違法じゃありません」と俺は言った。「ただし、後戻りできませんよ。今よりひどくなる」
「どうしろというんですか」
「破産するんですよ」と俺は言った。「制限はつきますが、やり直せます」
男が黙った。
スマホが鳴った。
男が画面を見た。表情データが変わった。緊張から、別の何かへ。
「妻です」と男は言った。出た。「もしもし」
スマホから声が聞こえた。女性の声だった。
「いま、玄関のドアが——」
男の顔が変わった。グラスのデータではなく、俺にも分かるくらい変わった。
「分かった。すぐ帰る」
電話を切った。男がコンビニの入口を見た。それから俺を見た。
男が踵を返した。
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俺は周囲を見た。
グラスが一人の男を捉えた。電柱の脇に立っている。スマホを見ているふりをしている。視線がこちらに向いていた。
照合した。該当なし。ただし姿勢と立ち位置が監視の訓練を受けた人間に近かった。
俺は男に追いついた。
「少し待ってください」
男が振り返った。
「本当に困ったら、連絡してください」と俺は言った。名刺を出した。「私の仕事はあなたを助けることではありません。私の仕事は、あなたが組み込まれようとしている仕掛けを解明することです」
男が名刺を見た。
「民間軍事会社?」と男は言った。「なんで」
「あなたが関わろうとしている仕掛けは、思っている以上に危険で大きいんですよ」と俺は言った。「破産の相談は、法テラスに電話してください」
男が名刺をポケットに入れた。頷いた。歩いていった。
俺は電柱の脇の男を見た。男はすでにその場を離れていた。
グラスが歩行パターンを記録した。
声紋は取れていなかった。ただし歩き方は残った。
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オフィスのビルに入った。
エレベーターを待ちながら、グラスで記録を確認した。監視の男の歩行パターン。電話口の女性の声。アマギフの指示をした相手。
全部が繋がっているとすれば——規模が見えてきた。
ニコールが言っていた。
思っている以上に大きい。
エレベーターが来た。
―― 第4話 了 ――
本日は朝の投稿を忘れました。すみません。明日は朝の10時ごろに投稿します。




