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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
12/13

三日前

 翌朝、病院に着いた。


 外来棟の廊下を歩いていると、水無瀬が自動販売機の前にいた。いつもの場所だった。ただし今日は缶を取り出した後、その場に立ったままだった。


 俺は近づいた。


「おはようございます」と俺は言った。


「あ」と水無瀬は言った。「足音の人ですね」


「そうです」


「名前、聞いてもいいですか」


「佐藤です」と俺は言った。「佐藤澄」


「水無瀬芙由です」と水無瀬は言った。「病院の調査をしている人ですよね」


「そうです」


 水無瀬が缶コーヒーを少し持ち替えた。


「少し話してもいいですか」と水無瀬は言った。「変なことを言うかもしれませんが」


「聞きます」


---


 廊下の窓際の椅子に二人で座った。


 水無瀬が窓の外を向いた。視線が外に向いていたが、焦点は定まっていなかった。


「最近、感覚が広がっている気がするんです」と水無瀬は言った。


「どんなふうに」


「うまく説明できないんですが」と水無瀬は言った。「デバイスが情報をくれるじゃないですか。カメラの映像を音に変換して。それが最近、変換される前に分かる気がして」


 俺はグラスのフレームに触れた。


「変換される前というのは」


「データのまま、という感じです」と水無瀬は言った。「前はデバイスが言葉に直してくれないと分からなかった。でも最近は——言葉になる前に、何かが分かる。形とか、距離とか」


 俺は何も言わなかった。


「おかしいですよね」と水無瀬は言った。


「おかしくないです」と俺は言った。「ただし、主治医に話しましたか」


「昨日話しました。すごく驚いていました。いろいろ検査をするって」


「そうですか」


「佐藤さんは驚かないんですね」と水無瀬は言った。


「驚いています」と俺は言った。「ただし表情に出にくいと言われます」


 水無瀬が少し笑った。声で分かった。


「なんか、信用できる感じがします」と水無瀬は言った。「足音で分かるんです。急いでいない人は大体信用できます」


 俺は少し間を置いた。


「一つ聞いていいですか」と俺は言った。「デバイスのことで、経産省の人と話したことがありますか」


「あります」と水無瀬は言った。「最初に説明を受けました。治験の内容とか、データを研究に使うこととか」


「デバイスに通信機能があるという説明は」


「なかったです」と水無瀬は言った。少し間があった。「あるんですか」


「調査中です」と俺は言った。「確認が取れたら話します」


「分かりました」と水無瀬は言った。「正直に言ってくれる人の方が好きです」


---


 午後、スマホが鳴った。


 ケンだった。


「場所を変えましょう」とケンは言った。「今度は銭湯です。古い銭湯です。浅草にある」


「いいですよ」


「一人で来てください。FBI女は連れてこないで」


「分かりました」


 夕方、浅草の銭湯に行った。


 古い建物だった。暖簾が出ていた。番台におばちゃんがいた。


「いらっしゃい」とおばちゃんは言った。「ケンさんに聞いてきた人ね。こっちへどうぞ」


 個室サウナの控室に案内された。


 ケンはいなかった。


 テーブルに封筒が置いてあった。


 中にUSBメモリが入っていた。メモが一枚あった。


「俺が病院から取ったデータだ。全部入っている。水無瀬芙由のデータだ。アメリカの奴らに渡るより、あんたに持っていてほしい」


 それだけだった。


 俺は封筒をポケットに入れた。


 番台のおばちゃんが三ツ矢サイダーを持ってきた。


「ケンさんからです」とおばちゃんは言った。


 俺は受け取った。一口飲んだ。


---


 オフィスに戻ると、ニコールが難しい顔をしていた。


「経産省から連絡が来ました」とニコールは言った。「デバイスの治験を一時停止したいと言っています」


「理由は」


「安全確認のためと言っています」とニコールは言った。「ただし——」


「タイミングが変です」と俺は言った。


「そうです」とニコールは言った。「アスクレピオスが東京湾に入る三日前に、治験を止める。データへのアクセスを整理したい理由があるとすれば」


「インフェクターに渡す前に、自分たちで確保したい」


「あるいは、渡さないための条件を作りたい」とニコールは言った。「外交カードとして使うなら、データは自分たちの手元にある方がいい」


 渋谷がザクを見た。長い間見ていた。


「水無瀬さんの安全は」と俺は言った。


「治験停止で病院から出ることになれば、保護が必要になります」とニコールは言った。


「ケンも同じことを考えているはずです」と俺は言った。USBメモリがポケットの中にあった。


「作戦会議が必要です」と渋谷は言った。「明日の朝、横田で。ニコール、桐島にも声をかけてください」


「桐島まで」とニコールは言った。


「追っている方向は同じかもしれない、と言っていた人間です」と渋谷は言った。「使えます」


---


 夜、オフィスを出た。


 スマホにケンから短いメッセージが来ていた。


「データ受け取ったか」


「受け取りました」と返した。


「あの子のこと、頼むわ」


 俺はしばらくスマホを見ていた。


「分かりました」と返した。


 夜の虎ノ門だった。首都高の灯りが見えた。


 三日後、東京湾にアスクレピオスが入る。



―― 第12話 了 ――


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