表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
15/15

霞ヶ関

 坂本浩二は、廊下を歩きながら胃が痛かった。


 経済産業省の廊下は、昼間でも人の往来が少ない。会議室のドアが並んでいる。その一つに呼ばれていた。


 第三係長として十二年。こんな呼ばれ方は初めてだった。


 ドアを開けた。


 課長と、課長補佐がいた。それから法務の人間が一人。


 坂本は頭を下げた。


「座ってください」と課長は言った。声が平らだった。


---


「村田准教授の件です」と課長は言った。「報告が上がっていました。デバイスに通信機能が追加されていた。あなたはそれを把握していましたか」


 坂本は少し間を置いた。


「把握していました」


「なぜ報告しなかったんですか」


「想定内だと判断しました」と坂本は言った。「デバイスの研究目的に沿った機能です。水無瀬さんの脳の変化のデータは——」


「そこです」と課長は言った。遮った。「水無瀬さんの意向を確認しましたか」


 坂本は答えられなかった。


「していない」と課長は言った。「村田准教授が独自に仕込んだ機能を、あなたは研究上の必要として黙認した。本人の同意なしに。それが問題です」


「データの価値は」


「データの価値は分かっています」と課長は言った。「だからこそ問題なんです。価値があるから慎重にやらなければいけなかった。あなたは判断を緩めた」


 坂本は俯いた。


 課長補佐が資料を出した。


「さらに問題があります」と課長補佐は言った。「水無瀬さんの脳の変化です。デバイスの信号を直接認識し始めている。これは想定していましたか」


「していませんでした」と坂本は言った。「村田先生も想定していなかったはずです」


「しかし経産省としてのリスク評価がなかった」と課長は言った。「未知の変化が起きている患者を、適切な管理なしに置いていた」


---


 会議は一時間続いた。


 廊下に出た坂本は、窓の外を見た。


 霞ヶ関の交差点が見えた。


 自分は正しいことをしようとしていた——そう思っていた。μITRONの医療応用、国産技術の実績、データの活用。全部、日本のためになると思っていた。


 ただし、一人の15歳の少女の意向を聞かなかった。


 坂本はスマホを出した。


 村田に電話しようとした。


 止めた。


 今さら何を言っても遅かった。


---


 同じ頃、横田基地から一台の車が走っていた。


---


 ケイが来たのは昼過ぎだった。


 日系アメリカ人、30代前半。グラスが照合した。Fujimoto, Kay。元米軍、除隊後Lynceus Japanに入った記録がある。


「お久しぶりです」とケイは言った。日本語が自然だった。


「久しぶりです」と俺は言った。「状況を説明します」


---


 会議室でニコールと三人で話した。


 ケイが資料を確認しながら聞いた。質問が少なかった。必要なことだけ聞いた。


「インフェクター側の実行部隊は」とケイは言った。


「車での追跡が主な手段だと想定しています」とニコールは言った。「軽武装の3から5人程度です」


「芙由さんの現在地は」


「今日の夕方、病院を退院します」と俺は言った。「浦和の両親の家に移動します」


「移動中が一番危ない」とケイは言った。


「そうです」


「もう一つの組と合流するタイミングは」


「今日の夕方、浅草で」と俺は言った。「ケンさんの部下と顔合わせをします」


 ケイが少し間を置いた。


「NULLの構成員と組む、ということですか」


「そうです」と俺は言った。「方向は同じです」


 ケイが頷いた。それだけだった。


---


 夕方、浅草の銭湯だった。


 脱衣場に人が集まっていた。


 ケンの部下が三人。作業着の松田、それから初めて見る二人。グラスが照合した。一致なし、一致なし、一致なし。


 ケイが入ってきた。


 松田がケイを見た。ケイが松田を見た。


 誰も何も言わなかった。


 ケンが奥から出てきた。三ツ矢サイダーを持っていた。


「よく来てくれた」とケンは言った。ケイを見た。「元米軍か」


「はい」とケイは言った。


「俺は小学校も出てない」とケンは言った。「それでも、あんたと同じ方向を向いて動く。文句あるか」


「ありません」とケイは言った。


 ケンが三ツ矢サイダーを一口飲んだ。


「よし」とケンは言った。「じゃあ始めよう」


---


 ケンが地図を広げた。


「芙由ちゃんが病院を出て浦和に帰る。その間を守る」とケンは言った。「俺の部下三人が車で前後につく。ケイさんが直接そばにいる。佐藤、あんたはどうする」


「病院から一緒に移動します」と俺は言った。


「ニコールは」


「別ルートで浦和に先回りします」とニコールは言った。「到着後の警戒をします」


「ドローンは」とケイが言った。


「三台用意してある」とケンは言った。「カメラ付きだ。上から見張る」


「重装備は」


「ある」とケンは言った。「使わない。ただし、ある」


 ケイが頷いた。


「分かりました」


 ケンが地図を指で叩いた。


「インフェクターの船が東京湾に入るまで、あと一日だ」とケンは言った。「今夜は芙由ちゃんを無事に浦和まで送り届ける。それだけだ」


 誰も余計なことを言わなかった。


---


 銭湯を出た。


 夜の浅草は人が多かった。


 スマホに芙由からメッセージが来ていた。


「今日、退院します。怖いですか、と聞いていいですか」


 俺は少し考えた。


「怖いです」と返した。「ただし、対応しています」


 少し間があって返信が来た。


「そうですか。ただし悪くなさそうですね」


 俺はスマホを見た。


 この子はどこでその言葉を覚えたのか。


 歩き始めた。



―― 第15話 了 ――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ