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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
3/7

消去法

 成田エクスプレスは定刻に発車した。


 車窓に千葉の平野が流れていた。グラスが周囲の乗客を照合している。該当なし、該当なし、該当なし。静かな車内だった。


 ニコールが向かいの席に座っていた。


「失礼でなければ」とニコールは言った。「プライベートな話を聞いてもいいですか」


「内容によります」


「民間軍事会社に入った理由です」とニコールは言った。「あなた、戦闘的な人とは思えないので」


 俺は車窓を見た。グラスが地名を表示している。船橋を通過中だった。


「消去法です」と俺は言った。


「消去法?」


「私は今まで相貌疾患で多くの失敗をしました」と俺は言った。「それを補うためにサイバーグラスを常時着用し始めましたが——日本ではまだ、サイバーグラスの着用は礼儀として失礼とされています。つまり、普通の会社員は仕事中に着用できない」


「でも警備などの仕事は別と言う訳ね」


「そうです」と俺は言った。「フェイスガードやゴーグルを着用する仕事は許容される。Lynceus Japanは政府との契約で情報活動や特殊警備を請け負っている。現場でサイバーグラスを着用することに、誰も文句を言わない」


 ニコールがしばらく黙っていた。


「それだけですか」


 俺は少し間を置いた。


「離婚しました」と俺は言った。「見合い結婚でした。妻の顔が分からないまま結婚した。相貌疾患を自覚していなかったので」


「気づかなかったの?」


「気づかなかった」と俺は言った。「人の顔が分からないことが、普通だと思っていました。他の人も同じだと思っていた。みんな、声と雰囲気と文脈で人を判断しているのだと」


 グラスが次の駅を表示した。市川だった。


「結婚してから、ずれが積み重なりました。妻の表情が読めない。機嫌が顔に出ていても、俺には分からない。何度も同じ失敗をした。妻は俺が無関心だと思っていたようです」


「……」


「そうじゃなかった」と俺は言った。「ただし、説明できなかった。自分でも理由が分からなかったので」


 車内アナウンスが流れた。


「家庭が荒れました。そのタイミングで——」と俺は言った。少し間があった。「流産がありました。それで終わりました」


 ニコールが何も言わなかった。


「鬱になって専門医にかかったときに、初めて診断されました。相貌失認。俺の失敗には理由があった。ただし、もう遅かった」


「それでサイバーグラスを」


「そうです」と俺は言った。「グラスをかけると、人の顔が初めて意味を持った。誰が誰かが分かる。表情のデータが表示される。世界が変わりました。ただし、普通の会社では着用できない」


「それで民間軍事会社のLynceusを」


「だから消去法です」と俺は言った。「戦いたいわけではない。ただし、グラスをかけて働ける場所が、ここしかなかった」


 ニコールが窓の外を見た。東京の街が見え始めていた。


「指輪は?」とニコールは言った。


「外すタイミングを失いました」と俺は言った。「習慣で確認してしまう。そのうち外します」


 ニコールが「そう」と言った。それだけだった。


 電車が地下に入った。グラスの照合が途切れた。


 しばらく二人とも黙っていた。


「私の話もしますか」とニコールは言った。


「内容によります」


 ニコールが小さく笑った。声でわかった。


「今日はやめておきます」とニコールは言った。「東京駅です」


 ドアが開いた。



―― 第3話 了 ――



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