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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
14/15

退院

 経産省から厚労省に文書が届いたのは朝だった。


 治験の一時中止。安全確認のため。


 病院のシステム担当者から俺に連絡が来たのはその一時間後だった。


「水無瀬さんに退院していただくことになりました」と担当者は言った。声が硬かった。「経産省からの指示です。私たちには止める権限がありません」


「いつですか」


「今日の午後です。ご両親に連絡しています」


 俺はグラスのフレームに触れた。


「分かりました」


 電話を切った。


 ニコールに伝えた。


「タイミングが良すぎる」とニコールは言った。「アスクレピオスが東京湾に入る二日前です」


「データを整理したい」と俺は言った。「渡す前に自分たちの手元に置きたい」


「あるいは渡さないための準備をしたい」


 どちらにしても、芙由が病院の外に出る。保護がなければ、どこからでも接触できる。


---


 午前中、渋谷に報告した。


「退院は止められないか」と渋谷は言った。


「経産省の決定です。私たちには権限がありません」


「水無瀬さんの両親は」


「今日の昼前に病院に来る予定です」と俺は言った。「ただし——」


 スマホが鳴った。


 ケンだった。


「知ってるか」とケンは言った。


「退院の件ですか」


「そうだ」とケンは言った。「話がある。今日の昼、例の場所で」


---


 浅草の銭湯だった。


 個室サウナにケンがいた。今日は姿を見せた。


 60代前後、がっしりした体格、白髪交じりの短い髪。グラスが照合した。一致なし。ただし声は一致した。


 三ツ矢サイダーを飲んでいた。


「座れ」とケンは言った。


 俺は座った。


「あの子が病院を出る」とケンは言った。「俺は動かなきゃいけない」


「身元引受人になりますか」


「なれない」とケンは言った。ためらわずに言った。「俺みたいな人間が表に出たら、かえってあの子に迷惑がかかる。分かってる」


「では」


「あんたに頼む」とケンは言った。「俺は先生から頼まれた。あの子を守れと言われた。だから守る。ただし、俺一人では不自由なことが多い」


 俺はグラスのフレームに触れた。


「具体的に何を」


「今日、両親のところに行く」とケンは言った。「ただし、その前にあんたから話を通してほしい。俺みたいな人間が先に話すより、あんたから説明してからの方がいい」


「私が先に話すのか?」


「そうだ」とケンは言った。「民間軍事会社の人間の方が、俺より信用される。正式な書類も書ける。俺は後から出ていく」


「渋谷に確認が必要です」


「電話しろ」とケンは言った。「俺は待つ」


---


 渋谷への電話は短かった。


「やれ」と渋谷は言った。「ただし、契約の形を整えろ。保護対象として書類を作る」


「経産省が動く可能性があります」


「動いたら対応する」と渋谷は言った。「水無瀬さんが安全でなければ、俺たちの仕事にならない」


---


 水無瀬の両親の家は、さいたま市にあった。浦和から歩いて十分の住宅街だった。


 まず俺一人で向かった。


 インターホンを押した。


 ドアを開けたのは40代の女性だった。水無瀬の母親だった。顔は分からない。声と立ち方で判断した。


「水無瀬さんですか」と俺は言った。「佐藤澄と申します。病院の調査をしているLynceus Japanという会社の者です。芙由さんの件でお話があります」


「あ、はい」と母親は言った。「病院から連絡をもらっていました。どうぞ」


---


 居間で父親にも会った。60代、静かな目をした人だった。


 俺は説明した。


「病院のシステムに外部からの侵入があります。芙由さんのデバイスに関連した動きも確認しています」と俺は言った。「正式な保護の形を整えたいと思っています。私の会社が身元引受人として書類を作ります」


「危険なんですか」と母親は言った。


「可能性があります」と俺は言った。「ただし、対応しています」


 父親が俺を見た。


「あなたたちだけですか」と父親は言った。「他に誰か関わっていますか」


 俺は少し間を置いた。


「もう一人います」と俺は言った。「今日、会ってもらいたい人がいます」


 俺はスマホでメッセージを送った。


「来てください」


---


 十分後、チャイムが鳴った。


 ケンが入ってきた。作業着だった。


 部屋に入った瞬間、深々と頭を下げた。


「ケンと申します」とケンは言った。低い声で、ゆっくりと。「突然で申し訳ありません。先生——水無瀬さんのお父様のお知り合いだった人物に、長年お世話になっていた者です」


 母親が少し固まった。


「先生の、ご縁の方ですか」


「はい」とケンは言った。「先生から、芙由さんのことを頼まれていました。長い間、遠くから見ていました。失礼なことは分かっています。ただし、今日は話を聞いてもらえますか」


---


 ケンが話した。


「あなたたちが俺のような人間を信用しないのは仕方がない」とケンは言った。「ただし頼む。芙由さんを俺に守らせてほしい。先生から頼まれた」


 父親がケンを見た。長い間見ていた。


「父から、あなたのことは聞いています」と父親は言った。静かな声だった。「あなたは信頼できる人だと。ただし、子供の頃のことで人が信頼できなくなっているかもしれないから——もしあなたが私たちに会うことがあれば、信用するように、と父は言っていました」


 ケンが俯いた。


 少し間があった。


「……先生は」とケンは言った。声が変わっていた。「最後まで、そういう人だった」


---


 父親がケンを見た。


「ケンさんも一緒にいてくれますか」


「当然です」とケンは言った。「俺は先生に頼まれた。最後まで動きます」


---


 帰りの電車の中で、ケンからメッセージが来た。


「横田のケイって人、信用できるか」


「信用できます」と返した。


「明日、呼んでくれ」とケンは言った。「俺の部下と顔合わせしたい。一緒に動くなら、お互い知っておいた方がいい」


 俺はしばらくスマホを見ていた。


「分かりました」と返した。


 窓の外に東京の街が流れていた。


 アスクレピオスが東京湾に入るまで、あと二日だった。



―― 第14話 了 ――

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